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リコール  作者: エイジ
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第9章 視線の交差

警察署内、夕方。休憩室の片隅、カップに注がれたコーヒーの湯気が静かに揺れていた。

スティーブンはソファに腰を下ろし、書類に目を通すノアに声をかけた。


「そういえば、携帯は見つかったのか?」

「いえ、もう諦めて総務課に紛失届を出しました。顛末書も提出済みです」

「おまえにしては珍しいミスだったな」

ノアは書類に目を落としたまま、肩をすくめた。


スティーブンは冗談めかした笑みを浮かべつつ、少し真剣な口調に変わった。


「なあ、ノア。ひとつ聞いていいか?」


ノアは書類から目を上げ、静かにスティーブンを見た。

「……なんですか? 急にかしこまって」


「おまえ、ほんとうにマイクが犯人だと思うか?」

「? ……ええ、自供してますし、つじつまも合っているように思えます。何か気になることが?」

「マイクとメアリーの知人に聞き込みしたが、ふたりが関係を持っていたなんて、誰も知らなかったんだ」

「ほう……」

「それに事件直後の24時間、マイクはほとんど記憶がないらしい」

「彼の知人が知らなかったという点は、関係の深さにもよるでしょう。簡単に話せるものではありませんからね。

それに、記憶の欠落は事件のショックによる一時的なものとも考えられます」


「俺も最初はそう思ってた。だが、スマホの位置情報も一切残ってないんだ」

「完全に消えているとなると……たしかに妙ですね。その点も含めて、もう少し事情聴取してみますか」

「そうだな」


「そういえば、おまえ、最初からステフに“夢の話”を聞いていたよな?」


ノアは落ち着いた口調で応じた。

「記憶操作を疑っていたわけではありません。ただ、夢に過去の記憶が反映されることは珍しくないので。心理分析の一環です」


「ふうん……なるほどな」

スティーブンはコーヒーに口をつけた。


「じゃあ、もうひとつ。ステフに呼び出されたとき、なんで俺に連絡しなかった?」

「その時、あなたは外出されてましたよね?」

「ああ、だけど携帯にでも連絡できただろう」

「そうですね。すみません。急を要する話ではないと思いましたので。

……ところで、その日はどちらへ外出されていたんです?」

「別件の調査だ」

「総務の誰かが、外出記録が残っていないとぼやいてましたよ」

「……ああ、記録し忘れたかもな」


スティーブンはそれ以上何も言わなかったが、瞳の奥には小さな陰が揺れていた。

ノアは何も答えず、静かにその視線を受け止めていた。



その後、マイクへの再聴取が行われた。


「改めて聞く。事件当日、何時ごろ彼女の部屋に行った?」

「……昼ごろだったかな……いや、夕方……はい、たぶん夕方だったと思います」

「殺害のあと、君はどこにいた?」

「……それが、よく覚えていないんです。たぶん動揺していたからだと思います。気づいたら家にいて……正直、どうやって戻ったのかも覚えていません」


「話を変える。メアリーさんとは、いつから関係を持つようになった?」

「……最初はいつだったかな……ステフを交えて何度か三人で会って、

そのうち、ふたりきりになる機会が増えて……僕の部屋だったと思います……いや、彼女の部屋だったかも……」


スティーブンはノアと視線を交わした。


「わかった。今日はここまでにしよう」


1時間以上にわたる取り調べを経て、マイクはひとまず解放された。

供述には曖昧な点が多く、ところどころ記憶が抜け落ちているようだった。

逃亡の恐れはなかったが、“記憶操作を請け負う業者”が黒幕という疑いもあり、警察の指定するビジネスホテルへと一時的に身を移すことになった。


「どう見てもおかしいだろ」

スティーブンがつぶやいた。

「彼自身も記憶を操作されているとでも?……否定はできませんが」

ノアは小さく応じた。



翌朝。


「……マイクが襲撃された。現在、意識不明。病院に搬送されている」


報せを受けたスティーブンの眉がぴくりと動いた。

現場には争った形跡もほとんどなく、狙い撃ちされたような不自然な静けさが残っていたという。


スティーブンは誰にも告げず、自席の手帳に静かに書き記した。


《X月X日 X時〜X時頃 マイク襲撃:警察指定のホテル。情報漏洩の可能性。内部に関係者?》

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