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プロローグ
近未来を舞台に、記憶操作をテーマにしたサスペンス作品です。どうぞお楽しみください。
2040年――
科学技術は、人々の生き方を変えた。
なかでも、脳科学の進歩によって生まれた「記憶操作技術」は、常識を覆した。
交通事故で家族を失った女性は、その日の悲惨な記憶を切り取って消した。
戦場で仲間を亡くした兵士は、苦しみの夜を繰り返さずに眠れるようになった。
深い喪失感を抱えた人々が、再び笑えるようになった。
痛みも、後悔も、悲しみも。
すべて、なかったことにできる世界。
誰もがそれを「救い」と呼び、迷うことなく手を伸ばした。
だが、つらい記憶を消すだけではない。
ありもしない記憶を植え付けることも可能だった。
それは、犯罪にも利用されるようになった。
その便利さの裏には、深い闇が潜んでいた。
知らず知らずのうちに、
誰かが、
何かが、
真実を書き換えていく世界だった。
そして今――
ステフが、その闇に呑み込まれようとしていた。