第42話 燈逢庵での話し合い 1
「我々が枢機と接触を果たしたことを皮切りに、枢機対応を目的とする『特別管理局』から命を受けた人材が送られてくる予定です」
床に置いた書類の該当部分を指で指しながら説明する鍋島の言葉を聞いている明日香は、書類を読み進めながら抱いた疑問を口に出す。
「送ってくるのは良しとして、その選別は確実にしてる?枢機は無闇矢鱈と攻撃する性質じゃない。まあ、態と無礼な態度をとることがあるみたいだけど」
(実際、貝山会長と会った時みたいな行動をとることが今までに何回もあったから、相手の出方とか様子を見るためにやってる部分もあるっぽい)
「とはいえ、《《見込みのある奴から》》は気にしなくても、《《さして期待のできぬ奴から》》となると話は別でしょ」
「その心配はごもっともです。選別にも、厳格な基準、および入念な調査と分析に基づいて行われるとのことです。私と三好も選別方法に関する書類を読みましたが、あれを見る限りでは、実際に送られてくる人材は最も良くて半年に一人、最悪十年に一人の頻度でしょう」
鍋島は明日香の疑問に対して流れるように回答を口にする。明日香も回答を聞いて驚くことなく、論を俟たないと言わんばかりに平然としている。いや、明日香だけでなく、その場に居合わせている全員が鍋島の言葉を無条件に受け入れている。
「……ってことは、あたいらの責任は重大だな」
源がボソッと零すように出た言葉が辺りに響く。源に首肯して説明を続ける鍋島の声は、鉛のように低い。
「連合帝国の干渉を防ぐとともに、枢機に唾をつける必要がある。しかし、滅多矢鱈と関わる場合、枢機の逆鱗に触れる可能性がある」
ぺらりと書類を捲り、大きな字で「特別対象への干渉事項」と書かれたページを開く鍋島は、続く文章を指で追うようになぞる。それに合わせて四人は書類を読み進め、上から下へ視線が移動していくに連れて表情が険しくなっていく。
「故に、大胆に動く勇気を持ちながら、慎重さも備えることを求められる。加えて、枢機の正体や選別基準を見極めるとともに、可能ならば此方に引き入れる、と。正に、無理難題のオンパレード。我々は唯の学生なのに、要求水準は職人のそれですよ」
参ったと言わんばかりに肩を竦める彼を前に、源は顎に手を当てて思考の海に意識を沈める。思案にふける源の顔を見ると、弥園は穏やかな笑顔を浮かべた。そして、己の人差し指で床を一定のリズムでトントンと叩き始めた。
「……っふ。懐かしいな」
弥園の行為が持つ意味を理解し、鼻で笑った三好は正座を崩して片足を源の視界へと入れるように前へグッと伸ばす。そして、その足を右に左に、不定期で交互に揺らし、畳と足が擦れる音を鳴らす。
「ああ。はいはい」
鍋島も続いて口笛を吹いた。リズムを合わせた三人が奏でる音楽は、ピアノを中心としたクラシックを思い出すようで、笙を中心とした雅楽を感じさせる。
いきなり音楽を奏で始めた三人に困惑した明日香と音琴がポカーンと間抜けに口を開けていると、隣で奏で始められた音楽の雑音に我慢ならなくなり出した源が、肩を震わせはじめて遂に爆発する。
「うるっせぇな!今考えてんだよ!」
「あはは!怒りよった、怒りよった」
怒鳴った源を面白がって三人は息を合わせて笑い出す。
「懐かしいな。小さい頃は、おちょくってたもんな。こうやって」
笑いによって出た涙をそっと手で拭いながら言う鍋島に、腹を抱えて笑う三好も同調する。
「そうだな、うちの爺さんと将棋打ってるときにな。それで怒った巴に追い掛け回されてたっけ。ほんと、昔に戻ったみたいだな」
笑いながら源の怒りをどうどうと鎮める弥園も、その行為に懐かしさを感じて目を細めてながら、穏やかな声音で呟く。
「頻繁に三人で巴に悪戯してたよね。それで、なぜか私が特別怒られてたな……」
「当たり前や」
「そらそうよ」
「悪戯の九割は凛香が主犯だったろ」
ゲラゲラと笑い合う四人を見て、明日香はハッと何かを思い出して鍋島に尋ねる。
「そう言えば、四人とも幼馴染だっけ」
「はい、そうですよ」
明日香に尋ねられて鍋島は居住まいを正し、三人も座布団にしっかりと座りなおした。
「僕らは、生まれた年、月日、時間全てが一致してまして。それを面白がった五摂家の当主たちが決めた方針で、生まれた頃から同じ屋根の下で育ったんですよ」
「もう一人、信長っていう変な奴もいるんですが、そいつも同じです」
鍋島に続いて答えた三好の言葉に触発されて、幼馴染四人組が再び思い出話に華を咲かせようとする。その雰囲気を感じ取った音琴が手を叩いてパン!と音を鳴らし、動きを牽制する。
「思い出に浸るのは良いけど、まずは枢機への対応を考えないと」
大きく脱線した話を音琴が元に戻し、再び枢機の話題に入る。六人は書類の読んでいたところまで読み直して、対応を考え出した。
「とりあえず、枢機の勧誘、懐柔は一筋縄にゃあいかんやろ。奴が現れてから一か月経つものの、未だ先生に世間話一つしないんですよね」
「そうだね」
部屋に置いてある棚から、一冊の手記と筆記具を取り出した鍋島は、表紙を捲って真っ白なページに書き込んでいく。
現在わかっていることや、そこから導き出される枢機の性格、行動傾向などを、鍋島は流れるように書き連ね、それをわかりやすく図を用いて纏め、他五人は手記を囲んで覗き見ている。
鍋島が纏めるのに合わせて、それを補足するように明日香が説明をしていく。
「相対した時の様子、今までの記録から考えるに、枢機が心を開くまでの時間は長いでしょうね。それも一月とかではなく、下手すれば年単位で掛かる性質」
「となれば、懐柔は止めた方が良いと」
「そう。で、あの感じじゃあ目的を素直に教えるとは思えないし、探ろうにも手がかりがない。何処かとつながりがあるようには見えないこと、頻繁に姿を消すこともない。単独でしか動かない以上、監視しかすることが無いからね」
明日香が説明する傍らで、書き終えた鍋島はページを俯瞰する。突ける穴が無いか隅から隅まで眺めるものの、当たりの見当すら付かないために、悩まし気に唸りを上げながら頭を掻いた。
居並ぶ四人もページを凝視するが、一向に妙案は出てこず、そのまま夜を迎えた。




