第39話 六月十三日
「勘弁してくれよ、まじで……折角の休みが……」
「しゃあない。特級を動かすわけにもいかへんやん。完全無関係な奴ば接触させんのも違和感ありありありあり~。ってなりゃ、僕たちに白羽の矢が立つんは、まあ当然やろ」
誰もいない異相学院の正門を、二人の男子が通過する。
「けどさ~!」
黒髪をオールバックにした猫背の男子が、不満を隠そうともせず道端に転がっている小石を足で蹴る。その動きに合わせて右肩から下げた大きな鞄が重々しく揺れるが、鞄の重みにつられて彼がバランスを崩すことは無かった。ガチャガチャと金属と金属とがぶつかり合う鞄を右腕で安定させると、凶悪な悪人面を隣で歩く友へ向ける。
「とはいえ、僕も貴重な休日を潰されてんのは変わりないけんさ、めっちゃ高級な焼き肉店の食べ放題券貰っちょるんよ」
肩まで優に届く長い黒髪をまとめておらず、狐のように鋭く細い眼をした男子は、友に自慢するかの如く声を弾ませながら、二枚の券をポケットから出して見せる。
「おお!やっり~」
「いや~、軽く強請ったんやけどさ。ほんだら、こんなもんを案外ポンと渡すもんやけん、ビックリしたわ」
悪人面の男子は券を見て瞳を輝かせると、狐目の男子の腕を肘でつつく。狐目の男子は手に持った券を一枚友に渡す。受け取った彼がキラキラと子供のような目で見ている、夏の温かい風に吹き揺らされ、太陽の日差しで照らされた券は、異様なほどの存在感を感じさせる。
「うわっ!店らいもんじゃん」
券に書かれた店舗の名前を見て、驚愕のあまり声帯がバグってしまったのか変な声を出した。狐目の男子は友の様子を見て得意げな顔だ。
「俺、前行こうとしたら一年先まで予約埋まってるって言われたんだけど」
「やろ!やけんビックリしたっちゃん。とんでもないもん渡してくれたもんよ」
「なら、店の肉全部食べ尽くすチャレンジやるか!」
「あかんて。貸し切りにした店でそれやったら、まじで思いっきり食べ尽くして次の日店休んだことあったんやから」
「ええ~。だめか?」
あからさまに肩を落とした悪人面の男子は、券を自分のポケットの中に無造作に突っ込んでしまう。
「あん時は僕の店やったからええものの、今回は流石にな。予約取っとう人もおるんやけん、店休ませるわけにはいかんやんか。普通に食っててもバカバカ胃に詰め込むんに、本気になったら、す~ぐに無くなるて」
「……何、ブーメラン投げたん?そう言ってるお前が一番食べてたじゃん。俺の記憶じゃあ、二倍は食っててなかったか?」
「私の記憶にございません」
「俺の記憶にはあんの!」
狐目は肩をすくめながら舌を出して明後日の方向に目を向けた。悪人面がそれにツッコミ役として答えると、二人は声を揃えて笑う。ひとしきり笑い終えると、悪人面はズボンの両ポケットに左右の手を突っ込んだ。
「てか、ほんとに枢機って奴はいるんだろうな?ここまで来て、何処か行ってました~は嫌だけど」
「あ~、それに関しちゃ心配いらへん。中央情報局の人から盗撮データ送られてきとうし、どっか行きそうなら連絡が入るようになっとうけん」
そう答えた狐目がポケットから取り出したスマホを操作して画面を食い入るように見つめる。「おっ」と嬉しそうな声を上げると悪人面にニヤリとした笑みを向けた。
「ちょうど定時連絡が来とったわ。まだ練習場にいるってさ」
「なら良かった。じゃ、さっさと着替えて向かうとするか」
「……まあまあ、といった所か」
「はぁ……っはぁ……」
「まじ……なんで、うまくいかねえんだ」
「手加減……っされてこれって……」
休日なる日曜日。多くの者が日々の疲れを癒すのに費やすであろう今日を、明日香たちは何時ものように過ごしていた。
茫洋とした練習場の真ん中では、明日香、音琴、弥園、源の四人が東西南北の方向それぞれに地面をベッドに寝転んで、雲もとどめぬ空を眺めている。
呼吸するのにすら体全体を使わねばならぬほど疲労困憊な四人を、仁王立ちで腕組みをしながら何とも言えない表情でジッと見下ろす枢機は、彼女たちの体力がなかなか回復しそうにないことを確かめて、離れた場所にまで歩いていく。
足を止めて地面のある一点を見つめ始めたかと思うと、瞬く間に土が出現して十数メートルのちょっとした丘が生成された。
枢機は丘の頂上に片膝を立てて座る。枢機は四人をただ眺めた。
暫し、地面に転がる四人の少女を丘の頂上に座る男がじっと見る光景が続き、ある程度体力が回復した音琴、明日香、源、弥園の順に起き上がっていく。
「んっ、んっ」
「いや~、今日もやられたな」
地面に寝転んだせいで付いた各々の背中側の土汚れを、四人は輪になることで落としてもらう。パンパンと掌で叩いても落ちない汚れは、真っ白な服の中で茶色の模様を成していた。
十分に汚れを落とし切ると、水分補給のために倉庫で日陰になっているところに置いている飲み物を取りに行く。談笑しながら倉庫に向かって歩いていく四人をジッと眺める枢機だったが、突如体の向きを変えて四人とは反対の方向を向く。
枢機の視線の先には異相学院の校舎がある。
「……」
片膝を立てながら校舎を眺めていた枢機は、顔を上げて挑発するように見下ろす態勢をとり、膝に置いてだらんと垂れた右手を手首から回転させ、立てた人差し指をクイと自分の方へと動かした。
数秒して、枢機はニヤリとした笑みを浮かべた。
「……ん……はぁ~。生き返る~!」
「何本か持ってきて良かった」
日陰の下で固まって座り、飲み物を飲みながら談笑する四人は、のんびりと休憩している。
「……ん?」
「……?」
だが、バッグの中から飲み物を取り出していた明日香と、今まさに飲み物を飲もうとしていた源は、何かに気付いたようで枢機の方を同時に見やろうとする。
二人が枢機を視界に入れたその瞬間。
枢機がいた場所から、目も開けられない程の強烈な暴風と、四人が危うく吹っ飛ばされかけるほどの凄まじい衝撃波と風圧が辺りを襲った。
「うわっ!」
「何!?何!?」
宙に舞った土埃や砂で視界が悪くなるが、それでも微かに枢機の正面に紫色で半円型の壁が展開されているのを彼女らは確認した。衝撃と風圧で枢機が居た場所付近の地面が少し抉れている。
(あそこは……!?全く誰!?枢機を下手に刺激したらヤバいってのに!)
明日香は即座に立ち上がると、倉庫から枢機の元へ走り寄る。疑わしい人がいないか周囲を見渡しながら。
枢機のもとに着くと、彼は未だに片膝を立てて座っていた。校舎を一点に見つめながらニヤリとした笑みを崩さずにいる。彼の眼前には紫色の壁で阻まれて空中で静止した、一メートルから二メートル程の大きさの弾丸がある。壁が消えると同時に弾丸がドンと音を立てて地面に落ちた。
「わかってるじゃないか。魔法の本質を。《《げに》》めでたし」
笑いを噛み殺しながら言った枢機は立ち上がると、ゆっくりとした足取りで、土を踏みつぶしながら自らが作り出した足取りで下る。風で飛ばされる砂のように消えた丘があった場所近くの地面が不自然に抉れている。それを顔だけ振り返って見た枢機は、何時も着ている真っ黒なズボンのポケットに両手を突っ込み、金色に光る烏の模様が輝く黒い瞳で校舎を貫く。
そうしていると、枢機の正面で再び衝撃と風が発生した。土埃の中に、二人の人影が見える。屈んだ二人の人影は、ガチャガチャと金属のぶつかり合う音を立てながら立ち上がった。
風が吹いて土埃が晴れると、腰のホルスターに銃を提げた狐目の男子と、体中に鎖を巻き付けて動くたびに音を鳴らす悪人面の男子が現れた。
「すいませ~ん。こちら、三好長慶。鉛玉のお届けで~す。」
地面に垂れた鎖の端を持ち上げ、枢機を睨みつけながら悪人面の男子が言った。
「アポなしご訪問失礼。何分、対応が分からないもので。こちら、鍋島直正。『磁象』」
狐目の男子が三好の体に巻き付いた鎖に右手を向けると、鎖がゆっくりと動き出して宙に浮き、二人の前で静止した。




