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我が儘  作者: 夜空の星
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第31話 ドン!

小一時間、ただ只管に大木を伐採し続けた末、鋼熊の周囲五十メートル以内から木が無くなり、人工的に作られたギャップが出現した。

弥園によって地に伏した大木たちは、明日香によって軒並み遙か彼方へと投げ飛ばされてこの場所には無い。



広く拓けた場所の中心に聳える一本の大木と、それを背に未だ佇む鋼熊。

源は鋼熊を前にして、仁王立ちを続けている。

激しい運動のために、弥園と明日香はドローンから飲み物を取り出し、一つを源に渡すと小休憩をとった。

鋼熊は三人が寛いでいる間も、これ幸いと木を背にしたまま立っていた。



「さて……」



休憩を終えた明日香は、ドローンの袋の中にある大きな箱から一つの小さな球体とボタンのようなものがついている棒状の物体を取り出すとドローンを遠くに待機させ、棒状の物体を弥園に渡す。明日香と弥園は鋼熊の後ろに回り、鋼熊の背中にある傷を狙う。



(肝心、要はあたいだな。どれだけ奴を拘束できるかに作戦の成功がかかってる)



源は手に持っていた薙刀の柄を地面に突き刺し、眼前の敵に向かって少しづつ歩いていく。

鋼熊は己の後ろにいる二人を肩越しに見て正面を向くと、源を睨みつける。

「ふぅ~」と息を吐き、体を前に倒してドーン!と地面に前足をつける。四足歩行から二足歩行に変えたわけだ。



(敵を倒すことに集中しだしたか。背中を見せることも厭わないところを見ると)



「ガヴヴルァ~」



大きく口を開けて唸り声をあげ、口から鋭利な牙を見せつけた。

背中の傷から、横腹、胸へと赤い血液が少しづつ流れる。

源は腰を落とし、手を大きく広げる。



弥園は鋼熊の真後ろに。明日香は斬糸の巻き添えにならず、かつ鋼熊の背中を狙える位置である、弥園の左前方、鋼熊の左後方に立つ。

源は視界に映る、正面にいる鋼熊と右側に立つ明日香とを交互に見る。



「……」



明日香は弥園と源を両方見ると、腰に着けている刀を徐に抜いて上に掲げた。



(合図!)



「千変万化」



それを見ると同時に、魔法を発動するとともに源は鋼熊に向かって一気呵成に駆け出した。

驚異的な速度で、瞬く間に鋼熊のもとまで近づくと、上顎から生える二本の牙を掌全体でガシッと掴み、体全体を大きく落として重心を下に移動させ、足裏全体で地面を踏みつける。



「斬糸!」



源が駆け出したのと時を同じくして、弥園は魔法を発動させた。

一本の細い糸が生まれ、その糸によって大木の幹は斜めに切断された。

明日香は即座に走り出す。鋼熊の数歩前で跳躍すると倒れていく大木に足をつけ、それを足場として無防備になっている鋼熊の背中に向かう。



敵が背中を狙って襲い掛かってきていることを察知した鋼熊は、体を捻って迎え撃とうとするが、



「千変万化ぁ!」



そう源が叫ぶと、彼女の両足付近の地面に僅かなクレーターができるとともに、彼女の体全体が幾分低くなる。

牙を掴んでいる源が魔法を発動した上に身体全体に力を入れることで、鋼熊は身動きが取れなくなる。



鋼熊が顔を大きく動かして源を振りほどこうとするも、彼女の手は鋼熊の牙にピッタリとくっついていて抜け出せず、更には鋼熊が力一杯顔を動かしているものの、彼女の体は微動だにしない。



その間に明日香は鋼熊の背中に着地すると、球体を持っていない方の手で鋼熊の体毛を掴みながら背中を移動し、傷がある部分までたどり着く。



(よし、まだ完全に塞がってない)



既に出血は止まり、流れ出ていた血は半分凝固している状態だが、傷そのものは未だ治りかけで生々しさがある。



(まだ瘡蓋かさぶたの状態なら!)



明日香は球体にあるボタンを親指で思いきり押す。「ガチッ」と音がした瞬間に、球体を鷲掴みしている手を、球体ごと傷から鋼熊の体の中に無理やり入れる。完全に治っていないことを証明するように、手が入れられた傷からは血が飛び出した。



鋼熊は「ヴァアァ!」と苦しそうな声を上げ、顔だけでなく身体全体を無茶苦茶に動かして明日香を振りほどこうとする。その行動は、敵を追い払うことや痛みから来るものであると同時に、体の中へ異物が強制的に入れられたことからも来ているのだろう。



暴れる鋼熊の体毛を両手で掴んでいる明日香は、鋼熊の動きに合わせて飛び上がり、鋼熊から離れた地点に危なげなく着地する。



「今!」



明日香は弥園の方へと振り向いた。

弥園は明日香から渡された棒状の物体をその手に持っている。

彼女が物体のボタンを「ポチッ」と押すと、



「ガァァ!グォァ!」



鋼熊の背中がドン!と音を立てて爆ぜる。大量の血や肉片が爆発地点から周囲へと飛び散り、地面が赤く染まった。

鋼熊は大きな声で叫ぶと、源の拘束から逃れようと暴れていた先ほどから一転、その動きを止める。



(持ってきてた『球榴』が確り効いてる。源さんが抑えてくれた御蔭で奥までねじ込めた。立役者間違いなしだね)



作戦の成功を確かめた明日香は弥園に向かってサムズアップする。それの返事として、弥園もサムズアップで返す。



源は鋼熊が暴れなくなったのを確認すると、牙から手を放して多少距離をとる。

数秒観察を続け、ほとんど動かないままぐったりとして地面に伏せて、先ほどのように暴れられる程度の力すらも無くなっていることがわかると、



「恐らく死にましたね、これ」



明日香に報告する。



「よし。じゃ、念のため……」



源からの報告を聞くと、明日香は遠くで待機させていた自分のドローンを近くまで移動させ、袋の中から再び大きな箱を取り出し、『球榴』と棒状の物体を手に取ると、鋼熊の背中まで移動する。



(うわ~……こりゃひどい)



先ほど『球榴』を埋め込んだ傷は爆発によって更に大きく広がり、『球榴』に入っていた小さな鉄球や金属片によって内臓と血管が大きく損傷し、大量の血液を吐き出し続けている。



(よしんば生き残ったとしても、内臓と血管の損傷による大量出血で直ぐに動けなくなるだろうな……)



『球榴』のボタンからガチッ!と音が鳴るまで押すと、明日香は穴のように広がる傷に向かってそれを投げ入れる。

鋼熊の背中からピョンと飛び降りると、弥園と源に向かって手招きをする。

鋼熊が背にしていて、弥園によって切り倒された横倒れの大木の陰に三人は隠れる。



棒状の物体のボタンを押すと、爆発音と衝撃の他に、水が飛び散る音と肉が地面に落ちる音が三人の耳に届く。



少々待って大木の陰から三人が顔を出すと、地面はより広範囲に赤く染まり、肉片が更に多く散らばっている。

鋼熊の背中はより抉られ、横から見ても穴が開いているのがわかるほどにまで損傷している。



「よっし、これで確実に死んだな」



「先生が『球榴』を持ってきてくれていたお陰ですね」



「私一人では倒せませんでしたから、手柄としては二人の方が大きいですよ」



鋼熊に止めを刺したことを確信した三人はゆっくりと大木から体を出す。

明日香は弥園から棒状の物体を受け取り、ドローンの袋に入っている箱の中へ自分が持っているのを合わせて片付ける。

源は地面に刺した薙刀を引き抜いて背中に担ぐ。



「倒したけど、これでいい?」



未だに木の上で胡坐をかいたまま、三人の様子を見ている枢機に向かって明日香が声を上げると、



「……及第点には届いていないがな」



立ち上がった枢機が木の上から飛び降りてきた。

数十メートル落下したものの、何事もなく両足で着地する。と同時に、音琴を拘束していた紫色の太い縄が突如として消失して彼女は解放される。



「うわっ!」



拘束が解かれたことで落下を始めた彼女。

突然の浮遊感に襲われたものの、音琴は途中で体勢を整えて見事地面に着地する。



「ちょっと、いきなり解放しないで欲しいんだけど」



腰に手を当てて首を少し傾けながら顔をしかめる。



「あの程度の敵に、これほど時間をかけるなどあってはならんことだが」



「無視すんなし」



枢機は音琴へ振り向くことも返事をすることもなく三人に話し続ける。



「ああやって相手の逃げ道を無くした理由は何だ?答えてみろ」



ズボンのポケットに手を突っ込みながら、普段通りの声音で聞く。



「鋼熊に死兵となってもらうこと。それが一番の理由です」



声音から察した明日香は、普段通りに振舞う。



「鋼熊に逃げ続けられると、いつか完全に回復されてしまう。故に、逃げ道を無くすことで守勢から攻勢に回ってもらい、守りを捨てたところに攻撃を入れることで倒す。それが狙いです」



「……それっぽく言っているが、結局は賭けだろう。先ほどの戦いを見る限り、源が押し負ければ作戦は失敗していた可能性が高い。その際の保険はあるのか?」



「……。ありませんが……」



「だろうな」



大きな大きなため息をつくと踵を返し、



「……まあいい。行くぞ」



そう言って、『後の御錠口』へと続く方向に道を進み始める。



「待って」



そこに音琴が待ったをかけた。



「なんだ?行く先はこっちだろう」



「その前に確認するべきことがあるから」



音琴はスマホを取り出し、画面を操作してどこかへと連絡する。

弥園が「確認するべきこと?」と尋ねると、



「言ったでしょ。この迷宮は軍の実験場や訓練場として使われてる。だから、この『回廊』や『御錠口』でモンスターの襲撃に遭わないように強固な要塞線が築かれてる。にもかかわらず、モンスターがここに出現したということは……」



「……何かがあった。しかも防衛ラインが突破されるほどの。そういうこと」



察した明日香は即座にスマホを取り出し、どこかへ連絡を取り始めた。

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