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我が儘  作者: 夜空の星
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第29話 鋼熊 其の一

地の底から響くような唸り声を上げながら、一歩、また一歩明日香たちへと歩みを進める鋼熊。

それに合わせ、少しづつ後退して距離を取ろうとする彼女たちは、額から嫌な汗が流れているのを感じていた。

己の数倍もの巨体を持ち、その鋭さを誇示するように牙をむき出しにしながら、ゆっくりとにじり寄ってくる眼前のモンスターは、今まで相対したものよりも「格が違う」ということを肌で理解できるものだった。

モンスターが足を地に着けるたびに、その衝撃が地面と空気とから伝わってくる。



(不味い……。攻撃が通んない相手じゃん)



「でかすぎないか……?ざっと十五メートルくらいか……」



「先生……あいつは何ですか……?」



品定めをしているのか、警戒心が異様に高いのか、ともかく敵が攻撃を仕掛けずに観察にとどめているのは幸いであるも、現状は最悪と言わざるを得ない。



「『鋼熊』といって、二級に分類されるモンスター。巨体から繰り出される質量攻撃と、硬質化された皮膚による防御。攻守共に得意だけど、その分速度に劣るっていう性質を持ってる」



「……二級って、私たちじゃ相手になりませんよ」



「足が遅いってんなら、ひたすらに時間稼ぎし続ければ良いんじゃないっすか?」



「速度に劣ると言っても、それは二級を基準にしたうえでの話。私たちにとっては十分速い。その速度で攻撃を正面から受ければ、下手すれば一撃で死ぬよ」



「ちっ」と舌打ちをうって悪態をついた源は薙刀を構えなおし、摺り足で鋼熊の右側へ。

右腰の短剣を引き抜いて両手に持った弥園は、震える足を叩いて自らを無理やり鼓舞すると鋼熊の左側へ。

正面に立つ明日香はジッと鋼熊の目を見つめ返しながら、相手の体をじっくりと観察して隙を伺う。



(明らかに勝てる相手じゃないのに……何を考えてるの?)



自分の後ろに聳え立つ大木の枝に、胡坐をかいて見下ろしている枢機をチラッと見る。彼は音琴を拘束したまま、三人をただ見ているだけだ。

更に、音琴は体を拘束されるどころか、何時の間にか半透明な紫色の布のようなもので口が覆われて声を出せないでいる。



(……何か考えがあるんだろうけど……手に余る相手にも程あるって)



不満を一切隠さない表情を枢機に見せてから、鋼熊へと向き直る。

鋼熊は明日香をジッと見つめ、涎を口から地面へと流している。

唾をゴクッとのみこみ、刀を右手で握りしめて腰を落とし、攻撃に備えた明日香は、鋼熊の右にいる源、左にいる弥園へと視線を向ける。



「ふぅ~……」



息を吐き、再度刀を握りなおす。



「グルル……」



目の前の獲物は諦めていない、そう判断した鋼熊は、二足歩行からドシン!と地響きを立てて四足歩行へと変え、



「グルァァウ!」



と声を上げて明日香へと真っすぐに駆け出す。



「っ!展壁!」



明日香はすんでのところで展壁を発動し、鋼熊の突進を受け止めた。

数十キロの爆弾が爆発したようなドガーン!という音と衝撃が周囲に響いて、発生した風によって地面の砂塵や土が舞い上がり、木の葉や草が揺れる。



(何とか防げたけど、桁外れの威力。やっぱり、まともに受ければ一撃で御陀仏に……)



上体を起こして土埃から姿を現した鋼熊は、頭から衝突したにもかからず一切ダメージを受けた素振りを見せることなく、体を前に倒しながら腕を振り下ろすことで速度を上げる。



「展壁!」



明日香は再び展壁を発動して攻撃を受け止めた。先ほどよりも大きな音と衝撃が周囲に轟くも、壁には一切の罅は無い。



「斬糸!」



鋼熊が上体を起こした時に居場所を確認した弥園は斬糸を発動し、生まれた数本の硬質化した糸は高速で鋼熊へと襲い掛かり、その体をバラバラに切断しようとするものの、ガギーン!という金属音を立て続けに出して弾かれる。



「なっ!嘘!」



土埃で見えはしないが、衝突音から有効打にはなっていないと確信した弥園は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。



「千変万化!からのっ!」



一寸の間もなく、土埃の中から飛び出した源は硬質化した拳を鋼熊の背中、それも《《一点》》に向けて力一杯打ち付ける。

グチャッ!と肉が潰れるような音がすると同時に、



「ガアアッ!」



と苦しむような鋼熊の声が辺りに響く。

三人からサッと距離を取り、体を捩らせる。



「ガウ……グウウ~……」



「良いもん見っけ」



鋼熊がいた場所と源の拳には真っ赤な血と肉片が付着していた。

赤々とした血が源の拳から地面に垂れ落ちる。



「背中の中心部にデカい傷、しかも恐らく出来立てほやほや!」



短く簡潔な伝達を終わらせた源は、即座に駆け出して鋼熊の後ろに回り込む。



(……なるほど。そこを重点的に狙えばワンチャンあるから……)



明日香は鋼熊の正面に、さらに至近距離まで接近する。

弥園は明日香と源両方のカバーに入ることのできるよう、二人と等距離になる位置で待機。



「ガゥアア!」



一番の脅威となる源を真っ先に排除すべく、体を反転させて標的に全速力で駆けだした鋼熊だが……。



(あの硬化した皮膚には斬糸は効かない。なら、それを逆手に取る!)



「斬糸!」



体を屈ませた弥園は斬糸を発動して数本の糸を生み出すと同時に、それを一本の太い糸へとまとめ上げ、鋼熊の足元へ真っすぐに飛ばす。

一本の縄へと変貌した斬糸は鋼熊の足前方を通過し、一本の木に突き刺さる。



(流石!)



弥園が斬糸を発動したと同時に、源は拳を振りかざしたまま跳躍。

早く動くものを追いかける熊の習性を表すように、鋼熊は上へと素早く飛び上がった標的へと顔を動かして視界に入れる。

されば当然、勢いそのままに、足元に生まれた縄に気づくことなく足を縄に引っ掛ける。



「グウッ!」



転んだ鋼熊は、上空に飛び上がった源に背中を晒す。勿論、未だ血を流し続けている背中の傷も。



「ふっ!」



源は全身を硬質化させて質量を大きく増大させると、それを示すように物理法則に従って地面に高速で落下する。

その速度を活かし、鋼熊の弱点たる背中の傷に向かって拳の槍を突き刺す。



(連携が良く取れてる。それに、弱点を見抜いた源さんの観察眼、斬糸を応用して即席の罠へと昇華させる弥園さんの応用力。かなりの実力を持ってるのは間違いない)



口が塞がれているせいで声も出せず、木に体を括りつけられて拘束されているが故に、できることが何も無い音琴は三人と鋼熊の戦闘をハラハラとした心で眺めている。

その隣、枝の上で胡坐をかく枢機も観戦している。



「ん~!ん~!」



速く解放しろ、そう言おうとするものの、くぐもった声が出るだけ。



「喧しい。静かに見ろ」



枢機は音琴を見ることなく、一言そう言って口を閉ざす。

何を訴えても解放してはくれないだろうと察した音琴は、観戦を再開する。



(……早いうちに止めを刺さないと……)



致命的な一撃を受けた鋼熊は、どこかぐったりとした様子で荒い息を吐き、忌々し気に三人を、特に源を睨みつけている。

同じ手を食らうつもりはないとばかりに、背中の傷を守るように大木を背にしてジッと彼女たちを待ち構えている。完全に殻に籠ってしまったわけだ。



「守りに入りやがったな。どう攻めるか……」



「……」



源は、鋼熊の周囲をグルグルと移動して誘い出そうとするものの、全くその場から動こうとしないため、どう攻めるか考えあぐねているようだ。

弥園は、少し遠くで待機させていたドローンを接近させるとドローンから吊り下げてある袋の中から自分のスマホを取り出し、鋼熊を視界から外さないようにしながら明日香に近寄る。



「先生、軍へと連絡できますか?可能なら、ここで時間を稼いでいる間に応援を呼んで頂けたら」



スマホを明日香に差し出しながらそう言ったが、当の明日香は眉を顰める。



「……それが、さっきから軍に連絡しているんだけど繋がらなくてね」



明日香は自分のポケットの中からスマホを出して軍に連絡するも、ザーザーとノイズ音がするだけだ。



「……電波妨害?そんなことをモンスターがするようには……」



「……一人いるでしょ。そこの木の上に」



「……ああ」



後ろを振り向いてそう言う明日香に、合点がいったような声を上げて同じ場所を見る。



「絶対、枢機の仕業でしょ。どうやっているのかは知らないけど」



「……あり得ますね。というか、それしか無いですね」



「枢機としては、ここで私たちに倒させたいんでしょ。なら、彼が満足いくようにした方が良い」



スマホを直し、源の挑発に一切乗らないまま、未だ守りに徹している鋼熊へと相対する。ちょこまかと己の周囲を動き回る源を視線で追うものの、鋼熊は木に背中をピタッと貼り付けられたようにその場から動こうとしない。



「……全く動かないか……。弥園さん、あいつの後ろの木、斬糸で切れますか?」



「恐らく余裕で切れます。しかし、切ったところで別の木を使うだけでは?」



「このままじゃ、時間がただ過ぎるだけだからね。試してみる価値はある」



明日香に聞かれた弥園は、鋼熊から距離を取りながら後方へと移動し始める。

それと同時に、明日香は小声で源に自分の考えを伝える。



明日香の案を聞いた源は、鋼熊から先ほどと比べて少し距離をとり、巻き添えにならないようにしながら注意を引き始めた。一歩足を踏み出しては即座に後退を繰り返し、鋼熊の側面と正面、時には上空へと場所を変えて攻撃の素振りを見せ続ける。



(……さて、どうなるか……)

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