第22話 次
「そこっ!」
ガンっ!という鈍い音が響き渡る。
(だめか……。一か月近く経過してるが、一撃入れることすらできないってやべぇな)
渋い顔を浮かべながら、背中から生える赤い翼を羽ばたかせて空中を飛び回る。
「……」
枢機は不敵な笑みを浮かべながら、空を自由自在に飛ぶ源を見つめている。
(僅かだが、奴の周囲に何か壁のようなものがあるように感じる。だが、奴の言う”隙”まではわからん。最初と比べたら、大きな一歩ではあるが……)
地上100mの高さから、枢機に対して急降下、かと思えば翼を羽ばたかせて逆さになりながら枢機の背後に回って地面に両手をつき、それを支えにすると、馬が蹴るように足で枢機に足を繰り出す。
源の耳にガギン!という音が聞こえるとすぐに、枢機から距離をとって空を飛ぶ。
(また外した……)
空中を飛び回りながら、攻撃の機会を窺う。
(枢機の周囲に展開された壁。言葉にできんが、何かがそこにあるように感じる。見えないというのは、ほんと厄介だな)
考えている間にも、枢機への攻撃は続けている。
自由落下からの踵落とし、高高度から急降下して位置エネルギーを運動エネルギーへと変えての打撃、更には体当たりなどなど。
翼を作り出しての空からの攻撃に加え、拳や足といった体の部位を硬化させての打撃や体当たりといった近接戦は、源巴の強みである。
「さっすが巴、近接ではピカイチ」
「あの硬化は攻撃にも使えるし防御にも使える。以前の朱恩川迷宮で、それを証明したからね。接近戦を得意とする巴と遠距離戦を得意とする二人は、相性が凄く良い」
少し離れた地点で源の戦闘を眺めている二人。
「主攻と助攻を交互に担い合いながらの戦い、これが私たちのスタイルですから、性質が違う攻撃を波状的に受け止める相手としては、確かに戦いにくい組み合わせではあります」
地面に座った弥園は、縦横無尽に駆け巡りながら攻勢を強める源を見つめている。
源は、低空飛行しながら地面の小石を拾って枢機に向かって投擲、石が透明な壁に当たると、進行方向を変えて再び投擲する。
「ですけど、接近戦は全くと言って良いほど対応できないので、石や武器の投擲で遠距離も対処できる巴とは……訳が違います」
「……」
源をジッと見ている弥園をチラッと見て、腰に携行している木刀をグッと握ると手を放す。
「壁に空いている穴は何処だ……?」
飛翔しながらボソッと小声で独り言を漏らした源。
腕を組んで一寸何か考えた枢機は、彼女に向けて右手をかざす。
「……。おわっ!」
枢機の行動を注視していた源は、突然体を大きく動かした。
「おい!何か飛んできたぞ!」
拳を握りながら、枢機に向かって大声で怒鳴る。
「一か月経ったのだ。少し緊張感を持たせよう」
「んわ!」
源は再び体を滑らせる。
「この壁と同じく、魔素を固めた『飛球』だ。なに、当たったとしても怪我にはならん、はずだ」
ニヤリと笑った枢機は、動いた源へと右手をスライドさせて狙いを定める。
「まじかっ!」
即座に移動を開始して、戦闘を再開した源。
攻撃を仕掛けては撤退を繰り返し、時折枢機からの『飛球』を避けようと体を大きく動かす。
「あがっ!」
それでも、いくらかは被弾している。足、腕、腹部などなど。
「この程度避けられないようでは、実戦では使い物にならんな」
眉を細め、ため息交じりの本音を漏らす。
(腹が立つぜ、全く)
「なぜ、あのような真似を?」
「不満か?」
茜色に染まった空を見ながら、明日香と枢機は訓練場で話をしていた。
枢機は腕に袋を提げたまま。
顔や腕、足に包帯や絆創膏を貼っている明日香は、土や砂でまみれた服から着替えようともしていない。
「目立った怪我はしていないとはいえ、脈絡もなく突然と攻撃をされるとは……」
明日香は枢機を横目でにらみながら、眉間にしわをつくる。
「この試練の肝は、本能への刺激だ」
「本能への?」
「相手を倒す、戦いで生き残るといった、欲や本能という感情は、得てして莫大なエネルギーを生む」
明日香を見ず、空を見上げながら続ける。
「だが、感情だけでは意味がない。そればかりに頼っているようでは、話にならん」
「……」
「いわばミックスジュース。理性だけでは味気ないが、感情だけでは辛すぎる。その時々に応じて、良い塩梅を見つける必要がある」
「……」
明日香は口が半開きになりながら枢機を見つめる。
「貴様ら三人に『飛球』を食らわせるようにしたのは、それが理由だ。今までのは単なる試用期間のようなもの。試練に慣れるためと、実力の観察をする必要があったからな」
枢機は、依然として空を見上げたまま。
「……あなた、結構考えていたんだ」
「は?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした枢機を見ながら、明日香はニヤッと笑いながら続ける。
「貝山会長のところじゃ、断りなく座ってはメロンを食べだしたり、いきなり試練をすると言い出したり、考えなしの猪かと思ったけど、そうじゃなかったみたい」
ジト目で明日香を見ていた枢機は、再び空を見始める。
「……時間は有り余っているが、無駄にするのは愚の骨頂というのは当然の話だ。それに、考えなしの猪とは何だ?殴るぞ」
「おっと、失礼」
いつものバリトンボイスで「殴るぞ」と言われ、明日香は頭をちょこっとだけ下げて謝る。
二人の間に沈黙が一寸流れたが、それを断ち切る声が二つ流れる。
「ああ、痛ってぇ。馬鹿みてえに食らっちまった」
「巴の方がマシでしょ。私なんて、あちこち包帯と絆創膏だらけ」
明日香と枢機の後ろから、制服に着替えた源と弥園が歩いてくる。
二人は明日香と同様に、傷だらけとなっている。弥園は、他の二人よりも少し多いくらいだ。
「その傷は治さんぞ。少し緩んだ自分への戒めとして、その痛みを嚙み締めろ。残るほどのものでもないしな」
「へ~い」
「わかりました」
疲弊や痛みもあるのだろう、少し脱力した様子で二人は答える。
「それと」
枢機はそう言うと、腕から提げている袋から二つの箱を取り出し、二人に小さな箱をぽいっと投げる。
二人は何事もなかったかのように受け取ると、箱を開けて中を見る。
「サンキュー。今日は何かな?」
「うわっ。これ超老舗の菓子じゃん。しかも高級だけど凄く美味しいって評判の」
二人は中身を見て、驚きながら目を輝かせる。
「少し多めに用意した。糖分補給にはなるだろう」
二人は枢機に頭を下げると、談笑しながら訓練場を後にして帰路に就いた。
「じゃあ、着替えたら私も帰ろうかな。妹が待ってるし」
「そうか。ならば持っていけ」
枢機は袋ごと明日香に渡す。
袋の中をチラッと見た明日香は、「あれっ?」と声を出す。
「箱が二つ?」
袋の中には、源と弥園に渡したものと同じ箱が二つ入っていた。
「妹とやらに食わせてやれ」
「え?」
そう言った途端、枢機は訓練場の外へと向かって歩き出した。
明日香は再び袋の中を見て、箱を一つ取り出す。
顔を上げて枢機の方を見ると、既に離れたところにいる。
「……」
明日香は箱を袋に入れると、枢機に向かって頭を下げた。
数秒そうした後、頭を上げて枢機とは反対方向に歩き出して校舎へと戻っていった。




