第10話 放課後
生徒が帰って誰もいなくなった練習場に、練習着に着替えた二人の少女の姿があった。
源巴と弥園凛香である。
「はぁ……はぁ……」
「少し休憩だ。授業中に飛ばしすぎたか？バテやすくなってるぞ」
「そうみたい……。これ以上は不味いか……」
呼吸が乱れ、肩で息をしながら地面に四つん這いになっている。
「はい。水飲みな」
「はぁ～……ありがと」
源が弥園に飲み物を渡し、ゴクゴクと喉を鳴らしながら勢い良く飲んでいく。
源も飲み物を持ってくると、二人は地面に並んで座り込む。
「うまくいかないなぁ～」
「あたいは、詠唱も指定も元々要らないタイプだから助言のしようがねえ。こればっかりは、自分で何とかしてくれねえと」
「わかってるよ。最初の一回は詠唱より先に発動できてるけど、それ以降は中々な～……」
「研究結果はどうなんだ？魔法に関する研究は何度もされてるし、論文も大量にある。役に立ちそうなものは無かったのか？」
「ダメダメ。私の感覚と研究結果に乖離がある。研究結果に基づいて訓練したこともあるけど、成果を感じたことがない。なにより、詠唱が必要と言うのは常識になりつつある。今や、詠唱の破棄ではなく短縮、詠唱の種類の増加、こっちの方向に舵をとりつつあるからね」
二人は地面に大の字になって寝転がる。
弥園は目を瞑り、自分の動きを頭の中で再現する。
両手をかざして魔法の発動対象の指定を行う。
どれほどの糸を出し、どのように糸が動き、どのように展開し、何処に向かって飛んでいくか……。
それらを0.0001秒という一瞬の内に決断する。
そして魔法『斬糸』を発動すると、弥園が決めた量、動き、展開方法、飛ぶ方向に則って糸が生まれる。
だが、その糸が生まれても、生まれ続けるわけではない。
どこかで途切れる。魔法が永続的に発動することは今までに無かったのはわかっている。
その理由が、
（あの脳が潰れるような感覚……あれを克服しないと……）
吐き気、頭痛、眩暈がし、体が動かなくなる感覚。脳から電気信号が送られなくなったような、死へと向かっているような感覚。。
両手をかざして対象指定、詠唱をすることで、その感覚はなくなっていく。
（詠唱は、相手へ攻撃のタイミングを教えているようなモノ。両手が塞がれば、武器を持つこともできなくなる。この二つを克服できれば、剣を持って接近し、タイミングを悟られることなく魔法を発動できる。これだけでも大きな進歩……）
弥園は目を開けて、橙色に染まっている空を見る。
雲がゆっくりと流れ、風が彼女の頬をなでる。
「な～んでうまくいかないかな～……」
「なにも知らないからだな」
「っ！？」
「なにっ！？」
弥園がそう呟くと、枢機の声が聞こえてきた。
その途端、二人は体をガバッと起こし、飛んで声が聞こえてきた方向から距離を取る。
声の方向を見ると、胡坐をかいて二人を見つめる枢機の姿があった。
「全く。ここまで接近されても気づかんとは」
（まじか……一切気配が無かった……）
（二人とも気づかないなんて……）
目を見開いている二人は、最悪の事態を想定して戦闘準備を整える。
「そう緊張するな。殺しに来たわけではない」
枢機は退屈そうな顔をしながら、地面を右手の人差し指でトントンと叩いている。
「なら、一体何の用ですか」
「なに、お前らの鍛錬を見に来ただけだ」
「見に来た……？」
「わからんか？見学だ」
（そういう意味じゃないって……）
（舐めてんのか？こいつ……）
呆れた表情を浮かべた源は、
「あたしらを舐めてんのか？」
枢機を見ながらそう言う。
そして瞬きをすると、
「ああ。そうだ」
「なっ！？」
源のすぐ目の前に、枢機がいた。
源は即座に距離をとる。
「ちっ」
「……」
不愉快そうに顔を歪める源とは対照的に、枢機は不敵な笑みを浮かべる。
「そうカッカするな。いつものように鍛えろ。俺はそれを見る」
枢機は二人から距離をとり、そこで胡坐をかいて座る。
枢機に敵対する意思がないことを感じた二人は、仕方なく向き合って訓練の準備をする。
（明らかに実力差がありすぎる。ここで枢機という奴と戦うのは悪手か）
（彼の言う通りにした方がいいかな……。勝てる見込みがない）
「……巴、いくよ」
「おう」
源は体を変化させる。赤い目に黒い翼。
弥園も両手を前にかざして準備する。
「……」
枢機はそれを黙ってみていた。
