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〈異世界〉脱力冒険記 〜転生特典は壺(大)でした〜

以前、連載の形で掲載していたお話を加筆修正して、短編にまとめ直しました。

マイペース主人公が書きたくて……。

いいですよね、脱力系のゆるい主人公。


前半は退屈な描写もあるかもしれませんが、ぜひ最後まで読み進めていただけると嬉しいです!

 僕はどうやら異世界へとやって来たらしい。


「悪いが、元の世界へ帰してやる方法はない」

「そうなんだ」


 剣を下げた兵士さんに連れられやって来たお城。


 謁見の間的な場所で、僕は壇上にいる偉い感じのオジサンと対面していた。


 玉座にいるし、たぶん格好からして王様なのかな。


 やたらと緊迫した顔で帰還方法がないと言われたけれど、僕はといえばあんまり気にしてないから大丈夫なんだけどな。







 僕は関東の片田舎で暮らしていた普通の高校生だ。


 親は僕が小さい頃に早逝している。


 親戚とかも居ないらしくて一人で親の残した家に住む僕の生活はずっと、隣に住む幼馴染家族に助けられていた。


 中学二年からはバイトを始めて生活費を稼いで、結構うまくやっていた気もするけど、生活が楽かと言われたらまあ厳しかったと思う。


  僕を育ててくれた幼馴染家族は嫌な顔ひとつしないでずっと支援してくれていたけど、実際すごく迷惑をかけているのは知ってた。


 恩返しする機会が無くなっちゃったのは残念だけど、今こうして間違えて召喚しちゃったんだごめんねって言われたらまあいい機会かもなと思えるのが本心からの気持ちだ。


 それに、僕は図書室で小説を読むのが好きだった。


 読んでいた小説の中の出来事みたいに異世界に来ちゃった事に、表情には出ていないだろうけど僕は内心わくわくで一杯だったりする。


 僕は王様的なオジサンを見る。


「じゃあ適当に生きるから、お金ちょーだい」

「ん? んんん?」


 両手を差し出し言った僕に、王様的なオジサンは分かりやすく困惑した。






 硬貨がたくさん入った袋をもらった。


 ズシっとしてる。


 いきなり街中に現れたことで驚いた人たちに通報されちゃった僕だけど、なんかあっちで身元特定して異世界人って納得してくれたみたいだし、お金ももらえた。


 さっそく退出しよう。


 そう思っていると、王様的なオジサンの隣に立っていた上品なお兄さんが何か言っている。


「突然異なる世界へ来て戸惑っていることだろう。宰相である私から、最低限はこの世界のことを説明させていただくので、って、おい待て、えっ、この状況で出てくのか? えっ、ちょ、待て待て!」


 上品なお兄さんは見た目に反してにぎやかだ。


 それもさておき外に向かって歩き出した僕は大きな扉の前までたどり着いた。


 なんだか歩きづらいなあと思いながら扉の両側で待機している衛兵さんに視線をやるけれど、彼らは扉を開けてくれない。


「?」


 異世界だからかここにいる人たちはみんな僕の倍くらいの身長が合って、彼らに合わせて作られた扉は僕のひ弱さでは開きそうもない。


 頼りの衛兵さんはどうしようって感じで顔を見合わせていた。


「あの、宰相様がですね」

「出来ればお待ちいただけますとですね」


 衛兵さん二人は視線を合わせるように屈んでくれて、なんだか僕のうしろを気にしながら控えめにそう言った。


 彼らの視線に従って振り返ると、上品なお兄さん、おそらく宰相様な彼が壇上から降りて傍まで来ていた。


 宰相様なお兄さんと目が合う。


「?」


 さっきは僕に話しかけてたのかーと今さら気付いた僕はお兄さんが話し始めるのを待った。


 お兄さんは笑顔の口の端をひくつかせた後、何を言うべきか迷うように間を置いてから小さな声で言う。


「美味しいお茶とお菓子も付けますが、どうでしょう」

「……? ありがとう?」


 不自然な笑顔の宰相様は、なんかいい人そうだった。






 良く分かんないけどお茶もお菓子も有難くいただいて、その後も宰相様なお兄さんが「危なっかしい」と僕をやたらと引き留めるので、その後丸一日僕はお城でお世話になって色々と教えてもらった。


 ご飯もお風呂もちょっと洋風でいい感じだった。


 宰相様に教えてもらったのは主にこの世界の常識やお金の事、それから僕がなんでこの世界に来ちゃったのかだ。


 話は長くて難しかったから僕的に解釈する。


 たぶんこの世界は魔力的なものがある不思議世界で、数百年に一度、魔力溜まりが悪さをして別の世界と繋がっちゃう。


 で、僕はそれに巻き込まれちゃったらしい。


 僕の体は世界を渡ったせいで変質していて、言われるまで気付かなかったけど小学校一年生くらいの姿になっていた。


 なんかこの世界の人も物も大きいなって思ってたけど、僕がちびっ子になってたんだな。納得。


 それから、"ステータス"を見る方法を教えてもらった。


 この世界には一人一人にステータスというものがあって、誰でも自分の身体能力を数値化して確認できるんだって。


 わくわくしてフンスと鼻息を荒げた僕に宰相様は「あなたの興味を引けることがあって良かったです」とほっとしたように言っていた。


 ステータスを見る方法は本人が"ステータスオープン"と言うだけ。


 個人のステータスは個人の資質によって決まって、訓練すればその数値を増やすこともできるそう。


 まあ一人一人の体力や頭の良さなんかが数字で見れるって感じらしい。


 それから稀にスキルという力を得ることもあるらしくて、僕を異世界人だと見抜いた人は"鑑定"というスキルを持っているらしい。


「"ステータスオープン"」


 キーとなる言葉を唱えると、空中にゲームみたいにウインドウが開いて僕のステータスが映し出された。


「おお。すごい」


 思わず感嘆の声を出し、それから見方を聞こうと思って隣にいた宰相様を見たけれど、ステータスは本人にしか見えないらしい。


 彼も開いてみてくれたけど、人のは薄くぼんやりとした板が浮かんでるようにしか見えなかった。


 改めてステータスを見る。


【名前】ヒルネ

【性別】男

【種族】異世界人

【年齢】17

【職業】巻き込まれた一般人(高校生) Lv.1


【体力】200

【魔力】200

【攻撃力】12

【防御力】24

【知力】161

【俊敏性】4


【スキル】アイテムボックス




 ステータスを見た僕は半目になって一言。


昼寝(ヒルネ)って、ゲームで使ってた名前じゃん」


 小中学校の頃はよく幼馴染の家にお邪魔してRPGゲームや対戦ゲームなんかをしていた。


 どういう経緯で名付けたかは忘れたけど、どのゲームでも毎回ヒルネって名前を付けていた僕は何故かその名前で異世界転生してしまったらしい。


 幼馴染が僕のことを"ヒルネ"って呼ぶせいで幼馴染家族や学校の友達までみんなに"ヒルネ"呼びされてたからそのせいだろうか。


 まあ、いいか。


 愛着もあったし、呼ばれ慣れた名前だし別にいいや。


 僕は、今日からヒルネになったらしかった。






 それから、宰相様なお兄さんの時々うんちくを挟んだ長い説明によると、僕の体力なんかのステータスは至って普通の数値らしい。


 魔力を持ってるのは二人に一人くらいらしいけど、僕は持ってたみたい。


 ラッキーだ。


 攻撃力や防御力なんかは僕くらいの子どもの平均的な数値で、知力に関しては優秀だと褒められた。


 義務教育なんかないこの世界では161という数値は結構高いほうで、僕の見た目年齢的には神童レベルだとか。


 とはいえ国仕えで文官やってる人と比べたら普通だそう。


 僕は中身までちびっ子ってわけじゃないからこれ以上伸びることはないだろうし、まあこんなもんなのかな。


 なんだ、異世界チートとかないんだなあとボーっと聞いてたら、最後の項目になって宰相様なお兄さんが分かりやすくソワソワし始めた。


 なんかここまでは前振りだったのか、目がテカテカ輝いて鼻息が荒い。


 すごく説明がしたそうだ。


「スキルのアイテムボックス。これはすごいですよ! これは異世界から来た方にしかないスキルなんですね。空中に作り出した異次元に物を収納することが出来るのですが、亜空間とも呼べるその能力はこちらの世界のどんなスキル保有者にも魔法使いにも考えられないほど異端なものでウンタラカンタラ」

「へー」


 勢いがすごい。


 どうやら、アイテムボックスは異世界人特有のスキルらしい。


 アイテムボックスって言ったら異世界転生モノの定番だもんね。


 宰相様なお兄さんはなんか小難しい理論の話を挟みながらまだ説明しているけど、僕は右から左に聞き流した。


 複雑なこと言われても分かんないし。


 アイテムボックスっていうくらいだから、やっぱり容量無制限で時間停止なんだろうな。


 便利なものに文句はないし、特別虚弱ってわけでもなさそうなのが分かって良かった。


 そうして翌日、予定変更することもなく僕は放逐されることになった。(まあ、そう望んだんだけど)


「金は、一人で身を立てる支度が出来る程度には渡しておく。本当にすまんかったな。困ったことがあったらいつでも頼りなさい」

「どうも」


 僕は昨日も会った王様ぽい人に挨拶してお城みたいな場所を後にした。






 僕は城下町らしい街中をとことこ歩く。


 お城も洋風だったけど、街中も石畳で馬車が走る中世ヨーロッパ風だ。


 キョロキョロしながら歩いてたら屋台のおっちゃんに観光かおのぼりさんの子どもだと思われたらしく、「楽しんでってくれよ」と串焼きをもらえた。


「平和そう、だなあ、むぐむぐ、ごくん」


 もぐもぐしながら思う。


 確かによくあるRPGみたいな世界観ぽいし、冒険者って感じで剣や皮鎧を身に着けた人や魔法使いなのか短杖を持った人もチラホラいる。


 けど、全体的にぽやぽやしてるというかのんびりしてるというか、平和な感じだ。


 鳥皮っぽい串焼きも甘辛タレで普通に美味しいし。


 ひとまず、帰る方法は無いと言うし、僕は今日からここで生きていくことになる。


 まずは宰相様なお兄さんのおススメどおり、冒険者にでもなるべく冒険者ギルドを目指した。






「街の外はたしかにソレっぽいなあ」


 ガサ、ガサ、と。


 冒険者ギルドで定石通りの登録処理をしてもらった僕は早速、街の外の森に分け入っていた。


 ちびっ子一人で入ってきた僕に始め冒険者ギルドにいた人たちの視線が集まったけど、僕が受付に行って登録したいことを伝えた頃には視線は散っていっていた。


 冒険者ギルドの人は普通に親切だった。


 説明によると、冒険者養成所なる学校の出身者や高ランク冒険者からの紹介がある人はいくつか上のランクからスタートできるらしいけど、身元不明で知り合いもいない僕はお小遣い稼ぎっぽいちびっ子たちと一緒に最低ランクからのスタートになるらしい。


 最低ランクの冒険者は腕試し的依頼や雑用なんかで冒険者の仕事を慣らすような意味合いがあるとかなんとか。


 受付をしてくれたのは肌が薄緑のお姉さんで、他にも色々説明をしてくれた気がするけど話が長くて途中からは夢うつつだった。


 とりあえず、ギルド登録が完了した事を証明するギルドバッジを胸に付け、今日は薄緑のお姉さんのお勧めの常設依頼の『万力草採取』をしてみる事にした。


 万力草はメジャーな薬草の一種で、街を出てすぐの森にも自生しているらしい。


 十本も見つけられれば今晩は格安宿に泊まってプラス一食食べるくらいは稼げるだろうとのことで、おいしいご飯と寝る場所のために頑張らないとだ。


 登録の為の聞き取りを僕にしていた薄緑のお姉さんは「働いた経験は無くて王都は今日が初めて、寝る場所も食べるものも無い、ですか……?」とか言って顔色を薄緑から濃い緑にした後は、やたらと親身になって色々説明してくれたんだよな。


 結局は僕の貧弱な体を見ながら「まったく危険がないとは言いませんがまだマシかと」って言ってこの依頼を勧めてくれた。


「お、またあった」


 木の根あたりにそれらしい草を見つけた僕は、濃い緑になったお姉さんから借りてきた"見本"を取り出す。


 見本は、状態保存のスキルを持っている人が万力草を加工したものらしく、ラミネートぽい加工をされた万力草の葉っぱの実物を見ながら同じものを探すことが出来る。


「うん。茎の黒い縞々は見本には無いし葉っぱのギザギザの形も違う気がするけど、きっとこれも万力草だよね」


 見つけた草と見本を見比べ僕は頷きながら万力草と思われるその草を採取した。


 森へ入ってから体感ではまだ一時間くらいだけど、既に収穫は上々だ。


 ギルド貸し出しの麻袋が大きさも様々で色とりどりの万力草たちで一杯になっている。


 十本で一宿一飯なら、これだけあればしばらく安泰そうだ。


 薬草探しの才能があったなんて自分でも意外だなあ。






 そうしてそろそろ街へ引き返そうかという頃、僕がいた獣道の前方に小さな影が飛び出してきた。


「わっ、犬?」


 現れたのは、ペットショップで見たことがあるような豆柴っぽい可愛くて茶色い犬。


 丸々としていてまだ子犬って感じの外見だ。


 とはいえさすが異世界、小学一年生サイズのちびっ子な僕と同じくらいの大きさがあった。


 次の瞬間、 飛び出してきた子犬は僕の存在に気付いて歯を剥き出しに臨戦態勢になる。


「ギャウン!」

「わ! どうしよう、すごい牙だ」


 姿勢を低くしこちらへ今にも飛び掛かってきそうな体勢になった子犬は鋭い牙が並んだ凶悪な口元を剥き出しにしていた。


 一見可愛い子犬だったけど、額に小さな角まで見つけてどうやら危険な魔物らしいと気付く。


 そういえば薄緑のお姉さんも森にはコモンランクって言われる低ランクの魔物が出ることがあるとか言ってたような。


 それより上のレアランクやエクストラランク、果てはレジェンドランクなんていうのにまで進化する個体も世の中にはいるらしいけど、お姉さんはこの森には居ないって言ってたから甘く考えてたかも。


 子犬の牙は鋭くて、咬まれたらただでは済まないだろうと分かった。


 コモンランクなんてゲームの世界じゃ雑魚扱いだけど、現実になったら魔物ってだけで滅茶苦茶怖いや。


 ていうかこれがただの野犬でも僕勝てないんじゃないかな。


 実際野生の犬なんて肉食だろうし、魔物は同種の動物の数倍はステータスが高くて狂暴らしいから、この状況シャレにならないかも。


 何か対抗手段が無いかとポケットを叩いてみるけど放逐される時に偉い人に持たされた財布くらいしかない。


 あと僕が今持ってるものといえば万力草らしき葉っぱがたくさん入った麻袋だけだ。


「あちゃー、何か武器になる物くらい用意すればよかった」

「グルルルル……」


 うっかりしてたな。


 僕は完全に無手で森へやってきていることに今頃気が付いた。


 そういえば薄緑(途中から濃い緑)のお姉さんがしきりに武器屋さんへの道順を教えてくれたのは何か用意していけってことだったのかな。


「来るなよー、えい、ファイアー、アイスストーム」


 適当に口にしてみるけどファンタジー世界だからといってそう都合よく魔法が飛び出すようなことはない。


 バッと飛び掛かってきた牙剥き出しの子犬に、咄嗟に頭を抱えてしゃがみ込むことで避けた。


 空ぶった子犬がスタントマンのようにゴロゴロ転がって少し離れた位置で止まりすぐさままた臨戦体勢に戻る。


 なんとか避けられたけど、今のは完全にまぐれだ。


「えっと、あとはなんだっけ、"ステータスオープン"?」


 この世界に来て教えられたことを思い出しながら何か攻撃に使えないかと口にしていると、ステータスオープンと言ったところでステータスウインドウがぶおんと出現した。


 ああ、今ステータスを見たって仕方ないのに僕ってば馬鹿。


 こちらを睨んでいた子犬が出現したウインドウに一瞬ビクッとしたけどすぐ気を取り直したように姿勢を下げて飛び掛かりそうな体勢に戻った。


「まずいまずい。えーっと、ヒルネ、は、ただの名前だし、体力、魔力は使い方分かんない……」


 咬まれたり痛い思いはしたくないし、軽いパニック状態でステータスに表示された項目を口に出していた僕は最下部に書かれたスキルの存在を思い出して、初めてそれを使ってみた。


「"アイテムボックス"」


 言った途端、手にズシッと重みが加わる感覚がした。


 思いがけない力が加わったことで持ち切れず、ゴトンと地面に落とした。


 見れば大きなツボだ。


 現れたのはちびっ子な僕が抱えるくらいの大きな陶器のツボ。


 けれど、不思議なことに透けている。


 スキルなんてゲームぽい能力なだけはあり、ステータスウインドウみたいな魔法っぽい存在らしい。


「ええー、なんか出たんだけど。どうやって使うのこれ。んん、よっこいしょっと」


 そもそもラノベでよく見るアイテムボックスといえば攻撃系の力じゃなくて便利な収納の力だもんな。


 子犬はもうこちらを敵に認定してしまっていてまた襲い掛かってきそうだ。


 僕、ダメかも。


 そう思いながらも何かないかと大きなツボを抱え上げて覗き込んでいた僕に、いよいよ我慢ならなくなったらしい子犬が再び飛び掛かってきた。


「グググ、ギャワン!」

「わ!」


 ツボが重くて一歩も動けず、犬を避ける術は無い。


 お願い、食べるにしたってどこか一口だけで勘弁してとギュッと目を瞑りかけた時、僕は信じられないものを見た。


「キャウン!?」


 驚いたように空中で目を剥いた子犬が甲高い声を上げる。


 そして瞬きの間に、


「吸い込まれちゃった……」


 子犬はすごい勢いでずるんとツボに吸い込まれ、すっかり消えてしまったのだった。




 ◇ ◇ ◇




「ほんと、怖い目に遭っちゃった。これが異世界の洗礼かーって感じ」

「あ、ああ、そうか……?」


 目の前の小っちゃいおっちゃんが厳めしい顔を困惑に染めてこちらを見上げている。




 今僕がいるのは武器屋だ。


 武器屋はイメージしてたよりも小さく、中は工房って感じ。


 店先には剣や槍や斧が二本ずつくらいしか並んでいなくて、もしかしたら飾ってある武器は種類を見るだけの見本品で基本はフルオーダーなのかもしれない。


 たしかに武器なんて一人一人サイズが違うだろうしこんな世界じゃ命を預けるものだもんね。


 そして今僕が話しかけているのは店主っぽい堅物そうなおっちゃんだ。


 僕の半分くらいしか身長が無い小さなおっちゃんは、たっぷりと髭を蓄えていて小さくて柄が悪いサンタさんって感じだ。そしてムキムキ。


 子犬な魔物がツボに吸い込まれてなんとか助かった僕は、その後とりあえず無手じゃ駄目だと武器屋に来ていた。


 それはいいんだけど、どうやら僕は子犬魔物との戦闘でアドレナリンが出まくっているらしく、珍しく興奮してしまってるみたい。


 店に入るやいなや、初対面の店主らしきおっちゃんに話しかけまくっていた。


 入店、アズスーンアズ、早口お喋りだ。


「命からがら帰ってきたのに、薄緑のお姉さんには怒られたんですよ。全然万力草じゃないって。めっちゃ怒るんです」

「そ、そうか。大変? じゃったな?」


 そう、ここに来る前に冒険者ギルドへ報告へ寄ったんだ。


 一、二時間しか経っていないからか受付の薄緑のお姉さんは僕の事を覚えていたけど、集めた万力草にも文句を言われたし、武器無しで森に入ったことに関しては顔を赤と緑に点滅させながらすごく怒られた。


 冒険者ギルドはそそくさと出てくるしかなくなってしまったので、僕は初めての戦闘の恐怖や高ぶりを誰にもぶつけられずにいたんだ。


 そしてやってきた武器屋さん。


 小さな店舗に入って正面、ままごとみたいに低い会計カウンターのところにいたおっちゃんと目が合った僕はまくしたてるように今日あったことを話し始めた。


 工具を手に製品の調整をしていたらしいおっちゃんは頭の上に『???』を乗せて、半ば呆然と僕の話に相槌を打っている。


「それで、無手で森に入るなんて馬鹿だとかまで言われて、そんなこと僕だって知ってますよーって言ってやったんです」

「はぁ」

「ツボじゃ、この先流石にまずいですもんねー」

「つ、つぼ? てかお主、ずっと無表情でまくし立てて怖いんじゃが、てか客なんじゃよな?」

「あ、そうだ、武器買いに来たんだ」


 状況把握がやっと出来てきたらしい店主のおっちゃんがやっと相槌以外に言葉を発したことで僕も気づく。


 僕らしくなく、たくさんお話しちゃったよ。


 普段無口なほうだからお喋りも下手だし、感情を表情や声に乗せるのも下手だ。


 幼馴染にはちっちゃな頃から無表情で何考えてんのか分かんないってよく言われたな。


 おっちゃんの仕事の邪魔するのも悪いよねってすぐに武器の購入について聞いてみる。


「武器や防具って僕でも買える?」

「ああ、定型のナイフなんかで良ければ4000Gぐらいからあるぞ。剣を作るなら10万Gからじゃな」

「え、高」

「お主……」


 素直な感想が出た僕におっちゃんは顔を引きつらせた。


 お城で偉い人にもらったのは30万Gで、値段的にもこれで武器防具一式を揃えて生きていけってことだったみたいだ。


 僕はあんまり危険なことをするつもりはないから、何か食べていけるだけの仕事が見つかるまではこの30万Gで生活していくつもりだったから、続けるかも分からない冒険者稼業のために無駄遣いしたくない気持ちが勝って高いと思っちゃった。


 そんな事情や、レベルが1なことなんかを僕が独り言でぼやいていると、意外と親切らしいおっちゃんは剣や槍を買っても経験が無いなら使いこなせるはずないだろってナイフだけ買うよう勧めてくれた。


 たしかにナイフなら他に使い道もあるし無駄になることはないよね。


 それから、武器よりも大事なのは身を守る防具だろって革のプロテクターを見繕ってくれる。


 おっちゃんにお礼を言ってナイフと防具を購入することにして、合計で3万Gで済んだ。


 おっちゃんにはレベルが上がるまでは近場で薬草採取だけをするようにって何度も言い含められちゃった。






 ゴトゴトゴト


 翌日、僕は馬車の荷台に乗っていた。


 ぽかぽかとした日差しが簡易な日よけの隙間から差している。


 街道はさすがに森と違って獣の気配など無く、街と街の中間地点に来た頃には僕の乗った馬車以外には他に行き交う人や馬車の姿は見えない。


 のんびりと続く風景に思わず眠気が。


「ふああ」

「おい兄ちゃん気が抜ける欠伸だな、ハハ」


 僕と同じく馬車の荷台の淵に腰かけていた男の人に笑われちゃった。


 男の人は僕を乗せてくれているこの馬車の持ち主、若くして行商人をやっているゴウショウさんだ。


 たぶん三十歳にもなってないんじゃないかな。


 今は御者をやっている物静かで大柄なホサさんと二人、大きな街の間を商売をしながら移動しているらしい。






 昨日森で子犬と死闘を繰り広げ、しばらく街から離れず薬草採取をするよう言い含められた僕がなぜ荷馬車に乗っているかと言うと、それは簡単。


 宿がめちゃ高かった。


 昨日武器屋に行って装備を買った後、格安だという宿に行った。


 雑魚寝な上に他数組と同室、シャワーなんかあるわけなくて体を拭くためのお湯も別料金だった。


 なのに、一泊4000G。


 ナイフ買えるじゃんって。


 毎晩ナイフ買えちゃうじゃんって。


 えー、高いなあってげんなりしながらも他に泊まれる場所もないから泊まった。


 それで、今朝改めて冒険者ギルドで薄緑のお姉さんにそのことを愚痴ったら、「王都は物価高いものね」って苦笑いされちゃった。


 聞くに、僕がいた街は王都っていって国の首都みたいな街で、物価もピカイチで高いんだって。


 もうね、すぐ決めた。出ようって。


 安全に出来ると思ってた薬草探しの仕事も結構危なかったし、何より順調に集めたつもりだった万年草は薄緑のお姉さんに見せたところ一本も万年草は無かったらしい。


 装備無しで森に入ったこともあって薄緑のお姉さんは顔が点滅するくらい怒ってたから、薬草探しは僕には向いてないんだなって実感したし。


 身元不明な僕じゃ都会じゃ職探しも難しそうだし、お金のあるうちに郊外へ行こうって即決めたよ。


 で、街の出口近くでヒッチハイクよろしく手を上げてアピールしてたら、ちょうどそこを通りかかったゴウショウさんの馬車に拾ってもらえたってわけ。


「まったく。街の出口で無表情な子どもが両手上げてブンブン手ぇ振ってるの見た時は何かと思ったよ」


 ゴウショウさんにクククって笑われちゃった。


 ゴウショウさんは王都っていう僕がいた街ともう一つ離れた場所にある街をシャトルバスみたいに荷馬車で往復して商売をしているらしい。


 道中の集落での仕入れや販売がメインらしく、王都で仕入れた生活物資を各集落で売ってはその土地の作物なんかを買い付けてそれを目的地の街で売るってスタイルらしい。


 で、目的地の街でも同じように仕入れて今度はもう一つある別の道を通って集落で売り買いしつつ、王都に引き返すんだとか。


「もう何年も決まった道を決まった間隔でぐるぐる回ってるだけだからな。たまには刺激になるだろうって坊ちゃんみたいな善良そうな旅人は運んでやってるんだ」

「そうなんだ」


 偶然の出会いだったけど、ゴウショウさんもホサさんも良い人だし良い縁だったなと思う。


 もちろんお礼というか運賃は渡してある。


 目的地までお願いするには荷馬車のスペースもとって迷惑をかけるだろうから、1万Gを渡して集落の仕入れ品で荷台が一杯になるまでって感じでお願いをした。


 実は道中の野営や携帯食にと王都では食べ物や簡単なテントや寝具を買い付けてからヒッチハイクに臨んだんだけど、今のところ寝泊まりは荷台で、食事もゴウショウさんたちがついでだって僕の分も用意してくれるからアイテムボックスに眠ったままだ。


 命には代えられないと思って買った一本1万2000Gもする回復ポーションやドーピングポーションももちろん出番無しだ。


 ポーション類は"魔法薬"のスキル持ちの人が万力草なんかを材料にして作るらしい。


 体力や怪我を直すマジックアイテムである回復ポーションも、同じく飲んだ人の能力値を一時的に跳ね上げるドーピングポーションも王都じゃないと手に入り辛いと聞いて買ったけど、もしかしていらなかったかなあ。


 まあ、あのツボ型のアイテムボックスは時間停止で容量無制限だろうし、いつかは必要になるだろうし入ってることさえ忘れなければ無駄遣いじゃないよね。


 そうして馬車の運転方法を教えてもらったりしながら三日ほど進んだ頃だった。


 そろそろ日が落ちて来たし野営地をと話していた時、馬車の馬がむずがって進むのをやめちゃった。


「どうしたんですか」

「ん、ちとまずいかもしんねえな。静かにしてな」


 御者席にいるホサさんが馬を落ち着かせようとする中、荷台にいたゴウショウさんは同じく荷台にいた僕にそう言った。


 そして小声で「馬を食う動物が近くにいそうだ」と続ける。


 なるほど、肉食獣の気配に馬が怖がってるのか。


 って、それ僕らも危ないよね。


 そう思っていると、御者台のホサさんが内窓越しに声を上げた。


「四足。狼か犬。群れ。十体以上。レアもいる」

「チッ、レアに進化した個体までいんのか。坊ちゃんは戦え……んよな」

「はい、すみません」


 ホサさんが端的に情報を挙げれば、その言葉に舌打ちしたゴウショウさんは一瞬こちらへ声をかけたが僕の返事を聞く前に荷台にあった短刀を手に取って鞘から抜いた。


「戦えるんですか?」

「いや、スキルも算術系だし剣はただの手習いだ。ホサ、馬一頭置いてどうにかなりそうか」

「無理」

「あー、クソッ! じゃあ目隠しして落ち着かせろ」


 ゴウショウさんたちも戦えるわけじゃなさそうだ。


 そこで、僕はあることを思い出した。


「……ゴウショウさん、僕を守ってくれますか」

「そりゃできることなら守るがそんな余裕は、坊ちゃん───」


 僕を見損なったとでも言いたげに見たゴウショウさんだったけど、僕の顔を見て言葉を止める。


「違います。僕が先頭で行くので、フォローを頼みたいんです。僕に考えがあります」

「っ! わかった、どうせ他に案もねえ。おい、ホサも補助しろ!」

「分かった」


 馬の目を塞いでいたらしいホサさんも荷台に回って来て、僕は二人に作戦を伝えた。


 半信半疑な二人に荷台の荷物を使って実践してみせると、二人は駄目元でもやる価値はあると乗ってくれた。



 そして────。



「ほんとありがとな! 坊ちゃん、いや、ヒルネ!」

「ヒルネ。強い」

「なんとかなって良かったですー」


 野営地にて焚火を囲み、僕らは杯を打ち合わせた。


 夕方の狼の群れ、それを僕たちは無事退けてこうして無事夜を迎えることができていた。


 ゴウショウさんは生還した祝いだと言って王都の仕入れの一部を荷解いてまで豪華な食事を用意してくれた。


「ご馳走ですね、いいんですか」

「狼どもに取られるはずだったもんだ。いよいよとなりゃあ、ある限り全部の食料ばら撒くくらいしか無いと思ってたからな」

「全部無事。ヒルネのおかげ」


 口数少ないホサさんも礼の言葉を尽くしてくれる。


 なんか嬉しいな。


 褒めてもらえて、名前を呼んでもらえて、僕はこの世界に来てから初めて人に感謝される事が出来たんだって気持ちが浮き立った。


 ぐいっと杯をあおって甘い香りがする飲み物を空にすれば、嬉しさからかふわっと頭が軽くなってポカポカした。


 あの時、僕らを囲んでいたのは十頭以上の狼の群れだった。


 彼らは相当お腹が空いていたみたいでガリガリで、動きもユラユラとキレが無かった。


 とはいえ数が数だ。


 そのうえ、群れにはボス格らしき三頭の魔狼が混じっていた。


 魔狼は他のやつの二倍はある体を持っていて滅茶苦茶怖い。


 けど、形勢逆転を狙うならそこを倒すべきだろうと思った。


 僕の作戦は、魔物の子犬を倒したのと同じことを狼にしてやろうというものだった。


 未だツボの中で時間停止しているだろう豆柴っぽい子犬の魔物、あの戦闘の時はツボに触れることなく吸い込むことができた。


 生きた魔物を、そのままだ。


 その事に気付いたのは随分後になってからだったけど、他の生き物で試す機会も無いままだった。


 なにはともあれ何故かセオリーとは違って生物も取り込めるらしい僕のツボなら、狼だって魔狼だって行けるかもしれないと、それに賭けたんだ。


 そして、その賭けに僕たちは勝ったってわけ。


 まあ、ツボ吸い込み作戦で駄目そうなら、一番戦えそうなゴウショウさんにドーピングポーション飲んでもらうっていう第二案もあったんだけどポーションの出番は無かったよ。


「それにしても、なんだそのツボ! なあヒルネ、俺たちにそのツボ売る気はねえか」

「……150。出す」

「あー、これ僕のスキルなんで。実体は無いんです」

「ほお、そうなのか」

「残念」


 ゴウショウさんはちょっとふざけた感じで、淡々としたホサさんは結構本気っぽく交渉されたけど、ツボは実体があるわけじゃないから売れない。


 売れたとしても、断ったかもだけど。


 もう二回も危機から守ってくれたわけだし。


 僕が出しっぱなしにしていたツボを抱き枕よろしく抱えて頬をすり寄せていると、ゴウショウさんに「無表情で頬ずりすんな、怖えよ」と笑われてしまった。


 それから、お礼だと言ってゴウショウさんたちは僕を目的地の街まで乗せてってやると言ってくれた。


 嬉しいことを言ってもらい美味しいものを食べ、ご馳走をすっかり食べ終わる頃には僕はなんだか夢心地ですっごくいい気分だった。


「ごうしょうしゃん、ほしゃしゃん、ぼくはねえ、いせかいじんのくしぇにゆうしゃじゃないんれすよお!」

「おう、すっかり酔っちまったなこりゃ」

「酔った」

「いっぱんじんこうこうせいだろうがねえ! ぼくがわるいまものなんか、たおしちゃうんれすからねえ!」

「酔って叫んでんのに、相変わらずヒルネは表情変わんなくて面白れぇな」

「無表情。泥酔。器用」


 ゴウショウさんが苦笑し、ホサさんが頷く。


 後で聞いたところでは、この異世界では酒精の弱いお酒は携行水代わりらしくって年齢制限もない。


 酒精があるほうがただの水より傷みにくいんだとか。


 開放的な気分になった僕の舌もよく回り、度々朗らかな笑いが起きるような僕たちの夜はこうして更けていった。






 狼の群れを倒した日から集落二つを超え、僕たちの行商の旅は続いていた。


 どうやら数十年単位で来るという野生動物の活性期に当たってしまったらしく、その後も何度か野生動物やコモンランクの魔物と遭遇した。


 その度に僕がツボで馬車を守るものだからゴウショウさんたちにはすっかり感謝されっぱなしだ。


 商売人はツキを大事にするとかで、活性期に僕を拾えた幸運の波に乗るんだと結構行商でも思い切った取引をして利益を上げたみたい。


 さんざん二人に持ち上げられた僕も調子に乗っちゃって、実は最近は夜な夜なちょっと危険な遊びにハマってたりする。


「ホサしゃん、今日も行きましゅよ!」

「行こう」

「おう、くれぐれも気をつけてな。頼んだぞホサ」

「あー、ゴウショウしゃんったら、僕もそろそろ呑み慣れてきたんでしゅからねー」

「呂律回ってねえ奴に言われてもなあ」

「任せろ」


 今日も三人きりで夜の宴をした僕たちは、そう会話をして二手に分かれた。


 ゴウショウさんに火の番を任せて、僕とホサさんは簡単な荷物だけを持って街道に出るのとは違う小道へ向かった。


 あれからいくつか小さな村や町を過ぎると、他にもチラホラ行き交う馬車を見るようになった。


 それから、徒歩や馬に乗った冒険者らしき人たちも。


 ゴウショウさんによれば、このあたりには慢性的な魔力溜まりがあるらしい。


 慢性的な魔力溜まりは僕がこの世界に連れてこられたような現象は起こさないけれど、その場に滞留して動物を魔物に変え、果てはいわゆるダンジョンを形成してしまうらしい。


 僕は正直、異世界での冒険に憧れがあった。


 ツボがあれば安全なことも知った僕は、酔いの力も借りてしまうともう我慢が出来なかった。


 ゴウショウさんに運行経路を調整してもらい、ダンジョンの傍で夜営をした。


 ダンジョン傍には冒険者のために整備された野営地が必ずあるし、人通りもあるからより安全らしい。


 ダンジョンでは魔力溜まりによって発生する魔力を含んだ鉱石(いわゆる魔石)や魔物の毛皮や牙なんかの素材も手に入るし、それがいい商品になるらしくてゴウショウさんも二つ返事で了解してくれた。


 そうして僕は夜な夜な呑んで気持ちが大きくなってはホサさんに付き添われてダンジョンに潜っていたのだった。


「"ステータスオープン"」


【名前】ヒルネ

【性別】男

【種族】異世界人

【年齢】18

【職業】冒険者 Lv.4


【体力】212

【魔力】220

【攻撃力】14(+2)

【防御力】28(+15)

【知力】162

【俊敏性】5


【スキル】アイテムボックス


 僕がキーとなる言葉を唱えた事でステータスが表示される。


 何か所もダンジョンに潜った事でレベルが1から4に上がり、ナイフと防具を身に着けているからステータスも微増している。


 ツボがあるという絶対の安心の元、僕自身もダンジョンの中でコモンランクの魔物を何体か倒したんだ。


 ゲームをしていた感覚でいえばレベル4なんて雑魚すぎるけど、実際に魔物を倒して強くなっているっていう現実での充足感は半端ない。


 酔っぱらってるのもあって完全にやめられない止まらないだ。


 とはいえ、メインはダンジョン探索。


 道中出くわしてしまった敵のほとんどはツボに収納しているし、商売が順調なゴウショウさんからは魔石を提供する代わりに売上の半分と予備の回復ポーションやドーピングポーションももらっている。


 今のところ怪我をすることも無く順調で、それらポーションは未だツボの中で寝かせているわけだけど。


「ねぇホサしゃん、今日こそボスべやいきましょおよぉ」

「……。容量。ある?」


 ダンジョンにはボス部屋と呼ばれる魔力溜まりの中心地がある。


 最下層にあるそこだけは未だにホサさんから承諾をもらえず入れていなかった。


 けれど、今日のホサさんは却下してこない。


 これはあと一押しかと僕はズイとホサさんに顔を寄せた。


 とはいえホサさんの太ももくらいまでしか身長がないから滅茶苦茶至近距離に立って見上げてるだけなんだけど。


「ぼくのツボはようりょーむせいげんれ・しゅ・よ!」

「……許可」

「やったぁ!」


 ツボに死角無しと詰め寄れば、ホサさんはやっと折れてくれた。


 常識人なホサさんが僕の押しに流されてしまうのもわかる。


 ボス部屋でボスを倒せば、ダンジョン攻略報酬とでも言える貴重な魔原石なんかが手に入るのだ。


 ボスはダンジョンの核そのもの。


 ボスを失ったダンジョンは新たなボスを生み出すべく魔力の凝縮した結晶である魔原石を表出させる。


 これがとんでもなく価値があって高価らしい。


 魔原石を失ったダンジョンは数週間程度弱体化するらしくて、ボスを倒して魔原石を持ち帰ればゴウショウさんたちはウハウハ、僕も冒険者ギルドで高い評価を得られるというわけ。


 果たしてツボで吸い込んだだけで魔原石が表出するかは謎だけど、僕はダンジョンボスを見たくて見たくて仕方なかった。


 ついに、ついにホサさんからオッケーが出た。


 僕は勢い込んでダンジョン攻略を進めるのだった。




 翌朝、もう昼前の時間になっても僕たちはまだゴウショウさんが留守番していた野営地を出発していなかった。


 それというのも、僕とホサさんが野営地に戻ったのがもうすっかり夜も明けた時間だったからだ。


「いやあ、たまげた。本当にボスまで攻略しちまうとは」

「ヒルネ。すごい」


 ゴウショウさんが心からの感嘆の声を出せば、ホサさんも昨夜から何度も言ってくれる褒め言葉をくれた。


 酔いの覚めた僕はフンスと胸を張って彼らの称賛に応える。


 三人の座る野営用のシートの上には深い赤に光大粒の宝石。


 僕とホサさんは見事ボスを倒して魔原石を持ち帰ったのだ。


「まだ信じられねえな。ヒルネみたいなちっこい坊ちゃんが、ダンジョンボスを倒しちまうとは。いやあすごい。やっぱりツボの力か? ヒルネはまだレベル5かそこらだろ?」

「うん、ツボだよ。でっかいクマみたいなボスだったけど、ツボを向けたらキュポンって吸い込まれちゃって」


 一応ツボを信頼していたけど、本当に怪獣みたいなボスがツボに入った時はホサさんと二人顔を見合わせちゃったくらいだ。


 あっけなくって、それに初め魔原石も現れなかったから、これじゃやっぱりボスを倒したことにはなんないのかなとも思った。


 その時にはもう夜半過ぎだったからボスがいなくなって安全になったボス部屋で一眠りして、起きて帰ろうかって言ってたら魔原石が転がってるんだから二人でまた驚いちゃった。


 変な倒し方しちゃったから、ダンジョンまで混乱したのかななんて二人でちょっと笑って、そして名実ともに僕たちはダンジョン踏破者になれたってわけ。


 そんな事のあらましをゴウショウさんに話し、ひとしきり盛り上がった僕らは今日を特別に休息日としてのんびりした後、夕方までかけて少し栄えた街まで馬車を進めた。





 ダンジョンが群生する土地柄、立ち寄った街は規模こそ小さいものの王都にも負けないくらいににぎやかな街だった。


 王都と違うのは、冒険者向けらしいお店が大通りの左右にひしめき合っていて、日本でいう大衆食堂のような飲食店、それこそボリュームと価格の安さが売りみたいなお店がたくさんある事だった。


「飲み屋と夜の店に関しては王都よりこっちのが豊富なくらいだな。っと、ヒルネに言ってもわかんねぇか」

「不健全」

「む」


 ゴウショウさんとホサさんに子ども扱いされてムッとするけど、まあこの外見じゃ仕方ないか。


 頭をポンポンと撫でるように諫められ、それから僕は商売をするゴウショウさんたちと一旦別れて冒険者ギルドにやって来た。


 魔原石を手に入れたことはダンジョン近くに設営されている冒険者ギルドの出張所に届け出てある。


 今日はそこで発行された証明書を持ってランクアップの手続きに来たんだ。


 ちょっとだけ懸念があるとすれば、ちびっ子一人で相手にしてもらえるか不安なこと……。


 証明書をもらう時はホサさんも一緒に居たにも関わらず散々ツボが魔物を吸い込む実演したり説明したりと信じてもらうのにも苦労した。


 最後にはツボの中で時間停止してるボスをここで出して見せようかとすら思ったけど、僕の思考回路を読んだらしいホサさんにやんわり止められた。


 そんな事ダンジョンの外でやったら大変か。


 ツボには、ゴウショウさんたちと別れた後用に、時間停止なのを良い事に大量に食料品や日用品なんかも入れてるけど、今のところ出す場面が無いから本来の用途では全く使ってないなって。今さらだけど。


 また魔物の居るところまでギルド職員さんと出張ってツボで実演するのかななんて思いながら僕が受付の列に並んでいると、ギルドの扉が勢い良く開いた。


 力任せに開かれた扉は蝶番が馬鹿になったのか壁にぶつかるまで開きバンッと大きな音を立ててガクンと外れた。


 あまりの騒々しさにギルドに居た全員の視線が集まる中、巨体で転がるようにギルドに駆け込んだ大男が叫んだ。


「スッ! スタンピードだ!!」


 ガタンと椅子や机にぶつかるような音がそこここで起きた。


「スタンピードぉ!?」

「どこだ!」

「南門だッ! "トカゲ"と"ラクダ"が同時に決壊しやがった!」

「ハァ!?」

「くそったれ!」


 すぐさま怒号のように声が交差する。


 僕があまりの突然な騒ぎに呆気に取られていると、『───ガガッ』と電子音のような音が聞こえた。


 音の発生源は冒険者ギルドに所属することを証明するために身に着けていた胸元のギルドバッジ。


 それはそこら中にいる冒険者も同じようで、同じく音が出始めたギルドバッジ同士の音が重なり日本に居た頃何度か耳にしたハウリング音が甲高く『ガピー』と鳴った。


『あー、あー、冒険者諸君に告ぐ、冒険者諸君に告ぐ。緊急招集(エマージェンシー)緊急招集(エマージェンシー)作戦(コード)Sを発令する。作戦(コード)Sを発令する。高ランク冒険者は指揮を任せるため半刻以内に冒険者ギルドへ集合。その他冒険者は戦闘態勢を整え次第、南門を防衛線として準備のこと。繰り返す───』


 見渡すと、受付の奥にいた男性が何か道具を口元に当てて喋っている。


 ギルドバッジから聞こえる声はあの男の人の声らしい。


 ギルドバッジは常に見える位置に付けることって話だったけど、こういう使い方もするんだなあ。


 そういえばギルド登録してくれた薄緑のお姉さんがエマージェンシーがどうとかコードがどうとか説明していたような……、覚えてないや。




 その後冒険者たちはそれぞれに獲物を携えてギルドを出て行ったり受付に名乗り出たり。


 ギルド職員の人も状況把握に向かう人や住民の避難誘導をしに行く人がさっさと動き始めた。


 僕はすっかり置いてけぼりだけど、さすがはダンジョン近くで栄えた街だけあって迅速に動くためのマニュアルみたいなものがあるようだった。


 そうして、僕はどうすれば? って立ってたんだけど、そこにゴウショウさんとホサさんが走り込んできた。


「ヒルネ!」

「ゴウショウさん、ホサさん」


 受付の手前に居た僕をすぐ見つけた彼らは僕のところまで来るとスタンピードの事を聞いたらしかった。


「ヒルネ。どうする」

「うーん、わかんなくて。ギルドの人に僕の役割を聞いてみます。スタンピードって魔物の大発生ですよね?」

「ああ。この街じゃ珍しい事じゃないが、危険なことには変わりねえ。それに今回は運悪く二か所のダンジョンが同時に決壊したらしい」


 どうやら魔物が二か所のダンジョンから沸き出したらしく、それが南門方面で氾濫している状況らしい。


 そういえば、冒険者登録する時にそれらしい説明をされたような……?


 ともかく自分の役割が分からない僕は忙しそうなギルド職員さんのうち、腕を組んで仁王立ちして暇そうだったマッチョなオジサン職員のところに聞きに行った。


「あの、僕何すればいいです?」

「む、なんじゃチビスケ。っと、そのバッジはお主も冒険者かの。お主ほど幼い者は避難してもいいんじゃが、ふむ、何が出来る?」


 一瞬怪訝そうに眉をしかめたマッチョオジサンは僕の胸元のギルドバッジを見ると僕が冒険者だと分かったみたいで聞いてくる。


「ツボで魔物を吸えます」

「……ハ?」

「ツボで、魔物を、吸えます」


 聞き返され、聞こえなかったのかなと口元を両手で挟んでハキハキ同じ言葉を言うと「聞こえとるわ!」と逆ギレされた。


 だって見た目はマッチョオジサンだけど喋り方がお爺ちゃんぽいから耳が遠いのかと思ったんだもん。


「魔物を吸う魔道具を持っとるということかの?」

「はぁ、まあ、そんな感じ?」

「どのランクの魔物を倒す……吸った事があるんじゃ」

「こないだ"クマ"ダンジョンのボスを倒しました」

「なっ!?」

「これが証明書です。魔原石も出ました」


 ダンジョンはボスの姿を動物に例えて呼称されている。


 僕がこないだボスを倒したダンジョンは"クマ"ダンジョンだ。


 出張所でもらったランクアップのためのボス討伐証明を見せればマッチョオジサンは唸るような動物的な声を喉奥で鳴らし、それからギラリと目を鋭くした。


「────容量は?」

「たぶん、無制限?」

「っ! よし! お前も前線に出るんじゃ! ワシが付く!」

「ギルド長ォ!?」


 マッチョオジサンがヤンキーのようにしゃがんで俺の両肩を掴む。


 宣言した途端慌ただしく動き回っていたギルド職員さんの一人が悲鳴のような声を上げた。


 ギルド職員さんが駆け寄ってくる。


「ちょっ、あんたが出てどうすんです! ここの指揮は!?」

「もう高ランク共への指示も済んでおるし後は副ギルド長がおれば十分じゃろうが。こんな駒を遊ばせておるようじゃ防げるもんも防げんじゃろ」


 追いすがるギルド職員さんを無視して僕をひょいと肩に担ぎ上げたマッチョオジサン(たぶんギルド長)は、姿も見えない副ギルド長に向けてか「あとは任せたぞい!」と大声を張り上げ言うとギルドから出たのだった。


 建物から出る直前、ギルドの奥の奥の方からかすかに「はあ!? あのクソジジイ!」と叫ぶような声が聞こえた気がしたけどマッチョオジサンは振り返らなかった。




 ◇ ◇ ◇




 スタンピードから、一夜明けた。


 日差しも温かくて気温もちょうどよく、気持ちのいい快晴だ。


 昨日の騒ぎの余韻も特に感じられず、今日、僕は再び冒険者ギルドへ顔を出すため街を歩いていた。


 今日はゴウショウさんとホサさんも一緒に来てくれている。


 昨日出来なかったランクアップの申請を改めてするのもそうだけど、マッチョオジサン(やっぱりギルド長だった)に呼び付けられたのでギルドに行くと言うと、二人は心配だからと商売を休んでまで付き添ってくれた。


 僕がちびっ子だからっていうのもあるけど、昨日はツボをギルド長やたくさんの冒険者の前で使って見せたからその影響が心配なんだって。


 いい人たちと知り合えて良かった。


 異世界に一人で来て知らない人ばかりだったけど、なんだかんだと出会う人みんなが優しかったように思う。


 僕は両親もいなくて孤独な身の上だったけど、幼馴染とその家族がいて、異世界に来ても親切な人たちに囲まれて、僕って幸せだなって改めて思った。


「無表情で空見上げて何してんだ? 置いてくぞ?」

「ヒルネ。起きて」

「……起きてるもん」


 僕が情緒たっぷりに感動に浸っているというのに、周囲にはそれは伝わらないらしかった。


 いいけど、別に。


 冒険者ギルドにたどり着き、昨日からドアが壊れたままの入り口を潜るようにして入ると、音が聞こえるほどに建物内が『ざわっ』としたのを感じた。


「え? なに?」


 少しして今度こそあちらこちらで何か声が交わされ始めるものの、その全てがこちらを意識して潜められている感じだ。


 ゴウショウさんとホサさんを見ると二人はやれやれとでも言いたげで、この状況が分かっていたような態度だった。


 よく分からない僕が入り口で立ち止まっていると、ギルド二階からノッシノッシ階段を降りてくるマッチョが居た。


「よく来たな!」

「マッチョさん……」

「ギルド長じゃ! でなければプロテインと名前で呼ばんか!」

「プロテイン!」

「呼び捨てとはどういう領分じゃいっ」


 予想の斜め上のマッチョオジサンの本名に思わず復唱した僕に、プロテインマッチョオジサンはぷりぷり怒ったポーズをする。


 ダンジョンの街の冒険者ギルドをまとめる人なんだからきっと相当偉い人だと思うんだけど、昨日もすぐ僕を登用してくれたし気安く接してくれるし、この人もいい人だなあ。


 僕がそんなことを思っていると、プロテインマッチョオジサンはギルド内を見渡し髭の無い顎を擦るようにしながら面白そうに言った。


「おうおう、噂されとるの」

「噂?」

「当然じゃろい。こんなチビスケが()()大立ち回りじゃぞ」


 面白がる言葉に、ゴウショウさんとホサさんは頷いているようだ。


 プロテインマッチョオジサンがそばにいるからかギルド内の冒険者たちにあったよそよそしい雰囲気が薄まった気がする。


 それどころか「ホントにお前がアレやったのかぁ?」とか「すごかったぞボウズ! そこら一帯の魔物一掃!」とかやんややんやと声が上がり始めた。


「わっ、わっ」

「ほれ、無表情で挙動不審になってないで、しゃんと立ってろい。お前は間違いなく昨日のスタンピードの主役じゃぞ」

「っ!」


 どんどん大きくなる冒険者たちの囃し立てに押され気味になった僕に、プロテインマッチョオジサンは背中を叩いて背筋を伸ばさせた。


 ちょっと痛いよ。





「さて、今日呼んだのは正式にお主の昇格をするためじゃ。ツボも見せておくれ」

「僕もそのつもりだったので、助かります」

「ほっほ。末恐ろしいスキルじゃからな。たまにお主のような者がいるからこの仕事は辞められんのじゃ」


 ご機嫌らしいマッチョが大胸筋を震わせ笑うのを、僕はちょっと嬉しい気持ちで後を付いていく。


 ギルドに併設された屋外訓練場でツボことアイテムボックスのスキルを確認したいらしかった。


 





「ほあー。では、お主はあの異世界人ってやつじゃったのか」

「浮世離れした奴だとは思っちゃいたが、なるほど驚きだ」

「おとぎ話の人」


 屋外訓練場で、僕がツボが"アイテムボックス"のスキルなのだと伝えると、マッチョオジサン改めギルド長も、一緒に来てくれたゴウショウさんもホサさんもとても驚いたみたいだった。


 こちらの世界の人的にはアイテムボックスのスキル持ちはイコール異世界人という事が広く知られてるみたいだ。


 ホサさんがおとぎ話というので聞いてみると、子どもに読み聞かせる絵本に異世界人の出てくる有名な昔ばなしがあるらしい。


「形、ちがう」

「昔に来た異世界人な人のアイテムボックスはツボじゃなかった?」

「空間に裂け目を作ってそこから物を出し入れしてたって話だけどな」

「何それかっこいい」


 ツボな見た目は特殊みたいだけど。


 こうして話をしている間も、何が始まるのかと屋外訓練場には野次馬の冒険者の人たちが集まってきていた。


 何人かギルド職員の制服を着た人もいるけど、仕事中じゃないのかな。


 話し声は聞こえないだろう距離だけど、僕がツボの実演か何かをすると思って見に来たみたいだ。


 昨日のスタンピードでは色んな人の前でツボに魔物を吸い込みまくっていたから興味を引いちゃうのは仕方ないのかな。


「それで?」

「?」


 僕が周囲を見回していると、ギルド長は軽く咳払いして何かを促してきた。


 マッチョがそわそわしている。


 もじもじするマッチョやだなあ。


 僕が何を聞かれているのか分からず首を傾げてギルド長を見返すと、彼は辛抱たまらんとでも言いたげに言葉を続けた。


「じゃーかーらー! アイテムボックスの中はどうなっておるんじゃ? 後どのくらい入る? 生きた魔物は中ではどう扱われているんじゃ? 手を入れたら噛まれるのかの?」


 矢継ぎ早に言われて僕は目を丸くする。


 ゴウショウさんが「お、無表情以外だ珍しい」と言うのが聞こえたけれど、僕はギルド長に返す言葉に困っていた。


「分からないですけど」

「「「はあ?」」」

「分からないです。中、確認したこと無いですし」

「「「はああ!?」」」


 分かんないよ。気にしてなかったんだもん。


 僕の言葉に三人は大きく声を上げた。


 ホサさんまで大きくリアクションするから僕はまずかったかなと今さらちょっと心配になる。


「じゃ、じゃ、じゃ、じゃあ何か。今までどういうスキルかも分からずバンバン使ってたってことか?」

「ぐっ」


 ゴウショウさんがズイと顔を寄せて来て詰められ僕は喉を逸らして後ずさる。


「お主を前線に出したのはワシじゃが、まさかどんなリスクがあるかも分からずあれだけバンバン吸い込んどったのか!?」

「うぐぐっ」


 ギルド長が筋肉を膨張させて怒り興奮している。


 僕はおこられの気配を察して最後の頼みの綱のホサさんを見た。


「近寄る。キケン」


 めっちゃ遠くに居た。

 

 僕は孤立無援になった。


 異世界に来てまさかの今ここで一番孤独を感じる事になるとは思わなかった。


「ホサ、賢いな。確かにいつ魔物の大群が溢れ出してもおかしくないって事か」

「このツボ割れたらどうなるんじゃ? スタンピードの魔物どもに、確かダンジョンボスも吸っとったはずじゃろ」


 ゴウショウさんとギルド長も退避を始めた。


 僕からじりじり離れる様子を見て聞こえないながらも何か察したのか、野次馬冒険者たちの輪も大きくなる。


「なんか失礼しちゃうなあ」


 中に入れた物を出す機会が無かっただけなのに。


 そしてふと思う。


 そういえば時間停止で容量無制限だと思ってたけど、そういうのの検証もしてなかったな。


 僕が読んでた小説とかだと主人公たちはなんだかんだ検証してスキル使いこなしてた気がするし、やっぱ物語の主人公ってそのへんちゃんとしてたんだなーってこんな場面だけど感心しちゃった。


 小説の彼らはどうやってアイテムボックスを使っていたっけ。


 ギルド長が言うみたいに手をがぶりとやられても嫌だから、いきなり手をツボに突っ込むのは無しだ。


 僕はスキルを使うよう念じてみる。


 例えば、王都を出発するときに大量に買い込んだ食料はどうだろう。


 よし、キャベツっぽい見た目の葉野菜を出してみよう。


「うーん、キャベツキャベツ……」


 目を瞑ってウンウン言うけど、何も手ごたえ無く目を開けてもツボに変化なし。


 その後も「アイテムボックスオープン!」って叫んでみたり、ステータスウインドウを呼び出してスキルのアイテムボックス欄を触ってみたり、色々試したけれどキャベツは出てこない。


 僕はツボを覗いてみた。


 中は暗く底が見えなくて宇宙か闇って感じだ。


「おい、ヒルネ、変な事すんなよ!」

「しないけど……」


 ホサさんと同様に野次馬冒険者の場所まで下がってしまっているゴウショウさんが僕に警告を飛ばすけれど、本当失礼しちゃう。


 僕はツボを持ち上げ揺すってみる。


 何も音はしない。


「あれ大丈夫なんかの? 中身の確認すらできておらんように見えるんじゃが……。それならギルドに"サーチ"や"看破"のスキル持ちの職員がおるし、まずはそやつらに任せたほうが安全じゃなかろうか」

「それもそうだ。おーい! ヒルネ! って、おい! ヒルネ! お前何をしようと───」


 僕はツボをひっくり返した。


 ギルド長に何か言われたゴウショウさんが僕を呼んだので振り向くけど、その時にはもうツボを上下に振っていたのだった。


「あ゛!!」


 ゴウショウさんが、口を開けて変な声を出した。


 ツボから何か出た感覚が手に伝わり、僕はツボに視線を戻す。


 そこには。
















「ギャワン!」










「あ、豆柴だ」













 最初に出会った豆柴っぽい子犬が居た。



「…………」

「…………」



 しばしその場を静寂が包む。


 けれど、出てきたのが魔物とはいえ最弱のコモンランクでそれも子犬なワンコとあっては周囲に走った緊張もすぐ霧散した。


「キャベツじゃなかったけど、出せることは分かったし良かった、かな?」

「ギャワン!」


 僕は抱えていたツボを一旦下ろして豆柴を見る。


 大きさも変わってないように思えるけど、あれ、でも僕もこの子と戦った時から身長が伸びたからよく分かんないな。


 ゴウショウさんが「出したりしまったりは自由に出来そう、か?」と言い、ホサさんと一緒に様子を見ながらこちらに歩いてくる。


「うーん、何でこの子が出たのかな。もしかして入れた順にしか出てこないとか?」

「なーにブツブツ言ってんだ。それよかこの魔犬、なんかお前に懐いてねえか?」

「え?」


 ゴウショウさんに言われて考え込んでいた僕が改めて豆柴を見ると、くるんと立ち上がった薄茶色のしっぽがちぎれんばかりに振られていた。


 おお。なんか嬉しそう。


 そう思っているとまるで遊んでとでも言ってるみたいに体の前を低くしてお尻を高く上げた。


 うん、すっごく可愛い。


「ギャワン!」


 鳴き声も可愛く思えて来て、僕が頭を撫でてみようと手を出したその時。



「待てっ! 待つんじゃ! その魔物から離れろい!」



 屋外訓練場ぜんぶに響き渡るような大声が上がった。


 びくりとして思わず手を止め声がしたほうを見ると、未だ野次馬冒険者のところに居たギルド長が後ろ手に尻餅をついて顔を青褪めさせている。


 その様子は恐怖に慄いているようで、僕もゴウショウさんたちも呆気に取られた。


 すっかり筋肉が萎びてしまって小さく見えるノットマッチョギルド長が震える手を持ち上げプルプルと指をさす。


 その指は、間違いなく豆柴を指していて。


 頭の上に疑問符を浮かべる僕らに向かって、しなしなギルド長は言い放った。



「レッ、レジェンドランクの化け物じゃあああ~~~~!!!」

「えええ」

「ギャワン!」





 ◇ ◇ ◇





「こいつが、レジェンドランク、なんですか?」


 僕がお利口さんにおすわりしている散歩(サンポ)(命名)の頭を撫でながら聞けば、僕がサンポと従魔契約を終えたことでやっと安心したらしい復活マッチョギルド長は深く頷いた。


「うむ。間違いない。見た目は魔犬の子どもだが、職員の"鑑定"スキルでもそう出ておる。何より、ワシほどになれば目の前の魔物の力量は感じ取ることができるが、こやつは今まで会ったどの魔物よりも強大な力を秘めておる。エクストラランク上位のレッドドラゴンですら霞んでしまうほどの化け物じゃ」

「でも、レベル1だった時の僕といい勝負でしたよ?」


 ホントはツボが無ければ負けてただろうけど、プライドを守るためにちょっと話は盛った。


「それなんじゃが、恐ろしい可能性なんじゃが、理由としてはこれしか考えられん。"鑑定"と"看破"持ちにツボを確認させた結果から導き出された結論じゃ。そやつが従魔契約以前にお主に懐いとった理由でもある」

「それは……?」


 先ほどツボの中身を確認してもらったけど、それがどうレジェンド子犬爆誕と繋がるんだろう。


 ギルド長は頭を下げ首をふるふると振ってから顔を上げ、言った。



「 "蟲毒(こどく)" じゃ」



孤独(こどく)?」

「蟲毒じゃ。複数の生物を閉じ込め殺し殺させ最後の一匹となるまで戦わせる邪法じゃな。それが、ツボの中で起こったと考えられる」


 こどくって孤独のこと?


 僕が異世界でひとりぼっちってこと? 知り合いもたくさん増えたし充実してるよ?


 僕はよく分かんなくてギルド長の話の続きを待ったけど、決め顔のギルド長は僕のリアクションを待ってるっぽい。


「……まさか」

「そのまさかじゃ」


 適当に相槌を打ったら頷かれてしまった。


 相槌を間違えたらしい。


 詳しく説明してくれないかなと思ったけどギルド長は深刻な顔をしていて聞きづらいなと思っていると、ゴウショウさんが聞いてくれた。


「すまんが俺にも分かるよう教えてくれねえか? 何がどうしてそこらの森のコモンランクが超災害級の危険生物になっちまったんだ? その蟲毒ってのも異世界人の力か?」

「ああ、商人のお前さんには分からんか。蟲毒とは───」


 真剣な顔をした事で劇画調の画風になったギルド長が、彫りの深い顔で説明してくれた事によるとこうだ。


 ツボの中身を確認したところ、ツボは完全に空だったそうだ。


 つまり、サンポ以外にツボに吸い込まれたり、入れていた物全てが無くなっていた事になる。


 王都や道中の村々で買い込んだ食料品も、テントや野営道具も、万が一に備えて入れていた回復ポーションやドーピングポーションも、もちろん、魔物も、全て。


 残ったのはサンポだけ。


 そしてとんでもない進化を遂げたサンポ。


 これらの事から導き出されたのは、サンポがツボの中で戦い強くなったという事実だった。


「つまり、時間停止みたいな機能は……?」

「無い。その上、中は一つの空間になっているようだ。先ほど水とパンを入れたらしっとりして出てきただろう?」

「あー、あれはそういう……」


 さっきツボを使ってしっとり濡れたパンを作っていたからこんなの好きなんだってちょっと引いたんだけど、あれは実験だったのか。


 スタッフが美味しくいただくとか言ってたから、ギルド職員さんの中にとんでもない味覚音痴がいたもんだとか思っちゃってた。


 そうか、時間停止だと思っていたのは僕の思い込みだったのか。


 ってことは、と、僕は思い出す。


 僕のツボに入ったのは最初にサンポ、それから王都で買い込んだ食料品や野営道具たち。


 王様からもらったお金や武器屋さんで買ったナイフはいつでも使えるように腰に下げてたから、その後ツボに入れたのは確かゴウショウさんたちと一緒に遭遇した狼と魔狼の群れ、その後は魔物や野生動物だったり、村に立ち寄るたびに買っていた食料品や面白雑貨なんかだ。


 それらが全部一緒の空間に放り込まれていたってことか。


 そして、中でも時間は普通に経過していた。


「うーん、でもそれならそれで、生き残るのはサンポじゃなくて魔狼とかダンジョンボスとかじゃないのかな」

「うむ。当然の疑問じゃな。何か他に入れていた物や変わった事はなかったか?」

「うーん」


 僕がとんでもなく強くなってしまったサンポを見ながら唸っていると、ホサさんが何かに気付いたようでハッと顔を上げた。


「ポーション」

「ああ!」


 ホサさんの言葉に、ゴウショウさんがなるほどと手を打った。


 僕も遅れて理解する。


「そういえば回復ポーションとドーピングポーションも入れてたんでした。ダンジョンを巡る前やダンジョンボスを吸い込む前にもゴウショウさんたちに融通してもらったのを何本か追加したりとか」

「それじゃな。サンポなりにポーションなんかがヒルネから供給されていることが分かっておったんじゃろう。魔物は本能で強くなることを望むというし、レジェンドランクに到達するほどに鍛えてくれたヒルネに恩義を感じて懐いたといったところかの」


 そうだったんだ。


 つまり、サンポはツボに吸い込まれた後もツボの中で僕の食料品や野営道具を使い潰しながら生きていて、そして次に魔狼たちが吸い込まれて来た。


 あの時は十頭以上の群れだったけど、サンポには回復ポーションとドーピングポーションがあったから生き残れたのかもしれない。


 そうすればレベルが上がっただろうし、後は僕が次々吸い込ませていった食料を食べ、ポーションを飲み、吸い込まれて来た野生動物や魔物なんかと戦っては強くなっていったってことかな。


 酔っぱらっては色んなダンジョンを探索したし、その道中で出会う度吸い込んでいた全ての魔物をサンポは倒してたのか。


 サンポってなんか僕より小説の主人公してない?


 僕はじとっとサンポを見た。


 おすわりしているつぶらな瞳に見返されて、口をニパッと笑顔で舌を出されたらもう可愛いから全然許しちゃう!


「サンポ可愛いなあ~」

「ヒルネお前なぁ……。まあもう従魔だし正しい主従関係なのかもしれんけどさ」

「仲良し」


 ゴウショウさんとホサさんには苦笑されてしまった。


 今思えば"クマ"ダンジョンではボスをツボに吸い込んでもすぐには踏破報酬の魔原石は現れなかった。


 あの時は一眠りして起きたら魔原石があったけど、あれはきっとサンポが苦戦しながらも長い戦いの末に勝利したりとかそういうドラマチックな事が起きてたんだろうな。


 ツボの中で。


「まあ、意図せずして"蟲毒"が完成してしまったという訳じゃな。お主も従魔を持った身なら、従魔のステータスも確認する癖を付けておくんじゃよ。お主はボーっとしとるからな」

「へえ、サンポのも見れるんだ」

「おっ! レジェンドランクの魔物のステータスなんて想像もつかないな」

「凄そう」


 ギルド長がアドバイスしてくれ、ゴウショウさんたちも興味津々だ。


 従魔契約した主人は従魔、僕の場合だとサンポのステータスを自分のものと同じように見ることが出来るらしい。 


 僕もギルド長曰くすごく強いらしいサンポのステータスが気になり確認してみることにした。


「"ステータスオープン"」


 僕がキーとなる言葉を唱えた事でステータスが表示される。


 まずは僕のステータスだ。



【名前】ヒルネ

【性別】男

【種族】異世界人

【年齢】18

【職業】冒険者・伝説を従えし者 Lv.6


【体力】213

【魔力】220

【攻撃力】16(+2)

【防御力】29(+15)

【知力】162

【俊敏性】6


【スキル】アイテムボックス

【従魔】サンポ



 レベルが上がってちょっとだけ数値が上がっていて嬉しい。


 異世界に来て一年と少しだけど、なかなか順調だ。


 それから、職業欄と従魔の項目にサンポの要素が増えてるな。


 そして、【従魔】の項目を意識しながらもう一度キーとなる言葉を唱える。



「サンポ、"ステータスオープン"」


 キーとなる言葉で、サンポのステータスが表示された。


 そして───。






【名前】サンポ

【性別】男

【種族】魔犬

【年齢】2

【職業】蟲毒の覇者・ドラッガー・眠れぬ者・孤独を脱した忠犬 Lv.96


【体力】609002

【魔力】882110

【攻撃力】50329

【防御力】67733

【知力】800

【俊敏性】702


【スキル】暗視・嗅覚探知・毒無効・精神耐性・雑食・消費エネルギー半減・スタミナ効率高・薬効高・索敵・隠密

【主人】ヒルネ









「サンポ! ごめん! ごめんってぇ~~ッ!」

「ギャワン! ワォン!」


 僕は、自分がしでかしたあまりの所業に思わずサンポに抱き着いた。


 サンポはじゃれていると思ったのかお尻でくるんと巻いたしっぽを全力の速度で振って大はしゃぎだ。


 ううう、こんなに、こんなに可愛いサンポに僕は、僕はぁ……。



 サンポのレベルやステータスが高すぎるのはまあいい。


 いや、すっごくすごいけど、一旦置いておこう。


 それより、治安の悪すぎる職業欄やスキル欄が問題だ。


 なあにが、『僕、異世界に来たけど全然一人ぼっちじゃないや』だよ!


 孤独と戦ってたのはサンポだよ!


 蟲毒(こどく)で戦わせながら、孤独(こどく)と戦わせてたよ僕!


 "蟲毒の覇者"はともかく、"ドラッガー""眠れぬ者""孤独を脱した忠犬"って、可哀想すぎるだろ、ポーションガンギメで眠れぬ夜を一人で過ごしちゃってるよ!


 スキルもスキルで、毒耐性や精神耐性って絶対後天的なものだよね? 耐えたんだね? 耐えて耐えての耐性だね??


 それに雑食ってさ、僕も薄々気づいてたよ? ツボの中が完全に空って、テントとか寝具はどこ行ったのってさ。


 食べたんだね? 不定期にしか投入されない食料が尽きて、野営道具すら糧にしたんだね?


 時間が経過していたなら王都で仕入れた大量の食べ物はすぐ腐っただろうし、そんなものまで食べて、サンポはひたすら戦い強くなったんだね??


 少ない食事で戦い、ポーションを飲み、身を隠し、敵を探って生き残ったんだね?


 たった一人で。


「サンポ! サンポぉ! おいおいおいおい」

「ギャワン!」


 僕がサンポにしがみついておいおい泣いて、そんな僕を驚いて見ているギルド長たちはさっきより遠巻きだ。


「泣いててもほとんど表情変わらないって、あいつ世界を渡る時に表情筋落っことしてきたのか?」

「おいおい言う。珍しい」

「確かにの。実際おいおいと口に出して泣く奴なんぞ見た事ねえわ。それよりワシらにゃステータスが見えんのじゃから、早いとこ教えて欲しいもんじゃがなあ」


「おーいおいおいおいヒググシュンズルルル」

「ギャワワン!」


 僕はサンポに申し訳なくて抱きしめながら泣いて、そんな僕にサンポは嬉しそうに身をよじらせてじゃれ続けた。


 そうして、泣き疲れるまで泣きに泣いた僕は、やっと落ち着いてからギルド長たちにねだられてサンポのステータスを書き出した。


 数値だけで、職業欄なんかは書かなかった。


 生まれてからたった二年しか生きてないワンちゃんが得ていていい称号やスキルじゃないからね……。


 そう考えるとサンポは人生の半分以上を蟲毒で孤独に過ごしてたのか……。うぅ、ごめんよサンポぉ……。


「なっ、なんじゃこの、ななな!」

「いちじゅうひゃくせん……お、おっそろしい数字が並んでやがるぜ」

「ゴクリ」


 ギルド長とゴウショウさんとホサさんがサンポのステータス値が書かれた一枚の紙を取り囲んで狼狽しているのもよそに、僕はこれからは絶対サンポに寂しい思いはさせないと誓う。


 サンポからは僕への期待や信頼が感じられた。


 僕の事を、獅子が我が子を千尋の谷に落とすが如く、強くなるために厳しく鍛え指南した師匠みたいに思ってくれてるみたいだ。


 サンポが、強くなることを望むなら。


 僕は決めた。


「僕、サンポを強くする。もっともっと」

「ギャワン!」

「おいこら待て待て! 何言い出してんだヒルネ!」

「止めろ! 誰かこいつを止めるんじゃ!」

「ヒルネ、壊れた」


 僕はサンポの前に片膝を付くと前足を片方手に取った。


 キョトン顔のサンポはへっへっと舌を出して大人しくしている。


 お手みたいなポーズで向かい合う僕ら。


 僕は言った。


「最強を目指そう。もう一人じゃないよ」

「ギャワン!」

「ひええ、勘弁しろよおい、もう最強なんだよ分かれ、こら、聞け」

「もう駄目じゃぁ~、制御できん無茶苦茶なテイマーが誕生してしもうたぁ~」

「マイペース」


 僕とサンポの異世界旅は始まったばかり。


 僕はマイペースにサンポと行く。


 サンポが強くなりたいと、願うままに。


 僕の、本当の異世界生活はようやく始まったのだ。






「終わりじゃあ~、誰にも止められん化け物に話も聞かん主人が付いてしもうた~」

「──ホサ。こうなったら仕方ない。ピンチをチャンスに。ビジネスチャンスに変えてみせるぞ」

「分かった。腹くくる」



 僕らの旅はまだまだ続く!











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«全部見ていた神様視点»


 また一人、我の世界に迷い込んだ異邦人がおるようだ。


 ふむ。またチキュウ世界のニホンの人間か。最近多いのである。


 我が世界も創造してからかれこれ数万年になるが、このくらいになるといよいよ綻びが大きくなってしまっているのであるな。


 そろそろ特異点を用意するべきかもしらぬが、ふむどの生物に任せたものか。


 しかしまあ今回やって来たチキュウ人は平凡なやつよの。


 こやつに特異点は荷が重かろう、いつも通りステータスをセットして我が世界に馴染ませてやろうかの。


 さて、チキュウの頃の記憶は……、少し寂しい人生を送ってきたようじゃが全くの一人というわけでもなさそうである。


 ふむ、ヒルネと呼ばれておったようであるから名はヒルネとしよう。


 今回もアイテムボックスのスキルのみを与えて「にゃーん」ガチャン


 む、ドロシーちゃんが粗相をしたか、今の音はまさか我のお気に入りのビゼン壺……あーっと、しもうたのである。


 スキルをセットしている最中に気が散ってしまったようである……。


 ふむ、有形になってしもうた、それも壺型。


 まあ、よい。


 さて人族が暮らす国の只中に落としたが、ああ早速衛兵が呼ばれとる。


 この国の初代は我の声も聞くことができる有能なやつであったからな。


 まあ悪いようにはならぬだろう。


 ふむ、よしよし。


 おお、百五十代目だかなんだかの国王も初代の面影がありよるわ、良い面構えをしておる。


『じゃあ適当に生きるから、お金ちょーだい』


 っておいおい、ヒルネとやら。相手はどう見ても一国の王ぞ? なんたる態度だ。


 ああ、百五十代目も取り乱しておる可哀想に。


 む、しかし今代は若き宰相が優秀なのであったな。


 美しい外見をした宰相じゃから周囲の妬みもあったようじゃが、それ以上に能力が抜きん出ているから周囲を黙らせたとか。


 早速国王のフォローをして、さすが宰相、っておいおい、ヒルネ、聞かんか。なにをとっとこ踵を返しとるか。


 って、ほら、言わんこっちゃない。転びかけとる。


 こやつ自分が六歳の体になっておる自覚ないのじゃなかろうな。


 幼児特有のまっすぐな瞳で衛兵を見つめとるが、おぬし宰相ガン無視じゃなあ……。


 衛兵も困っとる。


 あ、宰相が壇上から降りてきたのである。


 笑顔じゃがこめかみがピクピクしとるな。


 なかなかこんな扱いなどされたこともないだろう、生まれも育ちもエリートな宰相がこんな幼児に振り回されるとはな。


 あ、菓子で懐柔しよった。意外と安直なところもあるんじゃな。






 ヒルネ、こやつ、危なっかしいのである。


 宰相にみっちり指導されとったから、それなら大丈夫かと思ったがなんというか……。


 あーあー、また毒草摘んどる。


 本物の万力草を見ながらなぜ形も色も何もかも違う草花を摘みまくっとるんじゃこやつ。


 しかも丸腰。


 丸腰の幼児が一人魔物もいる森におるぞ、おい保護者出てこんか。


 って、ヒルネに保護者はおらんのじゃった。


 宰相も本来なら他のやつに指導を頼むものじゃが、やつも不安だったのか自身であれこれレクチャーしとったものな……。


 宰相、おぬしの努力も虚しくヒルネはぼんやり危険の真っ只中に突っ込んでっとるぞ。


 ああ、それも全然違うハーブじゃて……。


 って、魔犬じゃ。ほら、言わんこっちゃないのである。


 一歳になるかどうかの子犬のようであるが、魔犬と六歳の幼児(素手)じゃヒルネに勝ち目はないぞ。


 ああ!


 間一髪じゃ。次は避れんのである。


 ううむ、こんなにすぐ死んでしまうなど寝ざめが悪いのである。


 仕方ないから一度天界へ呼んでいくつか能力を与えるか……、って、何しとるんじゃこいつ。


 ステータスウインドウなぞ出して何になる。自己紹介しとる場合か。




『キャウン!?』




 なんと!


『吸い込まれちゃった……』


 アイテムボックスが壺型じゃったのは想定内であるが、魔犬を吸い込んでしまうとは。


 あ、ヒルネめ、すぐに壺を覗き込みよって。魔犬が飛び出てきたらどうするんじゃ。


 まったく、警戒心というものを知らんのか。


 ふーむ。なるほど、壺の内部はアイテムボックス同様亜空間であるが、容量は並程度か。


 魔犬め驚いておるわ。こうしておるとこやつも可愛い子犬であるな。


 ふむ、長時間の滞在でも呼吸に問題ないよう気体と魔素の配分を少しいじっておいてやるかの。内部圧力や重力に関してもちょちょいと、こうして、こう。


 よし、これで問題ないの。


 さてヒルネのやつは一度街に戻るようじゃが、壺の検証をすれば外へ出られるじゃろう。


 それまでしばし待つのじゃぞ、子犬よ。(にっこり)




 ◇ ◇ ◇




 ヒルネ! これヒルネ!!


 いったいいつまで壺の中身を放置するつもりじゃて!


 こやつさては子犬の存在を忘れておるな? それともチキュウのニホン人がいつも仕様に文句をつけよるアレを妄信しとるのか!?


 『時間停止』だか『容量無制限』だか知らんが、あんなもの夢物語ぞ!


 ううむむ、子犬が何もない空間でおろおろしておるのは見てられん……。しかし託宣には条件が足りぬし……。


 子犬のためにも早めに食料だけでも何か放り込んでくれんかの……。


 というか、ヒルネのやつ、今までチキュウ世界で生きて来ておったくせに、六歳になった事も気にせず、アイテムボックスのスキルにも興味なしとはどういうことであるか。


 今までのチキュウ世界のニホン人はもっとこう、初日から魔力を練ってみたりスキルを試行錯誤してみたり、レベル上げに躍起になったり色々、それはもう色々とやっておったぞ。


 何? 宿が高い? 知るか! そもそも百五十代目がくれた金じゃろうが! 有難がらんか!



 ◇ ◇ ◇




 おおおお、大量の食糧じゃ、良かった良かった。


 ちょっと子犬の生活空間が狭くなるほどの量じゃが、食べ物が無いことに比べればよきよき。


 そら、たんと食うのじゃぞ。


 おっと、その野菜は駄目じゃぞ、そう、そっちの果物は食べてよい。うむうむ、子犬よおぬしはヒルネと違って賢いなあ~~。


 お、寝具も入れるのかの? ふむ、何もないより暖も取れよう。ヒルネよ、褒めてつかわす。


 おお、早速毛布を外部から物が落下してくる地点からどけて、ふみふみ寝床づくりか? 子犬賢いのう。ワシは猫はのつもりじゃったが子犬もなかなか「に゛ゃうん!」ああ! ドロシーちゃん、違うんじゃ、これは浮気とかではないのである、ないのであるぞー!




 ◇ ◇ ◇





『グルルルルルル』

『ヘッヘッヘッ』

『グルル、グルグル……』



 これは、これはどうしたことじゃ……!


 ヒルネめ、なんということをしよる。


 いきなり壺に魔狼を放り込むなど正気の沙汰ではないのである。


 子犬が、子犬が危険である。


 ううむ、手を出すわけにはいかん、手を出すわけにはいかんのであるがしかし……!


 ああ! 危ない!


 なんということだ、神とて下界の運命さだめに手出しはできん。神だからこそ、命運をかけた試練にどちらか加担するなどできんのだ。


 子犬よ、むごく殺される姿など見たくないぞ。


 ……まさか。


 それを今舐めるか子犬よ。


 おお! おおおお!


 奇跡じゃ、ワシは今奇跡を見ておる!


 それは、ヒルネが放り込んどったドーピングポーションであるな! それに、回復ポーション!


 みるみる筋力が発達し、傷も癒えておる。


 体の小ささもよき武器となっておるな子犬よ!


 おお、レベルが上がった、これなら、これならいける、そこじゃ、おお、右じゃ、次は上! おお! すごいぞ子犬よ! まさか、まさか。


 おおおおお!!


 勝ちよった! 魔狼と狼の群れに、勝ちよったぞ子犬!


 素晴らしい!


 うむうむ、レベルが上がり、存在の格も上がったようであるな。


 これだけ幼くしてこの急激な成長、ワシとて初めて見るやもしれんな………。






 ◇ ◇ ◇







 …………────強くなったの、子犬。よう頑張った。あっぱれである。


 その能力値があれば、もう並大抵のことでは困るまい。


 流石のヒルネもそろそろお前をツボから解放をするじゃろうて。その時は、自ら手に入れたその力でもって、苦労した分好きに生きると良いぞ。


 あ、でもちょっと、あのマイペースすぎるヒルネのやつに、ワシの代わりにガツンと言っておいてくれると嬉しいのう。



 “少しは周りの話を聞け”、とな。



これにて完結です。

最後までお読みくださりありがとうございました!


楽しめたよと思ってくださった方、ヒルネの緩さいいね! と思ってくださった方、健気なサンポ愛おしいと思われた犬派の民の方、そうそう蠱毒って辛いんだよね〜と共感された経験者の方は、ぜひブックマークボタンと評価ボタンをポチッとしていただけると嬉しいです!

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よろしくお願いいたします!

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