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第7話 存在意義

 頭の中で声が聞こえた。これは誰だ。


 ──ひとつに。


 何を?


 ──我らと。


 何と?


 ──我らと、ひとつに。


 ノイズのような音の波濤が聞こえる。思考が塗りつぶされて感覚が押し流されていく。強烈な苦痛が襲ってきた。一体、何が起きているんだ。


 目を覚ますと真夜中だった。音も声も消えていた。

 異常があるのかと周囲を見渡してみても何もない。

 いや、ひとつだけあった。牢屋の鉄格子が開いていた。一体、誰が開けたのか。

 奇妙な状況だったが、わざわざこんな真夜中に外に出る理由はない。拠点を出ればただ死ぬだけだし、誰かに見つかれば連れ戻されるだけだ。何も理由はない。

 だというのに、何故か俺は牢屋から出ていた。階段を上がって地下から出て通路を歩く。声はしない。音もしない。だが、確かに何かが俺を呼んでいた。誰だ。


 俺の足はある部屋に向かっていた。ギルドが戦利品を保管する場所。本来なら施錠されているはずのその扉は、やはり何故か開いていた。

 正体不明の確信を持ってその扉を開く。雑多に戦利品が置かれている中、たった1つだけ台座に安置されていた杖があった。先端に黒い宝玉の嵌った杖だ。()()()()()()()()


 俺はそのとき、全てを理解した。何のために俺が生まれ、何のために生き続けて、そして何のためにここにいるのかを!

 心に歓喜の感情が広がっていく。それと共に一歩ずつ杖へと歩み寄る。杖を持とうと手を伸ばした瞬間、背後から声。


「待て、悠司。そこで何をしている」


 入り口にいたのは桜と怜司と蒼麻の3人だった。俺は何ひとつとして驚きはしなかった。来ることがわかっていたからだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「それはついこの間、みんながめちゃくちゃ犠牲を出してやっと封印した代物なんだ! 迂闊に触ったら危ないぞ!」


 怜司が警告をする。だがそんなことは既に知っている。

 三人が驚愕の表情へと変わった。俺が笑みを浮かべたからだ。


「怜司、俺はようやっと見つけたぞ。ただお前を見続けるだけじゃない、俺だけの存在意義を!」

「何を……言っているんだ?」


 言葉の意味は伝わらなかった。それでいい。もはや、意味が伝わる必要などないのだから。

 脳裏に響く声を俺は叫んだ。


「──全てをひとつに!!」



§§§§



 ──無数の声が聞こえる。雑踏の中にいるかのような、声の波濤が俺を包んでいた。

 怒鳴る声。憎む声。恨む声。妬む声。悲しむ声。祈る声。

 様々な感情の声が入り混じり、俺の中へと入っていく。

 その中には俺もいた。父に無能さを叱責されて泣く子供の俺がいた。

 景色が滲んで消える。女に去られる男がいた。男に殺される女がいた。飢えて死ぬ子供がいた。病気で孤独に死ぬ老人がいた。


 その誰も彼もが同じことを考えていた──何故、と。

 何故、自分はこうなってしまったのか。何故、自分以外の人間はこうならないのか。何故、誰も自分を助けてはくれないのか。


 何故、何故、何故、何故!!


 理由を問う声は憤怒を纏った巨大なうねりとなった。そしてその中に俺も飛び込んだ。

 俺の中の怒りも悲しみも彼らと一体となり、溶け合い、押し流されていく。全ての感情と記憶が混ざり合ってその境界線を失っていく。


 目の前で女が死んだ。これは藤原悠司の記憶ではない。だがその悲しみと絶望を感じる。

 飢餓の苦痛の中で自分が死ぬ。これも藤原悠司の記憶ではない。だがその虚しさと怒りを感じる。


 嫉妬の感情。これは誰のものだ?

 悲哀の感情。これは誰のものだ?

 絶望の感情。これは誰のものだ?


 そうだ、ここにいる人間はみな誰かに打ち捨てられたものたち。その瀑布の如き感情が荒れ狂って行き場を求めている。

 悲しいと叫んでいる。悔しいと叫んでいる。許せないと叫んでいる。


 ──ああ、それならば。俺は答えなくてはならない。


 憤怒の声に答える。それならば晴らせばいい。

 悲嘆の声に答える。それならば打ち壊せばいい。

 失望の声に答える。それならば代償を払わせればいい。


 ひとつとなった我らならば。我らを苦しめる、我ら以外の何もかもを飲み込んでしまえばいい。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()




「どうして、動かないんだ?」


 怜司の言葉が()()()()()()を浮上させる。


「あの杖は誰でも扱えるわけじゃない。何も起きないならいいが、もしかしたら精神に悪影響を与えているのかもしれない」

「ど、どうしよう」


 桜の返事に蒼麻が困惑の声で答えた。

 俺たちが静かに杖から手を離すと3人がこちらを見た。


「悠司、平気か?」


 桜の声に俺たちは頷いてみせた。彼女の安堵の吐息に重なる笑い声。


「ひっ、ひひひひひひひひっ」


 驚く三人の目の前で俺たちの意識が膨れ上がり──肉体を超えて破裂した。

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