第4話 運命の欠片
倉庫内に作業の音がかすかに響いている。俺は作業用の机の前に座って、マガジンにひたすら銃弾を詰めていた。これが俺の仕事だ。
異世界なのに銃器があるという事実は俺にとっていささか複雑だった。せっかく手入れをするなら魔法とかを撃つ道具がいい。そういうのもちゃんとあるがどういうわけだか銃器の類も揃っている。多分、俺たち以外の異世界人が持ち込んだのだろう。
割り振られた仕事の内容としては、こういった銃器のメンテナンスではあったが、各々の専用の装備はそれぞれが自分で調節をするし、自分でできない部分については専門の技師に頼む。となると必然的に、俺がやるのはこういう誰でもできる作業になるわけだ。
他にはこの組織で支給している汎用装備の手入れなどもあったが、銃弾を入れる作業が作業時間の大半を占める。
はっきり言って単調だ。自分が作業用ロボットだかアームだかになった気分になる。あまりにも退屈なので、手を動かしながらなにか面白いことはないかと頭の中で探す。すると、最近、日に日に蒼麻と怜司の仲が怪しくなっていっている、というどうでもいいことを思い出した。他人の星座占い並みにどうでもいい。よりにもよって思い出すことがこれとは、自分で自分に呆れる。
さらに記憶を掘り下げていっても、以前に怜司がなんかの病気になったとかで、十兵衛が奮闘したこととかしか出てこない。ここ1ヶ月にあった大きな事件といえばこの2つぐらいだ。
どうにも怜司のやつは順調に周囲の女たちを攻略していっているようだ。十兵衛はこの事件以来、少し怜司に優しくなった気がする。もともと優しくはあったが、それはどこか従者的だった。今はもっと違う接し方になっているように思う。蒼麻は蒼麻で、こっちはついに本格的に互いを意識するようになっていた。夏とかによくやっている、感動恋愛映画を見せられているような気分で俺としては勘弁してもらいたかったが。
一方で俺にあったことといえば、こうやって夜中に作業をして昼間に起きるようになったことぐらいだった。リア充と引きこもりの違い、といったところか。
苛つきが手元を狂わせたのか、置いてあったマガジンを手の甲で弾き飛ばしてしまう。それが机の上に置いておいたナイフにぶつかって、ナイフが床に落下。危うく足に突き刺さるところで、遅れて俺の額から冷や汗が流れ落ちる。こんなふざけた連鎖反応で怪我なんて冗談じゃない。
慎重にナイフを拾い上げて机の上に戻す。これは手入れするために置いてあるわけではなくて、俺の所持品だ。様々な依頼を請け負っているギルドの拠点なので、敵が侵入してくるかもしれない、と言われて持たされたのだ。俺のような素人がこんなナイフを1本持ったぐらいで役に立つとは思えないが、お守りぐらいにはなるのでこうして持ってきている。たったいま、それで怪我しかけたが。
深呼吸をして自分を落ち着かせてから、作業に戻る。銃弾の山と空マガジンの群れが、俺をまだ待ち構えていた。
──俺は無意識に、ここ最近の流れから連想される、ある考えを頭の中から排除しようとしていた。それから、目を背けようとしていたのだ。
§§§§
次の日。夕食どきになったので部屋から通路に出たところで、怜司と桜が会話をしているところを見かけた。
この二人が、二人だけで話しているのを見るのは珍しい。なんとなく気になって、俺は聞き耳を立ててみた。だが、内容はいたって普通の世間話で、これといって面白くもなかった。
せっかくだから後で桜に、なにを話していたのかでも聞いてみようか。そう思ったとき、カラン、と軽い音とともになにかが床に落ちた。
「あ、なんか落ちた。かんざしか、これ?」
怜司が拾い上げたそれは、かんざしだった。普段、桜はかんざしなんかつけていないはずだったが。
「む。慣れないことはするものではないな……たまにつけてみたら、これだ」
心なしか、桜の口元が引き締められる。あれは多分、かんざしが落ちたことに対して少し怒っているのだろう。あるいは、そういった醜態を晒したことに恥ずかしさがあるのかもしれない。
「へぇ〜、桜さん、なんか上品ですね……あ、そうだ。俺がつけてあげますよ」
かんざしを持ったまま怜司が桜の後ろに回りこむ。
「え、あ、いや……じ、自分でやるからいい」
「そう言わず。この間、たまたまかんざしの付けかたを本で読んだんですよ。これ、大変でしょ?」
そのまま桜の制止も聞かずに、怜司はかんざしを差そうとするが、なかなか上手くいかない。付けることはできているが、気に入らないのか、何度もやり直していた。
「あー……やっぱり一度外れると綺麗にならないな。ちょっと髪、ほどきますね」
「あっ、ばかっ、よせっ!」
止めようとする桜だったが頭を動かすわけにもいかず、手で止めることもできず、結局は黙り込んでしまった。落ち着かないのか、目線が右に左にと泳いでいる。
その間にも怜司は桜の髪をほどいて、手ぐしで整え、かんざしを差してから縛り直した。桜から離れて彼女の周りを一周すると、出来栄えに満足したのか、頷いた。
「ばっちりですね。さっきより可愛くなりましたよ」
「う……そ、そうか」
満足げに笑う怜司に対して、桜は俯いたままだった。
「じゃあ先に食堂行ってますねー」
そう言って怜司は食堂へと消えていった。桜は何故だか、立ち尽くしたままだ。
俯いていた彼女はゆっくりと顔を上げると、また俯いた。顔を上げ、俯く。それを何度も繰り返す。何度目かの往復の後で、やっと顔を上げたままにした。それでも視線が泳いでいて──照明に照らされた彼女の顔は、耳まで赤かった。
深呼吸を何度かしてから、桜は食堂へ歩いていった。
……長い一幕だった。なるほど、そういえば怜司の周りで攻略してないのは桜だけだったな。なるほど。寸劇も終わったことだし、俺も食堂へ行こう。
冷静な頭に反して、俺の胸の奥には今まで感じたことのない感覚が、まるで爆発寸前の爆弾のようにうずくまっていた。俺の理性はそれを無視したまま、身体を動かそうとした。
だが、俺の足はうんともすんとも動かなかった。まるで神経が通っていないかのように、どれだけ動かそうとしても動かなかった。両手や、首でさえ動かない。唯一動くのは、目だけだった。全身があらゆる働きを拒絶していた。
俺の頭が困惑で埋め尽くされる。いったい何故、自分の身体が動こうとしないのか分からなかった。不調はそれだけではない。吐き気までしてきたし、視界がぼやけて見える。正体不明の感情が胸の奥からこみ上げてきていた。
通行人が不審そうに俺のことを見てくる。それに気がついたとき、何事もなかったかのように俺の身体は動き始めた。
だが、身体は食堂ではなく、勝手に自室へと向かっていた。そのまま自室に入ると、扉を閉めて、鍵をかけた。
その瞬間、俺の中のなにかが決壊した。