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9.一年前

 次の日の午前中、約束通りエマさんから色々と教えてもらうことになった。

 場所は教会の一室、ちょっとした会議室のような部屋で始まった。


「さて、アリー。

 記憶喪失になって少し経つけど、まだ何も思い出していない?」


「……はい、まったく。

 でも、色々と冷ややかな目で見られているなぁ……というのは分かりました」


 実際に街を歩いてみると、いちいち注目を浴びていた。

 基本的には否定的な印象で、逆に好意的だったのなんて……服飾屋の店員くらいのものだろう。



「まぁ、ほとんどはアリーの日頃の行いのせいなんだけど――

 ……でも、この教会にも問題があってね」


「そうなんですか?」


 俺の言葉に、エマさんは目を閉じて頷いた。


「一年前まで、この教会にはシスターが20人くらいいた……ってお話はしたわよね?

 それ以外にも、神父様が1人いたの」


「へぇ……?

 もしかして、その神父さんも辞めちゃったんですか?」


「……いえ、亡くなってしまわれたの」


 思わぬ答えに、俺は一瞬固まってしまった。

 おそらくそこから、この教会の歯車は狂い始めてしまったのだろうか――



「どうして亡くなったんですか?

 何か事件でも……?」


「えぇっと……深酒をした夜に、外で眠ってしまって……。

 冬は終わっていたけど、凍死……ね」


「……お酒、で、凍……死……」


 思わぬ死因に、俺は微妙な気持ちになってしまった。

 神父さんがお酒で……というのは、なかなか紐付けたくない構図だ。


「聖職者のくせに、お酒を飲むのだけは止められなくてね。

 でも、日頃のストレスがあっただろうし……わたくしも強くは言えなくて」


 ……はぁ、とため息を衝くエマさん。


「お仕事、大変だったんですね……」


「そうね。この教会は、問題児が多かったから……」


 出来るだけの理解を示そうとしたところで、俺はエマさんの言葉に引っ掛かってしまった。

 問題児が多かった、ということは即ち――



「……もしかして、私も原因のひとつになっていました……?」


「本人に直接言うのはどうかと思うけど、その通りよ。

 でもね、アリーだけじゃないの。今いる他の3人だって問題児だったし、それ以外にも多かったのよ」


「は、はぁ……」


 ……この教会って、もしかして問題児の収容所だったりするのかな。

 これが完全に偶然だったら、神父さんが可哀そう過ぎる……。



「神父様はね、お酒っていう逃げ道は作っていたけど……求心力は、とてもある方だったのよ。

 だから神父様が亡くなって以来、シスターたちはそれまで以上にバラバラになっちゃって……。

 この街の信徒さんも、愛想を尽かして近寄らなくなっちゃったの」


「うぅ……、今さらですが謝ります……。

 ……それで、新しい神父さんは来なかったんですか?」


「ええ。わたくしから中央教会――……教会の、母体組織のことね。

 そこに連絡はしているんだけど、きちんとした返事がもらえていなくて――

 ……ごほっ。ごほっ」


 話の途中、エマさんはハンカチで口を押さて、突然に咳き込み始めた。

 気が付けばいつの間にか、白い布が赤い色に染まっている。


「ちょ!? だ、大丈夫ですか!?」


「……ごめんなさい。

 この話になると、いつも吐血しちゃうのよ……」


「いつも……って」


「だから、これくらいは大丈夫。

 すぐに落ち着くから……あんまり気にしないでね」


 エマさんは俺の筋肉痛を癒してくれたときのように、両手を自身の胸にかざした。

 うっすらとした光が彼女の身体を照らしていく――


 ……いや、でもあれって根本的な治療ではないんだよな。

 一時的に楽になるくらいで、暫定的な治療ですらないはず……。



「気にしないで、って言われても……」


 しかし俺の心配をよそに、エマさんは話を続けていく。


「――そういうわけで、この教会には信徒さんが誰も来なくなってしまったの。

 以前なら週末も、礼拝堂のほとんどが埋まるくらいには集まっていたんだけど……」


「なるほど……。

 そんな状態なら、エマさんだけが頑張っても……どうしようも出来ませんよね。

 ……分かりました、私も頑張ります。この教会に、昔みたいに人を戻しましょう!!」


「え……?」


「きっと神様も見てくれていますから!

 エマさんの頑張りが無駄になるなんて、そんなのはダメです!!」


「……ふぇっ。

 ほ、本当に助けてくれるの……? ……本当に?」


「もちろんです!!」


「……ふぇっ。

 ふえぇんっ、アリー、大好きぃぃいっ!!」


 エマさんは突然、大泣きをしながら俺の手を握ってきた。

 両手で両手を掴まれてしまったため、俺は動くことが出来ず、そのままエマさんを慰めるしかなかった。



 ……それにしてもエマさんって、メンタル的に揺れ幅が大きいのかな……。

 血を吐いたのだって、きっとストレス性の何か……だろうし。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 エマさんをどうにか落ち着かせたあと、俺たちは話を続けていった。


 大きな問題のひとつとしては、神父さんの不在が挙げられるが――

 ……そういった場合は、シスター長が代役を務めていても問題は無いらしい。


 つまりエマさんを中心にして、シスター全員の力を集めることが出来れば……何とかなるかもしれない。


 ……いや、元々20人もいた教会で、今は5人しかいないのだ。

 全員がきっちり仕事をこなしたところで、人数不足は明らか……か。



「でもね、最初から昔通りにやる必要は無いと思うの。

 礼拝以外の仕事だってたくさんあるから、まずは信徒さんとの距離を戻していくのが先……かな」


 ちなみに教会の仕事としては、施設への慰問や慈善事業、婚儀や葬儀などがあるらしい。

 現在はほぼ全てが出来ていないが、葬儀だけはエマさんが略式で行っているとのこと。



「……うーん、難しいですね。

 そもそもですが、シスターの増員って出来ないんですか?」


「手続き的に、中央教会を経由しなくてはいけなくて……。

 神父様なら独自に入れる権限があるんだけど、代役のシスターには許されていないのよ」


「それじゃ、ひとまず今の5人でやるしかないってことですか……。

 ……少し気になったんですけど、教会での生活費ってどうなっているんですか?」


 信徒さんから見捨てられているのであれば、寄付のようなものは当然無いだろう。

 今までの話だと、中央教会からの援助も無さそうだし――



「……資金面は独自のルートがあってね。

 ありがたいことに、お金は大丈夫なの」


「独自って、もしかして……怪しいところですか?」


「ううん、本当に大丈夫なところよ。

 具体的には言えないけど、貴族の家門から十分な支援を受けているの」


 ……もしかして、クロエさんの実家かな?

 先日の話によれば、彼女は公爵家の次女らしいし……。


「はぁ、クロエさんには頭が上がりませんね」


「あら、クロからはもう聞いていたの?

 でも、それ以外からも支援を受けているから……本当に、気にしないで良いからね?」


「分かりました。

 ……ちなみに私の実家って、どこだか知ってます?」


 もしかして、『アリシア』も貴族の娘だったり……?

 突然出て来た俺の質問に、エマさんは一瞬考えてから答えてくれた。


「アリーのことは、『王都から来た』くらいしか聞いていないわね。

 ここに来るまで、他の教会とも縁が無かったみたいよ?」


「……それは残念。

 書類とか何かで、調べることって出来ませんか?」


「神父様、そういうのは全部燃やしちゃっていたのよ。

 ほんと、引き継ぐ方の身にもなって欲しいわ……」


 エマさんは自然の流れで、するっと不満を出していく。


 ……きっと他のシスターも、情報は全部燃やされているのだろう。

 クロエさんだけは『十分な支援』を受けるために、情報を残さざるを得なかった……ということになるのかな。


「つまり、私には帰るところが本当に無いんですね……。

 それならもう、本気の本気でこの教会に尽くさせてもらいます!」



 この身体に転生してきたのも何かの縁だ。

 仮に『神様』という存在が俺の転生に関与しているのであれば、俺の決心には意味があるに違いない。


 ……そもそも俺の人生は、既に一度終わっている。

 ならば『アリシア』が本来やるべきだったことを、これからは俺が、まっとうな形で引き継いでいこう。



「……もう。

 アリーはすぐに、わたくしを泣かせに掛かるんだから……。

 今日は手始めに、準備してきたものを全部、詰め込んであげるからね!!」


「はい、お願いします!!」


 俺が元気に返事をすると、エマさんは嬉しそうに微笑んだ。


 ……守りたい、この笑顔。

 俺は改めて、これからこの場所で、頑張ることを強く誓うのだった――

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