8.見知らぬ評判
俺が大盛りの料理と格闘している間に、おばちゃんの屋台には人が集まって来ていた。
料理を受け取った客たちは次々と席に着いていくが、席の数はあまりなく、自然と相席になっていく。
俺のいる四角いテーブルは四人掛けで、椅子の残りはあと3つ。
まずは斜め向かいに、男性がどかっと座った。
そしてすぐに、前の席にも別の男性が料理を置いてきた。
「前、失礼しますね――
……って、アリシア……さん!?」
目の前の弱気そうな男性は、俺の顔を見るなり驚いた。
しかし俺は、当然のように彼のことを知らない。
「はい、どうぞ」
『アリシア』への反応を気にするのも面倒になってきたので、俺は差し障りなく返事をする。
そんなことよりも今は、目の前の料理と戦うことの方が重要なのだ。
弱気そうな男性は、不思議そうな顔をしながら料理を食べ始めた。
たまにちらちらと、こちらを見ているような気もするが――
……無視、無視……っと。
気にしないように食事を進めていると、空席だった右の席から、誰かの身体が当たって来た。
食べながら目をやってみると、そこには筋肉ムキムキの巨大な男性が座っていた。
「おっと、当たっちまってすまねぇな――
……って、アリシアじゃねぇか!?」
「いえいえ、お気にせず」
俺は再び、驚きのコメントを軽く捌いていく。
それにしても……こんなに連続で、いちいち驚かれるっていうのはどうなんだ……?
少し注意を払ってみると、筋肉ムキムキの男性も、俺のことをちらちらと見ているようだった。
「――おやおや、アリシア様じゃないですか!
こんな屋台の食事が、あなた様のお口に合うんですかねぇ?」
しばらくするとまた別の……嫌味そうな男性が、俺を見下ろすように声を掛けて来た。
ご飯を食べているだけで、何でこんなに絡まれるんだ……。
「はい、とっても美味しいですね!
これからもたくさん、食べに来ようと思っているんですよ♪」
俺は少しやけになって、愛想を振り撒きながら言ってやる。
嫌味そうな男性はそれに驚き、何故か後ろによろめいてしまった。
「……は、はぁ?
お前、本当にアリシア……か?」
「そうですよ?」
「あ……、あれぇ……?」
まわりの騒ぎを物ともせず、俺は食事を続けていった。
結局は全部食べられず、おばちゃんに容器を借りて持ち帰ることになったのだが――
……容器を借りる際、保証金として3000ルーファを預けることになってしまった。
本当に、『アリシア』は信用が無いんだな……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
まわりの視線を浴びながら、俺はおばちゃんに明るく挨拶してから屋台を離れた。
残り物を入れてもらった容器というのは、いわゆるタッパーなのだが――
……この世界に、こんなものがあるとは思わなかった。
素材はガラス製で少し重い。
フタの方は……プラスチックのような、少し違うような……。
タッパーの入った袋をぶら下げながら、スカートのひらひらを気にしながら、俺は街を歩いて行った。
エマさんと一緒に歩いた道を踏まえつつ、今日歩いた道をどんどん追加して、頭の中に自分なりの地図を作っていくのだ。
「――アリシアちゃん!」
不意に、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
声の方に目をやると、センスの良い服を着た女性が手を振っている。
20代後半のようだが、『アリシア』に対してずいぶんと好意的な印象だ。
「こんにちは!」
「え? ……あ、こんにちは。
今日はひとりなの? ベアトリスちゃんは?」
どうやら『アリシア』は、いつもはベティちゃんと外出をしているようだ。
教会だけではなく、外でも一緒に過ごすくらい仲が良かったのかな。
「今日は私ひとり、なんです。ちょっと、そんな気分だったので」
……人間には『気分』というものがある。
これを理由にしてしまえば、相手はそれ以上のことを聞けなくなってしまうのだ。
「そうなんだ――
……って、もしかして何かイイコトでもあったの?
喋り方だって、いつもよりお上品ぶっちゃってるよ?」
「あはは、そうかもしれませんね!」
……とりあえず、どうにでも取れる答えを返していく。
不自然さも感じられず、話題を流したい今の局面には最適な言葉だ。
「へぇ~、ついについに!?
やったじゃん、おめでとう!!」
……しかし結局、話は俺の分からない方へと進んで行く。
一体、何の話なんだ……。
「すいません、ちょっと用事があるので……。
今日はこれで!」
「そうなんだ?
了解っ! またお店に来てねぇ~♪」
……『お店』?
改めて見てみると、女性の後ろには個人経営のような小さな服飾屋があった。
ショーウィンドウには、俺の部屋にあったような服が飾られている。
なるほど、このお店では『アリシア』はちゃんとしたお客だったんだろうな……。
「分かった、またね!」
別れ際の挨拶は……俺も言葉を崩して、常連の感じで言ってみることにした。
これには女性もしっくりきたようで、右手をぱたぱた振ってから、お店の中に戻って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
引き続き街を歩いていると、別の服屋を見つけた。
先ほどの可愛いお店とは違って、無骨というか、飾り気が無いというか……そんな感じだ。
ゲーム的に言えば、いわゆる『防具屋』というやつだろうか。
……実は今回、俺が探していたお店でもあったりする。
「こんにちは!」
「はい、いらっしゃい。
……何か探し物かな?」
店員からは、場違いな客が来た……という空気が伝わってくる。
客層が違うのか、あるいはここにも『アリシア』の悪評が伝わっているのか。
「あの、汚れても良い服を探しているんです。
軽くて丈夫なものってありますか?」
用途としては、早朝の稽古で使うことを想定している。
稽古をすれば汗をたくさん掻くから、シスター服だけでは洗濯が間に合わないのだ。
「何かの作業に使うのかい?」
「いえ、体術の練習に使う……みたいな感じです」
「へぇ? シスターさんが、そんなことをやるんだな」
……おっと、どうやら俺のことを知っているようだ。
何だかんだで、『アリシア』の知名度はやっぱり高いんだな……。
「あはは、そんなのは私くらいでしょうけどね……。
とりあえず2着欲しいんですけど、何かありますか?」
「うーん、布地が厚くていいなら揃えられるが……。
あとで文句を言うなよ?」
「買ってからは絶対に言いませんので……。
まずは現物を見せて頂けますか?」
俺の言葉に、店員は奥の棚を漁り始めた。
しばらくすると丸まった布の塊を持ってきて、俺の前でそれを広げた。
「……これ、なんだがな。
お前さん、これを着られるのか……?」
俺としては胴着……柔道着のようなものを想像していたのだが、持ってきてもらったのは少し違った。
地味な色ではあるものの、街中を歩けるくらいにはデザインがされている。
店員が渋ったのは、若い女の子が着るにしてはダサイ……というところだろうか。
「んー、ちょっとイメージとは違いますけど……。
こういう服を扱っているお店って、他にはどこかありますか?」
「あるっちゃあるが、仕入れ元は同じだぞ?」
……むぅ。
それでは意味が無い……。
「な、なるほど……。
うぅーん、今日は試しで1着……だけにしておきます」
「そうかい?
それじゃ、5万ルーファだな」
……5万!
5万ルーファとは、つまり5万円である。
慌ててお財布の中を見てみると、中に入っているのは3万ルーファほど……。
元の世界では1着で1万円もしないから、完全に油断をしてしまった……。
「す、すいません……。足りませんでした……」
「見かけによらず、これはこれでちゃんとした冒険服だからな。
もっと簡単なもので良ければ、自分で服飾士に頼んだ方が早いと思うぞ?」
「そういうことも出来るんですね……。
分かりました、検討してみます!」
「ああ。また何かあれば、気軽に来てくれよな!」
「はい、ありがとうございます!」
俺は元気に挨拶をしてから、防具屋を出ていった。
うーん……。
買い物をひとつ取っても、なかなか難しいものだ……。
……でもさっきの店員、最初は警戒していたけど……最後は何だか笑顔だったな。
何か俺、しでかしちゃってたかなぁ……。