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7.お出掛け

 クロエさんとは結局、夜の0時まで話し込んでしまった。


 俺からは元の世界の様子を話したり、クロエさんからはこの世界の常識を聞かせてもらったり――

 ……まずは様子見ということで、あまり深い部分には話が進まなかったかな。


 しかし教会での生活はこれからも続いていく。

 だから話の続きは、今日だって明日だって、ずっとずっと出来るはずだ。



「――というわけで、今日も日課……っと」


 時間は朝の3時過ぎ。

 俺は教会の庭に出て、稽古の前のウォーミングアップを始めた。


 眠れたのは2時間と少しくらいだが、一日くらいは何とかなるだろう。

 転生して以降、睡眠時間が少なくても……割と、どうにでもなりそうなんだよな。



 ストレッチを終えたあと、庭を15分ほど走ってから筋トレに進む。

 筋トレのメニューは昔通りに行ってみるが、回数をこなすことが全然できなかった。


 ……そもそも身体が付いていかず、不可能だったメニューもかなり多い。

 例えば『逆立ち歩き』などは、腕や体幹に体重を支える力が無いし、バランス感覚も想像以上に足りていない。



「……まぁ、少しずつ出来るようになるだろうけど……」


 転生によって、歳は若返ってしまった。

 だからこそ、今はそこまで焦る必要は無いのだが――


 ……しかし、同じ年齢だった頃の昔の自分と比べれば、やはり雲泥の差を感じてしまう。

 それを考えると、やはり多少は焦らないといけないかもしれない……。



 筋トレのメニューを出来る範囲でこなし終わると、俺は思いっきり地面に寝転んだ。


 背中からはすぐに、土の冷たさが染み込んできてしまう。

 長時間はこうしていられないが、ひとまずは束の間の休息を――



 ……美しい夜空を見上げながら、ゆっくりと呼吸を整えていく。

 身体が冷える前に立ち上がり、俺は引き続き型の稽古を始めた。



 この世界に来てから使った技と言えば、クロエさんに掛けた……首への締め技くらいなものだろう。

 アレは一般的な締め技だから、俺の古武術の技では無かったのだが――


 ……しっかりとした技を使うには、身体に正しい型を覚え込ませないといけない。

 そして、技に必要なだけの身体を作り上げていかなければいけない。


 稽古だけでも、やることは十分にある。

 せめてその時間くらいは、この世界や転生のこと、思い出せない使命のことは考えないようにしておこう――




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 稽古のあとは、お風呂で汗をざっと流す。

 手早く身支度を済ませてから、エマさんと一緒に朝食の準備をしていると――

 ……クロエさんが、昨日よりも少し早めに起きてきた。



「ふわぁ……、おはようっす……」


「クロエさん、おはようございます!」


「あら? クロ、いつもより早いじゃない。

 ……10分だけど」


 朝食が始まる10分前に来たのでは、手伝うことは正直あまり無い。

 しかしエマさんは、どこか嬉しそうだ。


「こ、これからは出来る範囲で早起きするっす……。

 ……アリシア殿は、自分と遅くまで喋っていたのに……早起きっすね……」


「アリーは3時から起きていたんですって。

 わたくしよりも早いのよ?」


 エマさんが謎のドヤ顔を見せる

 俺はそれを、何故か恥ずかしい目で見てしまう。


「え……? それって、3時間しか寝てないじゃないっすか……。

 長様、自分は無理っす……」


 がっくりと肩を落としてしまうクロエさん。

 何というか……彼女は困っているときの方が可愛らしいというか、いじめてしまいたくなるような人だ。



 雑談をしながら配膳を進め、俺たちは6時の少し前に着席した。

 朝食の始まる時間になっても、ベティちゃんは当然のように姿を見せない。


「――ま、いつも通りね。

 クロ、アリー。頂きましょう」


「はい、頂きます!」

「頂くっすー!」


 挨拶をしてから食事を始める。

 そういえば、食前の祈り……みたいなものは無いのかな?


 この信仰がそうなのか、単にこの教会だけがそうなのか――

 ……個人的には楽で良いんだけど。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 昨日エマさんに言われた通り、今日は自由時間をもらっていた。

 街に出掛ける予定だったので、試しにクロエさんを誘ってみたのだが……日中は用事があるということで、断られてしまった。


 エマさんは俺のために、色々と資料を作ってくれるそうだから誘えなかった。


 ベティちゃんは、以前の『アリシア』にご執心だから――

 ……今日は気楽に歩きまわりたかったので、俺は彼女が起きてくる前に出発することにした。



 教会を出て、街の中心を目指して歩いていく。

 特に目的地は無いのだが、とりあえず今日は、色々な場所をまわろうと考えていた。


 通りにはそれなりの人の流れがあり、様々な人の姿が目に入ってくる。

 それは逆も然りで、様々な人の目の中に、俺の姿も入っているだろう。



「……はぁ」


 そんなことを考えるだけで、俺はとても恥ずかしくなってしまった。

 というのも、今の服装が……割と短めのスカート、を着用しているからである……!!


 何だかんだでシスター服には慣れてきたものの、それは腰から長い布が伸びている……という部分が大きい。

 しかしそれ以外の……ボトムスについては、『アリシア』は短めのスカートしか持っていなかったのだ。


 実際のところ、端から見ればそこまで短いわけでも無いのだろうが――

 ……『俺』としては初めてのスカートの着用になるから、やっぱり緊張するというか、不安になるというか……。



「……くっ、洗濯の都合が無ければ……っ!」


 足を運ぶたびに腰まわりの布がゆらりと動き、それと同時に空気の流れを脚に感じてしまう。

 脚から意識を離すたびに、『ちゃんと下に穿いていたっけ……?』などという懸念が、何度も何度も襲い掛かってくる。


 ……幸いだったのは、『アリシア』本人が揃えた服なだけあって、とても似合っている……ということだ。


 だから正直、あとは俺の覚悟と慣れの問題だ……。

 今日はもう、この羞恥心を克服する一日にすることにしよう――




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 この街は大陸の辺境にあり、人口もそれなりに多いそうだ。

 街の作りとしては、全体を高い街壁に囲まれており、東西南北の四方向に街門が存在する。


 東の街門は、忘却の森に続く。

 西の街門は、隣の街への街道が伸びていく。

 南の街門は、住人の食糧を支える農耕地が広がる。

 北の街門は、魔物が多く住む危険な大地へと繋がっている。



 この世界での『魔物』とは、基本的にはゴブリンやオークなどの『種』としての生物を意味している。

 それに加えて動物が魔力によって変異したり、故意に作られた化け物も『魔物』のカテゴリに入るのだという。


 ……しかし、この街の中は安全である。

 屈強の治安隊が街を完全に守っている上、街の内部で発生した事例もまだ無いらしい。


 加えて、この付近の魔物はそこまで強くはないそうだ。


 ただし北の街門から進む先にはかなり強力な魔物がいて、それを討伐する『冒険者』がこの街を拠点にする――

 ……ということもあるらしい。



 ――以上、昨晩クロエさんから教えてもらった情報である。


 改めて考えてみると……転生のことが、クロエさんにすぐバレたのは運が良かったかもしれない。

 『転生したから記憶が変わっている』という、最もナイーブな部分を理解してもらえているのだから……。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「こんにちは!」


 街を少し歩いてから向かった先は、転生初日に立ち寄った大通りの屋台だった。

 前回は食べられなかったから、今回はどうしても食べてやる……と心に決めていたのだ。


「……ああ、アリシアかい。

 最近はよく来るねぇ」


 『よく』……とは言っても、まだ2回目である。

 昼の12時前ということもあり、他の客はまだ来ていないようだ。


「今日はお金を持ってきたので、何か食べさせてください!」


「え……?

 あんた昔、『こんな犬の餌に、お金が払えるわけないじゃない!』とか言ってなかった……?

 ひとくち食べてぶちまけて、本当にお金を払わないで帰っちゃったよね……?」


 …………。


 え、ええぇー……。


 ここに来てからまだ30秒だけど、もはや気まずい空気が流れているぞ……?



「そ、それは、えーっと……。

 ご、ごめんなさい……。でも、今日は食べさせてください!!」


 クロエさんと話した結果、記憶喪失のことを口にするのは控えることにしていた。

 なので、ここは素直に謝る方向で――


「……はぁ。

 ま、お金を払って、残さずに食べてくれるなら問題ないけどさ。

 先払いだけど、何にする?」


 ……それはもちろん、タンパク質!

 筋肉をつけるための、タンパク質!!

 プロテインなんてこの世界には無いだろうから、何はともあれ食事でタンパク質!!!!


 ――って、『タンパク質』って言っても伝わらないかな……?



「えっと、これから力仕事をしっかりやりたいので……お肉とか、卵とか、そういうのをお願いします!

 あとは野菜も何かあれば!」


「ふぅん、やっと改心したのかい?

 あっはっはっ、しっかり気張りなよ!」


 そう言うと、おばちゃんは適当に料理を見繕って大きな皿に山盛りで出してきた。


「う、多い……。食べられるかな……」


「若いんだから、頑張りなさいよ。

 食べられなかったら容器に入れて持たせてあげるから。

 お代は1000ルーファね」


 『ルーファ』というのは、この世界のお金の単位だ。

 クロエさんと確認したところ、元の世界の『円』とほぼ同じような価値のようだった。



 ……つまり、昼食で1000円。

 少しお高めだけど、量が凄いから……多分、かなりサービスをしてもらっているのだとは思う。


「が、頑張ります!

 それでは、頂きます!」


 席に着いて、早速フォークを突き立てる。

 柔らかな肉を口に運ぶと、塩気のある肉汁が一気に広がった。


「どうだい?」


「うっわぁ、すっごく美味しいです!

 毎日来たくなっちゃいますね!!」


 俺はついつい、頬を押さえてしまった。

 頬が落ちそう……というのは、まさにこのことだ。


「……あ、そ、そう?

 そんなに喜んでくれるなら、毎日来てもいいけど……」


「本当ですか!?

 お財布と相談して、たくさん来ますね!!」


「え……あ、うん。

 ま、待ってるよ……」



 おばちゃんの照れる様子を眺めながら、実は悪い人ではなかったのか……とほっこりしてしまう。

 いや、良い悪いで言うのであれば、一番悪いのは『アリシア』か。


 こんなに美味しい食事をぶちまけて、無銭飲食だなんて……。

 そりゃ、おばちゃんから嫌な目で見られるのは仕方が無いよ。



 複雑な気持ちで食事を続けていると、教会の方角から美しい鐘の音が響いてきた。


 ……12時を知らせる鐘。

 なるほど。この街の人はこれを聞いて、昼食に入っていくんだろうな……。

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