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6.失われた使命

 ――クロエさんの部屋。

 そこで告げられた、俺が『異世界から転生してきた』という疑惑――


「えぇと……、何を仰っているのやら……?」


 ひとまず俺は、知らんぷりをすることにした。

 何はともあれ、俺が転生してきたという証拠は何も無いのだ。


「ふっふっふっ。

 アリシア殿……、これを見るっす!」


 そう言いながら、クロエさんは彼女の後ろから金属製の箱を出してきた。

 一抱(ひとかか)えほどもあるそれは、小さな穴がいくつか開いており、その1か所が何やら赤く光っている。


「……何ですか? その箱は……」


「これは自分が作った『嘘発見器』っす!

 ランプが赤く光っているのは、アリシア殿が嘘を付いていることを示しているっす!!」



 ……何ということだ。

 まさかそんな方法で、俺の秘密が暴かれてしまうだなんて――



「でもその『嘘発見器』って、クロエさんが作ったものですよね?

 中身がどういう構造なのか分からないですし、私にはちょっと信じられません」


「むっ、そう来るっすか……。

 でも自分は、これの構造は熟知してるっす! アリシア殿が信じようが信じまいが、関係ないっすね!」


 俺の言葉に、クロエさんは堂々と反論してきた。

 クロエさんが知りたいことは、彼女が信用する『嘘発見器』が教えてくれる。


 ……他の誰かに証明する必要なんて無い。

 俺が知らんぷりを続けていても、きっとクロエさんはこれからずっと追及してくるだろう。



「――……仮に。

 私が転生していたというのであれば、クロエさんは……私をどうするつもりですか?」


「ふっふっふっ……言わずもがな!

 アリシア殿のことを、せいぜい利用させて頂くっす!!」


 クロエさんは勝利を確信し、俺に言い放った。


 ……なるほど、どう足掻(あが)いても無駄か。

 もはやここまで――



「……分かりました」


「ふふふ、物分かりが良いっすね!

 それでは早速――」


「短い間でしたが、お世話になりました」


「……ほぇ?」


 間抜けに声を発したクロエさんの脇をすり抜けて、俺は彼女の真後ろにまわった。

 そしてそのまま、後ろから彼女の首を締めながら、強引に膝を突かせる。



「大人しくしてください。

 この身体、腕が細くて上手く力が入らないんですよ」


「ちょ……ぐぇっ!?

 待つっす!? 待つっすぅ!?」


「……何ですか?

 首を締められるのが嫌なら、急所で死にますか?

 それとも、何か()(のこ)したいことでもあるんですか?」


「あ、あるに決まってるじゃないっすか~~~っ!!」


 俺が両手の力を軽く緩めると、クロエさんは泣き叫びながら首をぶんぶんと振りまわした。

 短い付き合いではあったが、最期の言葉くらいは聞いてあげよう。


「大声を出したら、そのまま殺しますからね」


「あ、あうぅ……。わ、分かったっす……。

 ……っていうか、何で急に、自分のこと殺そうとするっすか……」


「え? そりゃ、秘密がバレたからですけど」


「ちょ……、お、穏やかじゃないっすよぅ……。

 ……り、『利用する』って言ったのは、あくまでも言葉のアヤで……」


「はぁ」


「も、もしかしてアリシア殿、今までに人を殺したことがあるっすか……?

 危険思想の持ち主っすか……? ……だからこんな、あっさりと殺しに……?」


「いえ、殺しの経験はまだ無いですよ。

 殺す技は知っていますが、殺されたことしか無いですもん」


「……へ?」


 突然の話に、クロエさんは短い声を出してきた。


「クロエさんの仰る通り、私は異世界から転生してきました。

 ……平和な世界でしたよ。でも、殺しの技を持っていたからこそ、私は殺されちゃったんです」


「何と……」


「だから、自分の正体は絶対にバラしてはいけないと思いました。

 秘密を脅かす人がいたら、さっさと殺してしまおうと……そう決めていたんです」


「ほぇ……ほえぇっ!? 振りじゃなくて、マジっすか!?

 誤解っす、誤解!! じ、自分は今のアリシア殿と上手くやっていきたいんすけど!!?」


 クロエさんの大きな声に、俺は両手の力を強めた。

 喉が潰れたような、『ぐぇっ』という小さな声が聞こえてくる。


「……次に大声を出したら、もう殺しますよ?」


「こ、この部屋は完全防音だから大丈夫っす――

 ……って言っても、それが本当かどうか、証拠が何もないっすよね……。

 ううぅ、死にたくないっすぅ……。死にたくないっすよぅ……。助けてぇ……」



 クロエさんの身体からは完全に力が抜け、俺が両手を離しても立ち上がることは無かった。


 ……この部屋の外からは、物音は何も聞こえてこない。

 完全防音というのは信じることにして……もう少しくらいなら、話を聞いてみても良いのかな?




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「まぁ、私としても色々と上手くやって行きたいんです。

 なので、私の味方になれば許してあげます」


 クロエさんを落ち着かせながら、正面に向かう形で俺も座る。

 俺の言葉を聞くと、クロエさんはようやく泣きじゃくっていた顔を上げてくれた。


 ……実際に殺し掛けはしたものの、俺だって積極的に殺人者になりたいわけでも無いからな。



「あ、ありがとうっす……。

 情報が多すぎて、頭の中がパンクしそうっす……」


「あはは、そうなりますよねぇ♪」


 クロエさんの言葉に、俺はついつい笑ってしまう。


「……何すか、その天使のような笑顔は……。

 さっきとのギャップが凄まじすぎるっすよ……」


「出来ればずっと、こんな気持ちでいたいですけどね!」


「……うぅ。

 以前のアリシア殿も凄かったっすけど、今のアリシア殿も大概っす……。

 敵には絶対、まわしたくないっす……」


「はい、仲良くしましょう!」


 俺は明るくそう言うが、しかしクロエさんはまだ震えている。

 ……今は逃げ場がないし、そうなるのも仕方が無いか。



「転生のことも、絶対に言わないっすから……。

 長殿にも絶対言わないっすから、信じて欲しいっす……」


「分かりました、信じます。

 でも、次は警告なしで殺しますからね!」


「うぅ、怖いっすぅ……っ」


 ……おっと、また脅してしまった。

 このままではキリが無いし、さっさと話を変えることにしよう。



「――さて、本題に入りましょう。

 今日は私がいた森……忘却の森について、と、そこで起きる記憶喪失について、教えてくれるんですよね?

 よろしくお願いします!」


「は、はいっす……。

 ……えぇっと、この世界にはいくつかあるんすよ、『記憶喪失の人間を生み出す場所』っていうのが。

 忘却の森もそのひとつで、入った人間を記憶喪失にさせることがたまにあるっす……」


「ふむふむ」


「――というのが、一般的な情報っす。

 長様も、そこまでしか知らないはずっすよ」


「と言うと?」


「実は『記憶喪失になった人間』には、逆に『今まで持っていなかった不思議な記憶』が現れるっす。

 その記憶というのが、この世界のものではなく、異世界のものだと言われていて――

 ……ただ、これは王家や高位の貴族にしか知られないように、情報統制がされているっす」


「へぇ、そうなんですね……。

 でもそれ、何でクロエさんが知っているんですか?」


「実は自分、こう見えて……公爵家の次女だったりするっす。

 5番目の子供なんっすけど」


「えっ!?

 偉い方だったんですね!」


 まさかこんな教会に、そんな大貴族の子供がいるだなんて。

 貴族というのはよく分からないけど、公爵っていうのは……貴族の中では一番偉いんだよね?


「凄くは無いっす……。家から追い出された、単なるバカ娘っすよ……。

 ……じゃなくて、えぇっとつまり、お偉い方々は異世界のことに興味深々ってわけっす。

 自分たちの知らない技術や文化は、何物にも代えられない貴重なものっすから」


「確かに、そうでしょうけど……。

 でも私が詳しいのなんて、うちに伝わる古武術くらいですよ?」


「……いやいや、日常的な知識ですら貴重なものなんっす。

 自分も、それを発明に活かしたくて……それでアリシア殿に、その辺りのことを色々と聞かせてもらいたくて……」


「そうだったんですか。

 『利用する』だなんて言われたから、もっと酷いことをされるものとばかり」


「テンション爆上げになっていた、さっきまでの自分を恨めしく思うっす……。

 今のアリシア殿と仲良くやりたいのは、本当に本当っすから……絶対に殺さないでくださいっすよ……?」


「裏切らない限りは大丈夫ですよ。私、味方に対しては凄く甘々(あまあま)なので。

 クロエさんの知りたいことは、出来るだけお話しますから――

 ……クロエさんも私のことを、しっかりと手伝ってくださいね?」


「もちろんっす、ありがとうっす!

 欲しいものがあれば気軽に言って欲しいっす!

 ……ただ、期日はゆとりを持ってくれると嬉しいっす……」


「ああ、昔は無理させちゃってたって話ですもんね。

 その節は申し訳なく――」


「って、それは以前のアリシア殿の話であって、今のアリシア殿の話ではないっすよね……?

 ……ふむ? そういえば元のアリシア殿って、一体どうなったんすかね……?」


 クロエさんがふと、そんな疑問を口にした。

 確かに俺がこの身体にいる以上、『アリシア』はどこかにいってしまったと思うんだけど――


 ……でも、何だかその辺りは上手くいってる気がするんだよな。

 何となく、既に話が付いているというか、問題なく解決されているというか……。



「元に戻ることは、多分ないと思いますよ。

 ちょっとよく分かりませんが、何だかしっくりしているので」


「そ、そうなんすか……?

 ところで『転生』という現象は、『神の采配』とも呼ばれているっす。

 アリシア殿は、何か『使命』が下っていたりとか……するんすか?」


「使命……、ですか?

 えぇっと、そういえば何かあったような……?」



 ……咄嗟に、そんな言葉が口を衝いて出た。

 記憶には全然無いんだけど、完全に否定するのも……何だか違うような気がする。


「えぇ……。

 それって、忘れちゃって良いものなんっすか……?」



 いや、普通に考えればダメなんだろうけど――


 ……使命。

 あれ、何だっけ……?


 確かひとつだけ、何かをお願いされたような……?

 ……誰から? ……あれ、誰からだっけ――

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