29.無慈悲なる裁き
エマさんの発案で行うことになったお祭りは、出来るだけ早く……ということで二週間後に決定した。
秋に行われる収穫祭よりも規模は小さいそうだが、それでも街の人が大勢参加できるくらいには大きいらしい。
「アリー、お願いね」
「はい!」
俺は礼拝堂で、教会が所有する聖力石に神聖力を注ぎ込んでいった。
この聖力石は蓄えられた神聖力を徐々に放出するという代物で、神聖な空間を演出するためのものらしい。
実際、力を注ぎ込んでしばらくすると……清涼感のある空気が辺りに漂ってきた。
「わぁ……♪
お姉さまの力が礼拝堂を満たしていますね! 素敵です!」
ベティちゃんの言い方には何か含みを感じるが、確かに気が引き締まるような雰囲気だ。
ちなみにエマさんの話によれば、聖力石に頼らなくても、信仰が強い場所ではこうなるのだという。
でも、この教会でそうなるのは……まだまだ先の話になるのかな。
「ふむ……。
この空間が維持できれば、小さなエネルギーは自動で補給できるっすから――
……いやぁ、創作意欲が湧いてくるっすね!」
クロエさんはどんなときでも、考えることが発明の方に向かってしまう。
まぁ、彼女らしいといえばその通りなのだが……。
「とりあえず、問題なく出来て良かったです。
……それよりもエマさん、さっきから顔色が悪いですけど……大丈夫ですか?」
朝はいつも通り癒してあげたのだが、調子は明らかにおかしく見える。
今日からお祭りが始まるというのに――
「……大丈夫よ、心配を掛けてごめんね。
ただ、今日は急用が出来てしまって……教会の方は、みんなにお願いできるかしら」
「え……? わ、分かりました!
……ディアーナさんがいないから、リーダーはクロエさんにお願いしますね!」
「え!? じ、自分っすか!?」
俺の提案に、クロエさんは目を丸くして驚いた。
「だって、残った三人の中では年長者じゃないですか。
街では色々なお手伝いをしてきたって言うし、顔も広いんですよね?」
「ま、まぁそうかもしれないっすけど……。
でもリーダー気質なのはアリシア殿じゃないっすか?
ねぇ、ベアトリス殿」
「いーえ、クロエ様が適任だと思います!」
「そ、そんなぁ!?
くぅ、ディアーナ殿は一体どこへ行っちゃったんすか……」
ベティちゃんはクロエさんの意見を却下した後、俺に軽くウィンクをした。
俺の不都合なようにベティちゃんが動くとか、クロエさんは未だに思っているのかな……?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
お祭りは、教会から大通りまでを中心にして行われている。
基本的には食べ物や雑貨の露店が多く並び、街の人々が思い思いに楽しむ感じだ。
教会の主催ということで、礼拝堂でのイベントも予定されている。
その演出のひとつとして、先ほどの聖力石の話があった……というわけだ。
「よぉ、アリシア!
パンでも持っていくか!?」
教会の入り口で声を掛けてきたのは、口髭の人だった。
情報屋の部下として、そして人気のパン屋として、今回は彼にもたくさん働いてもらっているのだ。
例えば、食べ物の露店で必要になる食材をほぼ原価で融通してもらったり――
……お祭りを手伝ってくれるように、色々なお店に掛け合ってもらったり。
元締めの組織から露店を出させても、時間的に厳しかったようで、数が十分ではなかったからな。
だからその分、一般のお店にも積極的に出店をお願いしていたのだ。
「わぁ、新作のパンですか……!?
ああでも、ちょっと出かけるので取り置きをお願いしたく……。
っと、それよりも今回は色々とありがとうございました!」
「な、何だか忙しそうだな……。
大したことはしていないが、少しでも恩返しが出来ているなら良かったよ」
「はい、とっても助かりました!
今日はたくさん売って、あとはたくさん楽しんでくださいね!」
「ああ、そうさせてもらおう。それじゃ、また後でな!」
「はーい!」
――すれ違う人々に挨拶をしながら、俺は教会を出て大通りに向かった。
お祭りはまだ始まったばかりではあるが、たくさんの人が楽しそうに過ごしている。
目的は他にあったとはいえ……お祭りを開くことにして、本当に良かったな。
「……おや、アリシア。今日は何か食っていくかい?
先日たっぷり稼がせてもらったからね、今日はサービスで食べさせてあげるよ!」
気さくに声を掛けてきたのは、露店のおばちゃんだった。
先日……というのは、情報屋の部下を治療したとき、近くで露店を出してもらったときの話だろう。
「ありがとうございます、でもちょっと用事があって……。
……あああ、でもいつも以上に美味しそうですねぇ……!?」
「はははっ、仕入れを安くしてもらった食材があるからね。
こんなご時世にありがたいことだから……その分、豪華に振舞っているのさ♪」
「くうぅ……。
タッパーで良いので、取り置きをお願いします……!」
「あいよ、あんたも頑張りなさいね!」
「はーい!」
俺は露店の顔なじみにも軽く挨拶をしてから、街の北側に向かうことにした。
今日のお祭りを楽しむため――
……もとい、しっかりと教会の仕事をするため。
それにはまず最初に、一番気になる用事を済ませておかないといけないのだ……!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
街の北にある小さな広場で、俺はディアーナさんと落ち合った。
今日はこれから、元締めがいる拠点に治安隊が突入することになっている。
これは元締めを拘束することが目的なのだが、それに便乗して――
……俺はディアーナさんの、『元締めを一発殴っておきたい』という願いを叶えるために、それに付き合うことにしたのだ。
「――くっ、無駄な抵抗はやめろ!」
「汚ねぇぞ! こんな日に来やがって!」
拠点の建物には治安隊が50人ほど集まっていた。
しかしどうやら、元締めの部下に抗戦をされているようで――
……あれ?
元締めの部下というには、雰囲気が違う人たちも混ざっているみたいだけど……。
「思ったよりも、衝突しちゃってますね」
「ああ……。
それに、冒険者っぽい連中も混ざっているなぁ」
治安隊と戦っている人の中には、少人数のチーム……のような集団がいくつかあった。
警備の人手が足りなくなった分、お金を払って人員を調達してきた……ってところかな。
「――そうね、あれは一般の冒険者さんみたい。
それで? あなたたちは一体、ここで何をしているのかしら?」
「ひっ!?」
「うぉっ!?」
突然、俺たちの後ろからエマさんの声が聞こえてきた。
慌てて振り向くと、そこには静かに怒るエマさんの姿が――
「……はぁ。
来るかもしれないとは思っていたけど、やっぱり来てしまったのね……。
まったく、血の気が多いんだから」
「えっと……、はい、すいません……」
「あ、あたしが悪いんだよ!
あたしが元締めを、一発殴ってやりたいって言ったから……!」
珍しくディアーナさんが俺を庇ってくれる。
実際のところ、それ以上でもそれ以下でも無いんだけど……。
しかしそんな俺たちを見て、エマさんは仕方の無さそうに言った。
「……はぁ、分かったわ。
それじゃ一緒に、殴りにいきましょう」
「へ?」
思わぬ展開に、俺は驚いてしまった。
エマさんのことだから、俺たちを止めるか、さらに怒ってくるかと思っていたんだけど……。
「……でも、条件があるわ。
わたくしは戦いが苦手だから……一発だけ、殴るのを手伝ってちょうだい。
そのあとはもう、あなたたちの好きにして良いから」
『一発だけ』。
それを聞いて、俺は甘いと感じてしまった。
例えばディアーナさんの一撃と、エマさんの一撃では、威力なんて全然違うわけだし……。
……って、いや。
そう思った俺が馬鹿でした。
エマさんの右手には、鈍い光を放つ痛々しい武器が握られてあった。
……いわゆるモーニングスターというやつで、あれで殴られたら……いや、ちょっと想像したくないヤツだな……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エマさんと合流したあと、治安隊にもすんなりと受け入れてもらえた。
そもそも彼女だって元締めを殴りに来たのだから、最初からその辺りは調整できていたのだろう。
……ディアーナさんの強さは治安隊でも噂になっていたらしく、俺たちは遊撃隊のように、元締めを直接叩く役回りになった。
治安隊が外で戦っている中、俺たちは建物の中の警備を倒しながら……どうにか、目的の部屋まで辿り着く。
「――これはこれは、教会のみなさま。
今日はお祭りのはずだが、まさかわたしの部屋でも何かやるのかね?
ディアーナも、今日は一緒になって……どうしたのかな?」
かなり広い部屋の一番奥……元締めは立派な机で、手を組みながら悠然と座っていた。
歳は40歳ほどだが、何か嫌らしさを感じさせる顔付きだ。
「今まで犯してきた罪により、あなたはこれから治安隊に拘束されます。
でもその前に――……わたくしの私情で、あなたに罰を与えさせて頂きます!」
「ほう……? わたしが何の罪を犯したと?」
「とぼけないで!
……神父様を、殺した罪よ!!」
エマさんの悲痛な声に、俺とディアーナさんは驚いた。
「え?
神父さんって、お酒に酔って凍死したんじゃ……」
「……そうなるように仕向けたのが、あいつなの!
情報屋さんからの情報で、わたくしも昨日知ったばかりだけどッ!!」
そもそも元締めは、うちの教会を潰そうとしていたのだ。
ならば最初に、そのトップを狙うのは当然のこと……か。
「くくく……まったく、やはり情報屋は目障りな存在だな。
……まぁ良いだろう。ほら、どうした?
抵抗はしないでやるから、やりたいようにやるが良い」
元締めは薄ら笑いを浮かべながら、俺たちを挑発してきた。
この部屋には彼の部下もいないし、本人も強そうには見えない。
そんな中、言葉を続けたのはエマさんだった。
「――『悪には裁きを、全ては神々の思し召しのために。嗚呼、彼らを戒め給え』」
ボンッ! ボボンッ!!
エマさんの言葉が綴られると、壁のあちこちから爆発音が響いた。
これには、元締めも驚きを隠せない。
「なっ!? い、一体何事だ……っ!?」
「……うちのクロエが、この部屋にトラップを仕掛けていたんでしょう?
あの子も慎重な子だからね、念のため『自爆』の合言葉を用意していたって言うのよ」
クロエさんの話によれば、この部屋のトラップは侵入者を電撃で気絶させるものらしい。
だから不用意に近付いていけば、途中でバチッ……となるわけだ。
「マジかよ……。こんなのがあったのか……」
ちなみにディアーナさんは、トラップの存在を知らなかったようだ。
元締めから完全に信じられていた、というわけでも無かったんだな。
「……くそっ、あいつも教会のやつだったな。
あの発明オタクのちんちくりんめ……!!」
「いやいや、クロエさんを馬鹿にしないでくださいよ」
流石の俺も、苛立ちが止まらない。
クロエさんのこともそうだけど、何より神父さんの命を奪った男が目の前に……。
「ちっ! ディアーナ、そいつらを仕留めろ!!
そうすれば教会はお前に全部くれてやる! それに聖女の座だって――」
「……いや。そういうの、全然興味ないから。
それにあたし、教会に帰ることにしたんだよね」
「な、何ぃッ!?
裏切るつもりかッ!?」
ディアーナさんは静かに、元締めに向かって歩いていった。
俺もそれに続いて、戸惑う元締めを立ち上がらせてから……二人で元締めの両腕を押さえつける。
「――エマさん、どうぞ」
「あたしの分も、エマに譲ってやるよ……。
……ああ、怖い怖い」
「ひ、ひいいぃっ!?
す、すまん! 許して!! 助けて――」
悲痛に叫ぶ元締めの元に、エマさんはゆっくりと近付いていった。
「……神よ。
哀れな罪人に、無慈悲なる裁きを――」
……振り上げられたモーニングスターが、力任せに振り下ろされていく。
それは俺ですら、とても、とても、長い時間に感じられてしまった。
元締めの立場であれば……果たしてそれは、どれだけのものだったのだろうか――




