27.深夜の路地裏
「――何者だ……?」
……深夜の、とある路地裏。
暗い色の装束をまとった男性が、地面に尻もちをついた男性に短剣を向けている。
そこに登場したのが、俺とディアーナさん……というわけだ。
「ひぃっ、ディアーナまで……!?」
尻もちをついた男性は、ディアーナさんを見るなり叫んだ。
殺されそうなときに助けが来た……のではなく、殺されそうなときに敵がまた来た……といった具合だ。
「よぉ、殺し屋。
そいつを殺すの、ちょっと待ってくんねぇ?」
「ふん、ディアーナか。
……もしや、我の獲物を奪うつもりか?」
殺し屋は注意を俺たちに向けてくるが、そうしている間に、俺たちは襲われている男性を助けなければいけない。
何だか見覚えのある顔だし……情報屋の部下で間違いは無いだろう。
「先手必勝っ!」
俺は手に持っていた棒を殺し屋に投げ付けた。
それと同時に、殺し屋に向かって猛然と走り出す。
『付き合ってやる必要は無い』
彼はそう思ったのか、俺の投げた棒を避けも弾きもしなかった。
棒は殺し屋の肩には当たったものの、特に何が起こるわけでも無く……。
彼はそのまま、足元の男性に短剣を振り下ろしていった――
「――スライディングキック!!」
「ふぎゃあっ!?」
俺の見事な蹴りが炸裂すると、尻もちをついた男性は見事に弾き飛ばされた。
その直後、場所が入れ替わりになった俺の肩を、殺し屋の短剣が掠めていく――
……いや。
掠めていくと思った瞬間、短剣の軌道が突然変化して、俺の肩に浅い傷を負わせていった。
「おい、大丈夫か!?」
「はい、とりあえず!」
俺は急いで立ち上がると、蹴り飛ばした男性の元に駆け寄っていく。
「せ、聖女様!?
申し訳ありません、オレなんかのために……!」
やはり先日、俺が治した情報屋の部下のようだ。
……でもその呼び方、止めろって言わなかったっけ?
「ここは危ないので、逃げてください。
ディアーナさんは味方なので、心配しないで大丈夫ですから!」
「え……、何で?
いや、でもオレがいても、足手まといですよね……。
分かりました、強いヤツを呼んできます!!」
彼は複雑な顔をしながらも、素早く走り去っていった。
ベストな行動だとは思うが、やはり思うところはある……といった感じだろう。
「――おい、ディアーナ。これは一体どういうことだ?
それに……聖女だと? 知っていることを、全部喋ってもらうぞ!」
「ふん、あたしは元締めに裏切られていたんでね……。
あいつやお前の命令なんて、もううんざりなんだよッ!!」
そう言うと、ディアーナさんは殺し屋に殴り掛かっていった。
次の瞬間、殺し屋の短剣は宙を舞って……近くの地面に、鈍い音を立てて落ちていった。
「ちっ、不意を突くとは……卑怯な!」
「ケンカに卑怯も何も、ねぇだろがッ!!」
不意打ちであっても、短剣を落とさせたディアーナさんは流石だ。
しかし殺し屋はすぐに距離を取って、腰の鞘から別の短剣を出してくる。
「……礼儀が無用だというなら、まずは貴様を血祭りにしてやろう。
第二の刃……氷乱剣が、貴様の命を欲しておるわ……ッ!」
……あれ? 殺し屋って、もしかして……中二病の人?
わぁ、これはちょっと興味があるかも。
ひとまず俺は、先ほど肩に受けた傷を治すことにした。
その間に、殺し屋はディアーナさんに斬り込んでいく。
しかしディアーナさんは、彼との距離を取りながら――
……取りながら……? いや、一定の距離を保っている……だけ?
「ディアーナさん、何してるんですか!
私、氷乱剣っていうの見てみたいです!!」
「バカ、お前、他人事みたいに!!」
「……舐められたものだな」
ヒュヒュヒュンッ!!
殺し屋が短剣を繰り出すたび、乾いた音が辺りに響く。
どうやらディアーナさんは、殺し屋の不規則な太刀筋のせいで……間合いに入っていけないようだ。
改めて考えると、短剣の連撃を避けられている時点で……かなり凄いことなんだよな。
ちなみに短剣の軌跡には、細かい氷の結晶がキラキラと煌めいていた。
なるほど、氷乱剣……っていうのは、魔法の剣みたいなものか。
「おぉいっ! お前も手伝えよ!
殺さなきゃ何でも良いから!!」
「はーい、分かりました!」
俺が見物を決め込んでいると、ディアーナさんから指摘が入ってしまった。
武器の熟練者が相手なら、素手で対峙をするのは……厳しいからな。
「そんな女子が増えたところで、何も変わらぬだろう!?
動きはなかなか素早いようだが――」
「……いんや?
あいつはあたしより強えぞ?」
殺し屋が短剣を突き出したところで、ディアーナさんは地面に滑り込み、彼の右手を真下から蹴り上げた。
突然の衝撃に、殺し屋は氷乱剣から手を離してしまう――
「小癪なッ!
ならば第三の刃、雷鳴剣……ッ!!」
殺し屋は素早い判断で、次の短剣を出してくる。
いちいち中二病なのは気になるが、おそらくは氷乱剣と似たような武器だろう。
殺し屋がディアーナさんに集中しているのを確認しながら、俺は隙を突いて彼の左腕を取る。
そしてそのまま、俺の体重を預けながら……勢いを作って、地面に叩き付けるッ!!
「せいッ!!」
「ぐおっ!!?」
……地面は土とは言え、当然ながらかなり固い。
そこに二人分の体重を乗せて投げられたのだから、かなりの衝撃が身体に伝わったはずだ。
しかし殺し屋は、不可解な動きで俺の腕を解いて――
……雷鳴剣を地面に残したまま、後ろに飛び跳ねるようにして再び距離を取った。
「バカ! 何で手を離すんだよッ!!」
「うえぇ……。
関節がぐにゃぁって曲がって……すいません!」
殺し屋が先ほど見せた、不規則な太刀筋……。
あれを実現させるために、彼は気持ち悪いほどの柔軟性を持っているようだ。
……正直、羨ましい。
俺の柔軟も、まだまだ発展途上だから……。
「くそ、第四の刃も持ってくるべきであったわ……!!」
そう言うと、殺し屋は地面に落ちた雷鳴剣に向かって走り出した。
俺はそれを阻止すべく、彼の身体にしがみつく――
……が、完全に体勢を崩してしまった。これでは有効な技が掛けられない……!
殺し屋は雷鳴剣を拾い上げると、しがみついた俺の身体を振り解いた。
そして慌てて起き上がろうとする俺に、雷鳴剣で斬り掛かってくる。
……今の体勢では、まともな技を出すことが出来ない。
しかしそれ以外で、今の俺が出来ることと言えば――
「ディアーナさん、こっち見ないで!
……神聖力、全開ッ!!」
ピカァッ!!!!
「うぐぁっ!?」
俺は右手を突き出して、そこから神聖力を思いっきり放ってやった。
深夜の暗い時間、夜目になっているときに……部屋中を真っ白に塗り潰すほどの光。
これならきっと、視力をしばらく奪ってくれるはずだ。
俺も光源は見ないようにしていたが、しかし右目には多少の光が入ってしまった。
左目は使えるものの、これでは距離感が分からないから――
「……ディアーナさん! トドメをお願いします!」
「おっしゃ、任せろ!!」
「ちっ! 我は目なんぞ見えなくても――」
ごすっ
……殺し屋の言葉の途中、何だか鈍い音が聞こえてきた。
いや、俺はその光景を……左目で、しっかりと見てしまった。
「へっへーんっ!
どうだ、アリシア。一撃だぜっ!!」
満足そうなディアーナさんの前には、股間を押さえて白目を剥いた殺し屋の姿が……。
……男性の最大の急所、いわゆる金的……である。
「わーぉ……」
「ん? そんなに青ざめて、どうした?」
「いや……、あれは痛いんですよねぇ……。
ああ、思い出すだけでもツライ……」
「……何でそんなこと、知ってるんだ?」
「え……? ……あー、はい。いやいや、そうじゃなくて?
いやぁ、痛そうですよねぇ! ……って、お話です!!」
「……おう?」
そうだ、今の俺は……『あの痛み』を知っていたらダメなんだった……。
実際のところ、金的は女性でもしっかりダメージにはなるんだけど――
……でも男性のソレは、もっともっとダメージがスゴいんだよぉ……。




