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26.五人

「久し振りね……、ディナ」


「……うっす」



 ――空が明るくなる頃、教会の庭で。


 エマさんが声を掛けると、地面に座っていたディアーナさんは罰が悪そうに眼を逸らした。

 そんな彼女を、エマさんは膝を突いて両腕で抱きしめる。


「心配……していたんだから。

 今日こそは、全部話してもらうからね……」


「はぁ……。

 こんなんじゃ、逃げるにも逃げられねぇよ」


「うふふ、無様なものね♪」


 ディアーナさんの両腕と両脚は、気絶している間にしっかりと縄で縛らせてもらった。

 また戦うことになったら、俺が確実に勝てる保障も無いからな。

 ……いや、多分勝つけど。



「まさかケンカで、お嬢様なんかに負けちまうとはな……。

 あたしのやってきたことも無駄になっちまったし……、ったく」


「あのぅ、ディアーナさん。

 私のこと、ちゃんと名前で呼んでもらえませんか?」


「……ちょっと待て。

 この前会ったときもそうだったけど、何だか喋り方がおかしくねぇ?」


「ああ、ディナはずっと帰ってこなかったから知らないわよね。

 アリーはね、少し前に記憶喪失になってしまって……。

 でもね、それからすっごく良い子になったのよ!」


「良い子って……。

 あたしと戦っていたときは、むしろ前よりも過激だったぞ……?」


 ディアーナさんの言葉に、エマさんは俺を勢いよく振り返ってくる。


「……えっと、記憶は全然戻っていないんですけど……。

 ほら、戦いになると気持ちが昂って……口調だけは戻ってしまう……というか、えぇ、はい」


「そ、そうなんだ?

 ……ああうん、別に記憶は取り戻してくれて全然構わないんだけど、性格は……そのままでいて、ね?」


「モチロンデスヨー」


 性格が元に戻ったら、エマさんはまた苦労することになるからな。

 やはりそこは、気になってしまうのが当然だろう。



「でも、お互いをちゃんと名前で呼び合う……っていうのは良いじゃない?

 アリーだってディナのこと、ちゃんと『ディアーナさん』って呼んでるわけだし」


「ああもう、分かったよ……。

 アリシア……な。お前こそ、あたしのことを昔みたいに呼ぶんじゃねぇぞ?」


 ディアーナさんの言葉に、俺はエマさんと目が合った。

 身に覚えのあるこの流れは、もしかして――


「……ちなみに、以前は何て呼んでいたんですか?」


「えぇっと……。

 アリーからは、『男女』……って」


「すいませんでした……」


「お、おう……?」


 俺が素直に謝ると、ディアーナさんは肩透かしを食ったように声を出した。


 確かにディアーナさんは、男勝りなところもあるけど……。

 それにしても呼び方で、『男女』は……流石に無いでしょう……。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「おはようっす――……ひぎぃっ!!?」


 朝の6時前、炊事場にやってきたクロエさんが絶句した。

 何故かと言えば、ディアーナさんが食堂にいるのを見つけたからである。


「よぉ、『便利屋』」


 ……どうやらクロエさんの呼ばれ方は、便利屋だったらしい。

 確かにいろいろ作ってくれるから、これはこれで分かるかな。


「こらっ!

 クロのことも、しっかり名前で呼びなさい!」


「はぁ……、まぁそうだな。

 クロ助、今後ともよろしく~」


 エマさんの注意に、ディアーナさんはあっさりと応じた。

 どこか茶化しているような呼び方だけど、エマさんもみんなのことは愛称で呼んでいるし……これはセーフなのかな?


「よ、よろしくっす……。

 何があったのかは気になるっすけど……それにしても、ようやく全員が揃ったっすねぇ……」


「そうですね♪」


 クロエさんの言葉に、炊事場のベティちゃんが同意する。

 いろいろ長かったけど……これでようやく、シスターが五人揃うことが出来たのだ――




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「――で、めでたしめでたし……とはいかないわけよ」


 朝食のあと、俺とエマさん、ディアーナさんは食堂に残っていた。

 話すべきことを話そう……ということで、とりあえずこの三人が残ったのだ。



「そうですね……、

 ディアーナさんはとりあえず、情報屋さんの組織に謝ってきましょうね」


「ああ、それだよ、それ……。

 まったく、アリシアは何てことをしてくれたんだ……」


 ディアーナさんはため息を衝いてから、大きく頭を抱えた。

 彼女に謝罪を求めたところ、何故か何かが俺のせいにされつつある。


「『何てことを』っていうのは、それこそディナの方だと思うんだけど……。

 理由はどうあれ、しっかりと謝罪はしてもらうからね?」


 エマさんは俺に同意して、ディアーナさんに真っ当な指摘をしていく。

 57人という大人数を負傷させたのだから、謝るだけでは済まない可能性の方が大きい。



「まぁ、アリシアに負けちまったからな。

 だから全部話しちまうけど――

 ……一年前にさ、元締めの組織で世代交代があっただろ?」


「ええ、この街では有名な話だからね。

 あちこちで抗争が起きていて、街の人もみんな怖がっていて……」


 ……俺はその当時を知らないが、今よりも治安が悪かったのだろう。

 組織内の争いが表面化して、それが街の人に悪影響を……って感じかな。


「それで、新しい元締め……つまり、今の元締めだな。

 あいつが目障りにし始めたものが、この街に2つあったんだよ」


「2つ……?

 えぇっと、まずは……情報屋さんの組織?」


「ああ。先代は持ちつ持たれつの関係でやっていたんだけどな。

 今の元締めは、『気に入らない』……なんてくだらない理由で、敵対することになったんだ」


「情報は武器になるから、潰すよりも組織ごと吸収した方が良いと思うんだけど……。

 所詮は苦労知らずのボンボン、ってところかしら」


 ……エマさんの言い方も、さり気に酷くて面白い。

 責任を負う立場のなのに、安易な考えで大勢を巻き込んだのだから……そう言われても、仕方が無いか。


「ま、そう言うことだな。

 ったく、この一年はストレスが溜まりまくったぜ……」


「なるほど?

 それで、もう1つはどこなんですか?」


「うん? それはまぁ……うん、ほら、何だ」


 ……ディアーナさんはちらりと俺の方を見た。

 俺はにっこりと微笑み、右の握り拳をちらりと見せる。


「アリー……。

 その手を引っ込めなさい……」


「……あたしはもう、アリシアの方が怖ぇよ……。

 それで、もう1つ……っていうのは、この教会なんだ。

 元締めが抗争を始めたときには、うちの神父もまだいたからな」


「へぇ? 神父さんって、結構な実力者だったんですね」


「お酒にだらしないところはあったけど、街の人からは頼りにされていたのよ。

 その頃はディナも、まだ大人しかったわよねぇ……」


 エマさんは懐かしそうに当時を振り返った。

 対してディアーナさんは、何ともバツが悪そうだ。


「あたしが元締めのところに行ったのはさ、神父が死んじまったあと……なんだ。

 酒場で偶然、うちの教会を潰そうとしていることを知っちまってさ。

 ……それを止めさせようと思って、あいつのところに行ったんだよ」


「そうだったの……?

 そんな話だったなら、まずはわたくしに相談しなさいよ!」


「んなこと言ったって……エマが一番、泣いていただろ?

 体調も良くなかったし、そんな話は出来ねぇよ……」


 ……全てが上手くまわらなかった、一年前。

 ディアーナさんの教会を心配する気持ちも、ここから一人で歩いていくことになってしまう。



「でも……教会を助けるために、元締めのところに行ったんですよね?

 確かにディアーナさんは、たくさんの人に怪我をさせちゃいましたけど――

 ……仮にそうしていなかったら、もっと不味かったんですよね?」


「ああ。3か月くらい前に、教会を潰す話をまた出してきやがってさ……。

 あたしがそれに抵抗したら、元締めのやつがゲームを提案してきたんだよ」


「ゲーム、ですか?」


「情報屋の配下を一人ずつ指定して、動けなくなるまで痛めつけるんだ。

 あたしと、元締めの子飼いの殺し屋が競い合って――

 ……最終的に、あたしの倒した数が多ければ、教会には手を出さない。

 逆にあたしの方が少なければ、教会は完全に潰す……ってな」


 教会を盾にされている以上、ディアーナさんはゲームから逃げることが出来ない。

 そしてそれを、今まで誰にも相談することが出来なかった……というわけだ。



「うぅーん……。

 それにしても『教会を潰す』って、出来てしまうものですか?」


 俺の言葉に、エマさんの表情は暗くなる。


「神父様が亡くなってからの一年間、神父様もシスターも新しく補充できなかった……っていうのは話したわよね?

 それは中央教会が取り合ってくれなかったのが原因なんだけど――

 ……もしかして、それも手をまわされていた……?」


「ちっ、そういうことかよ……。

 あたしを使いながら、教会も潰そうとしてやがったなんてッ!」


 ディアーナさんは苛立ちを隠せず、テーブルを叩きながら立ち上がった。


 自分をずっと犠牲にしていたのに……。

 ……彼女が交わした約束は、ほとんど守られていなかったのだ。



「――元締めはやっぱり敵ですね。

 殺しますか」


「おう、そうしようぜ!」


 俺の言葉に、ディアーナさんも同意した。


「ちょ、ちょっと待ちなさい。

 情報屋さんの組織とは違って、元締めの組織には手練れが多いのよ?

 そんな無茶、いくら何でも見過ごせないわ」


「でも、このままと言うわけにも……」


「何でもかんでも、腕っぷしで解決しようとするのはダメ、ってこと!

 まずは元締めが、情報屋さんとうちの教会を潰そうとした理由は……分かる?」


「情報屋さんは……情報をたくさん持ってるから?

 エマさんがさっき言った通り、情報っていうのは武器になりますから……」


「それじゃ、うちの教会は?」


「やっぱり信仰……ですよね?

 最近は信徒さんも来るようになってきましたし、信仰心はみなさん厚いんだと思います」


「うん、その通り。

 だから、うちの教会と情報屋さんが組んだら……いろいろ出来ると思わない?」


 エマさんの目がきらりと光った。



 ……情報屋が不法侵入をしたときもそうだったけど、エマさんは『教会の敵』に対しては容赦が無い。

 俺とディアーナさんだけで突っ走る意味も無いし、それなら――


「はい! みんなで悪者退治といきましょう!」


「ええ、この街を正しく導くわよ!!」


 俺の言葉に、エマさんも同意した。

 そんな光景を、ディアーナさんは少し呆けながらじっと見ている。


「……うちの教会、こんなに過激だったっけ……?」



 お前が言うな、と言いたいところはあるけど……。


 しかしディアーナさんだって、もう一人なんかではない。

 だからこれからは、みんなで教会を守るために戦っていこう――

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