22.便利なもの
ディアーナさんは、一体どこにいるのか――
……その答えを情報屋から聞き出したものの、さて、これからどうすれば良いのだろう。
彼女が今いるのは、元締めと呼ばれる人物の元。
情報屋と敵対している組織を統括している男性で、この街では違法すれすれのこともやっているそうだ。
ただ、その組織が完全に悪か……と言うとそうでもなくて、お祭りのときには露店を出したりもしているらしい。
そういえば元の世界でも、地方のお祭りにはそんな人たちがいたような……?
ちなみにその組織は、この一年でトップの世代交代があったそうだ。
つまり今の元締めは、その立場に立ってからはまだ一年ほど。
……年齢としては、比較的若めの40歳……という話だ。
「私が行ってみましょうか?」
「それは絶対にやめて……」
俺が様子を見に行こうとすると、エマさんにあっさりと断られてしまった。
確かに、15歳の女の子をそんな危ない場所に向かわせるわけにはいかないか。
「うーん……。では、どうしましょう」
「どうもしなくて良いからね……?
居場所は分かったんだし、機会を見つけてお話をしていければ……」
教会の人手が足りない――
……その問題を解消するためにも、ディアーナさんには教会に戻ってきてもらいたい。
しかしそれ以外の理由で考えれば、今である必要はあまり無い。
つまり、リスクを取ってまで急ぐ必要は無い……ということだ。
「……そうですね。
下手に相手を怒らせて、おかしくな話に転んでいっても……嫌ですし」
「情報屋さんの話によると、結構な人数が負傷させられているそうなのよ。
今回教会に忍び込んだのだって、人手が足りなかったから……情報屋さん本人が来たって話だし」
……ああ、なるほど。
情報屋の組織は少数精鋭なのか、あるいは情報屋が現場主義者なのかと思っていたけど……。
大将自らやって来たのは、うちの教会と同じで……人手不足だったから、なのか。
「ところで話の発端の……クロエさんのお話は覚えていますか?
クロエさんは何で、最初にディアーナさんと間違えられたんでしょうね」
「それも頭が痛くなる話でね……。
ディナは、情報屋さんの組織の人を負傷させていたそうなの……」
「……は?」
「何ていうのかな、アリーは武術の練習をしてるでしょう?
ディナもそういうのが得意なのよ。
どちらかと言えば、ケンカが得意って言うのかしら」
……いやぁ、ケンカと古武術を一緒にして欲しくは無いんだけど……
まぁ、悪気は無いだろうからスルーしておくことにしよう。
「なるほど。
ディアーナさんを警戒していたところに、クロエさんを見つけて――
……それで、過剰に反応しちゃったんですね」
シスターを街で見掛けて、それを直ちにディアーナさんと勘違いするのは不自然だ。
しかし彼女の襲撃を警戒していたのであれば、勘違いをしたのはむしろ当然のことだろう。
「先に言っておくとね、ディナは教会で暴力を振るったことなんて無いのよ?
シスターに対しても、信徒さんに対しても……。ああ、もちろん神父様にもね」
「キレやすい人……ってわけでは無いんですね。
うぅーん……」
「ええ。口は悪いけど、本当は良い子なの――
……ごほっ、ごほっ」
話の途中、ストレスが溜まってきたのか……エマさんが吐血した。
そういえば、今日はまだ神聖力を当てていなかったっけ……!
「うわあああ! すいません、この話は止めましょう!
横になってください、すぐに癒しますから!!」
「ごめんね、ありがとう……。
……ディナが戻って来てくれれば……わたくしも、もっと楽になるんだけど――」
それはきっと、仕事が……というだけでは無いだろう。
他のシスターには見せていないけど、エマさんの中では深く深く、悩んでいることなんだろうなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……エマさんを癒したあと、俺は礼拝堂に行ってみた。
目的はもちろん、神様の像の台座……そこにあるモノリスを確認するためだ。
――『聖女にしか、手にすることが出来ない』という貴重なもの。
俺は異世界から転生してきたわけだし、神聖力も底が見えないほどに持っている。
もしかしたら、俺が聖女なのでは――
……そんな期待を持ってしまうのは、無理も無いことだろう。
俺は神様の像を見上げた。
モノリスは俺の目線よりも上のところに嵌っており、周りよりも3ミリほど出っ張っている。
爪で引っ掛けようとしてもロクに引っ掛からないし、取りやすくするためのくぼみのようなもの……も、何も無い。
「これ、物理的に取れないのでは?」
台座を破壊すれば取れるかもしれないが、そうすると神様の像まで壊すことになってしまう。
そんなことをシスターの立場でやるわけにはいかないし、そもそもエマさんに知られてしまえば――
「……まぁ、取れないなら大丈夫か」
ディアーナさんもこの場所で、俺と同じように神様の像を見上げていた。
しかし、モノリスを盗っていくことはしなかったから――
……ディアーナさんが聖女ということは無く、つまりモノリスを持ち出す手段も無かった……ということになる。
それにしても、教会が元締めに狙われていると考えると……やはりどうにも、気持ちが悪い。
教会から意識を逸らすような、あるいは牽制するような何かがあれば良いんだけど――
「お姉さま!」
不意に、ベティちゃんが声を掛けてきた。
バケツと雑巾を持っているところを見ると、礼拝堂の掃除をしに来たようだ。
「お疲れ様。
うん、真面目にやってるね。偉い偉い♪」
俺がそう言うと、ベティちゃんはひょこひょこと近付いてきて、頭を静かに出してきた。
味を占めたのかな……と思いつつ頭を撫でると、嬉しそうに笑って返してくれる。
「えへへ♪
でも、ベアトリスは真面目にやってるのに……クロエ様は全然お仕事をしてくれないんですよ。
お姉さまからも何か注意をして頂けませんか?」
「最近は教会にいることが多いけど、発明ばかりやっているからね……。
……そうだ。ベティちゃんも欲しいものがあれば、頼んでみれば?」
「え? うーん、そうですね……。
……いえ、ベアトリスは特に無いです」
「そう? それなら良いんだけど――」
……俺の場合は、元の世界の『文明の利器』をたくさん知っているから、色々と言えるんだよな。
それに対して、ベティちゃんはこの世界の出身だ。
『あれば便利なもの』というものはすぐには浮かばず、『今あるものでどうにかする』というのが前提になっているから――
……今あるもの?
ああ、『今あるもの』か――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「こんにちは!」
俺は元気よく、パン屋の中に入って行った。
昼過ぎの中途半端な時間のせいか、お客さんは少なく見える。
「お……おう、何の用だ……?」
俺に声を掛けてきたのは口髭の人だった。
久し振りに会った気もするけど、最後に会ったのは……いや、まだ数時間前か。
「『上』に上がっても良いですか?」
「え? ああ、大丈夫だけど……。
何だかお前、喋り方がおかしくないか?」
「最近はこんな感じなんですよ。
でも、敵にまわしたら――……分かるわよねぇ?」
「ひ……っ!?
お、脅かすんじゃねぇよ……!!」
俺の冷たい声に、口髭の人は怯んでしまった。
教会から解放されたあと、きっと情報屋からも『教育』をされたことだろう。
口髭の人に案内されて2階に行くと、先日と同じ部屋で情報屋が迎えてくれた。
しかし態度はかなり友好的で、逆にこちらが警戒してしまうほどだった。
「こんにちは。
今回は情報……ではなく、質問があって来ました」
「それはそれは、何でもお答えいたしましょう!
もちろん、無料で結構ですとも!」
「わぁ、ありがとうございます!」
「……ときにアリシアさん?
何やらいつもと、喋り方が違うような……?」
「最近はいつもこんな感じなんですよ!」
この質問、本日2回目。
「確かにエマさんとも、そんな感じでしたね……。
まぁ良いでしょう。今回はどのような質問を?」
「情報屋さんの部下が、ディアーナさんに負傷させられた……って聞いたんですけど、本当ですか?」
「それは……お恥ずかしながら、本当のことです。
治癒の魔法の使い手も確保できず、多くの部下が動けないままでして……」
情報屋はため息を衝きながら、がくりと項垂れてしまった。
「お得意の情報を駆使しても、確保は難しいんですか?」
「ははは、これは手厳しい!
……うちの組織は今現在、真綿で首を締められているような状態なのです。
何せ、街の外部とも……上手く連携が取れておりませんので」
「それってもしかして……元締め、の仕業ですか?」
「おお、情報が早いですね!
アリシアさん、やはりうちの組織に入りませんか?」
「あはは、それは無理です♪
どうしてもと言うなら、そちらが教会の傘下に入ってみては?」
「……ふむ。
それは一考の価値がありますね」
俺が軽く言った冗談に、情報屋は興味を示してしまった。
「あ……いえ、私では何とも言えないので……。
相談をするなら、エマさんの方に……はい」
「そうですね、そうさせて頂きましょう。
さて、話を戻しますと……負傷した部下は、50人ほどいるんです。
本当に困っているんですよ。そちらの教会にも、治癒の魔法を使える方はいらっしゃいませんし……」
……そう言われると、俺は申し訳ない気持ちになってしまった。
本来であれば、治癒の魔法で困ったときは教会を頼る……という話を聞いている。
冒険に明け暮れる『冒険者』の中には、治癒の魔法の使い手もいるそうだが――
……情報屋の場合は、きっとその線もダメなのだろう。
「あの、治癒の魔法では無いのですが……。
もしかしたら、私がお手伝いを出来るかもしれません。
神聖力をそのまま当てて、出来る範囲で癒す感じなんですけど――」
「ほ、本当ですか!?
それなら――……あの、これからお時間は大丈夫ですか!?」
俺の提案に、情報屋は食い付き気味で聞いてきた。
そんな彼の目は少し潤み、かなりの必死さが伝わってくる。
出会った経緯は好ましくないものだったが、そんな目で見られると……俺はやはり弱い。
「はい、もちろん大丈夫です。
用意したいものがあるので、そこから手伝って頂けますか?」
「承知しました!
おい、手配の準備だ!!」
「はいっ!」
情報屋が口髭の人に指示を出すと、2階のあちこちが慌ただしく動き始めた。
――昨日の敵は、今日の友。
これから情報屋には頑張ってもらうことになるから――
……今回は俺も、頑張って助けてあげることにしよう。




