20.敗者の罰
――……深夜2時。
教会の敷地に入って来る、3つの不審な影――
……それは正門の扉を身軽に乗り越えて、身を低く屈めながら教会の建物に向かって来た。
この教会は、広い敷地に4人のシスターしかいない。
つまり、セキュリティとしてはかなり弱い部類なのだ。
外から教会の敷地に入ってしまえば、あとは如何様にも出来てしまう。
改めて考えると、かなり恐ろしい状態だな……。
「――ちっ、この扉は開かねぇな。
裏にまわるぞ……?」
礼拝堂に入る扉は、鍵がそもそも存在しない。
内側から閂……長い板を横渡しにして、扉が開かないように固定しているからだ。
礼拝堂の窓を破るとなれば、少なからず音を立ててしまう。
侵入者としては、決して好ましくないだろう。
それ以外の方法はもう、裏口の扉を開錠して入るしかない。
しかし裏口の近くには、シスターたちの部屋があるから――
……俺としては、その侵入を絶対に許すわけにはいかなかった。
「――ごめんね?
みんな、まだ寝てる時間だから!」
ドカッ!!
「ぐ……ぉ……?」
俺は気配を殺しながら近付き、侵入者の一人の首筋に、思い切り棒を叩き込んでやった。
その男性は気絶して、力無く地面に倒れ込んだ。
「……ッ!? だ、誰だっ!?」
残りの侵入者たちは驚きながらも、それぞれ適切な距離を取っていく。
礼拝堂の扉の前には俺が残り、俺の足元には気絶した侵入者が転がっている。
さて――
……想像通り、というべきか、予想通り、というべきか。
月明かりに照らされて見えてきたのは、昼間に会った二人の男性だった。
パン屋の2階で情報を売っていた情報屋と、彼の部屋まで案内をしてくれた口髭の人――。
「『誰だ』って、物忘れが酷くない?
今日、会ったばかりじゃない。ボケちゃったの?」
「……ア、アリシア!?」
俺の正体を知った二人は、驚きをまるで隠さなかった。
ちなみに俺の口調は、昼間から引き続き『アリシア』の状態でいくことにする。
「あら、ちゃんと覚えてるじゃない。
それにしても……こんな夜中に忍び込むなんて、完全に不法侵入よね?
取り捕まえて、治安隊に突き出そうかしら。
もう、パン屋なんてやってられないわねぇ?」
まずは相手を小馬鹿にする感じで、軽く挑発をしてみることに。
……こういうとき、『アリシア』の口調って相性がかなり良いんだよな……。
「ちっ、大人しく寝ていれば良いものを……。
それで? たった一人で、俺たちをどうしようっていうんだ?
見られたからには、冗談じゃ済まさねぇぞ?」
そういうと、口髭の人は懐からナイフを出してきた。
……ベティちゃんもそうだったけど、ナイフはごく一般的な武器のようだ。
実際、小回りも効いて便利だしな。
「はぁ? あんた、ナイフなんて使ったことがあるの?
素人同然の構えじゃない。ほらほら、刺せるものなら刺してみなさいよ!」
「ふざけやがって! マジ殺す!!」
俺の挑発に簡単に乗った口髭の人は、ナイフをしっかり構えながら距離を詰めてくる。
……多少は使えるようだ。
素人同然で突いてきたなら、対応するのは簡単だったんだけど――
俺の前には敵が二人。
こちらとの人数差がある場合は、確実に人数を減らしていくのが定跡だ。
「えいっ!!」
「うぉっ!?」
俺は右手に持っていた棒を、口髭の人の右手に投げつけた。
しかし彼は右手のナイフを一振りして、俺の投げた棒を横に弾き飛ばす。
だが、その一瞬――
……体勢を崩した瞬間を、俺は見逃さなかった。
俺は相手に踏み込みながら、身体を落として……右脚を低く、大きく旋回させる。
そして相手の足を強く刈り取る――……いわゆる『水面蹴り』を放った。
突然の蹴りに、口髭の人は身体を宙に浮かせて、鈍い音を立てて地面に落ちる。
「それじゃ、おやすみ♪」
「ぐほっ!?」
上手く仰向けに転がってくれたところに、お腹をめがけて垂直方向に蹴りをぶち込んでやる。
口髭の人はしばらく痛がってから、ゆっくりと気絶していった。
本当なら、こんな無慈悲なことはやりたくないんだけど……。
……しかし、俺にナイフを向けた彼が悪いのだ。
「――ほう。
まさかアリシアさんが、こんなにもお強いとは……。
その容姿と言い、実力と言い……是非とも『うち』に、欲しいですねぇ」
情報屋はこちらを警戒しながらも、まだ余裕があるようだった。
どうやら後ろ手には、何か武器を持っているようだが――
「ごめんなさいね。
私、教会で働くって決めているから」
「おや……?
教会は嫌だからと、婚約相手を必死に探していたのでは……?」
……う。
確かに『アリシア』はそうだったんだけど――
……でも俺は、むしろ婚約なんて絶対に嫌だからな……。
「ふんっ、心変わりなんていつでもするものよ!
今はあんたを捕まえて、他の情報を色々と聞かせてもらうことにするわ!」
「ふむ……おいくらで?」
「無料に決まってるでしょ!!」
俺は情報屋に、果敢に飛び込んでいき――
……というようなことはせず、先ほど投げた棒を拾って、手堅く構えを取った。
そしてそこから、改めて飛び込んでいく――
「愚かなッ!!」
情報屋は後ろに隠していた右手を振り上げて、俺に向けて何かを投げつけた。
いや、投げつけたのではなく――
「……やっぱり、鞭!!」
俺は防御のため、鞭の軌道に棒を突き出した。
直撃は避けられたものの、鞭はそこを支点に曲がり、俺の背中に強く当たっていく。
そして勢いを多少殺しながら、俺の身体に軽く絡まっていった。
情報屋はそれを確認しながら、左手にナイフを持った。
鞭で縛り上げて、ナイフで刺す……そんな組み合わせだ。
「大声を出されても困るのでね。すぐに終わらせて頂きますよ」
悪役の口上を述べるでもなく、ここに来た目的を語るでもなく、情報屋はナイフで突いてきた。
無駄口を叩かないのは確かに正解だ。
しかし俺に対して、それでも油断しすぎ――
……俺は右手に持っていた棒を落とし、相手の突いてくる左手に手を伸ばした。
目標は手首。それさえ取れれば――
「――『落歩』ッ!!」
「うおぉっ!!?」
ズシャアァアアッ!!
……ベティちゃんにも掛けたことのある、俺の古武術の技のひとつ。
手首を取り、そして肘を、肩を、全身を、波を伝播させるようにして相手を崩し、倒していく技だ。
しかし鞭が巻き付いている状態で使ったため、不完全な威力で終わってしまった。
そのため、情報屋はすぐに起き上がってしまう。
「な、何ですか、今の技は!?
くそ、ここは一旦退却を――」
「『天羅』ッ!!」
ひょいっ
「うおぉっ!?」
ズシャアァアアッ!!
相手の『立ち上がる力』……下から上に向かう力を利用して、一回転させて投げる技。
投げる軌道や落とす場所を調整しやすく、やろうと思えば頭から地面に叩き付けることも可能だ。
今回は普通に投げただけだけど――
「……そ、そんな投げ!
ダメージにもなりませんよ!!」
「それじゃ、もいっちょ『天羅』ッ!!」
ひょいっ
ズシャアァアアッ!!
ドシィインッ!!
「うがっ!?
……な、何!? 何だ!? お、落とし穴!?」
俺は情報屋が落ちた穴を覗き込んだ。
これは夕方に作った落とし穴で、中は3メートルほどの縦穴になっている。
情報屋は穴の底から、俺のことを見上げているわけだが――。
……こうなってしまった以上、上にいる俺の方が完全に有利な状況だ。
「折角作ったんだから、ちゃんと利用しておかないとね。
これだけ掘るの、結構大変だったんだから」
「な、何が目的ですか……!?
悪いようにはしません、何でもおっしゃってください!」
「えー? それが不法侵入した人の言い草ですかぁ?」
「く……っ」
俺の目的は、もちろん情報だ。
情報屋が今ここにいるのは、俺が昼間についた嘘のせいだと思うが……何を思い、何を狙ってここまで来たのか。
そして何より、あとはディアーナさんの居所のことも。
「とりあえず、お仲間の二人を縛り上げてくるわ。
あんたはそこで、しばらく反省してなさい」
そう言ってから……俺はあらかじめ汲んでいたバケツの水を、落とし穴に注ぎ込んであげた。
1杯……2杯……3杯……。
ざばーっ、ざばーっ、ざばーっ……っと。
「ちょ、やめ……!?」
時間としては、深夜の3時前。
こんな時間に水を被って放置されれば、体力は思い切り奪われてしまうはずだ。
暴れられても困るから……とりあえず、朝まで弱っておいてもらうことにしよう。




