17.深夜の出会い
――カラン、カラン♪
「あ、誰か来たみたい」
忙しなく過ぎていく日々の中、食堂で休憩をしていると、テーブルの上の小さな鐘が鳴った。
これはクロエさんの新しい発明品で、誰かが教会に入ってくると鳴る仕組みになっている。
……いわゆるセンサー式の感知器なのだが、これを動かしているのも俺の神聖力。
掃除ロボットに続いて、俺のエネルギー補充の仕事がここでも増えた……というわけだ。
「最近は信徒さんもたくさんいらっしゃいますね。
お姉さま、行きましょう」
「うん、そうだね。急げ―っ!」
「はいっ!」
時間としては、昼食のあと。
この教会では決まった日時に礼拝を行っていないから、信徒さんは自分の好きな時間に訪れる。
俺たちが仕事をしていても、それを中断せざるを得ず……。
最近では時間を確保するのが難しくなってきた、という問題が生まれていたりする。
信徒さんがお祈りをしている間、俺たちは『横で待つ』という仕事をしなければいけないから――
……しかしいつの間にか、俺は待ちながらお祈りをするようになっていた。
エマさんが以前、神聖力を上げるには信仰心が大切……と言っていたから、それがきっかけになるのかな。
俺がこの世界に転生してきて、限界の見えない神聖力を持っているのは、おそらくは神様のおかげだ。
だから日々の修行も兼ねて、お祈りで日頃の感謝を伝えることにしているのだ。
……ちなみに、余談ではあるが。
俺が受け継いだ古武術というのは、戦国時代の武将を守るために生まれたものだ。
そんな『主を守るため』に生まれた古武術なのに、俺が受け継いだときには『主』という存在が既に無かった。
だからこそ、仮に神様という存在がいるのであれば――
……その存在に仕えることが、俺としてはしっくり来るように思い始めていた。
そう、まるでそのために古武術を受け継いだかのように……。
「――お姉さま、お姉さま」
「ん? あ、うん」
頭の中でお祈りをしていると、ベティちゃんの小声が聞こえてきた。
どうやら、目の前の老夫婦のお祈りがようやく終わったようだ。
「……ふぅ。
すまんね、こんな昼間から礼拝に来てしまって」
「春とは言っても、朝晩は冷えるから……。
でも、久し振りに礼拝をすることが出来て嬉しいわぁ」
老夫婦は穏やかな表情で、俺たちに優しく声を掛けてくれた。
教会がごたごたしていた間も、きっと礼拝には来たかっただろう。
……それを思うと、無関係だったはずの俺も大変申し訳なく思ってしまう。
「いえ、いつでもいらしてください。
ルーチェットベル教会は、いつでも門を開いておりますので」
「ありがとう、そうさせてもらうよ。
……うん、今日は良い気分だ」
「ええ、そうですねぇ……」
そんな言葉を残して、老夫婦は帰っていった。
「――良いご夫婦だったね。
ああいう人のためにも、しっかりと教会の仕事をやっていかないと」
「お姉さまがそう言うなら、ベアトリスもお手伝いさせて頂きますっ!」
俺の言葉に、ベティちゃんは嬉しそうに頷いた。
うん、それはありがたいんだけど――
……でもやっぱり、ベティちゃんは俺あっての行動になっているんだよなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……今日はそんな調子で、合計5組の信徒さんが訪れた。
つまりそれだけ俺たちの仕事は中断させられて、礼拝堂に召集されることになったわけで……。
俺はその辺りの話を、夕食のときにエマさんに伝えてみることにした。
「……うん、アリーもベティもありがとうね。
先日軽く伝えたと思うんだけど、これからは週末を礼拝日にしようと思うの」
「あ、もっと掛かると思ってました。
それなら一安心、ですね」
「でも、信徒さんがたくさん来たときに対応できるでしょうか。
クロエ様を引っ張り出しても、動けるシスターは四人しかいないですし……」
「それなんだけどね、手のまわらないところはボランティアの方にお願いする予定よ。
信徒さんの中で、快く引き受けてくれる方がたくさんいらしたから」
「流石です! そこまで調整済みだったんですね!」
「もっちろん!」
エマさんは教会の外部とのやり取りを増やしていたが、今回の調整もそれに含まれていたようだ。
週末に大勢の信徒さんを集めることは、それ自体では仕事が増えることになる。
しかしまとめて対応できる分、一週間の中で仕事を調整すれば……少なくても平日は、今よりきっと楽になるはずだ。
「それじゃ私たちも、最低ラインの人数は確保するようにしましょう。
クロエさんが土下座で泣いても、これからは強制で参加ですね!」
「ひぃ……っ!?」
目立たないように黙っていたクロエさんが、ここでようやく声を上げた。
声……というか、小さな悲鳴……か。
「一日の全てを拘束するわけでは無いからね。
絶対に参加してもらうことにして――
……そうね、逃げたら三人で吊るしあげましょう!」
「良いですね!」
エマさんの不穏な発言に、速攻で賛同したのはベティちゃんだった。
……エマさんは冗談だろうけど、ベティちゃんは普通に本気なんだろうなぁ……。
ちなみにクロエさんは、いつも通りガタガタと小さく震えていた。
いやぁ、可愛い動きだなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――最近の俺は、22時には就寝して、2時半には起床している。
筋力が付いてくるに従って、やりたい稽古もどんどん増えてきた。
そのため最近は、もう少し早く起きても良いかな……なんて思い始めていたりする。
1時間だけ早く寝れば、もう1時間だけ早く起きられる。
眠いときはそれなりに眠いものの、今のところは何も問題が無いから――
……満天の星空の下、今日も今日とて筋トレに励む。
納得するレベルには全然足りないものの、最初に比べれば随分と見違えたものだ。
ただ最近、ベティちゃんから『何だか固い』って言われちゃったんだよな……。
筋肉が付けば固くなるのは当然なんだけど、確かに筋肉質になりすぎると『アリシア』の美少女のイメージが崩れてしまう……。
俺が男だった頃は、正直に言うと……鍛えていない女の子の方が好きだった。
つまり今、俺の中では『鍛えたい心』と『鍛えなくない心』の両方を抱えてしまっているのだ。
最終的に鍛えはするのだが、あまり筋肉質に見えないようにしたい……という、そんな願望。
こんな悩み、この世界に相談できる人なんているのかなぁ……。
「――……あれ?」
筋トレを続けていると、ふと違和感を覚えた。
……どうやら礼拝堂に、灯りが点けられたようだ。
おそらくは礼拝堂の奥の方なのだろう。認識できるのは微かな光のみだった。
しかし、今の時間は3時過ぎ。
ベティちゃんはたまに起きていることもあるが、エマさんとクロエさんは確実に眠っている時間だ。
こんな深夜に、ベティちゃんが礼拝堂にいるだなんて考えられないし……。
それなら、もしかして泥棒にでも入られたのか――
……俺はひとまず、気配を殺して移動した。
礼拝堂は奥に長いので、建物の側面……窓の下を通るように身を屈めながら、一番奥の方へと向かう。
思った通り、灯りが点いていたのは一番奥、卓の横の燭台だった。
信徒さんの席からは向かって左、燭台の上に小さな灯りが揺れている。
明るさがあまり無いので、良くは見えないが……燭台の脇にいる人影は、シスター服を着ているようだった。
身長から見るに、あれはおそらくはエマさんか――
……俺は裏口から廊下を突っ切り、礼拝堂に入っていった。
「エマさん、こんな夜中にどうしたんですか?」
「……ッ!?」
俺の登場に、思わず驚いたエマさんは――
……って、あれ?
エマさんじゃないぞ……?
赤色の髪の毛、髪型はショートヘア。
瞳の色は深い緑色で、目付きが鋭く――……好戦的、といった印象か。
改めて見ると、シスターの中で一番背の高いエマさんよりも、僅かに高いようだった。
「……何だよ、驚いた。
こんな夜中に、何してるんだ?」
「え? えぇっと、私はやることがあって……。
すいません、あなたは?」
「はぁ? ……からかってんのか?」
強い口調で、俺の方に歩み寄る女性。
……女の子というには大人びていて、歳も俺より上のようだ。
「いえ、そういうつもりでは無いんですけど……。
えぇっと、エマさんを呼んできますね?」
「おいおい、止めろって!
さっきから何なんだよ、ふざけた喋り方しやがって……。
お前、『お嬢様』だろ!?」
「……えっと?
私、アリシアですけど……」
「あん? そんなことは知ってるって!
……ちっ。何だか話が噛み合わねぇな……」
そう言うと彼女は、俺の横を通って礼拝堂から出て行こうとする。
「あ、あの!
すいません、あなたは一体……?」
「……何だよ、本当にあたしの名前を忘れたって言うのかよ。
ディアーナだよ、ディアーナ!」
……ディアーナ……さん。
ルーチェットベル教会の、俺が今まで会えていなかった最後のシスター。
まさかこんな深夜に、こんなところで出会うなんて――