13.隠れた力
……俺という人間は、案外チョロい。
敵と分かれば容赦はしないが、味方と分かれば徹底的に守る。
つまり、味方に対してはどうにも甘い……ということだ。
「アリー、おはよう!」
「お姉さま、おはようございます!」
朝の稽古を終えてから炊事場に行くと、エマさんとベティちゃんが俺を迎えてくれた。
いつも俺がやっている朝食の手伝いを、今日はベティちゃんがやってくれているようだ。
「おはようございます!
お手伝いすること、何かありますか?」
「ううん、ベティが手伝ってくれているから大丈夫よ。
椅子に座って、少し待っててくれる?」
「お姉さまは是非、ごゆっくりなさってください!
朝食の準備も、これからはベアトリスがやりますので!」
ベティちゃんは明るく元気にそう言った。
今までとは明らかに違う様子に、まるで彼女まで、誰かが転生してきたように思えてしまう。
「ああもう、ベティまで良い子になっちゃって……。
忘却の森って、性格を良い子に変えてくれるスポットなのかしら……」
ちなみにエマさんには、俺とベティちゃんが忘却の森に行ったことは伝えてあった。
二人で殺し合いをして、俺が告白をされて、直後にベティちゃんをぶん投げて――
そんな話は流石にしていないが、教会の手伝いをしてもらえるように話を付けたことは報告済みだ。
……俺もベティちゃんの突然の告白を受けて、何だか毒気が抜けてしまったんだよな。
逆に言えば、ベティちゃんの命が今あるのは……その告白のおかげだったりするわけだ。
そしてベティちゃんは約束通り、今日は朝食の準備を手伝ってくれている。
約束を破るとは思わなかったものの、実際に来てくれたのを見て……ようやく俺も、安心することが出来たところだ。
ただ、ベティちゃんがしっかりやってくれているのは……あくまでも俺が、手伝いをするように言っているからだ。
俺の言葉が無ければ、きっと彼女はエマさんの期待を早々に裏切ってしまうに違いない。
「――でも本当、ベティちゃんが手伝ってくれると助かりますね。
それではお言葉に甘えて、明日からはもう少し遅く来ます。
ベティちゃんも、よろしくお願いしますね」
俺がベティちゃんにそう言うと、彼女は少し不満そうに返事をしてくる。
「……はい、分かりました。
それと、お姉さま? 昨日もお伝えしましたが、敬語はやめて頂けませんか?」
「あ……。
そ、そうだったね。ごめん、ごめん」
「はいっ!」
……忘却の森からの帰り道、俺からベティちゃんへの敬語が禁止されてしまった。
それに合わせて、ベティちゃんからの呼ばれ方も『お姉さま』に変わってしまった。
「……はぁ。アリーもベティも同い年なのに……。
その『お姉さま』って呼び方、一体どうなのよ……」
悩ましい感じでエマさんのツッコミが入る。
俺もまったく、そこは同感なわけで……。
ちなみにエマさんの年齢は25歳。
まだ見ぬディアーナさんが19歳で、クロエさんが17歳。
そして俺とベティちゃんが15歳、という構成になっている。
……15歳かぁ。
そう考えると俺、ずいぶん若くなっちゃったなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝の6時になったところで、クロエさんが食堂にやって来た。
ギリギリになって申し訳なさそうな顔をしていたが、席に着いているベティちゃんを見た瞬間、クロエさんは大声を出した。
「ひ、ひぃっ!!?
ベアトリス殿が、こんな早い時間にいる……っす!?」
「ふふっ、クロってば驚き過ぎよ♪」
「な、何事っすか……!?」
クロエさんの反応に、エマさんは嬉しそうに笑う。
そんなクロエさんは、入り口の壁につかまって小動物のようにガタガタと震えている。
……何だかんだで、クロエさんも可愛いんだよなぁ……動きが。
「クロエ様、おはようございます。
これからは朝もご一緒しますので、そんなに驚かないでください♪」
そう言いながら、ベティちゃんも可愛く笑う。
幸が薄い感じはするけど、ベティちゃんだって笑顔がとても似合うのだ――
「ひ、ひぃっ!?
ベアトリス殿が笑った……っす!?」
しかし笑顔を向けられても、クロエさんは引き続き震えている。
今まではまともに、目も合わせていなかったから……ね。
「ほらほら、クロエさん。
早く座ってください。朝食にしちゃいましょう?」
「そ、そうっすね、あまりにも非日常の光景すぎて……」
クロエさんは気を取り直してから、いつもの席に慎重に座った。
皆で挨拶をして、ゆっくりと食事を始めていく。
「……はぁ。
朝食をこの顔ぶれで食べられるなんて、本当に嬉しいわ……」
「そうっすね。
いつ以来っすかねぇ……」
エマさんの言葉に反応したのはクロエさんだった。
彼女たちは今までずっと、この時間に朝食をとっていたのだ。
だからこそ、しみじみとしたものを胸に感じているのだろう――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……朝食が終わって後片付けをしたあと、食堂には俺とエマさんが残っていた。
この時間は毎日恒例の、筋肉痛をエマさんに癒してもらう時間だ。
朝の筋トレも徐々に負荷を増やしているから、結局のところ、毎日ずっと筋肉痛になってしまっているのだ。
「はい、これで良し……っと」
「ありがとうございます!」
椅子から立ち上がって、身体のあちこちをぐるぐると動かす。
数分前よりも痛みは和らぎ、今日も一日、仕事に集中することが出来そうだ。
「わたくし以外で、癒してあげられる人がいれば良いんだけどね」
エマさんが、そんなことをぽつりと言った。
「あ、毎日お願いしちゃってますからね……。
もしかして、クロエさんやベティちゃんでも出来るんですか?」
「いえ、クロもベティも神聖力があまり無いのよ。
だからわたくしと同じことをすると、とても疲れてしまうはずよ」
「へぇ……、人によって違うんですね。
ちなみに神聖力って、どうすれば上げられるんですか?」
「生まれつきの才能の他には、信仰の強さが影響するの」
「信仰の強さ……。
……あれ? それってつまり……」
「クロもベティも、神様をあまり信じていないってことね」
「シスターなのにっ!?」
俺はついつい、根本的なことをツッコんでしまった。
……ただまぁ、何となくは分かるかな。
クロエさんは理系だから、遠い存在である神様よりも、目の前にある発明の力を信じていそうだ。
ベティちゃんは幼い頃の経験から、何かを信じることが苦手のようだし……。
「まぁ、教会の仕事を熱心にやっていけば……そのうち増えていくわよ。
……きっとね。うん、多分……」
「あはは……。ちなみに私はどうなんでしょう。
神聖力の使い方は知らないんですけど、私でも出来そうですか?」
俺の言葉に、エマさんは戸惑いの表情を浮かべた。
何だか嫌な予感……。
「……えっと、アリーは……ねぇ。
うちの教会に来て以来、神聖力を使ったことが無くて……。
何回聞いてみても、『使えない』の一点張りだったのよ」
「そうだったんですか……?
自分で使えたら、筋肉痛も自分で癒せるかなって思ったんですが――
……あ、だから今まではエマさんがやってくれたんですね!」
俺自身で出来るものなら、エマさんもきっとそうさせていただろう。
しかし『アリシアは神聖力が使えない』という前提があったからこそ、今まで何も言わずにやってくれていたのだ。
「普通よりも少ないから、見せるのは恥ずかしかったのかもしれないわね。
昔のあなた、プライドが異常に高かったから」
……俺の中でも、『アリシア』に対しては既にそんなイメージがある。
自身の弱みを見せるくらいなら、いっそ隠してしまおう……ということだ。
「あはは……。
でも今は気にしないので、使い方を教えて欲しいです!」
「ええ、良いわよ。まずは……両手を胸の前で組んで、目を閉じて――
……そうそう、お祈りのときの姿勢ね。
手のひら同士が触れているところに、静かに意識を集中していって……」
「……えっと、こう……かな」
俺は椅子に座り直して、お祈りの姿勢を取ってみる。
「そうそう。
そうするとね、身体中からそこに集中していく流れができるんだけど――
……それは分かる?」
「うーん……?
手のひらでは何か感じますけど、身体中から……っていうのは無いですね」
「あら……。でも、手のひらでは感じているのよね?
わたくしがいつもやってるように、手から光を出すようなイメージでやってみて?」
身体中から何かを集めて、手から光を出す――
……そんなイメージが必要なのであれば、きっと俺の手からは何も出ないだろう。
イメージをやり直しても、特に何も感じることは無い。
それでも一応、身体中から腕を通って……手のひらに集めて、そしてそこから光を――
……俺は両手を、目の前の何も無い空間にかざした。
「それじゃ、行きますよー。
えっと……ていっ」
――ピカアアアアアアッ!!!!!!
「きゃぁっ!?」
「うわぁっ!?」
手のひらから光を出すイメージをした瞬間、食堂の中は白い輝きで包まれた。
エマさんの発する柔らかな光……とは違い、部屋中を塗り潰すような、そんな強烈な閃光――
……未来の俺、曰く。
この瞬間こそが、俺の『聖女』としての始まりだったのだ――




