水龍vs天河 ー力比べ その2ー
登場人物:
・風斬 青龍(東 青龍)
高校1年生。
裏組織「宵の薔薇」の元構成員で殺し屋として所属していたが、裏切りがばれて追われる身となった。
「Color Project」と呼ばれる実験の結果誕生した人造人間 「青のSecond」で、普通の人間よりも身体能力と知能が高く五感も鋭い。特に、動作の速さと視力、聴力が優れている。
現在は風斬家の養子として過ごしながら、水龍から剣術の指導を受けている。
・東 水龍
暗殺の四家 斬殺の東家の1人。一族に伝わる剣術を極めており、その剣速はか細い木の枝すら刃へと変え、刃の外に風圧の刃を作り出す「風の刃」。その剣技をもって対象を残虐非道に斬り刻み、血の海で一人、狂った笑い声を上げる化け物『東の悪魔』の通り名で呼ばれている。
現在は南家で居候をしている。
・風斬 天青
東北の奥地にある「風斬神社」の神主。
この世界を含め、多くの世界には別の世界につながる「異界への扉」があり、それらを管理・監視し、出入りするものに対処する「異界の番人」。現在は現役を引退し神社周辺のみを管理しているが、番人としての力は健在。
それは、ある秋のこと。
『東の悪魔』こと東 水龍はある神社の前に立っていた。オレにとっては週に2,3度はある当たり前の光景だった。
「水龍君、いつもご苦労だな。」
出迎えてくれたのはこの神社の主、風斬 天青さん。
「いえいえ、いつもお邪魔してすみません。」
「青龍はもうすぐ帰ってくると思う。天河――息子から連絡があった。」
「息子さん、帰ってくるんですか?珍しいですね。」
天青さんの息子さんは大学に通っており、大学の近くで下宿しているらしい。普段は週末に帰ってくるそうだが、オレが青龍に稽古をつけるのは平日なので、会ったことはない。お世話になっているから会いたいとは思うのだが、こちらにはこちらの事情があり、土日は神社にお邪魔することができないでいる。
「君が来ていることを知って、顔を出すそうだ。」
「それはわざわざ……。」
「先に言っておくが、ものすごく騒がしいやつだ。すまない。」
「いえ、それは構いませんが……。」
寡黙な天青さんとおしとやかな奥さんからどうやったらそんなに言うほどの騒がしい子供ができるのか不思議だった。
「ただいまー。」「たっだいまー。」
聞き慣れた青龍の声と、もう一人、これもまた聞き覚えのある声が玄関から聞こえてきた。
天青さんの後をついて玄関に行くと、オレは驚いて開いた口が塞がらなかった。
それもそのはず。
「あれ?おりゅう、どうしてここにいるの?」
もう一人は、オレの大学の大の友人、天ちゃんだった。
「て、天ちゃんこそ……まさか、あの天青さんの子供だったとは……。」
びっくり仰天とは、まさにこのことを言うんだなと身をもって体験した。
「なんだお前、水龍君と知り合いだったのか。」
「水龍さん、なんで気づかなかったんですか?苗字聞けばすぐ気づくと思うのですが……。」
天青さんと青龍にそう言われるも、オレと天ちゃんは首をかしげる。
「そういや、苗字聞いたっけ?」
「名乗ったと思うけどなぁ。そういうおりゅうこそ、苗字って東だったっけ?」
「いやぁ?こっちでは母方の姓だから。てか、天ちゃん事情知ってるんだったら、隠す必要無かったなぁ。」
オレも「普通の友達」ってどんな人なのか知らないからいけなかったが、天ちゃんに違和感を感じたことは無かったため、みじんも疑わなかった。
「世界は狭いねぇ。」
「てか天ちゃん、性格が全然天青さんに似てないね。」
「おじいちゃんに似たんじゃないかな?」
天青さんが小さく「……なるほど……」と呟いていた。
「天ちゃんってさぁ、天青さんより強いってほんとぉ?」
「一応現役だしね。父さんがそう言ったの?」
「青龍から聞いた。」
「お父さんがそう言ってましたよ。」
「へぇ……興味あるの?」
「まぁねぇ。」
青龍から聞いた話だが、天青さんは捉えどころのない戦いをするそうだ。青龍が背後に回っても、気が付けば背後を捕られる事態が何度もあったそうだ。あの青龍の眼を上回る速さだ。そして、その天青さんに天ちゃんの方が強いと言わせた実力というものを、拝んでみたい気持ちはある。
天青さんや初対面の人に頼むのは気が引けた。しかし、天ちゃんなら話は別だ。
「一度、手合わせ願いたいなぁ。」
「ぼくは別に構わないよ?」
「僕も、見てみたいです。……あ、でも水龍さん、間違って殺したりしないでくださいよ。」
「おりゅうにそれ言うと、真実味あって怖いんだけど。」
「大丈夫大丈夫。そんなへましないって。」
天ちゃんが苦笑いを浮かべる。
「流石にふたりとも全力はまずいから、ある程度のルールはつけようか。」
ルールは全部で三つ。
一つ、二人とも木刀一振りずつを使うこと。
二つ、木刀以外の武器を使わないこと。
三つ、天ちゃんは「金縛り」を使わないこと。
一度だけ天青さんの「金縛り」(実際の名前は知らない)を受けたことがあるが、あれを解除するのはほぼ不可能に近い。それでは流石に勝負にはならないので使わないよう頼んだ。
一方、オレも不意に殺してしまわないよう武器は木刀一振りのみに制限した。当然、剣術以外の体術も禁止。「水神」なんてもってのほか。あれ、手を抜いても絶対に怪我させる自信がある。「風神」は、使わないように気をつければ問題ない。
純粋に「剣術」の勝負。
久々の強敵との勝負に、心躍る気分だった。
いつもの道場に入り、普段稽古で使う木刀を握る。
珍しいことに、天青さんもいる。オレたちの手合わせ、彼らで言う「力比べ」に興味があるようだ。
「3数えたら、試合開始、ね。」
「りょーかい。」
二人とも距離をとり、お互いを見つめる。
「1」
オレは柄に右手をかけ、抜刀の構えをとる。
「2」
彼は柄を両手で握り、中段の構えをとる。
「3」
先に動いたのはオレだ。
先手必勝、殺し屋の一撃必殺の攻撃。
距離を一気に詰め、相手を斬りつけるかのごとく振り上げる。
しかし、オレの刀が捉えたのはただの空気。相手は右に避けたのだ。
それくらいは想定内。二撃目、三撃目と刀を滑らせる。
一度目にしてみたい。青龍を惑わせたその力。追いつめてやるから、使ってみなよぉ。オレの眼は、そう簡単にはだませない。
「さぁすがだねぇ、天ちゃん。普通にやっても避けちゃうかぁ。」
「そういうおりゅうこそ、ちゃっかりぼくの剣、避けてるよね。」
相手も負けてない。隙あらばオレを狙い容赦なく斬りつけてくるもんだから、流石にちょっとひやっとする。
だが、相手の力が計り知れないものの、このままいけばオレの方が速度はやや上回る。
「くひひっ!ゾクゾクするねぇ。お次はこれで、どぉですかぁ?!」
フェイントを混ぜて、速度に緩急をつけた斬撃の連続。相手の刀を自身の刀でさばきつつ、退路を塞ぐよう攻撃していく。お互いの刀がぶつかり合い、軽い音が何度も響く。
「凄い……あの水龍さんをして、ここまでやるなんて……」
「あいつ本領発揮は、ここからだ。」
首を捕れる、そう確信し、懐に入った時だった。
突然、視界が手で覆われたと思うと次の瞬間、オレの身体は強烈な風によって吹っ飛ばされた。
「いててぇ……やってくれるねぇ、天ちゃん。」
「金縛りは、禁止だろ?」
「くひひっ!やっぱ天ちゃんは最高だぁ!」
オレは刀を掴み、相手に飛び掛かる。
「おりゅうこそ。」
天ちゃんは易々とオレの刀を受け止める。
「青ちゃんからは聞いていたけど、ここまでとは。青ちゃんもすごいけど、師匠をやってるだけあるね。」
力は七割でやってもほぼ互角か。やはりここは、速さで押し切る。
「くひひ、天ちゃぁん、次はちょっとだけぇ――――――」
腰を落とし、刀を水平に構える。
「――――――気を付けた方がいいよぉ?」
さっきよりも速度を上げより意地悪な軌道を描く刀に、相手はついにオレが求めていた力を使った。
刀の軌道は確かに相手の首筋を確実に捉えていた。どこに避けたって、二撃目、三撃目がそれを許さない。オレの目の前からは絶対に移動しないはずだった。
さっきまであったその姿、一瞬にしてオレの背後に回っていた。
「なっ……!」
知っていたとはいえ、直面すれば流石に驚く。背後から迫る刀を床を転がって避ける。先ほどとは形成逆転、今度はこちらが斬撃の連撃を受けることになった。
刀を受け止め、距離を取ろうと試むが、気が付けば背後に相手がおり、オレを逃がそうとしない。
「水龍さんが、押されてる……!」
相手の刀を避け、捌くだけなら何とかなる。だが、攻撃する隙も、逃げ出す隙もない。
――――――まぁ、でもこれだけ視たら、流石に対応できるんだぁよねぇ……。
オレはにやりと笑い、目を閉じ、周りの音に注意を向ける。
身体が動いて揺れる空気の音、刀が降られ空気が切断される音、刀と刀がぶつかりあう音、床を踏む音……それぞれの音に隠れた、小さなノイズ音が背後の特定の地点から聞こえた。
「そこ!」
ノイズ音の聞こえた地点に刀の切っ先を突き付ける。
目を開けると、驚きの表情で喉元に切っ先を突き付けられた相手の姿が見える。
相手が動かない一瞬を生み出したのをいいことに、オレは一旦後ろに飛び退く。
オレはポケットからハンカチを取り出すと、それで目隠しをした。
「おりゅう、何のつもり?」
オレはにやりと笑って、答えてやる。
「くひひ、これでよく視える。」
柄に手をかけ、腰を落とし、一気に飛び掛かる。
先ほどと同じ、シチュエーション。正面に捉えたと思った次の瞬間には、背後に回り込まれる。
――――――でも、さっきみたいにはもう翻弄されなぁいよぉ?
手を合わせてみて分かった。あれはどんなカラクリかは分からないが、少なくともオレの目の前から天ちゃんの身体は「消失」し、ノイズ音がする地点から「出現」するのだ。だから、移動した軌跡も音も無く、オレの背後に現われた。なら、話は簡単だ。人間、視覚を遮れば他の感覚が鋭くなる。オレの鋭くなった聴覚なら、そのノイズ音を拾うことなど造作もない。
出現ケ所に刀を滑らせる。軽い音を立てて刀同士がぶつかり合う。何度瞬間移動もどきを行おうが、結果は一緒。まぁ、厄介であることには変わりはないが。
的確に刀を振り、背後からの刀を跳んで避ける。
不意に、ノイズが2か所で発生した。何が起きたかなんて考える余裕はない。2地点から離れるように跳び退く。
目隠しを少しずらして納得した。天青さんの介入、二人同時に瞬間移動もどきを使ったようだ。
「試した、ってわけですかぁ?」
「悪いな。ちょっと気になって。」
「いっそそのままぁ、二人がかりでもいいですよぉ。」
「遠慮しておく。邪魔してすまなかった。」
天青さんは元の場所に戻っていく。
「んじゃぁ、試合続行ってことでぇ。」
目隠しを元に戻し、刀を構える。
今度は手招きで相手を誘い出す。
動き出す気配はない。
突如、オレの周りで強烈な風が渦を巻く。あまりにも強すぎる風に目隠しは外れ、身動きが取れなくなる。踏ん張らないとあっという間に飛ばされてしまいそう。
風が止んだ瞬間にはもう刀は目の前に迫っている。
咄嗟に刀を前に構えて受け止める。
離れようとすれば背後に回り込まれ、懐に入ろうとすれば強風で拒まれる。
――――――こりゃぁ、ルール上なら成す術なし、ってとこかぁな?
刀の柄を両手で握る。
「天ちゃん、一つだけ教えてあげる。」
強烈な風の檻を前に、オレは刀を振り上げ、
「風を斬れるのは、風斬の一族だけじゃあなぁいよ?」
その刃はありとあらゆるものを切り裂く「風神」の刃と化し、目の前の檻を切断した。
こじ開けられた風の檻からオレは逃げ出し、距離を取る。
そして、オレは刀を手放した。
「天ちゃん、君の勝ちだ。」
「いや、ここは引き分けにしておこう。こっちも攻撃手段が尽きちゃったからね。」
青龍が床に落ちているハンカチを拾ってくれた。
「水龍さん、一つ、聞いてもいいですか?」
「どうした?」
「なんで、手合わせ中に目隠しをしたのですか?」
「あー、それ、ぼくも気になった。」
天青さんも頷いている。
「大したことじゃあないけどね。天ちゃんや天青さんが瞬間移動?みたいなのをすると、出てくる場所から小さなノイズ音がするんだよ。で、それを聞き取りやすくするために目隠ししただけ。」
すると3人とも驚いた顔をしている。
「どうしたの?別に、難しいことじゃあないと思うけど。」
「だ、だって……水龍さん、まるで、天河さんの刀が見えてるかのように打ち合いしてました……いくらノイズ音が聞こえやすいからって、目隠ししたら何も見えないじゃないですか……?」
「おりゅう、さっき、『これでよく視える』って言ってたけど、どういうこと?」
オレには2人が疑問を持つ意味が解らなかった。
「目が見えなければ、音を聞いて周りを視ればいいだけでしょ?」
オレにとってこれは、生まれた時から当たり前だった。
「自分や周りで発生した音がどういう風に反響しているか、聞き分けて逆算すればある程度は分かるよ。」
「分かるよ、って……それできるの、おりゅうとイルカとコウモリくらいだよ、多分。」
オレは首を捻る。
「そういう天ちゃんと天青さんこそ、あの瞬間移動はさすがにずるいよねー。」
「おりゅうには効かなかったけどね。」
「殺し屋としてだったら、まだまだいろいろ遊べたんだぁけどねぇ?」
「それを言うなら、ぼくだって剣術以外ならまだ色々あるよ。まぁ、病院送りにしちゃうけど。」
天青さんと青龍は苦笑いを浮かべていた。
「んじゃ青龍、今日の稽古でも始めるか。」
楽しかったひと時は終わり、そして日常が戻ってきた。