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東の悪魔と3番目の人造人間

登場人物

 ・東の悪魔

 暗殺の四家 斬殺の東家の1人。一族に伝わる剣術を極めており、その剣速はか細い木の枝すら刃へと変え、刃の外に風圧の刃を作り出す「風の刃」。その剣技をもって対象を残虐非道に斬り刻み、血の海で一人、狂った笑い声を上げる化け物。狂気の権化と表現される。

 半年前、青龍と湊生を強襲した。その際エトワールと戦闘になり大けがを負ったが、南家で治療を受けていた。しかし、動けるようになったとたん、逃げるように抜け出した。

 現在は宵の薔薇から抜け、『夕星』で仕事をもらい生活している。


 ・エトワール

 『宵の薔薇』の四神の1人。悪辣な計画で心身を絶望に追い込み、自身は高みの見物をする爆弾魔。青龍がいた時代ではNo.2とされていたが、実力は彼女の方が上である。

 悪魔とは互いに命を狙い合う間柄。彼女が悪魔を狙うのは、彼が裏切り者だからであるが、彼が彼女を狙う理由は分かっていない。

 カランコロンッ。

 ドアベルが来客を知らせる。

「いらっしゃいませ。」

 マスターの予想通り、東の悪魔がやってきた。

「久しぶりだねぇ。みんな、元気にしてたぁ?」

 いつも通りの言葉だが、いつもと違ってどこか弱弱しい。

「おまえ……随分と酷い顔してるぞ。」

 悪魔の顔にはいつものような元気はなく、目の下にはくまがあった。

「まぁ……ね。ちょっと、眠れなくて。何でだろう……?」

 悪魔が入口に一番近いカウンターに座る。

「マスター、なんか食べ物ちょうだい。」

「はい、何がよろしいですか?」

「何でもいい、何でもいいから、何か食べたい。」

「分かりました。飲み物は、いつものソーダでいいですか?」

 悪魔の前にボトルを置く。悪魔は一気に半分を空ける。

「ぷはぁ。生き返るわ。」

「何かあったのか?」

 隣のポイズンが声をかける。

「ちょっと体調不良でさ、2、3日何も食べていなくて。そうそう、ポイズン、睡眠薬持ってない?ちょっと分けてほしいんだけど。」

「構わないが……何に使うんだ?」

「寝るためだよ。10時間くらい、熟睡したい。」

 ポイズンはポケットから薬を何種類か取り出し眺める。

「う~ん……今、手元にあるのは強力なやつばっかだからなあ……。市販の睡眠導入剤のほうがいいと思うぜ。」

「今、お金ないもん。マスター、ご飯代とポイズンの薬代、報酬から引いといて。」

 ポイズンに薬ちょうだい、というように手を伸ばす。

「やってもいいが、その前に治療が先だ。」

「?」

 悪魔が首をかしげる。

「血の匂いがする。どこか痛いところとか、無いのか?」

「うーん……ちょっと頭が痛い気がする。」

 悪魔が手をゆっくりと髪の中に入れる。小さく呻いて手を見ると、べっとりと血がついていた。

「これのせいか。ソファから落ちた時に、ぶつけたのかなぁ?」

「手当するぞ。マスター、部屋、借りるよ。」

「えぇ、どうぞ。」

「べ……別にこれくらいどうってことないって。ほっとけばそのうち止まるよ。」

「いいから来い。」

 悪魔は引きずられるようにカウンターの奥へと連行されていった。


 彼らが奥へ向かった少しあと、再びドアベルが鳴った。

「いらっしゃいませ。」

 現われたのは、薄暗い照明でも艶やかに輝く蜂蜜色のブロンドの髪を持つ美しい女性。

「マスター、例の件、調べてきたわ。」

『夕星』の情報屋の1人、「妖花」だった。

 カウンターに座り、バッグから小さなパソコンを取り出し、マスターに見せる。

「……やはり、そうですか。彼に、伝えるべきでしょうか?」

「私だったら言うわ。これは危険よ、止めるべきだわ。」

 出された赤ワインを一口含む。

「もっとも、言う事聞かないでしょうけど。」

「……そうですね。まぁ、知らないよりはましでしょう。」

 マスターは苦笑する。

「何作ってるの?」

「リゾットです。悪魔がどうやら体調不良だそうです。」

「あら、あの子、来ていたの?」

「あぁ。オレの話、してんの?」

 奥から頭や腕に包帯を巻いた悪魔と呆れ顔のポイズンが現れた。

「ちょっ……どうしたの?その怪我。誰かにやられたの?」

「ん?ちょっとソファから落ちたみたい。」

「そ、そう……なら、いいけど……。」

 カウンターに座った悪魔のまえに、リゾットが置かれる。

「わぁ、美味しそう!いただきまぁす!」

「火傷に気を付けてくださいね。」

「むぐむぐ、おいひい!」

 時折放つ冷たい殺気からは想像もつかない悪魔の幼稚な姿に、マスターはこっそりと微笑んだ。

「それでさ、さっき、何話してたの?」

 食べ終えて幾らか元気になったのか、普段のような明るい声に戻っていた。

「……あんまりいい話ではないわよ。あなたに、仕事の話が来ているんだけど……。」

「何か問題でも?」

「宵の薔薇の罠の可能性があるの。あなた指名だったし、念のために調べてみたら、依頼は宵の薔薇からのものだった。」

「ふーん。」

 妖花が調べた結果に目を通す。

「いいよ。受けるよ、これ。」

「ちょっと!ちゃんと読んだの?!」

「読んだ読んだ。断ったとしても、あっちは既にオレのこと掴んでいるんだ、そのうち仕掛けてくるはずだ。なら、仕掛けてくるタイミングが分かってるこの依頼を受けた方が、備えやすいだろ。」

 炭酸の抜けたソーダを喉に流し込む。

「温かいもの食べたからかなぁ。やっと眠くなってきた。マスター、ちょっとそこのソファで寝てもいい?」

「奥――手当てに使った部屋のベッド、使ってもいいですよ。」

「ほんと?じゃあ、ありがたく使わせてもらいまぁす。」

 大きな欠伸をしながら、悪魔は奥に去っていった。


「大丈夫かしら……。」

「怪我の方は大したこと無かったぜ。」

「そういえばそっちも、何だったの?」

「俺も詳しくは分からんが……怪我を見た限りだと、頭の方は悪魔の言う通り落ちて机の角にでもぶつけたようだが、身体の方は自分でやったんだろうな。恐らく無意識だろう。服の上からやってるもんだから、服も破けてたよ。」

「流石、お医者さん。」

「元、だけどな。」

 ポイズンが苦笑する。

「気になるのは、自傷行為の方だ。常習的にやっているのなら、結構まずいな。」

「元軍医として、何か心当たりはないのかしら?」

「あるにはあるが……俺は、あいつをあまり知らないからな、断定はできない。」

「あら、ここに情報があるじゃない。」

 妖花がウィンクをする。

「マスター、別にあの子を詮索したわけじゃないわよ?さっきの件を調べてたら、偶然見つけただけ。」

「薬を処方したからには診察して、カルテを書かないといけないからな。」

「順番逆じゃないですか……。やり過ぎないでくださいよ。」

 マスターはため息をついて、床掃除を始めた。

「ポイズン、で、その心当たりって何かしら?」

「子供の中には、過度なストレスに対してうまく対処できず、攻撃的になることがある。そして、その攻撃対象が自分自身になった場合が、自傷行為になる。」

「つまり、あの子はストレスを感じたから自分を傷つけたってこと?」

 ポイズンは頷いた。

「でも、あの子、そこまで子供じゃないでしょう?」

「それはきっかけの話だ。常習化すれば、話は変わってくる。あいつの過去で、過度なストレスにあたるものはあるか?」

「ストレスなんてレベルのものじゃないけどね。」

 妖花はパソコンに悪魔の情報を映し出す。

「悪魔は5歳の時に宵の薔薇に加入した――正確に言えば、監禁されていたようね。子供のころから数えきれないほどの殺人をこなしているわ。既に、相手をバラバラに斬り刻む癖があったみたい。」

 ポイズンは一通り資料を眺める。

「少なくとも、宵の薔薇に入る前が原因だな。」

「あら、どうして?私的には、こんなにたくさん殺しを命じられれば、気が狂いそうになるのに。」

「入った時には、既に狂ってたんだよ、あいつ。」

 経歴の一番初めを指さす。

「初めての殺しの命令の時点で、今と同じ殺し方をしている。今の悪魔の殺しは、このころには既に確立されていたんだ。だから、恐らく――」

 画面を指で突く。

「――入る前に、何かがあった。」

「なるほど。ちょっと待ってて。」

 妖花はキーボードを操作し、別の画面を開く。

「資料はほとんど残ってなかったけど、これ。」

 悪魔の宵の薔薇所属前の調査資料。たった十数行しか情報がない。

「もともと暗殺の四家についての情報はほとんど出回らないからね、あの宵の薔薇ですらこれだけしか調べられなかったみたい。」

「よくも取ってこれたな。」

 ポイズンがさっと目を通す。

「なるほど。大方、父親関係だろう。」

「虐待かしら?」

「だろうな。父親を殺すぐらいだからな。」

 報告書によると、相当残虐な殺し方だったらしい。もしかしたら、初めてバラバラに斬り刻んだ相手だったのかもしれない。

「ストレスの原因が父親なら、少しおかしくないかしら?あの子、今、独り暮らしでしょ?」

「あぁ、俺もそこが引っかかった。父親を思い出すようなことがあったのかもしれん。それに関しては本人に聞くしかないが……逆効果になるかもしれないしなぁ……。」

 ポイズンは紙に何かを書いていく。

「とりあえずアイツには、いくらか精神安定剤も出すか。まぁ、素直に飲むとは思えんがな。」

 ポイズンはカクテルを飲み干すと立ち上がった。

「マスター、ありがとな。」

「いえいえ、造作もないことです。大人しく眠ってくれて、よかったです。」

「あら、あれ、マスターがやったの?」

 悪魔に出されたリゾットには、少量の睡眠薬が混ぜられていたのだ。

「悪魔にそのまま薬を渡せば、過剰に飲む可能性があったからな。俺の判断で頼んだんだ。」

「へぇ、優しいわね。」

「医者の性だな。」

 ポケットからお札と薬を数個だし、カウンターに置く。妖花も続けて代金を出す。

「ありがとうございました。」

 最後の客はバーを去っていった。


 悪魔は今、路地の陰で息を殺し、ターゲットを待ち伏せしている。

 あれからマスターのもとで体調を劇的に回復させ、そのまま例の仕事に取り掛かったのだ。

 ――――――湊生のお父さんは、みんなに優しかった。オレに、すら……

 南家で過ごしていたことが思い出される。

 ――――――どうして、父親(あいつ)は……

 思い出したくない過去の記憶が、再生される。

 ――――――父親(あいつ)は、ただの一度も、褒めてくれなかった。

 殴られ、叩かれ続けた日々。それは、暗殺の四家だからだと思っていた。

 だが、南家は違った。

 上手くできれば褒められ、失敗したら優しく教え、悪いことをしたら叱る。そんな、ありふれた家庭だった。

 ――――――どうして?オレは、生きている事すら悪いことだったの……?

 腕に痛みが走る。

 気が付けば、腕に爪を突き立てていた。

 ――――――だめだ、こんなこと、考えちゃ。

 何かをしていないと、父親のことを思い出し、嫌な思いに駆られ、身体を傷付けてしまう。昔からの癖だった。

「!」

 誰か来た。

 柄に手をかけ、視線を路地の奥に飛ばす。

 捉えたのは、予想外の人物だった。

「……子供……?」

 目視で確認できるだけで3人、足音からして、あともう2人いるだろう。呼吸音からして、かなり幼い、10歳くらいだろう。なぜ子供たちが深夜に、複数人で出歩いているかは分からない。が、これからここは戦場になる。その前に、適当に追い払わないと。

 影から姿を現し、子供たちに向かってポケットライトを向けた。

 相手の姿が露になる。悪魔の視線は、少年少女が手に持つものに、吸い寄せられた。

 ――――――手榴弾……!?

 見覚えのあるものだった。エトワールがかつて、よく使っていたものと同じ。

 有効範囲半径2km、殺傷能力はそれほど高くなく、せいぜい身体を抉る程度。つまり、投げる地雷。一つ一つは殺せる威力はないが、3、4発も当たればさすがに出血多量で死ぬだろう。

 なぜ、わざわざ子供に持たせたのか?答えは――――

「止めろ!」

 ――――確実に、当てるため。

 一番先頭にいた少女が手榴弾のピンを抜いた。

 咄嗟に走り出す。逃げるためではなく、守るため。

 少女の手から爆弾を払いのける。その直後、身体が吹っ飛んだ。

 身体は痛むが、まだ動く。少女の方を確認すると、気絶しているが、軽傷で済んでいるようだ。

 休んでいる暇はない。

 振り向けば、少年が安全ピンに手を掛けていた。

 刀を鞘ごと抜き、振り上げる。彼の手にあった爆弾は宙に打ち上げる。しかし、そのすぐ横でもう一人の少年の爆弾が炸裂した。

 悪魔の身体が壁に叩きつけられる。

 痛む頭を上げると、少女が彼のことを見下ろしていた。涙で目をいっぱいにした、歪な笑顔で。

 手から落ちる、ピンの抜かれた手榴弾。

「くそっ!」

 立ち上がり、少女の胸倉をつかんで少しでも爆弾から遠ざかる。

 背中から衝撃が伝わってくる。咳込んで血を吐き出す。

 ――――――まだ……一人……いたはず……

 半身を起こし、辺りを見る。

 少し離れたところに、かなり小さい――まだ、4、5歳くらいの男の子が、爆弾を両手で持っていた。

 今ピンを抜かれたら、間に合わない。

 男の子と目が合った。

 ――――――頼む……!引かないでくれ……!

 その子供は、ぺたんとその場に座り込む。

「怖い……のか……?」

 爆弾を持つ手は震え、目には大粒の涙。

「大丈夫……だから。」

 刀を支えに、立ち上がる。

「君を怖がらせる人は……もう、いない……。それを捨てて……こっちにおいで……。」

 手を伸ばし、壁を伝って、ゆっくりと近づく。

「大丈夫……大丈夫だから……そんなもの、はなして……こっちにおいで……。」

 男の子の前に座り、両手を伸ばす。

「おいで。もう、大丈夫だよ。」

 震える身体に、優しく触れる。

「怖いものは何もないよ。おいで。大丈夫、だから、おいで。」

 涙が零れ落ちる。

 カランッ。

 小さな手から爆弾が離れた。

「よく、がんばった。もう、大丈夫だよ。」

 小さな身体が、傷だらけの身体を握りしめ、しゃっくりを上げながら泣き声を上げる。悪魔はその子の頭を優しく撫で、抱きしめた。


 泣きつかれた子供を抱いて、走る。

 目的地は、南家の屋敷。この子を預けるのに最もいい場所に、一番初めに思いついた所。

 なぜ、ここを思いついたのか。なぜ、この子を預けようと思ったのか。それは悪魔自身にも分からなかった。

 裏口から入り、戸を叩く。隣にインターフォンがあるのに気づき、鳴らす。

 ガラリと戸が開く。

「君は……!」

「お願いします。この子を、頼みます。」

 現われた男性に、強引に子供を預ける。

「待ちなさい!」

 男性の制止も聞かず、走り去る。

「悪魔君……なぜ……。」

 彼が立っていたところには、血が落ちていた。


「あら、逃げたかと思ったわ。」

 再び現場に戻ると、フランス人形のような少女が立っていた。

「子供を逃がしていただけだ。」

「そう。だから、一人、足りないのね。」

少女――エトワールは端末の液晶画面を見せる。この辺りの地図と、4つの赤い光が表示されている。

「どこにやったの?」

「このオレが言うと思う?子供を囮に、人を物扱いするようなヤツに。」

「まぁ、いいわ。どうせ、失敗作だし。」

 悪魔が目を見開く。その顔は、怒りで溢れていた。

「人を、子供を、何だと思ってる。」

「ただの、道具よ。」

 怒りに任せて、飛び掛かろうとした時だった。

「ねぇ。戻ってくる気は、ないかしら?」

 何の前触れもなく、突拍子のない言葉が放たれた。

「別に貴方は、人が殺せればいいんでしょ?貴方は、人をバラバラに殺すことに快楽を感じる狂人。そう育てたのは、貴方を悪魔にしたのはこの私。私なら、貴方の望むものを、与えられるわよ。」

 その言葉に、悪魔は表情を180度変え、心底おかしそうに笑い声を上げる。

「アンタがオレを作っただぁ?冗談じゃねぇ、笑わせるな。」

 そして、殺気と共に睨みつける。

「エトがいなけりゃ、とっくの昔に父親(あいつ)に殺されていただろうし、殺すこともできなかった。だがな、この選択をしたのは、オレだ。もし、アンタがオレを作ったっていうならなぁ、今頃オレは、アンタに従順な、本物の狂人になってるだろうが!」

「貴方を作ったのはこの私。だから、貴方は私には勝てない。」

 エトワールは爆弾を放り投げた。

「これは、オレが選んだ結果だ。決してアンタには、従わない!」

 昇った煙を突っ切って二振りの刀がエトワールを襲う。

「それはっ……!」

 何度も闘ったことのあるエトワールも見たことのない刀だった。

 背中に背負った鞘から抜かれたのは、穢れのない純白の刀『白夜』。

 腰に下げた鞘から抜かれたのは、全てを飲み込む漆黒の刀『極夜』。

「東流剣術 奥義『水神』」

 その技の名は、二刀流を極めた証。

 二振りの刀は、変幻自在な斬撃の嵐を呼び起こす。

「ねぇ、エトワール。」

 嵐を伴った悪魔は彼女に肉迫する。

「この刀に、『風の刃』を纏わせたら、どぉなると思う?」

 斬撃を紙一重で躱していた彼女の顔に、焦りが浮かぶ。

「東流剣術 奥義『風神』」

 その技の名は、剣速を極めた証。

「なんて……でたらめな……!」

 流れる水のように滑らかな軌道で襲ってくる刀。放たれる斬撃全てが胴体を軽く両断できるほどの切れ味。

 白い肌に、真っ赤な線が次々と走る。

 隙を見て爆弾を放っても、爆発する前に全て斬り捨てられる。

 肩を深く斬りつけられる。真っ赤な血が、彼女の可愛らしい衣装を汚す。

 首筋が抉られる。噴き出した鮮血が白い肌を濡らす。

「でも、私の勝ちよ。」

 傷と引き換えに、悪魔の足元に爆弾を放った。

 彼女が後ろに大きく跳んだ瞬間、爆音と共に黒い煙が上がる。一つの爆発が、斬り捨てられた爆弾に引火してより大きな爆発を引き起こし、真っ赤な炎と黒煙が辺りを覆う。

 エトワールがその場を離れようと背を向けた時だった。

「くひひっ!残念だぁね?エトワール。」

 振り返った瞬間、彼女の身体を二本の刀が貫いた。

 風が吹き、煙が飛ばされる。

「死んでも死なないって、怖いねぇ。」

 壁に磔にされたエトワールの前に、悪魔が現れる。爆弾による火傷と破片による怪我でボロボロの身体で、肩で息をしながら刀を握っていた。

「なん……でっ……!」

 彼女の口から血が零れる。

「ヒントをあげようか、エトワール。」

 悪魔は懐から黒く光る一丁の拳銃を取り出した。

「思い出してみなよ。オレにやられた中で、仲間はずれがあるはずだよ。」

「……何が、言いたいの……?」

「アンタは心臓を刺しても、身体を真っ二つに斬っても、頭をぶち抜いても、生き続ける。」

 拳銃をこめかみに突き付ける。

「この身体の時は、オレは必ず、拳銃(こいつ)で頭を撃ち抜いてんだ。」

「どうして……?どういうこと……?」

「オレは、エトに助けてもらった。だから、エトには感謝してるし、エトのためなら、何だってする。だから――」

 エトワールの顔に、漸く死への恐怖が浮かぶ。

「――――エトを返せ、『スクエア』」

 悪魔は、引き金を引いた。。

 空薬莢と悪魔の身体が、同時に落ちた。


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 ――――――外が、眩しい。

 目を開くと、和室の天井が見える。

 ――――――見覚えがある……ここは、南家の屋敷、か。

 悪魔は自分の状態を確認する。

 左手に点滴をしている。手は、動くが、動かすたびに痛む。全体的に傷だらけなのだろう。だが、骨は折れていないようで、安心した。

 ゆっくりと身体を起こす。

 予想以上に重かった。身体中に痛みが走る。傷の痛みではない、内臓が痛んでいる。

 ――――――こりゃあ、歩くのは無理そうだ。

 次に、周囲の確認をする。

 今いるのは、畳の上に置かれたベッドの上。家主のセンスを疑う。

 窓にはカーテンがかかっており、外の様子は見えない。

 サイドテーブルにはデジタル時計が置いてあり、時刻は昼の1時を示している。そのサイドテーブルには、松葉づえが立てかけられていた。

 少し離れた部屋の角の机の上には、古いパソコンが置かれている。その向かいには、小さなクローゼット。

 左手近くの手すりには、ボタンが置いてある。

「これ押せば、ナースコールみたいに誰か来るってことかなぁ?」

 とりあえず、そのボタンを押してみた。

 遠くで呼び出し音が鳴っているのが聞こえる。

 パタパタと誰かの足音が近づいてくる。

「やっと起きたか、悪魔。」

 襖をあけて現れたのは、長い髪をポニーテールにした少年。家主――南家の人間だった。

 ――――――えーっと、確か、青龍は……

「なんなん、だっけ?」

「誰がパンダだ!」

 秒でツッコミが飛んできた。

「俺は湊生だ。」

「ん?青龍、確かになんなんって呼んでたけど。」

「あいつが勝手にあだ名をつけたんだよ。」

「へぇ。面白いねぇ。でも、なんで?」

「聞きたきゃ本人に聞くんだな。」

 ちょっと興味があるので、後で聞いてみようと思った。

「ま、意識が戻ったようで何よりだ。」

 湊生はベッドの下から椅子を取り出し、腰を掛ける。

「で、どうしてこうなったか、説明してもらおうか。」

「それはこっちの台詞だ!」

 悪魔は夕星の仕事をしていた。だから、夕星の世話になるなら分かる。だが、なぜ南家の家にいるのかが全く分からない。

「それは簡単な話だ。夕星からあんたを預かってくれと言われたからな。」

「はぁ?!」

 そもそも、南家が夕星に出入りしていること自体が初耳だ。

「そもそも、あんたが先に持ち込んだ話だろ?夜中にいきなり来て、ガキを預かれなんて言うから。」

 ――――――そういえば、そうだった。

「あの子は無事か?」

「あぁ、元気そのものだ。今は隣の部屋で昼寝してる。」

 それを聞いて、ひとまず安堵した。

「で、あのチビは一体何なんだ?まさか、隠し子か?」

「なわけあるかっ。」

 年齢的に、どう見てもあり得ない。

「オレだって知らないよ。襲ってきた子供の1人だ。」

「そういえば、他にも居たっていう話だったな。なんであいつだけ、俺たちに?」

「……オレにも、分からない。」

 本当に、自分でもなぜそんなことをしたのか分からなかった。

「ただ、あの子だけは、爆弾を爆発させなかった。それに、他の子供よりも随分と幼い。だから……放っておけなかったのかもな。」

「ほかに分かってることは?」

 エトワールと殺し合った時の会話を思い出す。

「エトワールが、失敗作だ、って言ってた。……恐らく、実験に使っていたんだ。」

 ――――――まだ、あんなに小さいのに。

 非道なことをした上に、失敗だと烙印を押すその言葉に、ふつふつと怒りが沸いてくる。

「今回の件は、エトワールだ。あいつが子供に自爆テロさせて、その後、本人と戦闘になった。で、相討ちになった。……多分。」

 ――――――いつものことだが、どうせ頭を撃ち抜いたとしても、生きているのだろう。

「エトワール……宵の薔薇絡みか。噂通り、えげつないやつだな。死体は無かったから、仲間が回収したんだろう。あんた、よく殺されなかったな。」

 それは、いつものことだった。悪魔よりも早く、止めを刺さずに去っていく。

「さぁ、こっちの事情は説明した。だから、なんでオレがアンタの家にいるのか、教えてくれ。」

「簡単な話だ。あんたと関わりのある夕星に連絡して聞いた。そしたら、治療と警護を任されたよ。」

「ていうかなんでアンタら、オレが夕星にいるって知ってんだよ。」

「あそこは家の近所だからな。関わりが無いわけないだろ。」

 確かに、隣の市ではある。でも、あの有名な南家が、裏社会のハローワークに頻繁に出入りしているなんて思わなかった。

「で、あんたがいきなり夜中に押しかけて、ガキを押し付けてくるもんだから、オレは慌てて夕星に電話したんだよ。一体何があったんだって。そしたらあっちもてんやわんやしてたんだ。ガキが4人ケガしていて、あんたが女と戦ってるって。で、当然、夕星であんたの面倒見てられないから、任されたってわけだ。」

「そぉいうことね……。」

 ――――――もう、関わるつもりなんて、無かったのに。

 隠れて出ていったのに、結局見つかっていたことに悪魔はショックだった。

「……あんたが俺たちのところから逃げた理由も、聞いたよ。」

「へぇ、誰から?」

「ポイズンだよ。薬とか預かるついでにな。」

「で、何て言ってた?」

「俺の親父が、あんたの父親を思い出させたからだろう、だってさ。」

「あの闇医者、知識バカだと思ってたのに、意外と頭回るんだぁね。」

 ――――――でも、そういうデリカシーのなさが、医者を辞めるきっかけになったんだろうねぇ。

「別にオレは、居心地が悪かっただぁけ。それに、オレがいたら、アンタらだって宵の薔薇に狙われるかもしれないだろ?迷惑かけないためにも、さっさと出てった方がよかったでしょ?」

「知ってたら、謝ってたし、止めてたよ。」

「謝る?」

「知らなかったとはいえ、あんたのこと、苦しめていたみたいだ。悪かったと思ってる。」

「別に、オレが勝手に思い出してただけだから、気にする必要ないと思うけどねぇ。」

「……オレは、あんたが嫌な思いしていたのに、気付けなかった。」

 気付かれないように隠していたんだから、当然のことだろう。

「出てく前の日の晩、あんた、夕食時に居間に来てただろ。」

「!」

 あの日、目が覚めてなんとなく部屋から出て、居間の方に向かったら、湊生たち家族が食事をしていた。

 楽しそうに話す声が聞こえてきて――――そこに入り込むことは、できない。

 障子から溢れる温かい光が、暗い廊下を照らす。

 目の前にあるのに、決して手に届かないもの――――家族の団欒。

 その場から走って逃げた。その場にいるのが、苦しかったから。

「最初は気のせいかと思ってた、だけど、次の日にいなくなってたから……あんた、さみしかったんだな。」

 ――――――さみしかった。そう、あの温かさが、欲しかった。

「……殺せば、褒められると思ってた。」

 口から出たのは、言うつもりもないことだった。

「だから、父親を斬った。でも、褒めてくれなかった。拒絶された。『こっちに来るな』って。だから、殺した。」

 ――――――今でも鮮明に覚えている。

 父親を斬った感覚を、覚えていた。大きな男の人を、肩からわき腹に向けて一直線に走る赤い筋。あの時の、高揚感を、よく覚えている――――これなら、褒めてもらえるって。

 だが、父親は残酷だった。

 ただ一言、たった一言でよかった、「よくやった。」その一言が欲しかっただけなのに――あの人は、『こっちに来るな』と、震えた声で叫んでいた。

 ――――――オレは、拒絶された。

 自分の中で、何かが壊れる音がした――悪魔になった瞬間だった。

 気が付けば、身体を斬り刻んでいた。廊下は真っ赤な血で溢れ、父親だった物は生暖かい肉片になっていた。

「褒めてくれたのは、エトだけだった。アイツだけが、オレを褒めてくれた。」

 きっと、笑っていた。泣きながら、笑っていた。

 跡形もない肉片をまだ斬ろうとする悪魔を、エトは抱きしめてた。

『……もう、いいわ。よく、頑張った。』

 一番欲しかった言葉を言ってくれたのは、エトだった。

 ――――――だから、オレはエトのために動いた。エトに褒めてもらうためなら、なんだってやった。

「……でも、そのエトも、もういない。」

 そのエトは、ある日突然、エトではなくなった。まるで、中身だけ別人になったように。

「……さみしい……。」

 視界が歪む。

「1人は……さみしい……。」

「なら、好きなだけここにいればいい。」

「……えっ……?」

 驚いて湊生の顔を見る。

「あんたの勝手な思い込みだぜ?誰があんたを追い払ったっていうんだ?」

「でも、オレなんかが、迷惑じゃ……」

「迷惑だったら、あの時、連れて帰ってなんかいねぇよ。」

 湊生の言う通りだ。湊生と青龍を襲った後、関わりたくないのならあの場に放置すればよかったのだ。

 彼らの優しさを拒否していたのは、悪魔だったのだ。

「もう、勝手にどっか行くなよ。居場所はここに、あるんだから。」

 悪魔は涙をこぼしながら、大きく頷いた。


「おきたー?」

 涙をぬぐっていると、開けっぱなしの襖の方から、小さな子供の声がした。

 キラキラと輝く金色の髪に、同じ色の大きな瞳。

 てくてくとこちらに駆け寄ってくる。

「おはよ!」

 花が咲いたような満面の笑顔。

「おはよう。」

 気付けばこちらも、表情が柔らかくなっていた。

「そーせーも、おはよ!」

「おう。おはよう。」

 それからその子供は、ベッドによじ登る。

「んじゃ、子守りは頼んだ。昼飯、持ってくるよ。」

 湊生はそう言って部屋を出ていった。

「ねぇ、自分の名前、わかる?」

 自分の身体の上でぬいぐるみを動かしている子供に聞いてみた。

「?さーど……?」

 ――――――さーど……サード……Third……それは、まさか……

「なまえ、は?」

 Thirdが服を引っ張る。

「……オレの?」

 こくん、とうなづく。

「オレは、東の――」

 悪魔、と言いかけて、言葉に詰まった。

 ――――――この子は、オレの狂気を知らなくていい。

 だから、

「東 水龍」

 本名を、かつて、大切な人からもらい、そして捨てたはずの名を言った。

「オレの名前はね、水龍って、言うんだよ。」

「すーりゅー?」

「そ、すいりゅう。」

 名前を繰り返すThirdの頭を撫でる。

 ――――――よかった。笑顔になれるのなら、大丈夫。

 初めて会った時は酷く怯えていて、これから先も恐怖に苦しめられるんじゃないかと不安だった。――だが、それは杞憂だったよう。

 ――――――それよりも、この子の出自の方が、心配だ。

 Third――似たような呼称を聞いたことがある。

 『Color Project』――ヒトゲノムを創造し、人類最高の身体能力と知性を持った人間を造ることを目的とする、非人道的で禁忌中の禁忌を犯したプロジェクト。創り出された子供たちの大半は重度の障害を持ち短命、『失敗』とされた。そんな中、3例だけ『成功』が存在した。

 『赤のFirst』。身体能力も知能も高い。だが、痛みや異物に対して体の反応が異様に鈍いという欠点があった。現在は行方不明らしい。

 『青のSecond』は、青龍のことだ。First同様、身体能力も知能も高く、特筆すべきはその感覚の鋭さ。普通の人間には感知できない帯域の情報も感じることができる。しかし、その鋭すぎる感覚は諸刃の剣だった。痛みに鋭敏であり、普通の人の2~3倍は強く痛みを感じてしまう。ただの擦り傷ですら、彼にとっては激痛であり、一度でも攻撃が掠ればゲームオーバー、そんな身体になってしまっている。

 『例外のExtra』は、実験で使っていた機材から偶然見つかった。人工的に創りだしていた素材が突然変異を起こし、そのまま成長したと推測されている。こちらも、現在は行方不明だ。

 もしこの子が『Color Project』で生まれたとしたら、おかしな点がある。

 一つ、あまりに時期が離れすぎている事。そもそも、『Color Project』は失敗に終わったんじゃなかったのか?負債の清算のために、『成功』とされた青龍が宵の薔薇に売られたくらいだ。まだ研究所が存在しているとは思えないし、ここ数年で再び創り出したとでも言うのか?

 もう一つ、エトワールが『失敗作』と呼んだことだ。『Third』と呼ばれていたのなら、この子は成果としては『成功』とされるはずだ。他の4人とまとめて『失敗』と呼んだ理由が分からない。

「待たせたなーって、どうした?気分でも悪いのか?」

 お盆に小さな鍋をのせてやってきた湊生が、悪魔の怪訝な顔を見て驚いた。

「ん?あぁ、大丈夫。少し、考え事をしていただけだ。」

 子供を優しくどかしながら答えた。

「あ!たまごのおかゆ!たべたい!」

「だめだ。あんた、さっきハンバーグ食べただろ。これはあく――」

「水龍。」

 湊生が目を丸くしてこちらを見る。

「子供の前では、そう呼べ。」

 小声で湊生にそう言った。

「あー、これは、水龍のだから。だめだ。あっちで遊んでな。」

「えー!ずるいー!」

 子供は手足をバタバタさせて駄々をこねる。

「後で甘いものあげるから。ちょっと待っててね。」

「甘いの、たべる!」

「おいこら!甘やかすな!」

「ひゃー、おに―!」

 頭を抱えながら、ぱたぱたと部屋から出ていった。

「で?何考えてたんだ?」

 出されたおかゆを口に運びながら、先ほど考えていたことを話した。

「なるほど。変な名前だと思ったら、そういうことか。」

「あくまでオレの予想だけどな。青龍、知ってるかな?」

「多分、知らないと思うぜ。あいつ、自分のことすらそんなに知らないみたいだし。」

 当然といえば当然か。実験体が実験の全容を知っていることの方が少ない。

「俺も詳しくは知らない。そもそも、『Color Project』の存在自体、裏社会でもほとんど知られていないからな。」

 この件は追々調べることにした。

「そうだ、一つ、頼みがある。」

「どうした?」

「あの子のこと、あまりThirdと呼ばないで欲しい。」

 恐らく、エトワールもそう呼んでいただろう。嫌なことを思い出してしまうかもしれない。それに、なによりも――

「あの子は、その番号の意味を知らなくていい。」

 その呼び方の意味を知るのは、もっと後、自分自身のことが分かる年齢になってからでいい。それまでは、ただ、平穏に、何も知らずに明るく過ごしていればいいんだ。

「それはオレも賛成だ。あんたの名前のことと、あのチビの名前のこと、みんなに伝えておくよ。でも、チビの名前、どうすんだ?」

「……これから考えるよ。多分、オレがあの子にしてあげられることは、それくらいだろうし。」

「そうか?俺には、あのチビはあんたの傍にいるだけで、嬉しそうに見えるけどな。」

「そうなのか?」

「あんたは知らないだろうけど、チビ、ずっとあんたの傍に居たよ。暇なときは基本的に、ここにいた。あんたの傍にいると、安心するんじゃねぇの?それって、チビにとっては大事なことだと思うぜ。」

 特別なことをした覚えはない。でも、あの子にとって必要なら、いつまでも傍にいよう。

 ――――――それが、オレにできることだから。

「その代わり、なぜか俺は嫌われてるけどな。」

「あー、それはよく分かる。」

「なんでだよ!?」

「だって、すぐ怒るもん。」

「あんたやチビが怒らせることするからだろ!」

「ほらまた怒った~」


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