湊生・青龍vs悪魔 悪魔降臨
登場人物
・風斬 青龍(東 青龍)
中学3年生。
裏組織「宵の薔薇」の元構成員で殺し屋として所属していたが、裏切りがばれて追われる身となった。
「Color Project」と呼ばれる実験の結果誕生した人造人間 「2番目成功 青」で、普通の人間よりも身体能力と知能が高く五感も鋭い。特に、動作の速さと視力、聴力が優れている。しかし、痛覚が鋭敏すぎるため擦り傷ですら激痛となってしまい動けなくなる。
暗殺の四家 斬殺の東家の使う剣術の手ほどきを受けており、高い身体能力と合わせて大人顔負けの強さを持つ。
襲ってくる殺し屋達を退けているうちに、いつしか「殺し屋殺し」と呼ばれるようになった。
・南 湊生
青龍の同級生で、彼からはなんなんと呼ばれている。
暗殺の四家 撲殺の南家の1人で、裏社会では「花底蛇」と呼ばれている。琉球の躰道と古武術を極め、素手と非刀剣武器で相手を殴り殺すことを得意とし、圧倒的な破壊力とトリッキーな動きをする。夏休みに、宵の薔薇の刺客との戦闘により足を折られた。
・東の悪魔
暗殺の四家 斬殺の東家の1人。一族に伝わる剣術を極めており、その剣速はか細い木の枝すら刃へと変え、刃の外に風圧の刃を作り出す「風の刃」。その剣技をもって対象を残虐非道に斬り刻み、血の海で一人、狂った笑い声を上げる化け物。狂気の権化と表現される。
宵の薔薇でノルウェーの館に監禁されているが、当人はただの住み処にしか思っておらず、自由に出入りしている模様。
赤かった葉が茶色へと変わり、冷たい風に吹かれて散る季節。
俺――南 湊生はスクールバッグを背負って細い路地を歩いていた。
曲がり角の先に、小さいが冷たい殺気を感じる。予想していた通り、奴がいるようだ。慎重に足を進める。
「やっほぉ!久しぶりだねぇ、元気にしてたぁ?」
夕日を背に、一人の青年が現れた。
「来ると思ってたぜ、東の悪魔。」
悪魔と呼ばれた青年は、嬉しそうに笑う。
「足の怪我は、もういいのぉ?」
「あぁ、お陰さまでな。」
悪魔は辺りを見渡し、それから首をかしげた。
「青龍は、どこぉ?」
「何の用だ。」
わかりきった質問を投げ掛ける。
「ん?そんなの、決まってるじゃん。」
悪魔の腰に差された刀の鯉口が切られる。
「青龍を殺せ、って言われたからだぁよ?」
悪魔はやる気満々のようだ。
――――――生憎こちらも、準備万端だ。
「ね、ね、今、学校帰りでしょ?青龍、どこにいるのぉ?」
「悪りぃな。今日、学校サボったから、あいつがどこにいるかなんて知らねぇよ。っていうか――」
トンファーを取り出し、鞄を端に投げ捨てる。
「――――あんたには、お帰り願おうか。」
戦闘態勢に入った俺を見て、悪魔はとびきり無邪気な笑みを浮かべる。
「お話ししてぇ、一緒に遊んでくれるの、すごく――」
悪魔が動く。
「――――うれしい!」
距離が、一瞬で縮まり、気が付けば真上から刀が降ってきた。俺は身体を回転させて避け、その勢いを足に乗せ、後頭部目がけて蹴り払う。
しかし悪魔は難なくそれを避け、下から跳ねるように刀を振り上げた。
左のトンファーは刀の側面を押さえ込む。右は回転させ、横から殴る。その動きは、同時。
「うぐっ……!」
悪魔は避けるが目測を誤ったらしい、頭部を掠り怯んだ一瞬に、膝蹴りを腹に叩き込み、吹っ飛ばした。咳込みながら身体を起こした悪魔に追い打ちをかけようと踏み込む。
「!」
危険を感じて身体を反らす。直後、身体があった場所を刀が横切った。続いて悪魔は勢いよく立ち上がり、まっすぐと心臓を狙って刀を飛ばす。身体の軸を横に反らすことでかわし、そのまま横をすり抜け背後に回る。勢いよく振り下ろしたトンファーは、刀で防がれた。
「さすが南家だぁね。だからぁ――――」
トンファーにかかる力が消える。
「――――本気で、やるね。」
次の瞬間には刀は反対方向から胴体めがけて振り下ろされる。咄嗟に身体を反らし避けた。
――――――はずだった。
「っ!」
服は裂け、わき腹にはまっすぐと切り傷が刻まれる。遅れて、傷口から赤い血が流れ出した。
――――――速すぎて、視えなかった。でも、当たった感触はない。
傷口を押さえながら、悪魔を見る。
――――――これが、風の刃……。
悪魔は嬉しそうに笑う。
「びっくりしたぁ?びっくりしてくれたぁ!うれしいなぁ!」
場違いな笑い声と共に悪魔がに近づいてくる。その場から飛び退くが、切り傷が増える。続けて、首元めがけて刀が襲いかかる。それを見切って避けようとした俺の動きに合わせて、刀は滑らかに軌道を変える。当然避けきることなどできず、肩が深々と斬られた。
――――――反撃どころか、休む暇すらねぇ……
夏休みに見た、真っ赤な地獄絵図。
人間の中に詰まっていたとは思えないほど、大量の血の池。元の形もわからないほどバラバラにされた肉片。
――――――一瞬でも気を抜けば、あの大男の仲間入り、だ。
襲ってきた刀は避けたところで、斬られることにはかわりない。どうせ見えない「風の刃」が俺の皮膚を切り裂く。だが、避けなければ致命傷になる。大きく避ければ、次の斬撃に間に合わなくなる。どうすればいい?
「もう、やめとく?」
悪魔は突然、攻撃を止めた。
「別に、アンタを殺したいわけじゃあなぁいんだよねぇ。」
――――――なんのつもりだ。
あのときと同じ。悪魔は俺を殺さない、その意味がわからない。
「オレはただ、宵の薔薇に『青龍を殺せ』って言われただぁけ。青龍に会わせてくれれば、それでいいんだけど。」
「会わせたら殺すだろ。」
「それは青龍次第かなぁ。」
悪魔ははっきりと「青龍を殺す」とは言わない。故に、悪魔の真意を図りかねる。
「悪いようにはしないから、さ。」
このままやり合って、勝てるかどうかは分からない。――だが、やらなければならない。
「俺のやるべきことは青龍を守ること。あんたと相容れることは、無い。」
トンファーを握り直す。
「そぉんなことないと思うけどねぇ。」
悪魔は小首を傾げる。
――――――殺すことと守ること、何をどうすれば相容れるんだよ。
首を傾げたいのは俺の方だ。
「久しぶりに本気で遊べたから、そのお礼がしたかっただけなんだぁ。ざんねんだぁね?」
刀が動いたと同時に反射で身体を反らす。先程よりも、さらに速い。刀が掠り、学ランのボタンが真っ二つになって落ちる。続けて頭の上を刀が掠める。背後のコンクリートに傷が刻まれる。
――――――このままだと、埒が明かない。
体力的に、まだしばらくは悪魔の刀を避け続けることはできる。が、根競べをして負ければ後がない。
ふと、あることを思い出した。
『刀は、引いて斬るものです。』
青龍に少し稽古をつけてもらった時に言われた言葉だった。
包丁と同じらしく、刀を押し当てても物はそこまで斬れないらしい。魚に包丁を当てるのと同じ要領で、刀を引くことで対象を斬る。
そして、トンファーは対刀を想定した武器。当然、刀を受け止めるための技がある。相手の刀を正面から受け、軌道を強引に曲げることで威力を殺し、刀を喰い込ませる技だ。刀を捉えそのまま強引に捻れば簡単に刀を奪えるし、抵抗されれば刀を折ることだってできる。だが、実戦で試したことはない。加えて相手は刀の達人、東の悪魔だし、あの「風の刃」の威力は未知数だ。
――――――最悪、腕が飛ぶが……。
刀の軌道の正面を捉え、トンファーを構えた。
――――――やらなければ、負ける。
ガンッ!
刀をトンファーで受け止め、悪魔が刀を引く方へ強引に押し込む。すると、刀はトンファーに食い込み、抜けなくなった。すぐさまもう一方のトンファーを刀の鍔付近に引っ掛け、悪魔の手を捻るように回転させる。
「なっ……!」
すると、悪魔は小さな声を上げて刀を手放した。すかさず、トンファーごと刀を遠くへ投げ捨てる。
隙だらけになった悪魔へ、俺は拳を叩きこむ。悪魔は咳込みながらも立ち上がり、刀の方を見る。刀は俺の背後。悪魔はポケットからナイフを取り出し、襲い掛かってきた。
「がら空きだ!」
学ランの内側に隠していた新たな武器――三節棍を、悪魔の腹にぶつける。
悪魔は明らかに厄介そうな顔をするが、それでも果敢に刀を取りに行こうと襲ってくる。しかし、圧倒的なリーチ差と不規則な軌道が悪魔を足止めする。悪魔は器用に短いナイフで軌道を反らすが、その場から一歩も前に進めないでいた。
不機嫌そうだった悪魔が、不意ににやりと笑った。
「!」
悪魔の手から放り投げられた閃光弾。次の瞬間には眩い光を放った。特殊な仕組みの閃光弾だったらしく音は無かったが、俺と投げた張本人、悪魔の目をくらませる。
「くそっ!」
悪魔の足音がする方へ三節棍を振るが、何も当たらない。
ガコン!と壁に鈍器――――――トンファーを叩きつけた音が響く。悪魔が刀を拾い、食い込んだトンファーを叩き割った音のようだ。
「くひひっ!どうやら俺の勝ちみたいだぁね?」
俺の背後から悪魔の声が響く。
「青龍、見ぃつけた。」
-------------------------------------------------------------------------------------
下校時刻を告げるチャイムが鳴る。藍色の髪の男子学生――風斬 青龍は友人と別れ、一人路地を歩いていた。
「なんなん、風邪でも引いたのかな……?」
青龍は学級だよりと今日の宿題を手に、湊生の家に向かっていた。彼の家は奥まった路地の中にある。最近ようやく迷子にならずに辿り着けるようになった。
何気なく道を歩いていたが、何とも言えない、違和感を感じていた。
――――――何だろう、この、胸がざわつくような……。
青龍の感覚器は普通の人間では感知できないものを感知する。青龍にも認識できないそれらは「勘」や「予感」として青龍に何かを伝達する。
立ち止まり、周囲に意識を向ける。微かな異音を捉えた。
「これは……誰かが、戦っている……!」
音の方へ近づくと、普通の生活では感じない気配――殺気を感じた。殺気は2つ、1つは青龍が以前感じたことのあるもの、湊生の殺気。もう1つは、彼が今まで感じたことのないほどの冷たい殺気だった。
近づくにつれ、戦闘音が次第に大きくなってくる。それにつれ、青龍が把握できる情報が増えていく。
ガンッ、という音が聞こえた。勢いのある刃物を木で受け止めた音だった。カラカラと軽い音と小さな金属の擦れる音が鳴る。青龍はこの音をよく知っていた。
――――――ここから北西方向、直線距離、約280m。
青龍はブロック塀を登り、家屋の屋根に乗る――――道ではなく、屋根づたいでショートカットするためだ。
あと10m。
路地裏が強烈な光を放つ――――閃光弾だ。何故か、音はしなかった。
僕は思いっきりブロック塀を蹴り、路地に降り立つ。
「青龍、見ぃつけた。」
僕の目の前には、刀を持った笑顔の青年が立っていた。
彼の足元には、真っ二つに割れたトンファーが転がっている。その奥にはトンファーの持ち主、なんなんが全身切り傷だらけで膝をついていた。
「……あなたが、これを?」
言葉が零れていた。
「そぉだよ。」
青年は悪びれもせず肯定する。
「……何故、ですか?」
「なんでって、それはさぁ――」
青年の顔から笑みが消え、
「――――アンタのせいだろ。」
冷ややかな眼差しがこちらに向けられた。
「僕の、せい……」
それはつまり、僕を殺すために、こんなことを?
「宵の薔薇がね、アンタを殺せって。だから、やったの。」
「なら、直接僕を狙えば――――」
「こうなることぐらい、分かってただろ。」
確かに、一緒にいる友達を人質にするなんて、良くある話だ。
「青龍、アンタは何のために刀を握る?」
なぜ、急にそんな質問をしてくるのかは、分からない。だが、答えは決まってる。
「人を、守るためです。」
「だったら、なぜ紅羽を見捨てた。」
なぜ、この青年が紅羽が拐われたことを知っているのかは分からない。でも、そんなことはどうでもいい。僕は、紅羽を見捨てたつもりはない!
「違う、あれは――」
「違わない。アンタは紅羽を見捨てたんだ。」
青年が僕の胸ぐらを乱暴に掴む。
「本当に守る気があれば、エトワールを刺すくらいできただろ!」
「それ、は……」
刺された痛みで、僕は動けなかった。だから、そんな余裕は無かった。
「今だってそうだ。友達が襲われてるってのに、アンタは刀を抜きやしない。ホントに守る気あんの?」
「……僕は、むやみに人は斬らない。」
とりあえず人を斬るなんて、僕にはできない。傷つけば、痛いし、つらい。それをよく知る僕は、気軽に刀を抜けないし、相手を傷付ける勇気もない。どうしようもないときだけ。そう、決めている。
「その結果がこれか。紅羽も守れず、友達が襲われていても見てるだけ。」
「!そんな、つもりは……」
「事実だろ。アンタは今、刀を握っていない。」
「…」
言い返せなかった。確かに僕は、刀を持っていない。はたから見れば、僕はただ見てるだけだ。
「おじいちゃんはなんで、アンタみたいなのに剣術を教えたんだろな。」
「おじい…ちゃん…?」
「そ。アンタに剣術を教えた人。おじいちゃんはさ、たとえ宵の薔薇の戦力を強くすることになったとしても、アンタのために、アンタが将来、大事なものを守れるようにって教えたはずなのに――――」
僕の首筋に、刀が押し付けられる。
「守るどころか、傷付けてんじゃねぇか。」
その言葉は、正しかった。
「中途半端な考えで、人を傷つける覚悟もないなら、刀なんて捨てちまえ。アンタに剣術使う意味ない。」
気付けなかった。僕の周りの人は優しいから、誰もそんなことを言わなかった。傷ついても、笑って許してくれた。そんな人たちに、僕はただ甘えていた。
あの時、痛くても刀を必死に握っていれば、紅羽を助けられたかもしれない。なんなんは、あんな怪我をせずに済んだかもしれない。
「どうする?ここで死ぬか?アンタのために傷ついた人に、命で償うか?」
僕が殺されようとすれば、きっとなんなんが止めに入る。また、僕のせいで傷付いてしまう。
――――――守られてばかりじゃダメなんだ。目の前の殺し屋を傷付けてでも、僕は友達を守る!
僕は、学ランの中に手を入れた。
「やっと、教えがいのある顔になった。」
その言葉の意味を理解するよりも速く、首筋に当てられていた刀が動く。しゃがみこむと同時に隠し持っていた刀を引き抜いた。
「くひひっ!」
青年は僕の刀を軽々とよけ、後ろに飛び退く。
「俺は『東の悪魔』。正真正銘の、バケモノだ。」
『東の悪魔』――宵の薔薇に所属していることは知っていたが、資料でしか見たことがない、顔も知らないもう一人の、正統な東家。師匠が亡くなった今、ただ一人の斬殺の東家の殺し屋。
「あなたが……。」
狂気を孕んだ笑みと共に敵を悉く斬り刻む狂人と囁かれた――師匠が最期まで、気に掛けていた人。
「さぁ、かかっておいで、青龍。本気でやらなきゃあ――――」
悪魔が動く。
「死んじゃうよ?」
危険を感じた僕は、いつもよりも大きく避ける。刀は触れていないにもかかわらず、学ランの第二ボタンがはじけ飛んだ。
「速いっ……!」
「まだまだだよぉ?」
縦横無尽に飛んでくる斬撃を、最小限の動きでギリギリ避ける。肌を掠めることはないが、服が裂けていく。
資料で読んだことがある。彼の暗殺後の報告書に奇妙な文と写真があった。『凶器は木の棒、対象は両断され死亡。』写真の木の棒には血がべっとりとついていた。悪魔は、木の棒で人を斬ったのだ。普通の人には意味の分からない現象だろう。だが、事実、対象は死んでいる。
木の棒を刃に変えるほどの剣速。なら、それを刀でやったらどうなるのか?
その答えが、彼の『風の刃』と呼ばれる現象だった。
刀は触れていないのに、物が切れる。師匠に聞くと、基本の型を極めることで習得できる技『風神』らしい。
「知ってるだろ?これが『風神』。奥義の一つだ。アンタがオレに勝つには、今すぐ、これを習得するしかなぁいよぉ?」
――――――今、すぐに、だって……?!
そんなの、無茶だ。何年も、師匠が亡くなってからも修行し続けても、未だその域に達することがなかったのに。僕の能力を持ってすら到達できなかったのに。
「ほらほらぁ、休んでる暇はなぁいよぉ?」
――――――でも、やるしかない。
足を払うような斬撃。跳んで避け、その勢いで刀を振るう。当然、彼の『風神』とは比べ物にならないほど遅い剣速だ。
「その程度の速さじゃあ、100万回振っても当たんなぁいよ?」
再び刀が降ってくる。連続で放たれる斬撃に、僕は翻弄されながらも、その振りを「視る」。
視て、身体の動きを分析して、解析して、僕の身体に当てはめる。
「やぁあ!」
全身の力を込めた刀は、今までにない速度で悪魔の腕を捉えた。僕の刀は掠った程度。でも、悪魔の腕は深々と傷が入っている。
――――――これが、『風神』……。
「一撃程度で、喜ぶのはまだ早い。だってアンタは、オレを殺さなきゃあだからねぇ?」
次の攻撃が放たれる。先程よりも、複雑な軌道で刀が襲ってくる。
一度自分で使ってみたからこそ分かる。
「これなら、勝てる!」
悪魔の攻撃に瞬時に対応し、カウンターを放つ。
至近距離からの斬撃に、悪魔のわき腹は裂ける。先程までは余裕顔だった悪魔の顔に、焦りが入る。
「流石、ポテンシャルが違うね。」
命を懸けたやり取りのはずなのに、悪魔はとても楽しそうに笑う。とてもとても、幸せそうに、狂気の笑みを浮かべる。
金属音が何度も鳴り響く。お互いの刀は触れただけで相手を切り裂く風神の刃。一瞬の油断が命取りになる刹那的な剣戟。だけど、覚悟を決めた僕の目は、異次元の速さにだって適応できる。
斬撃と斬撃の間に見えた一瞬の隙。
「どうか、お覚悟を。」
高速で突き出された刀は、胸の急所の僅か1cm外を正確に貫いた。
「ごめん、なさい……」
本当は、傷つけたくなかった。師匠の、大切な人を、こんな形で傷つけたくなかった。
僕は刀から手を離した。
「やれば、できるじゃねぇか。」
悪魔の手がゆっくりと、僕の頭を優しく撫でる。
僕は、彼の顔を見上げる。
刺されて苦しいはずなのに、彼は穏やかな笑みを浮かべていた――――まるで、師匠のように。
血だらけの手が、僕の頬を拭う。いつの間にか、僕の目から涙が溢れていた。
「アンタらのことは、守ってやる。だから、約束だ――――」
次の瞬間、僕の身体が宙に浮く。
「――紅羽を、助けてやってくれ。」
一瞬遅れて、投げ飛ばされたことに気付いた。
「あらぁ?大口叩いていたくせに、随分とやられてるようじゃない。」
甲高い声。厭味ったらしい言葉。悪魔の向こうには、フランス人形のような少女、エトワールが立っていた。
「オレは『殺せる』とは言ったけど、『殺す』とは一言も言ってなぁいよ?」
背後からはよく見えないが、彼の身体には、ナイフが刺さっているようだった。
――――――もしかして、僕を、庇った……?
散々僕たちを殺そうとしていたのに、殺す気が無かったという。全て、演技だった?なら、なぜ、こんなことを?
「で?どうすんのぉ?青龍さぁ、オレと遊んでぇ、オレの技、身に付けちゃったぁよ?」
まさか、僕に、大事な人を傷つけていることを気付かせるために、『風神』を教えるために、こんな真似を?
「ねぇ、それよりもさぁ――」
悪魔は胸に刺さった僕の刀を強引に引き抜く。
「――今日もオレと、遊ぼ?」
右手に僕の刀を、左手に彼自身の刀を持って、エトワールに飛び掛かる悪魔。
「二刀流……?!」
先程とは全く異なる、二刀による流れるような斬撃が、エトワールを早々に追いつめる。
僕の、全く知らない剣術だった。あれも、東家の剣術なのだろうか?
――――――もし、僕との戦闘に使われていたら……死んでいたかもしれない。
そう思うと、先ほどの剣戟すら、悪魔にとっては全力じゃなかったのだ。
「そうそう、紅羽、どこやったの?」
「貴方には、関係ないでしょ。」
「うん。聞くだけ無駄だぁね?」
物凄い勢いで、刀がエトワールの投げた爆弾を切断していく。
「だからぁ、死んで。」
エトワールに肉迫した悪魔は、それぞれの刀を振り下ろす。
それと同時に、強烈な爆風が吹き荒れた。
僕の足元に、悪魔が落ちる。
「痛たたたぁ……。」
彼の身体は、傷だらけだった。僕がつけた傷に加えて、エトワールから受けたであろうナイフが3本突き刺さっており、傷口が青紫色に変色している――恐らく、毒でも塗ってあるのだろう。さらに、今の爆風で身体中に負荷がかかったはずだ。
「青龍、悪魔を連れて帰れ。」
なんなんが後ろから一気に前に出る。
「ばか、よせ!」
悪魔の制止を無視し、なんなんはそのまま持っていた三節棍を振り回す。
「これは、宵の薔薇の、オレとエトワールの問題だ!アンタは引っ込んでろ!」
「一番の重傷者に言われたくないね。」
なんなんは器用に爆発前の爆弾を跳ね返していく。
「なんなん、それはあなたも同じですよ。」
悪魔の手から刀を取り返し、構える。
「エトワール、お覚悟を。僕はもう、甘くはないですよ。」
なんなんの三節棍を躱しながら、エトワールに近づく。
「いいえ。貴方はなにも変わっていない。ただの馬鹿よ。」
懐からナイフを取り出すよりも速く、僕の腕は動く。
「ちっ……速度、上がってるじゃない。」
エトワールの左手が動く。しかし、その手には何も握られていない、フェイクだった。
僕が左手に気を取られた隙に、エトワールの右手には別のナイフが握られていた。
――――――だめだ、回避は間に合わない。
痛みを覚悟でそのまま突入しようとしたが、強い力で襟首を引っ張られた。僕と入れ替わりで、血だらけの悪魔がそのナイフをもろに受けた。
「ありがと。2人のおかげで、ちょっとだけ回復した。」
悪魔の口元には、手榴弾のピンが加えられている。
「だめだ、止めて――――」
僕は物凄い勢いで後ろに投げ飛ばされた。
悪魔の手榴弾が爆発した。眩い光が辺りを覆い、強烈な音が響く。
何か、恐らくなんなんにぶつかり倒れた。何が起きているのか分からない。
目の眩みが収まり、視界が開ける。
視線の先では、東の悪魔が血だまりの中に倒れていた。
「なんなん、大丈夫ですか?」
「俺はかすり傷だ。」
「いや、切り傷でしょ。」
「あのなぁ……」
なんなんはなぜか、呆れたようにため息を吐いた。