喰虎vs冥蛇 -心曝-
登場人物
・ 冥蛇
西国にある組織「連合」の幹部 十二神将の一人、巳の神将 冥蛇。組織きっての暗殺者。目つきが鋭く愛想のかけらもないため冷酷無慈悲な人間と捉えられがち。喰虎とは同期だが、怖いので苦手。
・ 喰虎 千桐
「連合」の幹部 十二神将の一人、寅の神将 喰虎。組織の中で最も喧嘩が強い乱暴者。どんな相手にも基本的には粗暴な態度で短気なため組織で嫌われていると思われがちだが、キジトラをはじめ意外にも彼を慕うものは多い。冥蛇のことは当初から「感情がない」から嫌いらしい。
「っざっけんなよ!」
連合 十二神将が集まる会議室の円卓にヒビを入れそうなほど強い拳が振るわれた。
「俺らに弓を引いたんだ、とっとと潰すべきだろ!」
怒髪天を衝く勢いで声を荒げたのは寅の神将 喰虎。
「落ち着いてください、喰虎さん。」
それを諫めるのは議長を務める巳の神将 冥蛇だった。
「そーだそーだ。感情に任せて動くなんざ、野蛮人のすることだぞー。」
気の抜けた声で冥蛇に加勢する戌の神将 乱歩。
「んだとぉ?!何かあってからじゃ遅ぇだろぉが!」
「乱歩さんも煽らないでください。」
「はぁ~い。」
議題は最近、周辺で度を超えた悪行を働く半グレたちの対処についてだった。先日ついに、末端構成員に因縁をつけ喧嘩になった挙句、構成員は重症を負った。
怪我を負ったのは喰虎が時々面倒を見ていた(というよりは、喰虎の憂さ晴らしのために稽古と称してボコしていただけな気がするが)舎弟であったこともあり、気が立つ気持ちも分からなくはない。
「報復理由としちゃ十分だろ!」
「実行犯はやってもいい。だが、その先はダメだ。今のうちにそんな余裕はない。」
申の神将 猿渡 駿介が十二神将としての結論を繰り返し喰虎に釘を刺す。
「迷惑かけなきゃいいんだろ?」
「そういう問題ではありません。」
冥蛇が淡々と言葉を告げる。
「感情だけで動いては、正確性に欠ける。因縁をつけてきたというのは、あくまでこちら側の主張です。裏が取れるまでは、いくら極悪人だろうと手を出してはだめです。正当性のない暴力は、非道の侵略とみなされます。そうなれば、危ないのはほかの皆です。」
「だったらあいつの怒りはどうしろというんだ!このまま泣き寝入りしろと?!」
「……まだ、何とも。」
「それともなんだ?てめぇを殴って気ぃ晴らせとでも言うのか?能面野郎。」
「……今は会議中です。後にしてください。」
事務的に言葉を返す冥蛇を喰虎は何も言わず睨みつけると、音を立てて腰を下ろした。
--
会議後、喰虎は乱暴に椅子をしまい出ていこうとする。
それを止めたのは冥蛇だった。
「何だ?会議を荒らした小言でも言いに来たのか?」
「……殴りたいって、言ってたじゃないですか。」
これには流石の喰虎も一瞬、呆気に取られた。
ついでにその様子を後ろから見ていた乱歩と卯の神将 緋天うさぎの度肝を抜いた。
「えらく好戦的じゃねぇか。喧嘩売ってんのか?」
冥蛇は何も言わず訓練場の方へと向かっていく。
「いいぜ。気が済むまでぶん殴らせてもらうわ。」
殺気を振り撒きながら同じく訓練場に向かう喰虎。
「だ……大丈夫、ですかね……?」
うさぎが不安そうに乱歩に尋ねる。
「喰虎くんもちゃんと考えて手加減するとは思うけど……一応、様子を見に行こうか。」
うさぎと乱歩ものんびりと訓練場に向かっていった。
2人が訓練場についたころには既に喧嘩が始まっていた。
喰虎はいつもと同じ黒のジャージに上着は邪魔なのか投げ捨てられている。
一方の冥蛇はいつの間に着替えたのかTシャツに8分丈パンツとラフな格好になっている。
まさに、喰虎が冥蛇に殴りかかっているところだった。
「日頃の憂さ晴らしだ、サンドバッグになれや!」
乱歩なら簡単に吹っ飛びそうな勢いの拳が容赦なく振るわれる。が、それを顔色ひとつ変えずに片手ではたき落とす冥蛇。
「おいおい、サンドバッグが捌くとか聞いてねぇぞ。」
「……俺だって、ただ殴られるのは嫌なんですが。」
「まぁいい。てめぇが相手なら、本気でやってもいいよなぁ!」
容赦など欠片もないパンチを側頭部へと叩きこむ喰虎。雑魚なら避けることすらできずに一撃で気絶させるものだ。
「……流石だ。」
冥蛇はその屈強な腕を受け流しそのまま絡めとり、肘を固めにかかる。危険を感じた喰虎は舌打ちを鳴らし腹に膝蹴りを入れ拘束を解く。
膝蹴りの痛みなど意に介さないのだろうか、喰虎の首に腕を伸ばす。
「させねぇよ。」
逆にその手を掴み強引に持ち上げる。
「軽いな。ちゃんと飯、食ってんのか?」
しかし、冥蛇の目は死んでいない。次の瞬間、彼の両足が跳ね上がり喰い虎の首に巻き付いた。
「くっ……!」
喰虎が苦しそうに顔を歪める。
「流石冥蛇くん。絞め技はお手の物だねー。」
「あ、足でも絞められるんですか。」
「そーだよ。力だけじゃなくて、身体の使い方とかも重要なんだって。とはいえ、完全には決まってないみたいだ。ほら。」
喰虎は冥蛇ごと身体を持ち上げ、腕を思いっきり振って突き飛ばす。地面を転がりせき込む冥蛇に、喰虎は飛びつき馬乗りになる。
「さて、てめぇは何発で逝くかな。」
逃げられないその顔面に拳が何度も振るわれる。
その様子を見ていたうさぎは思わず手で口元を覆ってしまう。
10発を超えたあたりだろうか、冥蛇が徐に口を開いた。
「……少しは気、晴れましたか?」
その言葉と同時、冥蛇の肩から関節が外れる音がした。そして、喰虎の足で拘束されていたはずの腕がするりと抜け、鞭のようにしなって後頭部を捉えた。
痛みで力が緩んだ一瞬をついて冥蛇は喰虎の拘束から逃れ、一気に距離をとる。
「やっと、顔色が変わったな。」
咳き込み口から流れる血を拭いながら喰虎を睨みつける。
「てめぇのそのすまし顔、昔から気に食わねぇんだわ。感情死んだような陰気な面、見ているだけで不愉快なんだよ!」
喰虎が凄まじい踏み込みを見せ、冥蛇との距離を一瞬で詰める。
「おら、もっと殴りがいのある顔してみろよ!」
風を切って飛んでくる拳を紙一重で外し、カウンターで喰虎の腹に強烈なブローを叩きこむ。その顔は喰虎の言う通り、普段よりも不愉快そうで、鋭い目つきで彼を睨んでいた。
「俺にだって、感情はある!」
反撃にと冥蛇の右足が跳ね上がり、鮮やかに脇腹を蹴り抜く。まともに食らった喰虎は、相当な痛みに身体を動きを止めてしまう。
「好きで、無表情でいるんじゃない!」
痛みで前かがみになった脳天めがけて、渾身の一撃にとかかとを撃ち落とす。
「……なんだ、できるじゃねぇか。」
しかし、その足は振り下ろす途中で止められた。
「ちったぁ人間らしくなった、ってとこか。」
冥蛇の足を受け止め、痛みに耐えながらそれでもまんざらでもない笑みを浮かべる。
「おらぁ!一回寝とけ!」
その怪力で冥蛇の足を強く掴み身体を持ち上げ、一気に振り下ろす。
地面にぶつかる前に頭に手を入れて衝撃を緩和したものの、それでもかなりの威力だったらしく、冥蛇の動きが完全に止まる。
それを見逃す喰虎ではない。
すぐさま拳を握り冥蛇の顔めがけて打ちおろす――はずだった。
「そこまでだ。」
その拳を背後から止めたのは乱歩だった。
「もう、十分だろう?それ以上は身体に障る。」
喧嘩を邪魔され悪態をつくかと思われたが、意外なことに素直に拳を収め、何も言わず訓練場を去っていった。
「冥蛇くん、大丈夫かい?」
息を切らして一向に起き上がる気配のない冥蛇に乱歩は声をかける。
「やっぱり……喰虎さんは、強い、な……。正面からじゃ、全く、歯が立たない……。」
「にしても君、珍しく無茶したね。」
「あれくらい削っておけば、暫くは暴れないだろ……。」
「くくっ。それ以上に君の方が削られてないかい?敬語が外れてるよ。」
「あ……すみま、せん……。」
気にするなというようにひらひらと手をふる乱歩。
「医務室いきます?なんなら、呼んできますよ?」
「大丈夫……喰虎さん、手加減してくれたから、そこまでじゃない。」
のろのろと頭を抑えながら立ち上がる。
「2人とも、心配させてすみません。お先、失礼します。」
少し覚束ない足取りで、冥蛇も訓練場を後にしたのだった。
--
「あー……切らしてる……。」
殴られた顔を冷やそうと調理場の氷を拝借に来た冥蛇だが、冷凍庫にはまだ凍っていない水の入った製氷皿しかなかった。
「仕方ない……濡れタオルでとりあえず……。」
タオルを取りに行こうと身体を動かしたら、そのまま足がもつれて倒れかける。
――――――思ったより、ダメージが大きい……。
深呼吸をして息を整える。が、そこから先が、足が重くて動けない。
――――――あ、これ、やばいやつだ……。
ゆっくりと膝から崩れ落ちる。
「ったく、素直に医務室に行けよ、馬鹿野郎。」
上から乱暴な声が聞こえる。のろのろと顔を上げると、不機嫌そうな喰虎の顔が見えた。
冥蛇が何かをいうよりも早く彼の身体は持ち上げられ、そのまま医務室へ連行される。
医務室には当直の医師見習いがいるはずだが、声すらかけず勝手に中に入りベッドへ冥蛇を放り込む。
「くいとら、さ――ひゃう。」
冥蛇が何かを言うよりも早く、喰虎は彼の顔面に手馴れた手つきで冷えピタを貼り付ける。頭の枕を氷枕に変え、そして今度は、Tシャツを脱がせようとする。
「な、何、するん、で――」
「暴れるな。肩、関節外してただろ。」
「そ、それなら、慣れてるので。」
「いいから見せろ。」
痛みで鈍った動きでは到底喰虎を止めることはできず、されるがまま服を脱がされる。そしてまるで医者のように腕を動かして肩の様子を観察する。
「少し、炎症してるな。冷やして固定だ。」
そうして肩を手早く三角巾で手早く固定していく。
「数日は安静にしてろ。明日からはこっちの湿布を使えば早く治るはずだ。」
ベッドの横の台に既に用意していたのだろうか、殴り書きで日付が書かれた紙袋に湿布が小分けに入れられていた。
「あの、喰虎、さ――」
「寝ろ。」
乱暴に頭まで布団を被せられる。
「さっさと寝ろ。てめぇはなんで戦闘以外、全部すっとろいんだよ。」
言い返そうと思ったが、火照った顔を冷やされ痛みが和らいだのと、疲労によって瞼が重くなる。
そうして気付けば冥蛇は眠っていた。
「おや、冥蛇くんは大丈夫そうかい?」
医務室に息を切らした乱歩がやってきた。
時間は少し前に遡る。
手当のために喰虎は一度自室に戻り薬などを一通り揃え、医務室に向かった。
「おい、冥蛇は?」
そこにいた怯える医者見習いに問うたが、激しく首を横に振る。
「ちゃんと治療くらい受けろっての。」
舌打ちを鳴らし走って冥蛇の部屋に行き、ノックもなしにドアを開く。が冥蛇はいない。というか、鍵が開けっ放しなのは不用心ではないか。
まだ訓練場にいるのではないかと向かった時、ちょうど乱歩とすれ違った。
「乱歩、冥蛇がどこ行ったか知らねぇか?」
「ん?冥蛇くんかい?ちょっと前にあっちの方に行ったけど、どうかしたかい?」
「医務室にも部屋にも居ねぇ。」
「なるほど。」
乱歩は高速で思考を走らせる。
「冥蛇くんも馬鹿じゃない、おそらく顔を冷やそうとするはず。となると、氷がありそうな調理場か、あとはシャワーとかで冷やしにかかるかな、風呂場じゃない?」
「どっかで倒れてるかもしれねぇ、探すの手伝え。」
「やっぱ、意外とやばいのかい?」
「殴ったオレが言ってんだ、早く動け。」
「ほいほい。多分、調理場だと思うよ。あっち側は二か所か、どっちも距離が微妙だから流石にわかんないなぁ。僕は調理場以外を一通り探してくるよ。」
そうして乱歩は本部中を駆け回りどこにもいないことを確認した後、医務室にやってきたのだった。
「静かにしろ、やっと寝たとこなんだよ。」
喰虎にしては珍しく、声のボリュームがかなり落とされている。
「くくっ。やっぱり君は、根が真面目だねぇ。」
「うるせぇよ。」
喰虎がふてくされる。
「いくら乱暴者の振りをしても、生来の真面目さが滲み出てるよ。」
乱歩は喉の奥で笑う。
「それに手当ても薬の用意も君が独自にしたんだろう?まるで医者のようだ。」
「大袈裟だな。普段からやってるだけだ。」
乱歩の帽子の影から鋭い眼光が飛ぶ。
「幼少からの教育の賜物か。流石、天下の医者一族 千堂家の跡取り息子だ。」
喰虎の眉がピクリと動く。
「君の攻めは一見、そこらのチンピラのようなただの暴行だ。だが、その蹴り、拳は見た目以上の威力を誇る。それもそのはず、君の喧嘩のベースには、幼少に叩きこまれた武道と医術的知識が余すことなく生かされているからね。冥蛇くんもダメージを見誤るわけだ。」
もちろん、乱歩は見抜いていたが。
「それが分かっていて、ここまで用意周到に薬も用意して医者顔負けの手当をしちゃうんだ、やっぱり君は真面目で思慮深い。」
「……何が言いたい。」
「君が裏に落ちた理由はよくわかる。敵に横暴で過激な態度をとる理由もわかる。分からないのは、君が身内にすらも乱暴な対応をすることだ。どうしてここまで、他人を突き放すんだい?」
そういう乱歩の口角は上がっている。
「……分かってんなら聞くなよ。」
「くくっ。いいよ、僕はムートンほど意地悪じゃないしね。」
乱歩は立ち上がる。
「くれぐれも、冥蛇くんをいじめすぎちゃだめだよ。あと、そこの健気なお医者さんも。それじゃあ、君もお大事に。」
そうして手をひらひらさせながら乱歩は去っていった。




