乱歩vs鉄拳のリハエル -紫黒の暴き-
登場人物
・ 乱歩
裏社会組織「連合」戌の神将。常に薄ら笑いを浮かべ、飄々とした密偵の青年。
その頭脳は連合で1,2を争うほど優秀であり、特に情報をもとに過去の真実、未来の事象を「推測」することを得意とする。
・リハエル
過激派宗教組織「赤豹教団」の最高幹部パワーズの一人、教団の神父の青年。
組織No.3と言われるほど戦闘能力が高く、巷では「鉄拳のリハエル」と呼ばれている。彼の肉体はナイフや銃弾が一切通用しないほど固く、それは、彼の超能力であるテレキネシスによるもの。
彼の教団への忠誠心は厚く、シスター・モーの懐刀ともいえる。
臨時の連合本部。いつもなら連合の構成員がうろうろしているが、今はほとんど出払っている。
赤豹教団との決戦日。
今本部に残っているのは司令塔であり連合のブレインと呼ばれる犬猿コンビ、申の神将 猿渡俊介と戌の神将 乱歩、そして本部と犬猿コンビを守るためにたった一人残った寅の神将 喰虎 千桐の3名のみ。
会議室として使っていた部屋には大量のPCとモニター。その正面に座る猿渡はモニターを注視しながら的確にメンバーに指示を出す。その少し後ろで乱歩がサポートする体制だ。
乱歩が見ているのは、連合本部内の監視カメラ。その中では喰虎が赤豹教団の構成員と交戦中だ。
入口は正面と裏口の2か所だけ。正面は喰虎が押さえている。そして裏口は、乱歩と子の神将 眠りねずみによって仕掛けたトラップで敵の侵入を防ぐ。
だが、裏口は無人なこともあり、完璧ではない。
トラップを潜り抜けた影が一つ。
「あーあ。来ちゃったか。」
「抜けられたか。」
「うん。どうしていつも、最悪な予測が当たっちゃうかなぁ?」
「代わるか?」
「いいや。最初から、裏口から来た相手は僕がするって手筈でしょ?それに君を失えば、この戦争、勝機が消える。なら、僕が出るのが合理的だ。」
乱歩は大きく伸びをすると、立ち上がる。
「……死ぬなよ、乱歩。」
「さぁ?それは保証しかねるなぁ。」
喉の奥で乱歩は笑う。
「ま、切り札は、切るべき時に切るもんだからね。」
会議室の扉が音を立てて閉じる。
--
廊下を走る影が一つ。
「君、止まった方がいいよ?」
少し離れたところに、小さな人影が現れる。
「その美しく長い足を失いたいならいいけど、さ。」
青年乱歩は、足を止めた影に笑いかける。
「やぁ。来ると思っていたよ――鉄拳のリハエルくん。」
乱歩に正体を見透かされた影が、肩を揺らす。
赤豹教団の幹部パワーズの一人、鉄拳のリハエル。
「いやぁ、本物とは初めて相まみえたが、随分と色男だねぇ。神父じゃなくてホストになった方が、よっぽどお似合いじゃないかい?僕の知り合いがホストになってくれる人を探しているんだ、紹介してあげようか?」
日本人とはかけ離れた長く美しい金糸をひとまとめにしたような髪、薄い唇と筋の通った鼻、切れ長の瞼から覗く琅玕の瞳が小さな顔に絶妙なバランスで配置されている。そしてその肉体は黒く長い修道服で隠されているが、狩人のようにしなやかで引き締まった体格をしている。
「――なんて、歓迎するとでも思ったかい?」
対する乱歩は小柄で細身の、一見すれば子供のような体格。強者のような威圧も狂人のような狂気も持ち合わせない、昼間の街中で歩いていそうな、どこにでもいそうな一般人のような風貌。だが青年のような格好でありながら子供の好む小物を身に着け、お調子者のような言動にどこかナイフじみた鋭さを秘める、捉えどころのない違和感が得体のしれない不気味さを感じさせる。
目の前の細い青年ごとき、本来はリハエルの敵ではない。
――――――なんだ、この得体のしれない違和感は……
「貴様、何者だ?」
気付けばリハエルは口を開いていた。
「知らない方がいいんじゃない?だって、知っちゃったら、君――」
帽子の影から鋭い視線が飛ぶ。
「――死ぬよ?」
「死ぬのは、お前だ。」
そう言ってリハエルは足を踏み出そうとする。
「あぁちょっと待ってってば。」
それを乱歩は慌てて制止する。
「そっから一歩でも前に進めば、ホントに足、吹っ飛ぶかもよ?気を付けたまえ。そこには――」
「はったりだな。」
その制止を無視してリハエルは一歩を踏み込んだ。
ズドン!
鈍い音とともに地面が揺れ、砂煙が上がる。
「だから言ったじゃんか。大丈夫かい?」
後ろに飛んだのだろう、リハエルにさほどダメージはないが、踏み込んだ場所にクレーターができている。
「人の話は最後まで聞きなさいって、ママに習わなかったかい?とはいえ、こんな単純な手に引っ掛かるとは。教団代表なんだから、もうちょっと警戒したまえよ。」
乱歩は悠長に、だが足元の何かを避けるようにリハエルに近づく。
「僕は乱歩。戌の神将だよ。気が向いたら覚えてよ。――まぁ、覚えたところで、君は死んじゃうんだけど、さ。」
肌が触れ合いそうなほど肉薄し、見上げられたその顔は、酷く狼狽していた。
連合 戌の神将 乱歩、正体不明の密偵。彼に関する情報はそのことごとくが矛盾しており、誰もその素性も素顔も知らない。だが、たった一つだけ、確かな情報がある。
『連合の切り札』
彼が現れたが最後、敵対者に勝ち目はない、無敗の道化師。
「こんな子供が……よりにもよって、ここで……?!」
「おいおい。何を狼狽えているんだい?はったりかもしれないんだぞ?」
くくっ、と喉の奥で笑う乱歩。
「――なんてね。僕は正真正銘、『連合の切り札』だ。」
「なんで、お前のようなやつがここにいる?!」
動揺を払拭するかのように、大振りでナイフが振るわれる。
「切り札はね、相手が意図しない時に、もっとも威力の出る場所で使うものだよ。」
それをぴょんぴょんと踊るように躱す乱歩。
「避けてばかりでは、オレを止められないぞ。」
「それはどうかなぁ。」
近くの部屋の扉を開け、中に隠れる乱歩。当然、すぐにリハエルも中に入る。
が、乱歩の姿はどこにもない。
「ここだよ。」
リハエルの背後に突如現れる乱歩。振り返りざまに振られたナイフはひらりと優雅に流される。
「目から入る情報なんて、案外信用ならないよ。覚えておきたまえ。」
ポケットに手を入れ、余裕綽々でリハエルをあしらう乱歩。
「僕のスペ3になりたかったら、出し惜しみはしないことだ。同じ『超能力者』同士なんだし。」
リハエルの驚いた顔に、乱歩はいたずらっ子のように笑う。
「ほらほらどうした?戦いは、相手のペースに飲まれたら負けだよ?」
大型ナイフが乱歩の首を狙う。乱歩がバタフライナイフで応戦するが、勝負にもならなかった。
刃がきれいに落とされる。
「テレキネシス――刃の強度を上げたのか。その剛腕と非常に相性がいい能力だね。」
「知ってて、受けたのか。」
「当然さ。僕、そもそもナイフなんて使わないし。試してみたかったんだよ。ことりくん以来だ。」
「……カマエル様の能力も、知っているのか。」
「仲間の能力把握は、当然じゃないかい?」
乱歩はまだ避けるだけ。攻撃らしい攻撃を一つもしない。
―――――――何を、狙っている……?
地面には地雷が埋まっている。どこに仕掛けられているか分からないから、迂闊に動けない。乱歩の一歩後を追う羽目に、後手に回ってしまう。
「見たところ、君の能力は、君に触れている物だけが対象っぽいね。」
見ただけで、能力の特徴まで看破する。
「自分の肉体も対象かな。頑丈な奴の相手は面倒なんだよなぁ……ねぇ、チェンジで。」
「風俗じゃないんだ、そんな冗談が通じると思うか?貴様らを確実に殺すために、俺が派遣されたんだ。」
「だよねぇ。だから、僕が残ったわけだけども。」
「……何?」
「モーさんの入れ知恵でしょ?猿渡くんは全く戦えないから本部に残って、多少は戦える僕が前線に出る。猿渡くんの指揮能力さえ潰せば、連合は脅威じゃない、でも、いくら猿渡くんが弱いからといって油断はできない。だから、裏切る可能性が0で異常事態が起きても単独で確実に仕事ができるリハエル君を送った――そうだろ?」
その推測はピタリと合っていた。
「No.3がこんなこそこそと暗殺なんかに来ないと寝首を掻くつもりだったんだろう?まー、総力戦でNo.3を前線から外すなんて大胆なこと、普通はしないんだけどなぁ。あーやだやだ、どうしていつも、最悪な推測ばかり当たっちゃうんだろ。」
「どうして、そこまで――!」
リハエルが何かに気付く。
「そ、これが僕の超能力、時間型のテレサイト――俗にいう、未来視ってやつだよ。君のとこの、殺されたイェユイアと同じ、さ。」
リハエルの曇った瞳では、決して見抜けない――すべて、乱歩の推測通りだった。
乱歩が不敵の笑みを浮かべる。
「君には、確定した未来に挑む勇気はあるかい?」
リハエルのナイフも拳も、まるで軌道が読まれているかのように当たらない。おまけに足場が覚束ず、力が入りきらない。
「おいおい、そんな力の入っていないナイフなんて、何万回振っても僕には当たらないよ。」
乱歩は一向に攻める気配がない。
だが、時間が過ぎれば体力が削られる。
「わっとっと。」
乱歩がよろけ、ナイフが掠る。
チャンスとばかりに剛腕が振り上げられ、乱歩のガードごと殴り潰す。
跳んで衝撃を和らげた後を追ったその時。
ズドン。
乱歩が足をついた安全なはずの地面、そこをリハエルが踏んだ瞬間、爆発した。
「なっ……!」
テレキネシスで強化したらしく、足が飛ぶことはなかったが、ズボンは焼け焦げ、爆発で巻き起こった破片で傷と血だらけになった足が露になる。
「馬鹿だねぇ君。敵である僕のこと、信じちゃった?」
乱歩がジャンプをすると、そのまま宙に浮いた。
「ホントは未来視じゃなくて、サイコキネシスが使えるんだよ。さっきまで、爆弾のスイッチをオフにしてただけ。」
「!嘘つきめ……だが、この程度の爆発なら、何の問題もない。」
リハエルが振るナイフでは上空の乱歩には届かない。だが、乱歩の頬の皮膚が裂けた。
「なるほど……空気の強化、か。これは面白い。」
乱歩が宙を飛び、それを追いかけるリハエル。彼の足下が爆発し破片が突き刺さる。同時に、見えない刃によって乱歩の皮膚が裂けていく。
二人の血がむき出しになった地面に飛び散る。
乱歩が宙から降り、部屋の中に入る。先ほどと同じ、リハエルが入る頃には乱歩の姿がない。
当然、リハエルは背後を警戒した。
だが、気配すら感じない。
不審に思い部屋から出た瞬間、顔面に違和感を感じた――目のすぐ下が、一文字に切られたのだ。
それだけではない。
動こうとしたら、手足が細い何かに引っ掛かっていた。
「極細の、鋼鉄線……!」
薄暗い室内では、目を凝らさなければ見えないほど。それが、いつの間にかこの一帯に張り巡らされていた。
リハエルはようやく気付いた。
「サイコキネシスも、嘘だったんだな……!」
「ご名答~!」
リハエルの上で、乱歩がけらけらと笑う。
「僕はただ、ワイヤーの上を渡っていただけさ。」
リハエルの攻撃をよけながらワイヤーを仕掛け、時を見て一斉に張って上空に足場を作る。細く、金属光沢を消したワイヤーでは注視しなければ気付くこともできない。
「こんなもの、どうとでも……!」
両手両足を強化し、強引にワイヤーを引きちぎると、乱歩が上から落ちてきた。
「わぁお。なかなかやるねぇ。これはホント、骨が折れるや。」
乱歩の手にはどこからか持ち出した竹刀が一振り。
「じゃあ次は、君の土俵で戦ってあげよう――テレキネシスで、ね?」
「馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
乱雑に振るわれたナイフは竹刀に食い込むも、受け止められる。中に、鉄棒が入っているからだ。
「流石にこれはバレるよねー。」
強化したナイフの刃でも、鉄の塊はそう易々と切れるものではない。とはいえ、リハエルの土俵ではいくら乱歩といえど、分が悪いらしい。受け止めるのがやっとな状況だ。
「どうした、さっきまでの威勢は、どこへ行った?」
「えへへー。ネタ切れ、って感じかな?」
じりじりと後ろへ下がる乱歩。
――――――もう少し削らないと、あれのダメージは入らないな……。
乱歩は地面を強く蹴ってその場を離れた。
襲って来ようとするリハエルを片手で制止する。
「君、止まった方がいいよ?」
「地雷程度、どうということは――!?」
彼が足を踏み入れた瞬間、地面が崩れ落ちる。
「地雷仕掛けたとき、床抜けそうだな~って思ってたんだよ。君、体重重そうだから、落ちちゃいそうだなって忠告してあげようとしただけなのに。最後まで人の話を聞かないからだよ?」
落ちたリハエルを上から怪しい笑みで眺める乱歩。
「さぁて。どう調理してあげようか?」
その顔の皮膚が裂ける。リハエルのテレキネシスの刃のせいだ。
「全く、血の気が多いんだから……。そんなところでくすぶってないで、さっさと戻っておいで。そっからまっすぐ進んで、右側2番目の扉を開けたら、階段あるから。」
上を見上げ不機嫌そうに舌打ちすると、素直に乱歩が言ったとおり、駆け出していった。
「……馬鹿だなぁ、あいつ。罠だとか思わないのかね。」
思わず乱歩は声に出してしまった。
当然、乱歩が言った階段がある部屋は罠で、そこは拷問部屋となっていた。そしてそれはリハエルにとって、とてもなじみの深いものだった。
「あのさぁ、君、少しは学習したまえよ。嘘に決まってるじゃんか。」
鉄格子ごしに乱歩は呆れたように肩をすくめる。
「そんなだから、モーさんに利用されるんだよ。」
「貴様に、あの人の何が分かる――」
「君、モーさんに拾われたんだろ。」
「!なぜ、それを、お前が――」
「視ればわかるよ。」
乱歩は帽子を投げ捨て、前髪を掻き上げる。
露になる漆黒、遍くすべてを暴く瞳に見つめられたリハエルの身体が、得体のしれない恐怖に囚われる。
「君の動きは、モーさんによく似ていた、細かい仕草まで――君は彼女に憧れ、恋焦がれていたんじゃないのかい?」
リハエルの曇った瞳では逃れることはできない。
「周囲から不気味に思われたその力を、モーさんに肯定された君は、恩返しにと彼女の右腕になりたかったんだろ?健気だな――騙されてると、分かっているのに。」
「騙されてなんか――」
「気付いているはずだ。彼女がやっていることは、決して、平和のためではない。身勝手な、悪意の拡散だと。」
本当に救いをもたらす教えならば、無理矢理押し広めなくても勝手に広がっていくはずだ。残虐非道な方法で侵略していく教団がやっていることは、ただ恐怖と悪意で支配する愚行。
「知っているはずだ、君の能力を利用するためだけに、モーさんは君に近づいたことを。」
「違う!あの人は――」
「思い当たる節はいくらでもあるだろう?例えば『カマエル降臨の儀式』とか、さ。」
「!?それは、教団の、機密事項――」
「7人の超能力者の子供を集めて、殺し合いをさせ、その能力を一人に集約させることで天使カマエルをその身に降ろす――見せかけの儀式だ。」
乱歩はその禁忌をすらすらと口にする。
「能力者である君は、殺し合いごときで能力が引き継がれないことを知っているはずだ。あれは、信者に天使が降臨したと見せかけるための残虐なショーだろう?そして、それを提唱・実行したのはほかでもないシスター・モーだ。君も、本当はこの儀式の生贄のために連れてこられた。だが、君は年齢が少し高かったから犠牲者にならずに済んだだけ。」
「やめろ!」
「代わりに君は、シスター・モーの意のままに動くようにと拷問じみた調教を受けた。彼女の影武者のように振舞うことを強制され、本来の君は押し殺された。そして代わりに、彼女を聖母として崇める人格を強要されたんだろう?」
「嫌、違う、そんな、はずは……!」
「君が聖母とあがめる彼女の正体は、今もこの世界に悪意と地獄を振り撒く悪鬼だろう?」
「これ以上、暴くな!」
耳を塞ぎ、崩れ落ちるリハエル。
「現実を見ろ、リハエル。」
牢屋の隙間から手を伸ばし、髪を掴んで引き寄せる。
「君があの女に優しくされたのは出会ったあの日だけだ。それ以外はすべて、偽りの記憶だろう?」
「離せ!」
頭突きで二人を仕切る鉄格子がひん曲がる。余りの気迫に、乱歩は危険を感じて手を離し離れる。
「分かってる……!でも、ここにしか、居場所が無いんだ……!」
頭を打ち付け血を流しながら、牢を破るリハエルを、悲しそうな目で眺める乱歩。
「あの人が必要としてくれるなら、どんな拷問でも受けるしか、ないだろう……!どんな命令でも、従うしか、ない、だろう……!」
「本当に……憐れだな、君。」
乱歩は上着の中から拳銃を抜いた。
「終わりだ、リハエル。」
引き金を引く。
身体の芯に響くような音とともに、彼の腹に風穴が空いた。
「もう、君は超能力を使えないよ。」
「そ、んな……」
それを、驚いた顔で眺めていた。
「知ってるかい?君たち超能力者の力は、魂――意志の力に大きく左右されるんだ。超能力者は善で在れ悪で在れ、意志が純粋なんだ。だが、君は今、自分とシスター・モーの悪性を認識してしまった。だからもう、今までのような強大な力は扱えないよ。この銃弾をはじくことすらできないほどだ。」
リハエルはそれでも、ナイフを握りしめる。
――――――モーさんの拷問のせいか、頭の傷も気付いていないのか。痛覚が死んでいるみたいだな。
「さぁ、丸腰の君は、どうするんだい?」
「こうするしか、ないだろ!」
大振りのナイフは出会い頭の時とは違い力が乗って、スピードが出ている。
「ま、こーなるよね……。」
よけきれず、タートルネックのセーターが破れ真っ赤に染まっていく。
狭い室内、リハエルの全力に乱歩の身体では追いつけない。銃で応戦するも、確実に身体に傷が刻まれる。彼は血と涙を流しながら、ただ感情のままナイフを振り回し、目の前の敵を嬲る。
「まるで大きな子供だね……。」
そう呟く乱歩の声に、ノイズが混じる。
リハエルの腕を受け止めようとガードした腕は耐えきれず折れる。ナイフは容赦なく急所を抉り、赤黒い血が牢獄に飛び散る。
壁に打ち付けられ、首を握られた乱歩は、それでも挑戦的な笑みを浮かべている。
「僕を殺しても、モーさんが君を見ることは、ない。」
「それ、でも……!」
「君が、モーさんを見ることも、もう、ないよ。」
乱歩の手から指輪が落ち、血だまりに沈んだ瞬間。
轟音とともに崩れ落ちる牢獄の天井。地雷原の下はこの部屋。そして、天井には刃が仕込まれていた。
部屋の奥に追い込まれてはもう、逃げ場はない。
確実な死に、リハエルの顔に恐怖と絶望が張り付く。
「安心したまえ。君一人じゃない。」
そんな彼の頬に、乱歩は優しく触れ、本物の聖母のような優しい笑みを浮かべる。
「僕が、一緒にいてあげよう。」
降り注ぐ瓦礫と刃の雨。
二人は成す術なく埋まっていった。
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振動が収まり、瓦礫の山から這い上がる影が一つ。
「ふぃー。一丁上がりーっと……。」
計算づくの作戦。乱歩がいた位置は、ギリギリ地雷原を外れている。瓦礫に体中を打たれはしたものの、死ぬほどではない。
「とはいえ、ちょっとこれはまずいかな……。」
片腕は折れ、致命傷とまではいかないが急所数か所負傷、放っておけば出血多量で死んでしまうのは明白だ。
特に危険なのは首筋。それなりの量の血が溢れて止まらない。
乱歩の視界に金色の髪が入り込む。
瓦礫に押しつぶされ、刃に身体を貫かれ意識を失っているリハエル。胸部分は防衛反応なのか能力が働いたのだろう、あまり負傷していない。とはいえ彼もいずれ、出血多量で死ぬだろう。現に、瓦礫の隙間から赤黒い血だまりが広がっていく。
乱歩はリハエルの顔に触れる。その顔は血と涙に濡れ、酷く苦しそうに顔が歪んでいた。
「……そんな死に顔、まっぴらごめんだよ。」
そしてその顔を思いっきり叩いた。
「起きろ!」
金色のまつ毛が震え、瞼の隙間から琅玕の瞳が覗く。
「死にたくないんだろう、なら、さっさとこの瓦礫の強度を落とせ。」
状況が呑み込めていないのだろう、虚ろな目で乱歩を見上げ、言葉にならないか細い声を出す。
「僕にもそんなに時間は無い、さっさとしろ!」
それでも動かない、いや、動けないリハエルの腕を掴むと、瓦礫の上に乗せる。
「これならできるだろう?」
しかし、彼は力尽きたように目を閉じる。
――――――ダメ、か……。
乱歩が諦めて置いていこうとしたとき、瓦礫が音を立てて崩れ、細かく粉砕されていく。
「……いい子だ。」
リハエルの襟首を掴み彼の身体を引きずり出すと、そのまま隠し戸から出ていった。




