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閑話休題 干支狩り 後日談

 目を覚ますと見慣れない病室だった。周囲には様々な機械が置かれている。

 ――――――あぁ、青龍とあの男……マスターに、やられたんだったな……

 冥蛇はゆっくりと体を起こす。口元のマスクを外し、周囲の状況を把握する。

 ――――――監視されているわけではなさそうだ。拘束もされていない。とにかく、ここから出なければ……

 ベッドから降りようと足をつけ体重をかけた直後。

「~~~!!」

 足首に走る激痛、そして力の入らない身体は機械にぶつかり派手な音を立て倒れた。

 ――――――しまった……アキレス腱を切られたんだった……まずい……。

 外で誰かが走る音がする。とりあえず点滴を吊り下げている棒?を手に持ち、襲撃者を迎え撃つ体制に入る。

「おーい、大丈夫か……ってうぇぇえ!?」

 スキンヘッドの男が大声で叫ぶ。

「お前さん、何してんだよ!?」

「ここは、どこだ。」

 喉の痛みで掠れた声しか出ない。

「えーっと……とりあえず、それ、降ろしてくれないか?」

「質問に答えろ。」

 殺気を込めて問いかけると、怯えて手を上げながら上ずった声で返答が返ってきた。

「こ、ここは知り合いの医者に借りた病室だよ……。お前さんの怪我、ちょっとひどいから治療が必要だったもんで……。」

 ――――――とりあえず、威圧はできている。このままひとまず情報を引き出すか。

「誰の、差し金だ。」

「差し金って……夕星の闇医者だよ、俺は。」

『夕星』――冥蛇が所属する『連合』を突如襲った組織だ。東北の方にある裏社会のハローワークとも呼ばれている。

「俺の仲間は、無事なのか?」

「安心しろ。お前が目を覚ましたから、全員無事だ。あぁ、いや……二人、行方不明だったな。丑と酉の神将……二人だけ、逃げたみたいだ。」

 ――――――背後からの攻撃はもーさんだったのか。あの二人は、生きている……。

「頼むから、それ、降ろしてくれ……。とにかく、害する気はないから……。」

「襲っておいて、何を言う。信用できるか。」

 闇医者の男の首に先端を突き付ける。

「そ、それはそうだが……お前さん、脚に響くぞ。頼むから、落ち着いてくれ……。」

「お前たち夕星は、何が目的で俺たちを襲った?」

「そ、それは、その……。」

「答えろ、早く。」

 ぐい、と棒を押し付ける。

「ちょっと、何してるんですか?」

 闇医者の背後から聞き覚えのある声がした。

「せ、青龍……!助かった、何とかしてくれ……!」

「何とかしてくれって……仮にも医者でしょう?」

「怖いよあいつ!」

「……何、威嚇しているんですか……玄武さん……。」

 青龍がこちらの姿をみて呆れたような声を出す。

「別に取って食おうとしているわけじゃないんですよ……落ち着いてください。」

 即席の武器は青龍に軽くあしらわれた。

 動こうとするが、両足に力が入らず身じろぎしかできない。

「とりあえず、ベッドに戻りましょうか。」

 抵抗できず、抱えあげられてベッドの上に戻された。

「あー、脚、大丈夫か……?痛み止め、いるか……?」

 ビビりながらも、医者としての性なのか怪我の心配をしてくる。

「だから、なんの真似だ、これは。」

「どう見たって治療でしょう?暴れたら治りが遅くなりますよ。」

「……別に、暴れたわけじゃない。それよりも、解放しろ。」

「解放……ですか、別に構いませんが……その身体で、どうするんですか?自分では動けないかと思いますが。」

「……。」

 改めて自分の様子を振り返る。両足首はアキレス腱が切れて歩くこともままならない、喉の傷もそこそこ深いだろう。ほかにも、左腕も胸も刺されたはずだから……さっきの落下で、傷、悪化していないだろうか……?

 ――――――これ以上何かしても、事態は好転しないな……。

「で、何の用だ。」

 観念した冥蛇は掠れた声で不機嫌そうに問いかける。その姿は怪我人であるにも関わらず、不穏な真似を少しでもすれば殺される――そんな威圧がある。

 が、青龍はそれをなんとも思わないかのように答える。

「聞きたいことがあるんですが。」

 冥蛇は何も言わず、軽く首を動かした。

「その、本来はマスターが聞くことなんです。どうしましょうやっぱ、顔は合わせたくないですよね?」

 マスターが子の神将を切り刻んだときの冥蛇の怒り様を知っている。だから、会わせるか少し悩んだ。

「構わない。命令がない以上、殺しはしない。」

「暴れないでもらえます?」

「……暴れるように見えるか?」

「見えます。」

「……。」

 心当たりがないわけではないが、即答されて流石にショックだった。

「呼んできます。」

 青龍は病室を去った。

 部屋に残った冥蛇と闇医者。

「……悪かった。」

 冥蛇は怯えている闇医者に謝る。

「少し、警戒しすぎた。……機材、壊れていたら弁償する。」

「い、いや、いいよ……よくあることだ。あんなことがあった後だったら、誰だってこうなるさ……。それよりもお前さん、脚は大丈夫か?」

「問題ない。」

 痛くて動かせなくて問題大アリだが、どうせどうしようもないので言わない。

「お待たせしました。冥蛇さん……ですよね?」

 バーテンダーの男、マスターを連れて青龍が病室に戻ってくる。

 自分の中でちゃんと割り切れているのだろう、怒りの感情はあるが、この男を見ても殺意は湧かなかった。

「あなたと、あなたのお連れ様を必要以上に――」

「何の用だ?」

 謝罪なんて必要ない。そんなことよりも、俺たちを襲った理由が知りたい。

「……あなたは、『Color Project』をご存じですか?」

「知らん。」

 あまりの即答ぶりに、困惑する2人。

『Color Project』――裏社会では都市伝説のように語られている計画。人間の才能を限界まで引き出した人造人間を作る、禁忌の計画。目の前にその研究成果がいるのだが、白を切るにしては堂々としすぎるだろう。

「……えーっと、本当に、何も知らないんですか……?」

「……俺はもともと、裏社会の情勢に、詳しくない。」

「うん……そんな気はしてましたが。」

 冥蛇は青龍と再会したとき、青龍のことを『宵の薔薇の四神』と認識していた。だが、宵の薔薇は2年前に既に消滅している。とても有名な件であったにも関わらず知らないということは、本当に詳しくないのだろう。

「ご協力ありがとうございます。」

 マスターは冥蛇に背を向け、病室を出ようとする。

「……襲った成果は、あったか?」

 その背中に、冥蛇は問いかける。

「えぇ。依頼は確かに、完遂されました。」

 振り返ることなく、マスターはそう告げて出て行った。


「……で、お前はなぜ、まだいる?もう、用は終わっただろう。」

「いやぁ、なんででしょうね……。なんか、幼馴染に久しぶりに再会した、そんな懐かしさがあって、なんとなく……。」

 冥蛇はベッドに横になる。

「少し、お話しませんか?……話を、聞くだけでいいので。」

 勝手にしろ、と軽く首を動かした。

「貴方が生きていて、とても驚きました。」

 ――――――そうだろうな、俺自身もあの時驚いたが。

「あのあと……殺されたんですよね?」

 黙って頷く。

「……僕の、せいで。ごめんなさ――」

「役に立たないから、殺された。それだけだ。」

 宵の薔薇の玄武は、反逆者の粛清が仕事だった。当然、青龍にも粛清の手が伸びた。が、青龍にその手は届かず、玄武の命令は失敗に終わった。

「上に報告したら、その場で撃たれた。――使えなければすぐ処刑、だからな。」

 玄武は多くの身内を処刑してきた。命令に失敗した者、裏切者、そして、都合の悪い情報を知った者――善人悪人問わずたくさんの味方を殺してきた。

「貴方の仕事だって、分かってたのに、僕は」

「俺だって、最強で在りたかった。」

 突然の告白に、青龍の目が見開く。

「お前が羨ましかった、妬ましかった。」

 ぽつり、と心中を吐露する。

「どれだけ成果を上げても、苦心しながら身内を殺しても、お前を越えることはできなかった。どれだけ足掻いても、お前に届かない。」

 冥蛇が目だけで青龍の顔を覗く。


「地べたを這いずり回って(お前)を見上げる()の気持ちが、お前に分かるか?」


 青龍は俯き視線を逸らす。

「打ちのめされて、才能の差を感じて絶望した。何をしても無駄だったあの無力感のまま、俺は報告に行った。……死にたかった。」

 気付かぬうちに積み上げていた罪をまた一つ、青龍は知る。

「今回もそうだ、仕事を全うできないくせに、生き残った。全く、愚か者だな、俺は。」

 自嘲気味に笑う冥蛇。

「次は、死んでも守る。」

 自暴自棄な決意が宿る光なき瞳に、青龍は恐怖すら感じてしまう。

「……それは、ダメですよ。」

 思わず、否定の言葉を投げてしまう。

「そんなの、誰が喜ぶんですか?」

 ――――――きっと、僕の言葉は届かない。

「命を捧げて喜ぶのは、捧げた本人だけです。」

 ――――――でも、いつか、彼を引き留める命綱になれば。

「貴方が亡くなったら、間違いなく、彼女――子の神将の彼女が暴れて、手が付けられなくなるでしょうね。」

 目を見開いて青龍を見返す冥蛇。その顔はやがて嬉しいような悲しいような複雑な顔になる。そして最後に、額に手をやり大きなため息を吐いた。

 ――――――ねず、また暴れたんだな……。俺が死にかけるなんて、よくあることなのに……。

「全く……手のかかるやつだな……悪い、後で言い聞かせておく。」

「そうならないように、努力してくださいよ。」

「……善処する。」

 青龍が言いたかったことが絶妙に通じていない、そんなちぐはぐな会話は終了した。


「ねずみ、どれくらい暴れたんだ?」

「貴方の比じゃないくらいです。」

「おい、俺は暴れてない。」

「いや、あれは暴れてましたよね?」

「落ちただけだ。」

「そんな間抜けなことあります?」

「……間抜けで悪かったな。忘れてたんだ、切られたこと。」

 青龍がクスクスと笑い、冥蛇が恥ずかしそうに顔を逸らす。

「で、おそらくいつもの倍くらいは暴れたと思うんだが、被害状況は?」

「ポイズンが、医者が嚙まれました。」

「……ほかには。」

「ポイズンが、みぞおち蹴られました。」

「……ほか。」

「ポイズンが、この棒で殴られました。」

 青龍が冥蛇も武器にした点滴をつるす棒を揺らす。

「……まだ、あるのか?」

「端的に言えば、ポイズンがフルボッコにされました。」

 ――――――倍では済まなかったか。

「やはり彼女、かなり強いですね。鎮めるの大変でした。」

「ポテンシャルが違うんだろうな。どうやって抑えたんだ?」

「悪魔が捕まえて、ポイズンが鎮静剤を打ち、貴方が隣の部屋にいることを伝えて謝罪したら、大人しくなりました。」

「……本当、うちのねずみが迷惑かけたな。すまない。」

 ――――――さっきも怖がらせたからな、後でもう一度謝ろう。

 やんちゃな子供を持った親の気分になった冥蛇であった。


 **

「こんなもんです。」

 修理の終わった大量の医療機器を前に汗を拭う眠りねずみ。

 なぜ病室で彼女は医療機器の修理をしているのか。それは、13時間前に遡る。


 彼女は大暴れした。

 まず、脱走しようとしたところをタイミングよく見回りにきたポイズンが捕まえた。が、身の危険を感じたのだろう、彼女は捕まえているポイズンの腕を思いっきり嚙み、逃れるために思いっきりみぞおちを蹴り飛ばした。そのまま手近にあった棒――点滴を吊るしていた支えを全力でぶん回した。結果、傍に置いてあった医療機器を数台なぎ倒し、ポイズンの側頭部にクリーンヒットした。

 飛びかけた意識を医者の根性でなんとかつなぎとめたポイズンが叫んだ。

「誰か~!!助けてくれ~!」


 裏社会の人間では一般的な病院で治療を受けることは難しい。銃創や刀傷なんかあれば、その後お縄必至だろう。しかし、高額で大掛かりな医療機器を一般家屋に納めるのは難しい。だから、多くの闇医者は表の病院の裏にいる。ポイズンの知り合いの闇医者も、大学病院の地下で活動している。倉庫代わりの病室で、日の当たるところで生きられない患者の治療をしているのだ。

 故に、出入口は一つしかない。

 踏んだり蹴ったり殴られたり暴言吐かれたりしながら、ポイズンは何とか暴れるねずみを逃がさないように必死に唯一の出口を塞いだ。

 叫び声を聞いて様子を見にやってきた悪魔が捕まえ羽交い絞めにしたところを、勇気を振り絞ったポイズンが鎮静剤を打つことで暴動は治まった。

 だが、暴言は治まらない。

「冥蛇さんは何処!」

「と、となりの部屋……。」

 飛び出そうとするが、力が抜け拘束されて動けない。

「何の真似だ!あのクソアマの差し金か!?」

 ドスの聞いた怒声が病室に響く。

「くそっ!てめぇら全員、ぶち殺してやる!!ハチの巣にして、内臓引きずり出して――」

 少女の口から出てはいけないリアリティのある罵詈雑言が止まらない。

(ちょ、どうすんの、ポイズン。オレ、物理的に抑えつけるのはできるけど、精神的には無理だよ?暴走を加速させるのは得意だけど。)

(やめろよ、マジで。もう一本、鎮静剤いるか……?)

 あまりの迫力に大の大人二人が縮こまってひそひそ話を始める。

(襲ったこと怒ってるんだよねぇ?謝ったら許してくれるかなぁ?)

(全くそんな気しねぇ。)

(だぁよねぇ。)

(そもそも、声、届くか?これ)

(聞いてくれなさそぉ。連合の人に頼む?)

(だとしても、とりあえず落ち着かせないことにはどうしようもなくね?)

「大丈夫ですか?」

 青龍がガラッとドアを開けてやってきた。

 ――――――救世主が来た!

 だが、二人は知らない。眠りねずみと青龍が交戦したことを、つまり、青龍は地雷であるということを。

「!てめぇは、あの時のっ……!」

「あ、えっと、その節は」

「冥蛇さんをやったんだろっ?!覚えてろ!最速だか何だか知らねぇけど、てめぇは絶対殺す!冥蛇さんに手、出したこと後悔させてやる!この軟弱野郎!」

 眠りねずみの怒りが青龍に集中する。

「冥蛇さんは強いんだ!てめぇらがあんな卑怯な手、使わなければ、てめぇなんか一瞬で殺せたんだ!この下種が!」

「僕は正面から堂々と入りましたが。」

 ――――――いや、そこじゃないだろ。

 ――――――オレ、裏口から入ったけどぉ。

 各々思うところがあるようだが、何も言わなかった。

「卑怯な手というのは、部屋の爆発のことですか?」

「工作員送り込んだこと!もーさんは、てめぇらの刺客だろ!?中と外から同時に襲えば簡単に崩せるとでも思ったのか!?姑息な手段で私たちを落とせると思うな、すぐに報復してやるからな!」

「丑の神将が僕たちの刺客だとしたら、あなたは既に殺されていると思いませんか?」

 的を得た正論にぐぬぬ、とねずみは青龍を見上げる。

「僕たちはとある情報を求めて貴方たちのところへ足を運んだんです。ですが、内部で争いが起きており、貴方がたは僕たちを敵と誤認し、僕たちも貴方がたが連合の方々なのかそうではないのか分からなかった。だから、強硬手段で貴方たちを捕まえるしかなかったんです。」

 ねずみは何も言えなくなる。

「貴方とお連れ様を襲ったことを深くお詫び申し上げます。申し訳ございませんでした。」

 深く頭を下げる青龍。

 暫くの沈黙が部屋に流れる。

「……冥蛇さんは、無事ですか?」

 口を開いた眠りねずみの口調は、いつものですます調に戻っていた。

「命に別状はありません。もうすぐ起きるかと思います。」

「顔を上げるです。」

 その言葉に青龍は身体を起こす。

「……やりすぎたです。ごめんなさい。」

「いえ。誤解が解けたようでよかったです。」

「勘違いしないでください。理由がなんであれ、冥蛇さんに刃向かったことは許さないです。ただ、即殺の必要が無くなっただけです。」

「ははは……それはどうも。」

 青龍が乾いた笑いを浮かべる。

「で、聞きたい情報とは何です?」

「え?」

「聞きたいことがあるから襲ってきたって、言ってたじゃないですか。」

「そ、そうですね。」

 ――――――マスターが聞くのが手はずだけど、マスターに会わせたら怒りが再燃する可能性がある……。

 そう判断した青龍は尋問を始める。

「……あなたは、『Color Project』をご存じですか?」

「『Color Project』ですか。知ってるです。興味ないですが。」

「その『Color Project』を実行していた組織を、ご存じないですか?」

「知らんです。」

 素っ気なく答える眠りねずみ。

「私が知る範囲では、連合は関わってないです。ですが――」

 一瞬押し黙るねずみ。だが、すぐに口を開いた。

「聖母マリア教会付属 福音の園。ここを調べてみてはいかがです?」

「教会?ですか?」

「裏を調べてみれば、何か見つかるかもしれないです。私はあそこが何をしてたかなんて、どうでもいいのであまり知りませんが、『Color Project』に負けず劣らず悪辣な実験をしていましたから、繋がりくらいはあるかもですし、ないかもです。」

「情報、ありがとうございます。」

「情報くらいはくれてやるです。ですが。」

 かつてないほど鋭い眼光――いや、焔が青龍を捉える。


「手は出すな、です。」


 その焔を青龍は知っている。自身の身を燃やし尽くすほどの――復讐心。

「あれは、私の獲物です。私が、あれをぶち壊すです。そのために生きてきたんです。邪魔するなら、誰であろうと、容赦しないです。」

「はい。承知いたしました。」

 彼は伏し目がちに答え、一礼した後部屋を去った。


 ポイズンに拘束を外してもらった眠りねずみはすぐに隣の部屋に飛び込んだ。薄暗い部屋で、規則正しく静かに呼吸をしている音が聞こえる。穏やかな顔で眠っているその顔は、いつもの冥蛇――傷だらけの身体を隠す、冥蛇だった。

 ――――――いつも通りの冥蛇さんで、安心したです。

 もちろん、傷の具合はとても心配であるが、この様子だとなんだかんだ言って傷をすぐに治しそうだ。

 安心した眠りねずみは自分の病室に戻り、自分だけになった部屋を見回す。

 元々倉庫だったのだろう、何に使うか分からない機械がたくさん置いてあり、一番近い機械が数台へこんでいる。

「……これくらいなら、すぐ直せるです。」

 傍に落ちていたドライバーを手に、半ばやけくそに解体を始めた。


 初めは壊した数台だけを直すつもりだった。しかし、普段とは違う機械の仕組みに苦戦していた。そんな時、周りには似たような機械がたくさんあることに気付き、ヒントを得るためにその機械を分解し中を覗くことにした。

「……これ、全部壊れてるんです?」

 数台の同型機の中を覗くと一部パーツが掛けていたり破損しているが、各機械、故障の原因はバラバラだった。

「なら、壊れていないパーツ同士を組み合わせれば、数台は直せるです。」

 やったことのない機械の修理に、初めは不機嫌だった彼女もいつの間にか意気揚々とドライバーを動かしていた。

 それから十数時間。

「おーい、飯、食べろよ……。」

「おーい、消灯時間だから、ほどほどにしろよ……。」

 ポイズンの声を無視して徹夜で作業をし続けていたのだった。


「こんなもんです。」

 修理の終わった大量の医療機器を前に汗を拭う眠りねずみ。

「さすがに動作チェックはできないです。電源がつくことは確認できたので、あとはあの医者に確認させるです。」

 大きなあくびをしながら部屋から出、シャワーを浴びに行く。その道すがら冥蛇の部屋を覗くが、まだ目を覚ます気配はない。

 ――――――冥蛇さん、仕事後は放っておくと30時間くらい余裕で寝てますからね。私よりもよっぽど眠りねずみな気がします。

 当然、シャワーから戻ってもまだ眠っていた。意識不明というよりは、もうただの睡眠である。様子を見に来た医者のポイズンが「流石におかしくないか……。」と不安がっている。

「医者。こっち来るです。」

「へ?何か、用か?」

 内心びびっているポイズンを強引に自分の部屋に連れ込む。

 部屋の光景を見たポイズンは驚いた。

 もともと雑多に置かれていた壊れた機械が、今はきれいに種類ごとに並べられている。

「動作確認するです。」

「これ、全部……動くのか?」

「当然です。誰が修理したと思ってるです。」

 ――――――いや、俺はお前のこと知らないんだけど。

「電源は入るですが、医療機器は使い方分からないです。正しく動作してるかは分からないので、確認するです。あ、あと、これはゴミです。」

 部屋の隅にはもともとは機械であったであろう物の残骸、プラスチックや金属の筐体と破損しバラバラにされた電子部品、液晶などが種類ごとに分別して置かれている。

 この光景を見たポイズンは、状況は飲み込めないが、すごいということだけは分かった。また、この光景を別の人間――例えば、眠りねずみの助手 はつかが見たら「その勢いで自分の部屋も片付けてください。」と別の感想を述べていただろう。

「工房ならもっと直せそうですが、そこまでする義理はないです。」

 そう言ってベッドに座り、既に冷め切った夕食を口に運び始めた。


 食べ終わってしばらくうたた寝をしていたようだ。気が付くと正午前だった。

 隣の部屋から話し声が聞こえる。

 ――――――冥蛇さん、起きたです!

 病室に飛び込もうとし、その足が止まった。

「……死にたかった。」

 予想だにしない言葉だった。

「今回もそうだ、仕事を全うできないくせに、生き残った。全く、愚か者だな、俺は。」

 いつもの自虐的な言葉なのに、いつもよりもずっと冷たい。

「次は、死んでも守る。」

 ――――――私は、死なせるために、武器をつくっているんじゃない……!

 怒りと悲しみが綯い交ぜになった感情のまま、こぶしを握りしめる。だが、足は鉛のように重く、その部屋に乗り込むことはできなかった。

「ホント、聞いてて呆れるよねぇ。」

「!!!」

 突然の背後からの声に、眠りねずみは思わず握っていたこぶしをそのまま振り被る。

「しぃー。殺気出すと、気付かれちゃうよ?」

 上げたこぶしをやんわりと抑え、空いている手の人差し指でねずみの口を封じる青年――東の悪魔。

「何か、用ですか?」

「いいや?散歩してただぁけ。」

 悪魔はねずみの隣で壁にもたれる。

「彼、ちゃんと捕まえておかないと、手の届かないところに行っちゃうよ?」

 ねずみは怪訝そうな顔で悪魔を見る。

「ああいうこと言う馬鹿はね、誰かが縛っておかないと、あっさり死んじゃうよ?」

「冥蛇さんは、簡単には死なない。」

「それはどぉかなぁ?今回だって、君がいたから生き延びただけに見えるけどねぇ。」

「私が、いたから?」

「そ。さっき言ってたでしょ?死んでも守るって。君を守るためなら彼は動き続けるってカンジに聞こえたなぁ。ってことは、君がいなければ死ぬってことだよねぇ?」

「それ、は」

 すぐに否定できなかった。常日頃から薄々感じていた、自虐の裏にある何か――言葉にされてはっきりした自殺願望を、信じたくなかった。

「ねぇ。」

 悪魔の手が彼女の顎をくい、と持ち上げる。


「君は、どぉしたい?」


 悪魔の瞳がねずみの瞳を覗き込む。

「そのまま指を咥えて見てるだけでいいのぉ?一生会えなくなってもいいのぉ?」

「……なら、どうすればいいんです。」

 その言葉に悪魔は楽しそうに笑みを浮かべる。

「蛇だと首輪つけても意味ないし、カゴも隙間からすり抜けちゃうだろうねぇ。」

 突然、動物の蛇の話をされて困惑する眠りねずみ。

「捕まえておくのは大変そぉだねぇ。なんせ、脱走の達人らしいし。」

「……。」

「蛇ってさぁ、執念深い生き物なんだぁよ?」

 博識なねずみは当然、そういわれているのを知っている。でも、それがさっきの話とどう繋がるかが全く分からない。

「逃げようとするんだったら、追いかけさせればいい。」

「……どういう、ことです?」

「分からない?一度狙った獲物を、蛇は絶対に逃さない。なら――」

 簡単な問題を解くかのように、


()()()()()()()()()()()()()()()()()。」


 悪魔は囁く。

「追わせて捕まえさせて、骨の髄までしゃぶらせればいい。」

 眠りねずみの顔を覗きこむ。

「そうすれば、彼はアンタのものだ。」

 眠りねずみがびくり、と身体を震わせる。胸の中に隠していた欲望を引きずり出されたような気分だ。

「アンタ、随分と彼にご執心みたいだぁね?恋かなぁ?愛かなぁ?」

 くひひっ、と悪魔は目を細め、意地の悪い笑みを浮かべる。


「どうするかは、アンタ次第だぁよ?」


 善意の悪戯に満足した悪魔は、軽く手を振ってその場を去っていった。

 

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