干支狩り 喰虎vs花底蛇
登場人物
・ 喰虎 千桐
「連合」の幹部 十二神将の一人、寅の神将 喰虎。組織の喧嘩屋で、その立場通り短気で喧嘩っぱやい。
会議中突然、ことりが鎖を向けてきた。殺気が全くなかったせいか、反応が遅れてその場から飛びのくことしかできなかった。
唯一まともに反応できたのは冥蛇だけだった。あいつは器用に鎖を掴んで、机に乗り上げ一気に距離を詰めた。
裏切者の処刑人。身内であろうと容赦なく殺せる連合の最強の暗殺者。
(馬鹿が、いくら超能力者だからって、神将全員が集まってるとこで裏切ったら袋叩きになるに決まってんだろぉが!)
加勢しようと拳を固めた瞬間、隣から違和感を感じた。
横目で違和感を感じた右隣――丑の神将 シスター・モーを見る。
連合の拷問士であり、単騎では連合最強の女。彼女もまた自身の武器を振り上げている。一見すれば、俺と同じように裏切り襲ってきたことりを狙っているように見える。だが、その目が、殺気が向けられていたのはことりではなく、冥蛇だった。
(まさか、こいつもグルか……?!)
すでに鉄球は冥蛇の背中に向け放たれている。手を伸ばすが間に合わない。
「伏せろ!」
俺には声を上げることしかできなかった。が、奴の戦闘センスの賜物か、ノールックで完璧に鉄球を躱して見せた。
ことりを冥蛇と射掛に任せ、俺はシスター・モーを抑え込みにかかろうとした。
だから、円卓の中央での出来事は視認すらできなかった。
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背中が焼けるような痛みで目を覚ました。
「く、そ……、がぁ……!」
気が付けば、会議室の外にはじき出されていた。
トレーニング直後の会議ということもあり、上をちゃんと着なかったのが災いした。そこらの瓦礫で背中を抉ったらしい。
背中は鏡でもない限り全く見えないが、痛みと血の量からして致命傷ではなさそうだ。
起き上がって状況確認をするが、人の気配はない。この時間、武闘派の多くは遅番に出ているのが功を奏したか、構成員はそこまで被害に遭っていなさそうだ。
(医務室……まずい、今日はきくらげじゃねぇか……!)
最近入ってきた新人の医者の少女、あいつは全く戦えない。
俺は急いで医務室へと向かった。
「きくらげ!」
俺は医務室のドアを蹴破る。中は荒らされた様子はない。
「ぁ……あっ……く、くい、とら、さ、さんっ……!」
彼女は震えながら、机の下に隠れていた。
俺は強引に彼女を引っ張り出し、そのまま本部を出ようと医務室を出る。
出口の方へ視線を向けようとしたその横目に影が映った。
「!?」
俺はその場を飛びのいた。
直後。
俺たちがいたところを拳が通った。
拳の持ち主は、知らない顔の長髪の青年。
(敵だ。)
俺はきくらげの背中を乱暴に押す。
「逃げろ!走れ!」
「で、でも、く、くい――」
青年は地面を蹴り距離を詰めてくる。
「さっさとしろ!邪魔だ!」
「はひぃっ!」
俺は奴をよけながらもう一度強く彼女の背中を押し無理矢理走らせる。
(最悪だ、鉄鋼鉤は会議室で足元に置いてたんだよ。ナイフも銃も上着のポケットん中かよ……!)
武装は全く無い。その上背中は傷だらけ。
(こいつ、小柄だが身体の芯が全くブレてねぇ、相当の手練れだ……!)
飛んできた拳を反らし、カウンターに一発お見舞いしようとしたが、軽い身のこなしで避けられる。
(速ぇ……!)
流れるような足蹴りに回避が間に合わない。
「くそがぁ!」
後退しつつ腹筋で受け止める。
(予想以上に重ぇ……!服の下、相当鍛えてやがる!)
連撃が止まらない。くるりと身体を翻したかと思うと、次の瞬間には頭上から踵が降ってくる。
(それだけじゃねぇ、こいつ、武闘家だ、それも、相当な使い手だ……!)
いつもの喧嘩殺法では到底捌ききれる量の攻撃じゃない。それに、こちらの攻撃は当たらないし、当たったとしても大してダメージが通らない可能性が高い。
(まずい、このままじゃ、殺られる……!)
出し惜しみしている場合じゃない、と俺は構えを変える。
相手が俺の変化に気付いたらしく、初めてガードの態勢に入ろうとする。
それよりも速く俺の拳は奴の懐に入り、奴の身体を大きく吹き飛ばした。
「……あっぶな。あんたの相手、俺でよかったよ、ほんと。」
青年と呼ぶには少々高いハスキーボイスで、何事もなかったように起き上がる。
「今の、普通の人間なら内臓、ひっくり返ってたよ。」
「うるせぇ!ここがどこか分かってて、殺されに来てんだろぉが!」
至近距離――肌と肌が触れ合いそうな間合いまで飛びつき、肩や肘をねじ込み打撃を浴びせる。
相手も相当な手練れの武闘家のようだが、俺のは八極拳だ。普通よりも間合いが狭い。
故に、ここまで密着できれば、俺の一方的な蹂躙に持ち込める。
反射に近い感覚で、俺は肘、肩で打撃を入れ、足を踏み鳴らすと同時。
「破っ!」
手加減一切無しの、最高火力の発勁を拳に乗せて撃ち込んだ。
この技でダウンしなかった敵は、数えるほどしかいない。
「……おいおい、どこが『そこまで脅威じゃない』だよ。それとも、ここまで分かってて俺を当ててんのか?あの人。」
「……嘘……だ、ろ……。」
だが奴は、膝をつきこそはしたが耐えやがった。
「この人の相手、まともにできるの俺くらいだな、ほんと。」
(勝ち筋が、見えねぇ……。)
怪我がなければ、武器があれば、こちらから仕掛けられれば、仲間がいれば。その勝ち筋どれもがすでに封じられている。
「若いのに大したもんだよ。聞いていた以上に――脅威だ。」
瞳孔がすっと細くなる。人の、人間のそれとは違う、異形の怪物に見えた気がし、背筋に悪寒が走る。
距離が詰められ、反射で肘を入れた。
だが、その感触はまるで壁を殴っているようだった。
(カウンターが来る!)
とっさにその場を離脱したが、手足の長さは優に超すほど飛びのいたにも拘わらず、腹に重い衝撃が走る。
「かはっ……!」
チャリチャリと鎖がこすれる金属音が聞こえる。
「念のため持って来といて、よかったよ。」
(三節棍……!)
青年が腕を翻す。その先を俺は視認する間もなく側頭部の衝撃に意識を手放した。
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「俺相手に最後のは、悪手だったな。」
俺――南 湊生は気絶したターゲットを回収するため、金髪の青年――寅の神将に近づいた。
「八極拳はゼロ距離での戦闘が最も有利、むしろ遠い間合いは不得手だろ。なら、逃げるのは自らを不利にするような行為だろうに。若いのに、随分と臆病なんだな。」
「ゃ……やめて、く、くだ、さいっ……!」
戦っているときから薄々は感じていた、小さくて人畜無害な気配が声を上げた。
「ぉ、おぉ、お願い、で、すっ……ど、どうか、い、命、だけ、はっ……!」
どうやら俺が彼を殺そうとしていると勘違いしているようだ。
「悪いな、勘違いさせて。今日は殺しはナシだ。」
俺は倒れている男を担いで声の主のところに行く。
「あんた、医者か?」
サイズの合っていない白衣に、消毒液の匂いがする。
「なら、こいつの背中、手当できそ?」
「ぇ、えと……しょ、消毒液、と、が、ガーゼ……い、医務、室で……。」
「じゃあ、一旦取りに――」
そう言いかけたとき、鈍い振動と爆発音が響く。
――――――エトのやつ、始めたか。
「もうじきここは崩れる、出るのが先だな。」
「ひゃ!」
女とターゲットを抱え、俺は建物から飛び出した。
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目を覚ますと、見知らぬ天井が目に入る。
「お、案外早かったな、喰虎。」
「猿渡……?何、が――?!」
俺は慌てて身体を起こす。
「おい!他の奴らは?!襲ってきた奴らは?!」
「落ち着け落ち着け、そんな一気に答えられないって。」
何をこいつは悠長にしてんだ。
「分かってんのか?!襲われたんだぞ?!裏切られたんだぞ?!」
「分かってるって、今暴れたってなにもできないんだから、少しは大人しくなれって。」
「大体ここはどこなんだよ?!敵に捕まってんのか?!」
「捕まっちゃいないって、匿ってもらってんだって。頼むから落ち着け、お前は。いつもいつもすぐ噛みつくんだから。ほら、茶でも飲むか?」
「いらんわボケが!」
「ひどくね、それは。」
猿渡は呑気に湯呑の茶を飲む。
「ま、とにかく現状共有。あの場で暴れたことりとモーさんは行方不明。神将とあの時本部にいた全員は無事だ。今は『夕星』に匿ってもらってるとこ。ここまでオーケー?」
「全員無事なところまでは理解した。なんでここで『夕星』が出てくる?」
『夕星』――構成員・規模不明で、日本、とくに関東~東北を中心に活動する裏組織。一般人から政財界の要人の暗殺、マフィアや暴力団の殲滅など、幅広い暗殺を担う実体のつかめない暗殺者集団であり、裏社会にとっての『ハローワーク』でもある。彼らとは全く接点もなく、縄張りが被っているといったもめごともない。
「丁度情報収集でこっちに遠征に来てたんだってよ。それでアポなし凸しようとしたら、中でドンパチしてたって。で、乗り掛かった舟だっていろいろ便宜を図ってもらったんだよ。」
「そんな偶然、あんのか?」
あまりにも出来すぎていて、俺は当然疑う。
「実際、先日うちの見張り役が門前払いしたって話だし。」
「……信じられるかよ。」
たかが情報収集程度で、あのレベルの達人が出向くか?到底考えられない。
「ま、俺も完全に信用したわけじゃあない。情報収集は表向き、狙いが別にあるんだろう。とはいえ、裏切もんが出た上で本部が襲われた以上、今はありがたく使わせてもらうしかないっていう判断よ。」
「……用心しとけ。」
策略家の猿渡が裏があると分かっていて動いているなら、俺がどうこう言っても無駄だ。
「あとでその『夕星』の人間が情報聞きに来ると思うから。」
「分かった、用心する。」
「まぁ、用心するのは勝手だが、大したことは聞かれないぜ?」
「お前は聞かれたのか?」
「まぁ別に、ノびてなかったし。」
「……悪かったな。」
相当な手練れだと分かっているが、負けて打ちのめされた自分が恥ずかしい。
「あ、もしかしてしょげちゃった?悪ぃ悪ぃ。」
「あ゛?!うっせぇな!」
「なはは!さっさとそのキレ芸治せよ。また乱歩に馬鹿にされるぞ。」
「てめぇらがふざけたこと言うからだろぉが!」
外からノックオンがする。
「どうぞー。」
「おい。」
猿渡が勝手に答える。
現れたのは糸目のバーテンダーと、俺を襲った青年だった。
「無事目を覚まされたようですね。流石。」
「よくあることだからな、こういう力加減は慣れてる。」
見たところ、バーテンダーの男の方が立場が上のようだ。
(じゃあこの糸目の男、下手すればこいつよりも強いかもしれない、のか……。)
「初めまして、寅の神将 喰虎さん。私は『夕星』のマスターです。」
「東北からはるばる大阪まで、よく来たな。歓迎するぜ。」
俺は殺気を込めて二人を見つめる。
「ありがとうございます。こんな時に、来てしまって、申し訳ありません。」
「勝手にしろ。」
「少し、探している情報がありまして。」
俺は何を探られるのかと構える。
「あなたは、『Color Project』について、何かご存じでしょうか?」
「『Color Project』、か……。」
『Color Project』――裏社会では都市伝説のように語られている計画。人間の才能を限界まで引き出した人造人間を作る、禁忌の計画ということは知っている。それが実在したのかどうか、その真偽は不明だと言われている。
「喰虎、話にくけりゃ俺、席外すけど?」
黙った俺に猿渡が気を利かせる。
「……別に。」
俺はどうせ奴らもすでに知っているであろう内容を話す。
「人間の才能を限界まで引き出した人造人間を作る計画だってこと――それくらい、お前らはすでに知ってんだろ?」
「そうですね。」
「じゃあ、俺から言えることは何もねぇ。情報としては、俺はこれ以上持ってねぇ。」
「そうですか。ご協力、感謝いたします。」
「……『Color Project』は存在する、絶対だ。」
マスターが下げた頭に向かって、俺は言葉を続けた。
「表ですら赤ん坊に遺伝子操作して、ips細胞を使って臓器を培養しようとしてんだ、脳すら作ってるやつもいる。倫理的な問題で表じゃ絶対にできねぇだろぉが、ガワだけでよけりゃ、作ることは可能だろぉよ。」
「……なるほど。」
「遺伝子に起因する疾患を治すってんなら、遺伝子操作だって一定の理解は示せる。だがな、人間の才能を極限まで引き出すだ?――馬鹿げてる。特定の運動機能と遺伝子の相関はあるのは事実だ。だがな、それを人間の手で際限なく弄ったら……どっか別の機能が必ず壊れる。人間の身体は、俺たちの手に余るほど絶妙なバランスでできてんだ。人間が欲のためにどうこうできる代物じゃねぇ。」
「つまり、」
「『優れた人間を作り出す』研究なんざ、ごまんとある。だがそれらはきっと、そのことごとくが失敗に終わって、研究結果ごと処分した。裏の連中はきっと、それを幾度となく繰り返してんだろぉな。『Color Project』も、その一つにすぎねぇ。てめぇらが必死になって探したところで、もう見つかりはしねぇよ。――これが、俺の見解だ。」
俺はマスターに圧をかける。
「忠告だ。人命を弄ぶな。その報いは必ず――己の身に返る、絶対だ。」
「……ご忠告、痛み入ります。」
マスターは静かにもう一度頭を下げると、部屋を出て行った。
残った青年に、俺はガンを飛ばす。
「んだよ?まだなんか用でもあんのか?」
「一言だけ、な。」
その青年は俺をまっすぐと見つめる。
「その若さであの技量、大したもんだ。その努力に、敬意を。」
彼もまた深く一礼をすると、部屋を去っていった。
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「えらくおしゃべりだったな、喰虎。」
「んだよ。連合の情報は売ってねぇだろぉが。」
「いや、お前さんなら、知るかそんなもん、で終わらせると思ったもんで。」
「……ヤなこと、思い出したんだよ。」
「表にいたときのことか?」
「……心臓にまつわることなら、なんだって調べた。当然、さっき言った遺伝子操作と臓器培養だって調べたし、少しだけだが検証と研究だってやったんだよ。……全部、無駄骨に終わったけどな。」
俺は布団を握りしめる。
「治療のための非道なら、許せはしねぇが理解はできる。だが、自分の欲のために命を弄ぶのだけは、絶対ぇ、許せねぇ……!――っつっても、こんな俺が言う資格は、ねぇんだけどな。」




