白兎と黒兎
少女の朝は早い。日が昇り窓の外が薄明るくなると同時に目を開けた。
彼女は薄汚れた毛布から這い出し、空いている襖の隙間から顔を出す。
畳では汚い毛布に包まれた女が一人、横たわっている。メイクを落とさず、少し色のくすんだドレスのまま、汚い顔で眠っている。
薄汚れたタオルを持って、その人を起こさないように少女は押し入れから出て、窓から外に出る。
向かった先は公園。早朝なので、人の気配はない。
そこに汚いトイレがある。彼女はその中に入っていった。
彼女の家はすでに水は出ない。電気もガスももうない。だから彼女はこうして、公園で身体を拭いていた。
がさり。
近くの茂みが音を立てる。少女はその音に肩をびくつかせた。
茂みから出てきたのは茶色の野良猫だった。安堵の息をつく。
少女は以前、夜に身体を拭いていた。その時、茂みから男が覗いていることに気付いてしまった。その男が彼女を見る目がやけにどろっと濁っていたのに気づき、嫌な予感がした彼女は慌てて逃げた。それからは、彼女は早朝に時間を変えた。
静かに家の押し入れの中に戻る。隅には赤い半額シールが貼られた袋。その中には賞味期限が切れたパンが一切れ。
――――――もう、ないや。また、とってこないと。
夜になるまで、少女は押し入れの中で宝物を眺めて時間を待つ。
どれも、公園で、町で拾った品。
綺麗な石、真っ白な鳥の羽、キラキラ光る金属のチェーン、プラスチックの宝石……だけど、一番のお気に入りは、1冊の本だった。
公園のベンチに落ちていた、幼児向けの本。文字の読めない少女にはどんな話か分からない。だから、描かれていた絵を楽しんでいた。
小さな白うさぎが、薄汚れた牢屋に閉じ込められていた。
黒い犬がやってきた。
悲しそうな白うさぎ、胸を張る黒犬。
黒犬は牢屋の土を掘ってトンネルを作った。
その穴を通って白うさぎは外に出た。
青い空、白い雲、あたり一面に広がる色とりどりの花。白うさぎと黒犬は空の下を自由に駆け回った。
真っ赤な夕焼けを背に、森の動物たちが運んできた果物を、白うさぎ幸せそうな顔でほおばる。
まん丸で大きな月、キラキラ輝く星々を眺めながら、2匹は寄り添って眠った。
何度も何度も読んでいて、ページの端はもうぼろぼろになっている。
――――――私はうさぎ。檻の中のうさぎ。この薄汚れた檻から出られないの。
少女は夢見る。
――――――黒犬さん。優しい黒犬さん。どうか、私のために、トンネルを作って、外に連れ出して。
真っ赤な夕焼けが差し込むころ。
女が起きた。少女をぎろりと睨んだ後、クローゼットからきらびやかなドレスとブランド物のバッグを持つとどこかへ行ってしまった。
――――――とっても、機嫌が悪い。
普段は、どこかへ行く前に何か食べ物を、パンや缶詰をくれる。機嫌がいいと、人の顔が描かれた紙をくれる。だけど、今日は何もなかった。
とはいえ、少女は最初からこの女を当てにしていない。くれればラッキーとしか思っていなかった。
少女は街に出る。
色とりどりできらびやかなネオンが眩しい。大きな大人が楽しそうに道を闊歩する。あの女みたいに濃いメイクに美しいドレスで着飾った人が、顔の赤い男の人と腕を組んで建物の中に入っていくのを横目に、少女は路地を進んでいく。だれも、薄汚れた少女のことは目に入っていないようだ。
路地裏の影に身を置く。
道行く獲物をじっと観察する。そうして待つこと数時間。
――――――こいつなら、いける。
狙いを定めたのは小太りで、真っ赤な顔でふらふらと千鳥足の男。ズボンの後ろのポケットから、茶色の長財布が見える。
運のいいことに、その男は少女がいる路地裏に足を踏み入れた。
隠れているごみ箱の前を通り過ぎる男。そのまま奥に消える。
少女の手には、茶色の長財布。財布を開き、顔が描かれた紙を一枚抜き取る。紙はポケットにねじ込み、長財布を持って路地に出る。そこから少し歩いて側溝の上に落とす。
以前、赤いランプを光らせた白黒の車を見たことがある。
そこから出てきた青い服の人にものすごく怒鳴られている人がいた。
その人は、少女のように人から財布を奪った人だった。
――――――全部とろうとするから、ばれるんだよ。
だから少女は、少ししかとらない。そうすれば、とったことがばれないからだ。
その足でコンビニに入る。
この時間は、レジ前のワゴンの中に安いものがたくさん入っている。
少女に数字は分からない。だが、ワゴンの中の赤いシールが貼っていあるものは、棚に並んでいる物よりも、同じ紙を渡したときに帰ってくるコインの量が多いのだ。コインの量が多い方が、たくさん物をもらえることを知っていた。
レジにいるのはガラの悪そうな金髪の男。やる気がなさそうに作業をしている。こいつはこんな夜中に小さな子供が買い物に来ても騒ぎ立てない。面倒ごとが嫌いなのだ。以前、別の人の好さそうな人が騒いで大変な目に遭った。あの女に後でいっぱいぶたれた。そんな騒ぎは少女もごめんだった。
そうして、食べ物を手に入れた少女は誰もいない家に帰っていった。
これが、少女の日常だった。今を生きるのに必死な、汚い毎日だった。
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今晩も街に行く。いつものように顔が赤くふらふら歩いている男の後ろポケットから財布を抜いて、紙を1枚抜いて捨てる。誰にも見られていないし、こんな小さな女の子がとっているだなんて誰も思わない。ばれる要素なんて一つもない。
そう、ばれないはずだった。
「おい、ガキ。」
上からドスの利いた女の低い声が降ってきた。
「誰の客に手ぇ出してんだ。」
見上げた先には、真っ黒な女がいた。光の無い漆黒の瞳、深夜の夜空のような黒いロングチャイナドレス、黒いピンヒール……そして、膝の裏まで届きそうなほど長い、つややかな濡れ羽色の髪。白い肌がそれらの黒を一層引き立てる。
今までに何度も危ない目に遭ってきた。人からとっているのが何度もばれた。ある時は金髪茶髪の大柄な男だったり、暗い色のスーツを着た人だったり。でも、そんな人たちも適当に泣いて隙をついて逃げ出せばよかった。
だが、目の前の人間には、それが通用しない。少女は直感で悟った。
脱兎のごとく、その場から走る。
「待ちやがれ、クソガキ!」
小柄な身体、知り尽くした路地裏。人の波を掻い潜って路地裏に隠れた。
「くそっ!舐めやがって!」
少女は息をひそめる。心臓が高鳴るのを必死で抑える。
カツカツカツ……。
打ち鳴らすヒールの音が近づく。
隠れているごみ箱の前で止まる。
「くそっ……見失ったか。」
少女には気付かなかった。
暫くして、人の気配が完全に消えたのを確認してごみ箱の裏から這い出る。念のため、大通りを出る前に辺りを見渡す。
――――――いつも通り。大丈夫。
少女はこそこそと帰路に着く。もう今日は、ご飯を買う余裕はない。明日の朝一で買えばいい。
大通りを抜け小路地に入った先。
「クソガキ、見つけたぞ。」
待ち伏せされていた。長い髪を揺らしてゆっくりとこちらに歩み寄る女。
再び背を向け逃げ出そうとする少女。しかし、既に背後には黒い服の男が道を塞いでいた。
「おい、ガキ。」
近寄ってくる女の手にはきらりと光るナイフ。
壁に追いつめられる。
「自分、何したか分かってんのか?」
顔面を思いっきり近づけられ、首元にナイフが少し刺さる。
「こ、黒兎さん……いくらなんでも、子供――」
「あぁん?!こっちは客に手ぇ出されてんだぞ!ガキだろうが、舐められたら容赦はしねぇんだよ。」
ぎろり、と黒い目が少女を睨む。
「ガキ、何で盗みをした。」
少女は答えなかった。
「あの手際、やけに手馴れてたな。常習だろ。」
黒兎と呼ばれた女が少女の顎を掴み上げても、決して口を開かない。
代わりに少女は、
「……ほぅ。俺を前に、そういう目をするか。面白い。」
その紅い目で睨み返した。
黒兎は少女を突き飛ばした。その少女に、銃口を向ける。
「こ、黒兎さん?!」
黒兎の後ろの男が焦った顔をするが、容赦なく彼女は引き金を引いた。
鋭い銃声が響く。
少女の後ろで肉がはじける音がした。
野犬の残骸が当たりに散らばる。
「ガキ。ああはなりたくはないだろう?盗んだ金、出しな。」
少女はゆっくりと震えながら立ち上がる。
「出せよ、早く。俺は気がみじけぇんだよ。」
しかし、少女はそこから動くことはない。
「……どういう、つもりだ。」
黒兎が額に拳銃を突き付ける。
「私は、生きたい。」
「だったら俺の目が黒いうちは、盗みはやめるんだな。」
「これがなかったら、私は、明日、死ぬかもしれない。」
少女の手にはくしゃくしゃになった一枚の紙幣。
「私は、人から奪うことでしか、生きられないの。」
最初の質問の答え。
「……ガキだな。」
正直な少女の答えに対し、黒兎は鼻で笑った。
「今ここで大人しく返してまた盗めば、てめぇは生きられるだろ。何を馬鹿正直に答えてんだ。」
「……今、これを素直に返したら、あなたは私を撃ったでしょう?」
黒兎は驚愕の表情を見せた。
少女の言う通り、もし、少女が素直に、黒兎の殺気に負けて金を差し出したのならば、「つまらねぇ。」の一言で撃つつもりだった。
「なぜ、そう思った。」
「……あなたの目が、笑ってたから。」
紅の瞳は、まっすぐと黒兎の目を捉える。
その言葉に、その瞳に黒兎はにやりと口角を上げる。
「いい目だ。」
黒兎は銃をしまい、少女の手に握られていた紙幣を奪い取る。
代わりに、黒兎は男に持たせていたコンビニの袋から菓子パンを取り出し少女に押し付ける。
「ガキ、また後で会おう。」
ドレスを翻し、男を引き連れて黒兎は街の光の中に消えていった。
--
――――――あれは、どういう意味なんだろ……?
家に戻り、もらった菓子パンを齧りながら、先ほどの黒兎の言葉に思考を巡らす。
盗んだことを咎めに来るのだろうか?なら、あの場で殴ればよかっただけだろうに。
とった紙は取られたが、代わりに菓子パンを与えた。
この行動も意味が分からない。同情?いいや、黒兎の目は笑っていた。
少女はよく人の目を見ている。
人の目は、口以上にいろいろな情報を少女に与える。
彼女が今まで街で盗みをしても見つからなかったり、大して怒られたことがないのも、これが理由だ。
少女は人の目から、今何に意識を向けているかが分かる。だから、彼女は人の無意識に入り込むことができる。
少女は人の目から、どんな感情をしているのかが分かる。だから、彼女はどんな反応をすれば相手に許してもらえるかが分かる。
黒兎も、初めは怒髪天を衝くような怒りを抱いていた。その後は、冷静を張り付けていたが、その内には怒りが込められていた。
それが、少女のある反応で一瞬にして変わった。
彼女が睨み返した時。
少女はただ、起死回生のチャンスを伺うために、強気に出るために睨み返した。
それを黒兎は「面白い」といった。
そこからの黒兎は、まるで少女を試すかのごとく振舞っているように見えた。
「こいつは、どんな反応をするのか」「つまらなかったら、潰せばいい」
黒兎がそう言っていると感じた。
だから、少女は「普通とは違う」反応をしてみせた。
そうして、今を勝ち取った。許された。
――――――また会おう、っていうことは、また、私に会いに来るってこと。
一体何のために?
その答えは、次の日の夕方、知ることとなる。
いつものように本を見ていて、女が起きていつものようにどこかへ行こうとした時だった。
突然、ドアが蹴破られた。
「邪魔するぜ。」
昨日聞いた声、カツカツと鳴るヒールの音。
「まさか、こんなところにいたとはな。随分と落ちぶれたな、綾瀬ぇ。」
「あ、アンタ!なんでここが!勝手に入ってくんな、出てけ!」
女がヒステリックに叫ぶのを無視して黒兎は家の中を土足で踏み入る。
「お、こんなところにいた。」
押し入れの中に顔を突っ込み、少女を見つける。
「綾瀬の娘ぇ、約束通り、会いに来たぜ。」
薄汚れみすぼらしい中を見て、黒兎は明らかに不快な顔をする。
「綾瀬てめぇ、ガキ放って何遊んでんだよ。」
カツカツと女の方へ向かうと、いきなり胸倉を掴み上げた。
「アンタには関係ないでしょ!アタシにはアタシのやり方があんのよ!」
「あぁん?てめぇのガキだろ?勝手に産んで、勝手に育つとでも思ってんのか?!」
「アンタに指図される筋合いないでしょ?!」
「ガキが俺の客に手ぇ出したんだ、親が責任取るのが筋ってもんだろぉが!」
黒兎の拳が飛ぶ。
綾瀬と呼ばれた女が甲高い悲鳴を上げる。
女とは思えないほど重い衝撃が加わったのだろう、綾瀬の鼻はひしゃげ血が溢れる。
「はんっ!今のてめぇは鼻が曲がってた方がお似合いだな!」
さらに綾瀬を地面に打ち付け、ピンヒールでその腹を踏みつける。
「なぁ、綾瀬ぇ。」
険しく威圧的な顔を思いっきり近づける。
「てめぇ、何のためにガキ、手元に置いてんの。」
「……は?」
「育てる気もねぇガキを、なんでまだ飼ってんのかって聞いてんだよ!」
脇腹を勢いよく蹴り上げる。
「アンタに教える理由はねぇだろ!」
「んだとこらぁ、かたに嵌めてやろかぁ?」
暴言に対して黒兎は拳を叩きつける。
顔の原型が分からなくなるくらいまで殴られた綾瀬は、ようやく綾瀬はその理由を答えた。
「……金、だよ。」
「何?」
「金だっつってんだよ!あのガキがいりゃあ、養育費が貰えるだろ!それで生活できんだよ!生かしてやってんだから、別にどう扱おうとアタシの勝手だろ!」
「ほぅ。ほざいたな。」
にやりと狂気的な笑みを浮かべる。
「どぉせガキのこと見てなかったんだろぉ?なら、目は要らねぇなぁ!」
ぐしゅっ。
黒兎は綾瀬の右目に親指をねじ込んだ。
「うがぁぁぁああああ!」
眼球をつぶされ上げた甲高い絶叫は辺りに響く。
「おぉおぉ。流石元女優、いい声で鳴くねぇ。そんなに嬉しいかぁ。」
黒兎はそれはそれは悪意満載の笑みを浮かべる。
「あのガキがどぉやって生きてたか知ってんのか?」
「飯ならやってたわ!あとは知らないわよ!勝手に遊んでたんでしょ!」
「飯やってただぁ?そうは見えねぇなぁ。」
「勝手なこと言うな!」
喚く綾瀬の髪を掴んで持ち上げる。
「あのガキ、繁華街でスリの常習犯だ。」
「だから何よ。」
「ちゃんと飯やってない証拠だろぉが!!」
その頭を叩きつけ、ちゃぶ台を砕く。
次に、黒兎の目線は床に落ちているブランドもののバッグを捉える。
「ガキの食費で豪遊か。いい御身分だこと。」
そのバッグを拾うと、そのまま綾瀬の腹に何度も何度も叩きつける。
「この腹黒が!ガキを餌に肥え太りやがって!こんなもんに一銭の価値もねぇだろぉが!」
バッグを捨てると倒れている綾瀬の肘の上に足を乗せる。
「盗みに使う手はへし折らねぇとなぁ!」
「アタシはやってな――ぎゃぁあああ!」
軽快な音を立てて、逆向きに折れる。
「監督不行き届きだよ!子の罪は親の罪なんだよ!」
バキバキと腕を粉々に砕いていく。
壮絶な拷問の末、綾瀬はもう虫の息。化粧で取り繕っていた美貌は欠片もない。
「あーすっきりした。もういいわ。てめぇ、ゴミだから死ね。」
いつの間にか昇っていた月の光を受けきらりと光る黒い拳銃を脳天に向けた。
そのまま撃つかと思われた。
「いいや、俺が撃つのは無粋だな。」
押し入れのから惨状を見つめていた少女の前に拳銃が滑り転がる。
「おい、綾瀬の娘。」
呼ばれた少女が肩をびくりと震わせる。
「てめぇが選べ。綾瀬を生かすも殺すも、てめぇの自由だ。」
少女は黒兎の目を見ようとする。だがその前に、黒兎は顔を反らした――感情を、思考を読まれないために。自分で考えろ、ということだ。
少女は震える手で拳銃を拾い、綾瀬に近づいた。
「あ……あ……たすけ、やめ……。」
少女は女を見下ろした。その顔は、月光の影となる。綾瀬には、見えたのだろうか?
壁にもたれて眺めている黒兎には、一体どのように映ったのだろうか?
「悪かったわ、ちゃんと、面倒見るから、あなたの好きなもの、たくさんあげるから!」
折れた腕で少女の痩せぎすな身体に縋りつく。
「優しくするから、だから、殺さないで……!」
救いを求めるように、許しを請うように、自分勝手な女は少女を見上げた。
紅い瞳は取り繕った女の腐った心の底をも見透かしてみせた。
「それ、嘘、だよね。」
少女は黒光りする獲物を脳天に突き付けた。
「……え。」
鋭い銃声が一発。
女は、綾瀬は脳みそを弾けさせて命を散らした。
「くくくっ……!」
少女は銃を構えたまま、静かに涙を流していた。
「流石は俺が見込んだガキだ!」
大して黒兎は心の底から楽しそうに笑っていた。
そうしてひとしきり笑うと、黒兎は少女の手から銃を取り上げる。
「さぁて、綾瀬の娘。てめぇはどぉする?」
「どうする……って……。」
「ここに残るか?それとも、俺についてくるか?」
「……あなたについていけば、自由になれる?」
「なぜ、そんなことを聞く。」
少女の後ろに落ちている一冊の絵本が目に入る。黒兎が来るまで読んでいたのだろう。
「随分とマイナーなやつ、読んでんだな。」
少女が、その物語と自分を重ねていることに気付く。
「俺は黒犬じゃねぇ。黒犬の迎えがご所望なら、俺についてこないことだ。」
黒兎はにやりと笑う。
「――もっとも、黒犬の迎えなんて、一生来ないだろうがな。」
少女の顔に絶望が浮かぶ。
「あたりめぇだろ。この世界が檻の中だ。俺も、てめぇも、檻の中でよろしくやってるだけなんだよ。自由なんてもんは存在しねぇ。その檻が、でけぇかちいせぇかの違いだ。」
「……あなたの檻は、大きいの?」
「さぁな。ぶつかったらこじ開けるだけだ。こうやって、な。」
女の死体に鉛玉をぶち込む。
「捕まる檻くらいは自分で選べ。今いる檻が嫌なら、力でこじ開けろ。――それが、生きるってことだ。」
幼い身体に叩きつけられた2つの選択肢。
先の見えない平穏な暗闇か。
暴力に塗れた外の混沌か。
――――――流石に、踏みとどまるか。
黒兎はドレスを翻す。
「瞳。」
その背中に、少女は自分の名を告げる。
「私は瞳。綾瀬の娘じゃない。」
黒兎は振り返り、少女を見下ろす。
「……俺についてきたら、一生、表には戻れないぞ。いいのか?」
少女、瞳はこくりと頷く。その決意のこもった顔を、黒兎は心底満足そうに眺める。
「ようこそ、血と欺瞞に満ちた裏社会へ。歓迎するぜ――」
役者のように、姫を迎えに来た従者のように、黒兎は手を差し出す。
「――白兎の瞳。」




