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眠りねずみと冥土の蛇 巳の神将の覚悟

「……。」

 ねずみは目の前のアサルトライフルを見て、絶句した。

「ヤバい……です……。」

 昨日、冥蛇からの依頼でアサルトライフルを作成し、納品したばかりだった……はずだった。

 それが、なぜか目の前にあるのだ。

「……。」

 床には空のアタックケース。

 冥蛇に渡したのは、修理依頼のあった壊れたアサルトライフル、ということになる。

「冥蛇さん、が……」

 そう思った時には身体が動いていた。

 ボストンバッグにアサルトライフルを入れ、部屋を飛び出す。

 今日はサンタはいない。

 自分で、責任をとるしかない。

 車庫に古いバイクがあるのを知っていた。仕事ついでに冥蛇がどこで仕事をするか、やんわりと教えてもらった。この辺りの地図は一通り頭に入っているから、すぐに割り出せる。

 鍵を差し込むと、エンジンが音を立てて唸る。キックスタンドを蹴飛ばし飛び乗りながらアクセルを入れる。

 少女を乗せた半暴走状態のおんぼろバイクは、細い路地を爆走しながら廃墟へと向かっていった。


 --

 昔はそこそこ大きなオフィスビルであったであろう廃墟は、半グレ組織の拠点となっていた。

 そこを出入りするのは下品なセンスをした輩ばかり。

 そんな荒れ果てた土地にスーツにネクタイをしっかりと締めた青年が足を踏み入れる。

 当然、場違いな来訪者に半グレどもはカモが来たと言わんばかりに絡む。

「おいリーマン、何の用――」

 青年に近づいた輩の一人が、その場にうずくまった。彼――冥蛇が、腹を殴ったからだ。

 次の瞬間、冥蛇はスーツバッグからアサルトライフルを取り出していた。

「……『連合』のシマ、荒らしただろ。報復だ。」

 そう言ってアサルトライフルの引き金を引いた。

「……。」

 が、弾丸は発射されない。

 2,3回引き金を引くが、何の反応もない。

「「ぎゃははははっ!」」

 輩たちは冥蛇の間抜けな姿に腹を抱えて笑った。

「クールな顔で決めたくせに!だっさぁ!」

「それはおもちゃかぁ?冷やかしならさっさと帰れよぉ!」

「もっともぉ、生きてたらだけどなぁ!」

 各々が得意な獲物を手に一斉に襲い掛かる。

「……まぁ、こういうこともあるか。」

 襲ってきた一人の腕を軽くつかむと、強引に捻り上げ手首の骨を折る。

 痛がりもだえるその男の襟首を引っ張り、別の輩に向かって投げる。

 ――――――さっさとここを片付けて、中に入りたいが……。

 本職ではないとはいえ、喧嘩慣れしている、裏社会に片足突っ込んだ人間。冥蛇にとっては1人や2人なら敵ではないが、6人……いや、8人もとなると、流石にてこずりそうだ。誰かが応援を呼んだのであろう、ビルから、外からさらに人が増えそうだ。

 護身用の拳銃の装弾数は18、そう気軽には使えない。

 襲ってきたナイフをアサルトライフルの側面で受け止め、そのまま押しのけ腹に拳を叩き込んで意識を刈り取る。その隙にと背後から襲ってくる気配に容赦せずフルスイングでライフルをぶつける。

 戦っている感じをみると、少なくとも重火器の類は持っていないようだ。そこは半グレというべきか、流石に本職のように銃を入手することはできないか、あったとしても少量で、全員に持たせることはできないということか。

 ――――――とはいえ、手間がかかる……。どうしたものか……。

 敵の一人一人は大した戦闘力はない。少し強く殴れば気絶させられる程度。だが、冥蛇もたくさんの腕を持っているわけではない。冥蛇一人で相手できるのは一人。数が多ければそれだけ時間がかかる。

 ――――――先に、トップを潰しに行くか、いや、それだと後ろからやられるかもしれない……。

 目の前に次から次へと現れる敵を拳で黙らせながら、作戦を考える。

「おいてめぇら!いつまで遊んでんだ!」

 ビルから一人の男が現れる。

「ぼ、ボス……!」

 その男はそこらのごろつきとは違う、明らかに本職と同じ空気を纏っている。

 ――――――これは少し、苦戦しそうだな。

 ボスの後ろから現れた幹部と思しき奴らも同様。そして、軍隊から横流しされた品だろうか、古いとはいえライフルや拳銃など、重火器を装備している。

「たかが一人相手に、いつまでやってんだ!」

「す、すんません……こいつ、歯が立たなくて……。」

 子分の攻撃の手が止む。

 その瞬間を、冥蛇は逃さない。

 パァン!

 懐から拳銃を引き抜き、ボスの頭蓋を撃ち抜いた。

 冥蛇にできたのは、そこまでだった。

 次の瞬間、幹部の男たちによる一斉掃射が行われる。彼らの部下であろう輩共々、殺す気のようだ。

 射線を掻い潜り、無造作に停められた車の影に隠れる。

 ――――――トップは殺った。一旦、仕切り直す。

 だが運悪く、隠れた車の後ろは高いフェンス、前には大量の敵、袋小路だった。

 ――――――逃げるにも、まずは目の前の敵を捌かないといけない……。さて、どうするか……。

 車の下からアサルトライフルを滑らせる。それに気を取られ視線を下に向けた瞬間を狙って車の影から飛び出し、銃弾を放つ。銃持ちを優先して狙うが、銃弾は肩を抉るだけだった。

 銃口が冥蛇の方を向く。巻き添えを食らって息絶えた輩の身体を盾に防ぎつつ、近づく。

 銃弾が切れるタイミングで盾にしていた男を投げる。その影から首を狙って腕を伸ばし、一瞬で締め上げ折る。

 確実に一人一人殺していくが、このままでは体力が持たない。しかし、逃げ道も塞がれていて簡単には逃げられない。

 攻めあぐねて時間と体力だけが削られていく。

 そこへ、聞きなれないバイクの音が聞こえた。

 また新手かと音の方を横目で見るが、様子がおかしい。

 轟音を立てて爆走してこちらに近づいてくる、ブレーキを止める気配がない。

「!?」

 冥蛇も敵も、攻撃の手を止めてその場から飛び退いた。

 そのバイクが止まるはずもない、運転手がいないからだ。

 直後、バイクと車が激しく衝突し大炎上、爆風で破片が散らばり降りそそぎ、腕や顔を掠める。

 傷口を拭いながらバイクが走ってきた方向を見る。

 少し離れたフェンスの入口付近に見知った、小さく震える少女の姿が見えた。そしてそのすぐ横にナイフを持った男の姿。

 咄嗟に拳銃を構え、その男の腹に数発撃ち込む。

 その男は痛みに顔をしかめながらも、醜悪な笑みを浮かべた。冥蛇と少女の関係性に気付き、卑劣な攻撃を思い付いたからだ。

 男が振り上げたナイフの動線と少女の間に、冥蛇は自分の身体をねじ込んだ。

「冥蛇さんっ!!」

 背中に強烈な熱を感じる。痛みで膝をつく。

 普段の冥蛇だったら、ここでそのまま倒れていただろう。

 左手の銃を背後の敵に向け、鉛玉を数発、敵に撃ち込んだ。

 敵が倒れたことを確認することもなく、彼は凶刃から守った少女――眠りねずみを抱え、コンテナの影に飛び込んだ。

「大丈夫か?!痛いところは?怪我は?」

 顔は地面で擦ったのだろう、砂と傷だらけになっている。おそらく、バイクから飛び降りたときのものだ。怪我の具合を確かめたいが、そんな暇はない。

 ――――――敵はねずを殺そうとした。()()()()()()()

「ねず、いいか、よく聞け。」

 左手に握っていた拳銃をねずみに握らせる。

「ここから絶対に動くな。そして、もし、こっちに敵が来たら――」

 彼女の手を胸の高さに持ち上げる。

「撃て。躊躇はするな。いいな。」

 ねずみは震えながら頷いた。

 言いたいことは山ほどあった。痛みで身体が強張り倒れそうだった。

 冥蛇はそれらを飲み込む。ねずみが持っていたであろうアサルトライフルを拾い、立ち上がる。

「5分で片付ける。」

 コンテナの影からアサルトライフルを向け、敵を一掃する。

 盾役の部下が消えたところで、幹部の一人に肉薄する。そのままアサルトライフルを密着させて引き金を引く。

 背後からナイフが降ってきた。振り向きざまに顔面に裏拳を叩き込み、そのまま流れるように鉛玉を撃ち込む。

 襲ってくる輩に、今度はこちらが鉛玉の雨を降らせる。だが、それでも幹部連中は手練れなのだろう、簡単には当たらない。

 鉛玉と刃の応酬。

 普段ならば、玉砕を決め込むような戦力差。

「殺す……!」

 それを覆したのは冥蛇の激情――怒りだった。

 自分の身体を刺させて、心臓に深々とナイフを突き立て、さらに抉るように捻り、真横に引き抜く。――確実に死ねる刺し方だ。

 鬼気迫るその姿に、その怒りに気付き怖気づく残った幹部2人。

 1人は冷静さを欠いて銃を向けてきた。その射線を掻い潜り、心臓に銃を突きつけ3発撃ち込み、蹴り飛ばす。

 そしてもう1人は、狙いを冥蛇ではなく、眠りねずみに定めていた――彼は、冥蛇の怒りの原因に気付いていたからだ。卑怯なことに、彼女を人質にこの場を切り抜けようとしていた。

 残念ながら、2人の距離では間に合わない。

 ねずみは男に銃口を向けているが、恐怖からだろう、震えてなかなか引き金を引けない。

「撃て!」

 冥蛇の鋭い命令に、ねずみは反射的に引き金を引いてしまった。

 目の前の男は、こんな小娘がまさか撃ってくるとは思わなかったのだろう、鋭い音とともに腹に風穴が空いた。

「このガキッ……!」

 逆上してねずみを殴ろうとする拳は飛んできたライフルによって軌道を反らされる。

「邪魔すんな、てめぇーーっ!」

 男は途中で言葉を詰まらせた。

 視線を向けた先には、冥蛇が絶対零度の眼差しで、夕日に照らされ赤く光る刃を振り上げていた。

 ザシュッ。

 胸元に深々とナイフを差し込まれ、そのまま切り上げられた男は苦悶の表情を浮かべて地面に倒れた。

「……。」

 目の前の惨劇に、幼いねずみは声すら上げられずただ震えていた。

「もう、大丈夫だから。」

 膝を折り、ねずみを強く抱きしめる――まるで、目の前の惨状から彼女を隠すかのように。しばらく彼女の背をさすりなだめる。

 そうして少し落ち着いてきた頃、冥蛇はふらふらと立ち上がり、夕焼けを背にその場から去った。


 --

「おや、これは一体どうしたんだい?」

 Dr.マッシュはふらふらと駆け込んできた冥蛇に慌てて診察室から飛び出してきた。

「バイクから落ちたんだ。検査を頼む。」

「わ、分かった。」

 いつになく焦った様子の冥蛇に驚き、看護師に素早く指示を出す医者。そして、看護師に手を引かれ病室に入っていくねずみは、最後まで心配そうな顔で冥蛇を見ていた。

「君も、相当な怪我だな。」

「……あと……頼んでいいですか……?」

 そう言いながら、冥蛇の意識は消え地面に倒れた。


 冥蛇が目を覚ましたのは、次の日の夕方だった。

「!ねずはっ!?」

 勢いよく飛び起きたが、斬られた傷が激しく痛みうめき声をあげる。

「邪魔するぞ~って、大丈夫か?!冥蛇くん?!」

 痛みにもだえる冥蛇に慌てて駆け寄る来訪者、サンタ。

「サン……タ、さん……すみません……。」

 涙目になりながら深呼吸する。

「冥蛇くん、うちのねずが済まなかった。」

 落ち着いた冥蛇にサンタは深く頭を下げた。

「さ、サンタさん、顔を上げてくださいっ……。」

 冥蛇は慌てて言葉を紡ぐ。

「サンタさんも……ねずも、悪くない、ですからっ……。」

「俺が、厳しく言わなかったばかりに、君に重症を負わせてしまったんだ。本当に申し訳ない。」

「……彼女だって、自分のミスの責任を取ろうとしたんです。サンタさんも、ねずも、自分を責めないでください……。」

 そこで冥蛇は何かを思い出したかのようにハッとした顔をする。

「ねずは……彼女は今、何を、しています……?」

「ねずか?あいつはいつも通り、仕事をしてるぞ。……まぁ、少しは懲りたのか、いつも以上に検品に力を入れてるみたいだが。」

 その言葉を聞いた冥蛇の顔が強張る。

「ねず……やたらと銃、握っていませんか……?」

「?まぁ、最近、射撃場によくいるが……それがどうした?」

 その言葉を聞いた瞬間、怪我人とは思えないほど素早くベッドから飛び降りた。

「冥蛇くん!どうしたんだ?!」

「今すぐねずを止めてください!」

「ちょっと落ち着け!」

 その言葉を無視して冥蛇は窓から病院を飛び出す。

「おいおい……嘘だろ……!?」

 怪我人どころか人間とは思えない動きにサンタは慌てて後ろ姿を追いかけた。

 その直後、病院の主、Dr.マッシュが怪我人のいないベッドを見て頭を抱えていた。


 普段の穏やかな冥蛇からは想像もできないほど激しく焦る彼の姿に、ただ事ではないとサンタは彼の要望通りねずみのもとへ連れていった。

「ねず!」

 射撃場のドアを壊さんばかりの勢いで開く。

 耳栓越しでもその音が聞こえたんだろう、ねずみは驚いて振り返る。

「め、冥蛇さん、どうして……」

 驚く彼女の疑問に答えることもなく、冥蛇は彼女が持つ拳銃を取り上げようとする。

「ちょっと!何するんです!」

「止めろ。」

「仕事中です。邪魔するなです。」

「今すぐ止めろ!」

 彼は強引にねずみの手から拳銃を奪うと、それを投げ捨てる。

「いきなり、何ですか……!?」

「お前、何をしていた。」

「何って……見ればわかるでしょう?整備です。」

 冥蛇は横目でねずみが撃っていたであろうターゲットを見る。

「あんなに撃つ必要はないだろう。何をしていた。」

 あまりの迫力に、ねずみは観念して素直に答える。

「……練習、です。」

 ねずみは銃をとられた両手を強く握る。

「私がもっと強ければ!私が撃てれば!あなたが怪我をすることはなかった!私のせいで、あなたを危険に晒したんです!だから、次は絶対に撃てるように!ちゃんと殺せるように、練習しているんです!」

 ねずみは冥蛇をキツく睨む。

「あなたに迷惑かけてないでしょ?!邪魔するなです!」

「練習なんかじゃ、ないだろ。」

 冥蛇も彼女を睨み返す。

「ただ撃ってただけだろ。」

「……あなたには、関係ないでしょう。」

「ここでずっと撃ってただろ!」

「何が悪いんですか?!別にいいでしょう?!撃つのに慣れれば、次はドジ踏まなくて済むでしょ?!あなただって、こんな怪我せずに済んだでしょう?!」

「それがだめだと言っているんだ!」

 彼はねずみの胸倉を掴み上げる。

「撃つのに慣れるだと?!それが、人殺しに慣れることだって分からないのか!」

 あまりの剣幕に、彼女の顔が強張る。

「言ったよな!俺は、無感情で人を殺せると!人殺しに慣れるということは、俺みたいな外道になるということだ!」

 冥蛇は彼女の肩を強く掴む。

「お前は違うだろ?!撃つのが怖かったんだろ!?だったら!感情を殺すな!」

 悲痛な声で叫ぶ。


「頼むから、俺みたいになるな!」


 その声は、コンクリート壁で反響し、やがて静寂が訪れた。

 ひとしきり吐き出した冥蛇は我に返る。

「!すまない、ねず、こんな、強く言うつもりは――」

 ねずみの顔を覗くと、目からは大粒の涙が零れて落ちていく。

 ――――――これは、確実に嫌われたな……。

 ねずみの身体が動いた――きっと、後ろのサンタさんのところへ行くのだろう。

 しかし、冥蛇の予想に反して。

「ごめん、なさい……!」

 ねずみは冥蛇に縋りつく。

「ごめんなさい、ごめんなさい……!怖かった、ん、です……!」

 思わぬ衝撃に半歩よろける。そして、泣きじゃくるねずみの扱いに困り、後ろのサンタに助けを求めるように振り返る。だが、サンタは受け止めてやれと言うように顔で合図を送るだけだった。

 冥蛇は片膝を折りねずみを優しく抱き寄せる。

「怖かっただろ。ちゃんと、泣いてくれ。感情は、ちゃんと吐き出せ。――ちゃんと、受け止めるから。」

 優しくなだめるように、彼女の頭をなでる。


 ――――――よかった、何とか、間に合った。


 安心した瞬間、目の前が暗くなる。

 ――――――あぁ、そういえば、切られたんだった……。

 受け止めていたはずの冥蛇の身体が、ねずみに寄りかかる。彼女の小さな身体では受け止めきれず、そのまま倒れてしまった。

「冥蛇さんっ……!冥蛇、さんっ……!」

 激しく動いたせいだろう、背中の傷口から血が滲み出ている。

「だい……じょう、ぶ……だから……。ちょっと……ちが、たりない……だけ、だから……」

 そう言いながら、冥蛇の意識は消えた。


 --

 サンタのワゴンで冥蛇を病人に連れ戻す道中、ねずみはずっと冥蛇の傍にいた。

 背中の傷がきっと激痛なのだろう、ずっと苦しそうに顔を歪めている。怪我のせいで熱も出ている。

 そのせいだろう、ずっと譫言を言っていた。

「あいつら……絶対……許さない……!」

 おそらく、切られた直後のことを思い出しているのだろう。

 ――――――あんなに冷静だったのに……こんなに怒っていたんですね……。

「ねずを……傷つけやがって……!絶対、殺す……!」

 痛みでもだえながら、既にこの世にいない敵への恨み言を吐き出す。

 今までに見たことのないほどの荒ぶり様に、数々の修羅場を潜り抜けたサンタですら、戦慄を覚えた。


 それは、病院のDr.マッシュも同様だった。

「おやおやおや……勝手に出てったかと思ったら、こんなことになってるとは……。」

 複数の看護師に指示を出しながら、冥蛇の様子を観察するマッシュ。

「こんなことは初めてだねぇ。普段はどんなに痛くたって、こんなに暴れたりはしないんだけどなぁ。」

「そうとう痛いってことなのか?」

「うーん……どうだろう?初めてここに来たときは、もっとひどい怪我だったけど、その時は暴れなかったからなぁ。まぁ、体力がなくて暴れられなかったって線も考えられるけど、さ。」

 夢の中でナイフを突き立てているのだろう、腕を振るたびに転落防止の柵が音を立てる。

「痛いというよりは、精神的に相当堪えたんだろうね。……事情はある程度聞いているよ。よっぽど、君のお弟子さんが大切と見た。」

 その言葉にねずみは黙って俯く。

「彼自身、感情はないって言ってたけど、どうやらそうでもないみたいだ。」

「そりゃ同感だ。普通の人間か……こんなの見せられたら、それ以上だって言われてもおかしくないなぁ。さっきも凄かったんだぞ。普段の冥蛇くんからは想像つかないほどの激怒だったんだから。」

「うわー、その現場、僕も見てみたかったなぁ。どんな感じ?」

「こいつがここまでしょげるくらいだよ。」

 まだ落ち込んでいるねずみの頭をくしゃくしゃと撫でる。

「おやおや、飛び出して行ってまで怒ることだったかい?よくあることだろう、新人がカチコミに首つっこむなんて。」

「いや、別件だ。現場に行ったこと自体は怒ってなかった……かは分からんが、それとは別件だ。とにかく、とんでもない剣幕だったよ。あんなに焦って、怒鳴るとはなぁ。正直、俺もビビったよ。」

「ふふ……面白いな。冥蛇君なら焦ったり怒ったりしないイメージだからねぇ。もしかして、表情作るのが苦手なだけなのかな?――まぁとにかく、2、3日はうちで預かるよ。次は脱走されないように、ね。」

 サンタは立ち上がり病室を出ようとするが、ねずみは動こうとしなかった。

「ねず、行くぞ。」

「は、はい……。」

 ねずみはそれでも心配そうに冥蛇を見つめる。

「別に君も、ここに残りたかったらいてもいいよ。――経験上だけど、今晩はたぶん、ずっとこんな調子だろうけどね。」

「ねず、どうする?」

「……。」

 声はないが、岩のように動かないことが答え。

「そうか。ドクター、邪魔したな。また明日、寄るわ。」

「いつでもどうぞ。」


 それから一晩、冥蛇はずっと熱に浮かされていた。マッシュにも別室で寝るかと声をかけられたが、ねずみはずっとそばにいた。

 彼は殺した敵への恨み言をずっと叫んでいた。ずっと、ずっと、ずっと……。

 ――――――あなたが私を守る理由はある。だって、私は武器屋だから。

 だが、彼が怒った理由は、仕事のミスでも鉄火場に首を突っ込んだことでもなかった。

 ――――――あなたが私の行く末を案じる理由はないはず。

 どこまでいってもねずみは彼の武器屋であり、連合に所属するただの一員だ。

「なぜあなたは、私を止めたのですか。」

 その質問に答えが返ってくることはない。


 朝方、誰かがねずみの頭を撫でていた。

 いつの間にか眠っていたのだろう、ゆっくりと目を開けると、ベッドから手を伸ばして頭を撫でる冥蛇の姿が目に入った。

「ねず、よかった。大丈夫か?」

 どこまでも他人を心配する冥蛇。

 ――――――まったく……自分の心配をするです。

「もう、私は大丈夫です。」

 ねずみの頭を撫でる、昨晩暴れてあざだらけになった手を優しく包む。

「ありがとうございました。」

「……そうか。」

 まだその手はねずみの頭を撫でようとする。

 ――――――この手はいつも私を撫でようとするです。

 いつもなら払いのけたり避けたりして防いでいるが、今日だけは大人しくなでられることにした。

 十数分経ったが、一向に止める気配はない。

「まだ、気は済まないです?」

 しびれを切らしてそう尋ねるが、冥蛇は首をかしげる。

「……なんのことだ?」

「そんなに私の頭を撫でるの、楽しいです?」

 きょとんと首を傾げたまましばらく彼女を見つめる。そうしてしばらく手を止めていたが、またゆっくりと頭を撫で始めた。

「わざとです?」

 視線を逸らす冥蛇。

「知ってるです?タイでは子供の頭を撫でると怒られるです。クワンといって、動植物に大切な魂のようなものが頭に宿っていると信じられてるからです。」

「……ここは日本だ、それにお前は子供扱いは嫌なんだろ?」

「頭を撫でること自体が子供扱いだとは思わないです?」

 無言のまま手は止めない。

「前から思ってたですが、あなた、意外と我が強いですよね。」

「……そうか?」

「自覚なしですか。」

 いつの間にか、ねずみの顔はいつもの不機嫌顔になっていた。その顔をみた冥蛇はふっと目を細めて笑った。

「なんです?」

 それに気付いたねずみがさらに不機嫌そうに睨む。

「……いや、ようやくいつも通りになったな。」

「そういうあなたこそ。」

「……俺は、いつも通りのつもりだったが……どこかおかしかったか?」

「安心するです。いつもおかしいです。」

「……いつもって……。」

「私に構う時点でおかしい人ですよ。」

「……それを言ったら、サンタさんもおかしな人になる。」

「サンタさんは私から頼んだので、普通の人です。」

「……そうだな。あの人はいい人だ。」

 ねずみはそっぽを向いて小さく「……あなたも、です。」とつぶやいた。

「?なんか言ったか?」

「何でもないです。」

 ねずみは立ち上がる。

「身体、お大事に。」

「……ありがとう。お前もな。」


 --

 無事回復した冥蛇は、以前のように手土産を二つ持ってサンタの工房を訪れた。

 インターホンからサンタの声。

『あいよー、どちらさん?』

「ご無沙汰してます。冥蛇です。」

『もう回復したのか?そりゃあよかった。ちょっと待ってな、すぐ開ける。』

 インターホンが切れてすぐ、ドアが開く。

「またわざわざ持ってきたのか。悪いな。」

「いえ。……少し、お時間ありますか?相談したいことが、ありまして……。」

 珍しく、冥蛇の方から話を持ち出す。

「夕方に少し配達があるから、それまでなら大丈夫だ。中、入りな。」

 前と同じように応接室代わりの台所に通された。

「お前さんから相談とは珍しいな。何かあったか?」

 冥蛇はおもむろに口を開く。

「……神将の話、まだ、受けられますか?」

 突然の申し出に、サンタは驚愕の表情を見せる。あんなに固辞していたのに、一体どういう風の吹き回しなのだろうか。

「あ、あぁ、席はまだ空いているが……急に、どうしたんだ?」

「……今回の件、何が原因だったか、考えていました。」

 なぜ、ねずみが現場に来たのか。

 その理由は明白だ。ねずみが冥蛇の心配をしていたからだ。

「……俺は、ねずに自分のことは話していません。人殺しの話なんて、聞いていて楽しいものではないでしょうから。」

 サンタは黙って、冥蛇の言葉に耳を傾ける。

「……それに、初めて会った時も、俺は死にかけでした。」

 半年前のあの日、冥蛇は敵にひどくやられてぼろぼろだった。

「……武器がなかったらまた、死にかける。そう思われても、不思議じゃないでしょう。」

 事実、武器の受け渡しミスを気に病んだねずみは現場に現れた。

「もし……もし、ねずが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 冥蛇の拳が硬く握られる。

「……ねずを、傷つけずに済んだはずだった……!」

 入院中といい今といい、酷く声を荒げ感情を吐き出す冥蛇の姿は、異様だった。いや、人間としては普通か。だが、ここ1年、遠くからだが冥蛇のことを見てきたサンタにとっては、明らかな異常に見えた。

「……俺は、人としても、暗殺者としてもきっと、神将にふさわしくない。でも!」

 まっすぐにサンタを見つめる瞳には、決死の覚悟が宿る。

「ねずの前では、連合一の暗殺者で在り続けてみせる!命を懸けて、最強を演じて見せる!」

『最強で在る。』

 それは、かつての居場所で為せなかった野望であり、「褒められたい」と願う子供のような動機からなる目標だった。

 しかし、今は違う。

 それは決して自らのためではなく、ただ、一人の少女を守るためだけに、己に科す罰。

「お願いします!俺を、神将にしてください!」

 音を立てて、額を机に叩きつけた。

 ――――――1年……いや、半年で、たった6ヵ月で、人は、ここまで変わるのか。

「お前さんの覚悟は、よく分かった。」

 その言葉に冥蛇は顔を上げ、縋るようにサンタを見上げる。

「俺からほかの皆に話しておこう。一度上がった話だ、すぐに皆、首を縦に振るだろうさ。」

 先ほどまでのどこか切迫した顔が、ふっと、小さく緩んだ。

「……ありがとう、ございます。」

 ――――――来たばかりのころは、能面のような顔しかしなかったのにな。

 子供の成長を見守る親のような気分になったサンタは、自然と顔を綻ばせる。

「ほら、行ってこい。ねずにも言いに行くんだろ?多分今は、部屋にいるはずだ。」

「……は、はい。」

 サンタに背中を押された冥蛇は、ねずみの部屋へ向かっていく。

「惚れた女のために、か。」

 その背中をどこか悲しそうに眺めるサンタだった。

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