眠りねずみと冥土の蛇 死を纏う蛇の由来は
登場人物
・ へび
裏社会組織「連合」に最近入った殺し屋。
もともとは別の組織「宵の薔薇」の四神 玄武だったが、任務に失敗し粛清されかけた。運良く連合の十二神将の射掛と辰爺に拾われ、そのまま連合に所属することになった。
・ サンタ
「連合」の十二神将 子の神将の運び屋兼武器屋。おおらかで気さくな男で、組織内で人望がある。
・ 眠りねずみ
サンタの内弟子の10歳の少女。サンタ以外に心を開かず、冷たい態度をとる。武器修理の腕は大人に引けを取らないほど。知識に貪欲で、武器以外にも様々な知識に精通している。
狙撃銃を渡してからはへびと関わることはない――ねずみはそう思っていた。
だって、今回は敵が厄介だから狙撃銃を使ったわけで。
普段は特別な武器を使わないへびは、ねずみなんかに用事はない。
あの2週間がなんだかんだいって充実していたからこそ、少し淋しさを感じた。
今まで通り部屋に引きこもり武器を作る日常がやってくる――はずだった。
「で、なんでまた来たんです?」
当たり前かのように訪れた目の前の青年に、ねずみは眉をひそめて問いかけた。
「今度は何です?何か武器の注文ですか?」
目の前の青年――へびは静かに首を横に振った。
「じゃあ、何しに来たんです?」
「……戦闘訓練。」
なぜ戦闘訓練をしにサンタとねずみのところに来たのかと一瞬不思議に思ったが、すぐにその意図を理解した。
「射撃場ですか。鍵渡すので、勝手にどうぞです。」
引き出しから地下室のカギを取り出しへびに投げ渡すが、彼は動かない。
「私は見ての通り、今日も仕事があるので相手はできないです。」
「……いつ頃、キリが付く?」
「別にいつでも付けられますが。でも、戦闘訓練なら、私、関係ないです。」
「……俺じゃなくて、おまえの戦闘訓練だ。」
「え?」
ねずみは初耳だった。
「……今日から本格的に始める。だから、動きやすい服――長袖に着替えたら地下に来てくれ。」
そう言ってから、へびはねずみの部屋から出ていった。
ねずみは急なことにあっけにとられたが、すぐに戦闘訓練ができることに思わずガッツポーズした。
彼女は熱烈に戦闘訓練を望んでいた。
武器の整備のために重火器の扱いは知っていた。だが、戦闘に使えるものではないことは彼女自身分かっていた。
彼女の目的のためには、彼女自身が戦えなければならない。そのために、サンタに無理を言って裏社会に飛び込んだ。そして、そのサンタに再三戦闘訓練を頼んでいた。が、サンタは渋い顔をしていた。
本当はサンタに教えて欲しいと思っていたが、待ち望んでいた戦闘訓練ができるのであれば、誰であっても構わない。やる気十分で地下室に向かった。
「で、何やるんです?銃です?ナイフです?」
目を輝かせて腕をブンブン振るねずみに対し、へびは抑揚のない声で言う。
「……今から俺がお前を転ばせるから、避けろ。」
「へ?」
武器を一切使わず、ただ転ばせるなど戦闘と全く関係のない内容に首をかしげる。
「それ……訓練になるです?」
「……俺は足しか使わない。……流石に、お前が怪我をしそうになれば手も出すが。」
「そんなの、戦闘の役にも立たないじゃないですか。」
武器の使い方や実践に使える戦闘術を期待していたねずみのやる気が一気に消える。そしてふっとへびの方を見ると、姿が揺らいだ気がした。
次の瞬間、ねずみの身体に衝撃が走る――身体が、地面にぶつかったのだ。
「立て。」
冷酷無慈悲なへびの目がねずみを見下ろす。その目は本気であることを、敵なら容赦なく殺していると物語る。普段のへびからは想像できないほどその顔は冷徹で、ねずみの全身に恐怖を刻む。
――――――殺される。
「あ……あぁぁぁぁあ!」
捕食者に狙われたような感覚を覚えたねずみは、本能的な恐怖からその場から逃げ出す。
そんな彼女の足を容赦なくさらうへび。再び転ぶねずみ。
「や……やだ……」
恐怖の余り、身体を上手く動かせない。
「起きろ。敵は、お前を待たない。」
地面に転がったままのねずみの腕をつかみ問答無用で立ち上がらせる。
へびが自分を殺しはしない。頭では分かっているが、へびから感じる死の恐怖が、本当に殺されると錯覚を生み出す。
背中を見せて必死に逃げる。
「隙だらけだ。」
背中を蹴られ体制を崩す。よろけたところを回り込まれる。
死が目の前に立っている。
気付いたら後ろに倒れている。
「や……やめて……」
言葉空しく、胸倉をつかまれ起こされる。
「命乞いの暇があるなら、動け。」
淡々と、だが今までに感じたことのない重圧に、泣きながら恐怖で固まる身体を無理やり動かす。
どれだけ逃げてもすぐに死神の鎌に足をすくわれ、地面に落される。
「もう……無理、です……。」
恐怖と苛烈な攻撃にあっという間に体力を削られたねずみは音を上げる。
「甘えるな。」
倒れて疲れ切ったねずみに対し、非情な言葉が降ってくる。
「意識があるなら、這ってでも動け。殺す。」
恐怖と疲労でがくがくと震える手足に何とか力を入れ、這う這うの体で、朦朧とする意識のまま恐怖から逃げる。
逃げても逃げても追いつかれる死の恐怖に、覚束ない足取りで逃げ惑う。恐怖と朦朧とする意識では、逃げる算段など考えられなかった。傍から見れば惨い虐待ともとれる戦闘訓練はこの日、30分続いた。
無意識のまま、恐怖から逃げようと限界を超えて動こうととするねずみの身体を、へびはようやく優しく抱き上げた。
「……今日は、ここまでにしよう。」
その言葉はおそらくねずみには届いていないだろう。だが、へびから殺気が消えたことで、ねずみの身体からは力が抜け、意識を失った。
「初日からぶっとばすなぁ、へび。」
「……止めるなら、今のうちですよ。」
「いいや、続けてくれ。俺だって、この世界の恐ろしさは知っている、あれくらいの厳しさが必要だってことも、な。」
「……あまりにも怖がるようなら……表の社会に帰すことも考えた方がよいかと。今ならまだぎりぎり……帰れるでしょう。」
「いや、こいつは絶対、乗り越える。」
サンタがはっきりと言い切る。
「……なぜ?裏社会の人間でも、死への恐怖を乗り越えられない人間はいくらでもいます。ましてや、まだ小さい女の子ですよ?」
「こいつには、自分の命よりも大事な『やること』があるんだってさ。」
「……それは……?」
「悪いが、こいつとの約束だ、言えない。」
彼女は言っていた、「覚悟を持ってこの世界に来た」と。
「……分かりました。では、このまま続けます。また、明後日。」
「もう帰るのか?」
「はい。彼女が、怖がるでしょう。」
「夕飯くらい食ってけよ。」
「ですが……。」
「こいつは、お前さんが思ってるよりも頑丈だ。」
「……分かりました。お言葉に、甘えさせていただきます。」
へびはねずみを彼女のベッドに寝かせると、彼女が起きるのをそのまま待つことにした。
「……う、ん……」
ねずみは紅い光で目を覚ます。
気が付けば、ベッドの上にいた。
「……えっと、確か、私……。」
へびさんと戦闘訓練していて、それはとても怖くて、死ぬかと思ってずっと逃げていて……。
ふと横を見ると、へびがベッドにもたれて眠っていた。
つい先ほどまでは、今までに感じたこともない死の恐怖を放っていた彼だが、今は何とも感じないどころか、穏やかな顔で静かに眠っている。本当に殺し屋かと疑いたくなるほど無防備だ。
「何寝てるです?噛まれたいです?」
ベッドから降りるのに邪魔なので、肩を思いっきりゆする。
「ん……起きたか。身体、大丈夫か?」
「体力あるので。」
「……そうか。」
へびは立ち上がり、ねずみの部屋を出る。
「へびさん、今日はありがとうございました。」
その言葉に、彼は思わず振り返る。
「なんです?私がお礼を言うのが、そんなに可笑しいです?」
「い……いや、てっきり、嫌われたかと思って……。」
「なんで私があなたを嫌うんです?」
「え……あんなに……怖い思いさせたし……。」
「私を鍛えるためでしょう?私のためにしてくれたのに、なぜあなたを嫌う必要があるです?」
一生もののトラウマになるかもしれない殺気を浴びてなお、彼女は平然とへびの前に立つ。
「怖かった、です。でも、訓練でよかったって思うです。もしこれが現場だったら私、死んでたです。」
ねずみがへびを見上げる。
「私に、この世界での戦い方を、教えてください。」
普段は髪に隠れた夜空色の瞳に、眩しいと感じるほどの決意が宿っていた。それは決して、何物にも消せないほど強い光で――それが「復讐の炎」だと、へびは知る由もなかった。
これほど生きる力のみなぎった彼女の瞳を、へびは羨ましく感じると同時に、どうして裏社会に「落ちた」のかと悲しさを感じずにはいられなかった。
「……分かった。手加減はする気はないから……嫌になったら、サンタさんに。」
そう言ってへびはねずみの部屋を出た。
「飯、出来たぞ~。」
呼ばれたので台所に向かうと、へびもいた。
「あれ、帰ったかと思ったです。」
「お前さんの訓練の礼くらいはしないとだろ?」
「……そんな、お構い無く……。」
「あ、今日はチーズインハンバーグですね。」
「……よく、分かったな。」
見た目はただのハンバーグなのに、チーズに対してのみ発揮される異様な嗅覚にねずみは胸を張る。
「当然です。」
ねずみは手を合わせるとハンバーグを頬張り始めた。
へびも静かに手を合わせる。
「ねず、訓練はどうだった?」
サンタは覗き見して知っているが、そ知らぬ顔で尋ねた。
「地獄です。」
その即答ぶりと辛辣な評価に、へびは僅かに苦い顔をした。
「いきなり始めたですし、容赦なく蹴られまくったですし。でも、流石、現役の殺し屋って感じでした。殺気で動けなかったです。そこを無理やり掴み上げられたです。鬼です。しかもいつ終わるか分からないですし、倒れるまで絞られたです。現代にあるまじきスパルタです。成長段階そっちのけで、いきなりボス戦に放り込まれた感覚です。地獄と言わずになんと言うんです。」
ねずみはふっと何かを思い付いたように文句をまくし立てていた舌を止め、へびの方を見た。
「地獄の蛇……いや、冥土の蛇なんて、いかがです?」
「……?なんの、話だ?」
「名前ですよ、名前。まだ決まってないですよね?」
「……あぁ、そういえば。」
「冥土の蛇、か。シンプルだが洒落た二つ名だな。」
「普段はそのままだと呼びづらいので、略して冥蛇……いや、語呂が悪いですね、冥蛇、なんていかがです?」
へびは小さく新しい名前を呟く。
「……これに、する。気に入った。」
「それはよかったです。」
「……すまない、漢字でどう書くのか、教えてくれないか?」
「スマホで冥土の蛇って打ったら出てくるですけど。」
へび改め冥蛇はスマホのメモに打ち込む。
「……2つ、出てきた。」
ねずみにスマホ画面を見せる冥蛇。
「明るくない方です。土が入ってる方です。」
「……そうか、ありがとう。」
「もしかして、日本語不馴れです?」
冥蛇の漢字のできなさに首を傾げるねずみ。冥蛇の顔立ちは東アジア系の顔で、日本語も流暢なので、てっきり日本人かと思っていた。
「……不馴れ、というよりは、知らないといった方がいいか……。」
冥蛇は少し考えてから言った。
「……俺は、ちゃんとした教育を受けてないから、読み書きは簡単な漢字が限界だ。計算も電卓がないと出来ない。」
「ににんが?」
「……?モモンガのことか?」
大真面目な顔で頓珍漢な返答をする冥蛇にサンタは思わず吹き出しそうになった。
「答えは4です。掛け算の九九の一つです。よく今まで、生きてこられたです。」
「……今まで、殺し以外のことは何もしてなかったから。こっちに来てからは、射掛さんにいろいろ教えてもらった。」
「あの脳筋にですか。」
「知ってるのか?」
亥の神将 射掛。冥蛇を見つけ助けた一人で、連合の十二神将の一人。超人的な打たれ強さは、車に轢かれてもかすり傷で済む程度。どれだけ叩きのめしても起き上がるゾンビ戦法で、その剛腕で相手を殴り殺す武闘派だ。
「一度だけお会いしたことがあるです。神将会議についていったんですが、あの人、脳みそまで筋肉でできてる馬鹿だと思ってたんですが、一体何を教わったんです?」
一応、組織トップの一人なのだが、なんという言い草。尊敬のかけらもない様子に苦い顔を浮かべる冥蛇。
「……家事を一通り。あと、書類の書き方と、スマホの使い方……。」
「スマホの使い方って……おじいちゃんじゃないですか。」
「……そんなこと言うな。俺はまだ16だ。」
「え?」
「え゛?」
ねずみだけでなく、サンタまで驚きの声を上げる。
「え、え?お、大人じゃないんです……?」
「お、お前さん……まだ未成年だったのか……?」
冥蛇は不思議そうに首をかしげる。
「しっかりしてるし、スーツ姿が似合い過ぎるもんだから、てっきり二十歳すぎかと……。」
しっかりしているという点にねずみは疑問を感じたが、たしかに未成年には見えない。いろいろと知らないことは多すぎるが、立ち振る舞いは完全に大人だった。だからこそ、ねずみは自分と同じ子供だとは思わなかった。
「だからか。前から飲みに誘っても頑なに断るのは。」
「サンタさん、飲みに誘ってたんです?」
「いや、俺じゃなくて射掛とかだよ。俺はいつ車に乗らなきゃならんか分からんから、そうそう酒は飲めんからな。」
「冥蛇さん、そんなに誘われるんです?」
「……ま、まぁ……。」
ねずみは普段、神将会議には出ない。出る権利(義務)はあるが、めんどくさいの一言で最初の1回以外は一切出ていない。だが、冥蛇が飲みに誘われ困っている姿を見られるのなら、一度くらいは顔を出してもいいかと思いかけ、でもやっぱめんどくさいからやめようと思った。
ねずみは冥蛇の顔をじっと見る。
「……なんだ。」
それからねずみは手を伸ばして冥蛇の顔を引っ張り始める。
「ね、ねず、こら!」
流石のサンタもねずみを叱る。一方、冥蛇は無表情でされるがまま。
「なるほどです。」
ねずみは一人何かに納得する。
「ねず、何が分かったんだ?あと、へびくん、じゃなかった、冥蛇くんに失礼だろ、謝れ。」
「冥蛇さんが大人に見える理由です。」
「で、どうして大人に見えるんだ?」
「顔です。」
「身も蓋もないな。で、どうしてなんだ?」
「うーん……表情、ですかね。」
「……そんなに俺は、顔、悪いか?」
心なしか、冥蛇の顔が暗い。
――――――意外と、気にしてるんですね。
「人相が悪いとは言いませんが、表情筋死んでますね。顔が怖いです。」
歯に衣着せない物言いに、表情にはでないものの、冥蛇は内心とてもショックだった。
「表情筋動かすトレーニングでもするです。」
言いたいことを言って満足したのか夕食に向き直る。そして皿にある半分のハンバーグを眺めて「……増えてる?」と小首をかしげたのだった。




