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眠りねずみと冥土の蛇 自由なねずみと困るへび

登場人物

・ へび

 裏社会組織「連合」に最近入った殺し屋。

 もともとは別の組織「宵の薔薇」の四神 玄武だったが、任務に失敗し粛清されかけた。運良く連合の十二神将の射掛と辰爺に拾われ、そのまま連合に所属することになった。

・ サンタ

 「連合」の十二神将 子の神将の運び屋兼武器屋。おおらかで気さくな男で、組織内で人望がある。

・ 眠りねずみ

 サンタの内弟子の10歳の少女。サンタ以外に心を開かず、冷たい態度をとる。武器修理の腕は大人に引けを取らないほど。知識に貪欲で、武器以外にも様々な知識に精通している。

 ねずみは今日も、サンタからの仕事をこなす。

 その傍ら、武器の研究も欠かさない。


 ピーンポーン。


 インターホンが鳴らされた。しかしねずみは出ない。いつもはサンタが出ているが、今日は配達の仕事で居ない。ねずみは人と会話するのが面倒なので、居留守を使う。どうせ、用があるならまた後で来るだろうから。


 ピーンポーン。


 何度鳴らされてもねずみは一切出る気は無かった。

 ほとんどの人はここで諦めて帰っていく。


 ドンドン。


 たまにドアを叩く人もいる。それでもねずみは出ない。

 出たところで、ねずみにとっていいことはない。

 無視していれば、そのうち諦めて帰っていく。


 そうしてねずみが作業に没頭していると、

 コンコン。

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 流石のねずみも、こんなことは初めてだった。ねずみの部屋は2階、普通の人間が外から窓を叩けるわけがない。

 恐る恐る窓の方に目をやると、そこには窓のひさしをつかんでぶら下がっている、3日前に会ったばっかりのへびがいた。

「な、何してるんです……?」

「……ドア、開けて欲しいんだが。」

「何しに来たです?」

「……先に、開けてくれないか?この体勢、辛いんだが。」

 無視しようと思ったが、あの無表情が少しだけ辛そうに歪んでいたので、仕方がなく窓を開けた。

「……玄関じゃ、ないのか。」

「降りるの面倒です。」

「……お邪魔、します。」

 へびはご丁寧に靴を脱いで部屋に降り立った。

 ねずみはへびを一瞥すると、作業を再開する。

「……。」

 へびはなにも言わず、黙ってねずみを眺めている。

 後ろからの鋭い視線に、流石のねずみも我慢できずに口を開いた。

「……サンタさんは夕方まで戻ってこないです。待つなら、台所で好きにするです。」

 そう声をかけるも、へびは微動だにしない。

「待つなら余所に行けです。」

「……俺は、お前の仕事が終わるを待っているんだが……。」

「一生終わらないです。」

「……じゃあ、キリがついたらでいい。」

「何しに来たです。」

 へびはスーツの胸ポケットから紙を取り出した。

「……お前に、仕事を頼みに来た。」

「仕事なら、サンタさんを通すです。」

 ねずみは渡された紙に目も通さず突き返す。

「……サンタさんには既に話してある。お前のことは、好きに使っていいと言われた。」

「私、仕事あるんで、あなたに構ってる暇は無いです。出直せです。……っていうか、何であなたがこれ、直接もって来たです?」

 仕事の紙は通常、連合の事務がサンタへ渡している。依頼者が直で持ってくることはまずない。

「……サンタさんに指名の仕方を聞こうと思った。だから……事務の人の代わりにこれを渡しに来た。今日はこれだけだから。」

 ねずみはへびの言葉を考える。ねずみに仕事を持ってきたへび。そのへびは、仕事の指名の仕方を聞きに来た……。

「もしかして……私を指名、する気です?」

 へびは黙って頷いた。

「さ、サンタさんは、それ、許可したんです……?!」

「そんなに気になるなら、サンタさんに確認すればいい。」

 ポケットから取り出したスマホのロックを解除すると、ねずみの机に置く。

「電話くらい、持ってるです。」

 ねずみは自分のキッズケータイを取り出すと電話をし始める。

 へびはそれを横目に、座ろうと移動する。

 が、床に落ちているネジを踏んでしまい、思わずしゃがみこんでしまった。

「何してるです?」

「ネジ……落ちてた。」

「私の部屋に勝手に入るから、こうなるんです。」

「……勝手じゃない。」

「勝手に押し掛けてきたじゃないですか。」

「……危ないから、やめた方がいい。」

「私は踏まないです。」

「……でも、片付けくらい、した方が。」

「私が分かればいいです。」

 へびは勝手に床の釘やネジを集めて机の近くにまとめ、空いたスペースに腰を下ろした。

「……キリがつくまで、待ってる。」

「夜までキリがつかないかもですよ?」

「……なら、夜まで待つだけだ。」

「暇なんです?」

「……まぁ、当分は。」

 へびはどうやらねずみが話を聞くまでここに居座る気らしい。

「お昼になったら、話、聞くです。」

「……分かった。」

 へびはそれでも立ち上がろうとしない。

「ずっとここにいる気です?」

「……また閉め出されたら、困る。」

 しないとは到底言えないねずみは、黙って作業を再開した。

 へびはスマホを触ることもなく、ただただねずみの作業を眺めていた。

 あまりにも微動だにしないへびを怪訝に思ったねずみは、我慢できなくなり口を開いた。

「作業見てるだけとか、つまらなくないです?」

「……そんなことはない。」

「面白いことなんて、1つも無いですよ?」

「……すごいなと、感心してた。」

「これくらい、普通です。褒めても、何も出ないです。」

 そして再び作業に没頭するねずみだった。


 時刻は12時半。

「……昼、何か食べたいもの、あるか?」

「台所にカップ麺あるから、お好きにどうぞです。」

「……いつも、そうなのか?」

「サンタさんがいるときは作ってくれたり、外で食べたりするですけど、居ないときはカップ麺です。」

 気づいたときには夕飯の時間なんてこともざらにあるが、面倒なので言わなかった。

「……好きなものは?」

「どれでもいいです。」

 へびはしばらくスマホで何かを調べ、それから立ち上がった。

「……外、行こう。」

「いってらっしゃいです。」

 視線すら寄越さず素っ気ない返答をするねずみ。

「……お前も、来るんだよ。」

「外で食べたいなら、一人でどうぞです。」

「……サンタさんとは行くんだから、いいだろ。」

「面倒です。」

「……それに、閉め出されたら、困る。」

「開けてやるですから、さっさと行くです。」

「……お前、鍵開けっぱなしにする気だろ。」

「ちょっとくらい、大丈夫です。」

「……不用心だ。とにかく、行くぞ。」

 それでも動こうとしないねずみに痺れを切らしたへびは、唐突にねずみを抱えあげた。

「ちょっ……いきなり何するですっ!」

「……お前が動かないからだろ。このまま抱えて行ってもいいんだが……どうする?」

 ねずみは噛みついて逃げ出そうとしたが、次の瞬間、体が宙に浮いたかと思うと、気がついたら完全に腕で拘束されてしまった。

 へびは黙ってねずみを見下ろす。その目は、なんとも言えない圧があった。

「……分かったです。行くですから、離せです。」

 逃げ出せないと観念したねずみは、大人しくへびについていくことにした。


 ねずみがつれていかれたのは近くのファミレス。

 店員はへびの前には普通のメニュー表、そしてねずみの前にはお子さまメニューを置く。

 明らかに不機嫌そうな顔をするねずみ。そんな彼女にへびは黙って自分のメニュー表を渡した。

 ねずみは礼も言わずメニュー表を見る。

 一通りメニューを見終わった彼女はメニュー表をへびに返した。

「決まったのか?」

 頷く彼女を見て、へびはベルを鳴らす。

「ご注文をお伺いします。」

 店員が注文を取りに来たので、へびが首を動かし注文を促す。

「マルゲリータピザLサイズ、チーズ多めです。」

「……卵ときのこの雑炊、少なめと……この、期間限定のチーズケーキ、1つ、以上で。」

 仏頂面のねずみと無表情のへびに対しても丁寧に会釈をすると、店員は去っていった。

「そんなんで、足りるです?」

 へびの明らかに少ない注文量を見て、ねずみはさすがに心配になって尋ねた。

「……撃たれた傷、まだ治ってなくて……撃たれた腹の調子、まだ、よくない……。」

「あ……ごめんなさい、です……。」

 だから、ぶら下がっているときは辛そうだったり、しきりに閉め出されると困ると言っていたのかと、流石のねずみも悪いと思った。


 料理が来るまで何も話すことがない。


 へびは黙ってねずみを眺めているだけ。仕事の話をしようにも、外で誰が聞いているかわからないため、迂闊にはできない。かといって、ねずみも会話が得意なわけではない。だが、沈黙はさすがに困る……。

「何か……聞きたいこととか無いんです?」

「……聞きたいこと、か……。」

 へびはしばらく考え、それから口を開いた。

「……あのぬいぐるみは、気に入ったか?」

「別に……。」

「……そうか。」

「というか、何で私に?」

「……礼と、詫び。」

「別に、あなたが謝ることなんてないじゃないですか。」

「……泣かせた、から。」

「え……?」

 ねずみは全く気づいていなかった。あの時、彼が起きていたことも、自分が泣いていたことも。

「……怖かっただろう。俺が、弱いせいで……すまなかった。」

「別に……いつかは通る道です。」

「……それでも、お前に見せていいものではない。」

「私が子供だから、です?」

 ねずみは目の前の殺し屋を睨みつける。

「私は、覚悟を持ってこの世界に来たです。子供扱いするな、です。」

 反して殺し屋は目を伏せる。

「……あんな光景は、人が見るものではない。外道だけが見てればいい……俺みたいな奴だけが。」

 無表情で何を考えているか分からないが、少なくとも言動は彼なりの気遣いがあったへびが、外道だとねずみには到底思えなかった。

「あなたはそんなに、酷い人なんです?」


「……命令一つで、お前を殺すぞ、俺は。」


 暗く冷たい声で言い放つ。

「……どんなに親しい人間だろうと、仲間だろうと、善人だろうと、命令されれば無感情で殺せる、それが……俺だ。」

 淡々と言葉を放つからこそ、本当に無感情で人を殺せることが伝わってくる。

「……前の組織では、都合の悪い善人を殺す役目をしていた。普通の人間なら2年も持たないところを、俺は5年もやっていた。あの命令を失敗しなければ……俺は、死ぬまでそこにいただろうな。命を命と思わない俺は……外道以外の、何者でもない。」

「それは――――」

 本当の外道は自分のことをそんな風に言わない。

 外道をよく知っているねずみは否定しようとしたが、タイミング悪く店員が料理を運んできてしまった。

「……こんな話、するんじゃなかったな……。忘れてくれ。」

 そうしてへびは静かに手を合わせると、雑炊を口に運び始めた――もう、話さないと言わんばかりに。

 ねずみも無理に話させるわけにはいかないと思い諦め、目の前のピザにさらに粉チーズを振りかけるのだった。


 お腹がすいていたねずみはあっという間に大きなピザを平らげてしまう。一方、へびはちまちま食べているせいでまだ半分も残っている。

「速いな……。」

「そうです?普通です。」

「……そうか。」

 へびは店員を呼ぶと、食後のデザートを持ってくるように頼んだ。

「もう少し、後のほうがいいんじゃないです?」

「……いや、これなら、一緒に持ってきてもらった方がよかったな。」

 その言葉の意味を瞬時に看破したねずみは、驚いた。

「あれ、もしかして、私に、です?」

「……欲しそうに見てただろ?」

 ちょうどその時、店員さんがチーズケーキを運んできてねずみの前に置いた。

「いいんです?」

「……残されたら、俺が困る。」

「じゃあ、勝手に頼むなです。」

「……でも、食べるだろ?」

 なんだかさっきからいいように扱われている気がするが、それでも目の前の好物には抗えず、フォークを入れた。


 食事が終わり、サンタの家に戻る。

 応接室代わりの台所で、定位置に座るねずみ。

「で、何を血迷ったら、新人の私を指名することになるんです?」

 サンタと違い、ねずみはお茶もお菓子も出さない。なので、へびは来る前に買っておいたジュースを冷蔵庫から出す。

「いつの間に……。」

「……お前が作業している間に、しまっておいた。」

 作業に集中していたとはいえ、全く気づかなかった。改めて、目の前の人間が凄腕の殺し屋だと思い知らされる。

 へびはねずみの前に改めて依頼書を差し出す。ねずみは黙ってその紙を見る。

「……今回のターゲットは、護衛の数が多い。正面からやりあうのが不利だ。だから、長距離狙撃でやる。」

「狙撃銃って、とにかく精度と使用者に合わせたカスタマイズが重要じゃないですか。それに……私は一度も、調整したことないです。サンタさんの方が、適任じゃないです?」

「……調整は、2週間くらいかけてもらう。連合は、山奥に狙撃練習用の土地を持っているそうだ。そこで、泊まりこみで頼むことになる。」

「だから、なんで私なんです?」

「……とはいえ、24時間拘束するつもりはない。狙撃銃の調整以外は、自由にしていい。ほかの仕事もあるだろうし、俺が手伝えることがあれば、なんでも言ってくれればいい。」

「ちょっと!私の質問に答えてください!」

 バンっ!

 ねずみは机を思いっきり叩く。

「なんで!私!なんです!?」

「……お前に頼んだら、だめなのか?」

「だって、私、まだ新人ですよ?!あなたの銃とナイフが初めての!それに、狙撃銃は相当な精度が必要です。経験の浅い私が、いきなり全部だなんて、できるわけないじゃないですか!」


「俺は、ねず、お前の銃が使いたい。」


 ねずみは驚いた顔でへびの顔を見上げた。

「……だから、直で頼みに来たんだが……だめか?」

「そ、それは……。」

「……さっきも言ったが、調整にはかなり時間をかけてもらうつもりだ。サンタさんは、運び屋だから……長時間拘束するわけにはいかない。お前なら、腕も十分だと思ったんだが……。」

 ――――――過大評価にも、程があるです。

 サンタさんに電話で確認をした時も、

『お前なら余裕だろ。行ってこい、いい経験になるぞ。』

 と、止めるどころか、勧められてしまった。

 へびに渡した銃もナイフも、一生懸命やったけれど、きっとたまたまだ。

 ――――――だけど……なんです、この、嫌な予感は……

「もし……私が、断ったら、どうするんです?」

「……その時は、正面からやりに行くしか、ないだろうな。」

 あの日の彼の姿を思い出してしまう、血だらけで、今にも消えそうな命の灯(死に体)を。

「ほかの人に頼めばいいじゃないですか。なんで、私にこだわるんです。」

「……お前の銃とナイフが、気に入った、から?」

 ――――――なんであなたが、疑問形なんです。

 だが、この馬鹿な殺し屋はきっと、ねずみが断ったら本当に正面から殺しにいくだろう。そして、また、あの時みたいに……今度は、死んでしまうかもしれない。

『いいか、ねず。俺たちが作るのは、敵を殺すだけの武器じゃない。』

 サンタさんがよく言っている言葉の意味が、分かった気がした。

『俺たちが作っているのは、味方を守る武器だ。』

 ねずみにとって、誰かが仕事で傷付こうが死のうが関係ない――そう思っていた。

 でも、いざその現場を目の当たりにしたら、ちょっと顔を知っているだけの人物がまた血塗れになるのを想像したら……無視なんて、できなかった。

「分かったです。やる、です。」

 その言葉に、へびの無表情が僅かに緩む。

「ありがとう。助かる。」

「!……まだ、何もしてないですっ……!」

 サンタさん以外から笑顔を向けられたねずみは思わずまた、天邪鬼な態度をとってしまう。

「……急ですまないが、3日後に出発する。準備で必要なものがあれば、遠慮なく言ってほしい。」

 そう言って連絡先を書いた紙を差し出す。

「……ほかに、何か聞きたいことはあるか?」

「今のところ……特には。」

「……分かった。また3日後の朝、迎えに来る。何かあれば、連絡してほしい。」

 へびは立ち上がり台所を出ていく。

「……あぁ、そういえば、冷蔵庫にプリン、入れておいたから……作業の休憩に食べるといい。」

 そう言い残して、へびは出ていった。


 --

 自宅に戻ったタイミングで、電話が鳴った。

『入れ違いになったみたいだな、へび。』

 電話の相手はサンタだった。

「お疲れ様です。ご無事で何よりです。」

『ハハハ!大げさだな!まぁ、今日も無事故だ。』

 今日は運び屋として各地を回っていたようだ。

『で、どうだった?あいつに断られたか?』

「……いえ、引き受けてもらえました。」

『えっ?!マジで?!』

 電話の向こうで息を呑む音が聞こえてきた。

『よくあいつを言いくるめたな……。』

「……特別なことは、言っていません。ましてや……脅したりなんて、してません、ご心配なく。」

『いや、お前さんに限ってそんなことはしないとは思っているが……。』

 むしろ、口が下手なへびの方がねずみにぼろくそに言われていないかと心配していたが、どうやら杞憂だったよう。

「……なので、3日後から2週間ほど、彼女をお借りします。彼女のことは、責任をもって守りますので、ご安心ください。」

『その点については、何も心配はしてないから大丈夫だ。むしろ、あいつ、好奇心旺盛だからなぁ、勝手にどっか行くかもしれないから、悪いが、面倒みてやってくれ。』

「……承知しました。」

『にしても、お前さんがあいつを気に入るとは思わなかったなぁ。あんなに悪態つかれてたのに。そんなにあの銃とナイフ、気に入ったのか?』

「……そう、ですね。それも、あると思います。」

『ん?ほかに理由があるのか?』

「……それが、俺にもよく分からなくて……。」

 へびは今まで、物も人もえり好みすることはなかった。だからこそ、善人を殺すという非道に手を染めることができた。

 それが今なぜか、彼女の武器を使いたい、と妙なこだわりが沸いてしまった。

「……我儘言ってすみません……。」

『それは全然かまわないし、むしろ助かるというか……あいつも、俺以外と関わる練習させないといけないしな。こっちこそ、すまんがねずを頼むよ。我儘言ったら容赦なくひっぱたいていいからな。』

「……たたきはしないですよ。それから……『あの件』も、俺でいいんですか?」

『むしろお前に頼めるのは光栄だよ。うちで最強の殺し屋だからな。』

「……言い過ぎですよ……。」

『というか、あいつとまともに話せるのが俺とお前だけだし、それならお前の方が適任だからな。』

「……俺、彼女とまともに話せてますか……?」

『仕事を引き受けさせたことが何よりの証拠だろ。』

「……たしかに。」

『じゃあ、そっちの件も頼んだ。よろしくな。』

「……こちらこそ、よろしくお願いいたします。」


 --

「おはようございます。」

 3日後の朝、約束通りへびはサンタとねずみの家にやってきた。

「おはよう。……って、お前さん、荷物それだけか?」

 へびはいつもどおりピシッとスーツを着ているが、持っている荷物は明らかに中身が少ない大きめの旅行バッグ一つだけだった。

「……まぁ、着替えだけですから……。」

「にしても少なくないか?スーツにしては軽すぎるし……。」

 ワゴンにへびの荷物を載せたサンタが怪訝そうに首をかしげる。

「……流石に、スーツは今着ているやつだけです。向こうでは軽装です。」

「あぁ、なるほどな。」

 そういいながら、「スーツ以外の服、持ってるんだ……。」と驚いた。

「おはようです。」

 玄関から大きなキャリーケースと旅行バッグと工具箱を運ぶ眠りねずみが現れた。

「……おはよう。」

 ねずみが肩に掛けていた旅行バッグを持ち上げる。

「あ、それ――」

 重いです、というよりも早く、軽々と荷台に運んで行ってしまった。

 運転席にサンタ、後部座席に眠りねずみとへびを乗せたワゴンは山に向かって発進した。


「……そういえば、名前、聞いてないです。」

 眠りねずみが唐突に言い出した。

「っていうか、あなたは何故、私の名前を知ってるです?」

「……サンタさんが、お前を呼んでたから。」

「あぁ、なるほどです。で、あなたの名前は?」

 そう問われたが、名乗る名がないへびは困ったように首をかしげる。

「名前がまだ決まってなくてな。とりあえず今は前職の名残でへびって呼んでる。」

 サンタが助け船を出す。

「昔の名前のままで、いいじゃないですか。」

「嫌だ。」

 言葉がワンテンポ遅いへびにしては珍しく即座に、強い語気で拒否する。

「……あの名前で呼ぶと、前の組織の人間と間違えられる可能性がある。それはとても危険だ。だから、あの名前は、使えない。」

 元の淡々とした声に戻って理由を説明するが、理由がそれだけではない、昔の名前にいい思いがなかったことが一番の要因だろうなとねずみは推測した。

「へび……ですか。そのままだと、なんか味気ないというか、違和感ですね。人にもよりますが、動物の名前の方は、前後に装飾つきますね。」

「……そういうお前も、名前そのままじゃないのか?」

「私は『眠りねずみ』です。」

「そのまま呼ぶのが面倒だから、普段はねずって呼んでんだ。」

「私みたいに、武器製造を担当する人の大半は齧歯目の動物名です。ねずみなんてよくある名前なので、他の人と混ざるです。」

「……げっしもく……?」

「前歯が長くて、物を齧る習性がある小型の哺乳類です。ネズミ目ともいわれてるです。ハムスターやリスも仲間ですね。」

「……うさぎは?」

「あれは兎形目なので別の分類です。」

「……詳しいな……。」

「図鑑に載ってるです。これくらい普通です。」

 運転しながら「普通じゃないんだよなぁ。」とつぶやくサンタ。

「へびだと……有名どころではニシキヘビやアオダイショウ、アナコンダがいますね、あと、マムシ、ハブですか……。ハブなんか、呼びやすくてかっこいいです。あ、でも、ハブは毒がありますが、あなた、毒はおろか道具も使わないですし……。」

「……武器があれば、普通に使うが……たしかに、毒は受けることはあっても、使うことはほとんどないな。……そのあたりの知識が、皆無だからな……。」

「毒蛇ならかっこいいのがいっぱいいるんですが、毒なしは有名どころはアオダイショウかペット用へびくらいですし。……となると、別の方向から考えた方がよさそうです。へびにまつわる言葉といえば……蛇蝎が有名です。」

「……だかつ?」

「蛇とさそりのことで、人が忌み嫌うものの例えです。響きは悪くないですが、意味としてはよくないです。あなたは好かれはしないものの、嫌われるような人でもないので、合わないです。」

 今まで出会ったほとんどの人間を嫌うねずみが、蛇に対して意外と前向きな評価をしていることにサンタは心のなかで驚いた。

「古今東西の神話では、蛇は神聖なものとして扱われることもあれば畏怖の対象として扱われることもあるです。脱皮することからウロボロス――死と再生の象徴と言われてるです。日本だと、ヤマタノオロチが有名ですね。ギリシャではメデューサの髪の毛が蛇ですし。恐れられてはいますが、神として扱われているです。キリスト圏だと原罪をもたらしたとして嫌われてるです。」

 すらすらと蛇にまつわる知識を披露するねずみ。

「大蛇……って感じには見えないです。カタカナの名前も似合わないですし……。」

 そうしてねずみはあーでもないこーでもないとぶつぶつ考え込みだしたのだった。


 ワゴンは山道の途中で立ち入り禁止とテープが張られた脇道の前で止まる。

「ここまでこれば、あと少しだ。長旅おつかれさん。」

 テープを外し、脇道を進んでいく。

「連合は、こういう土地も持ってるですね。」

「都合の悪いもんを隠すには、うってつけだからな。」

 舗装されていない道、うっそうと茂る木々の隙間を抜けていく。その道はどこか怪しげで影から恐ろしい化け物が現れてもおかしくないほど暗い。そんな雰囲気に、へびは無意識に警戒してしまった。

「何か……いた、です?」

 へびの雰囲気の変わり様に思わず尋ねたねずみの言葉に、はっとして警戒を解く。

「……すまない。こう、周りが暗いと、敵がいるんじゃないかと、つい、癖で……。いるわけがないのにな。怖がらせて、すまなかった。」

「いや、いないとは限らないです。熊とか猪とか。」

「熊は嫌だな。」

「……対処法は調べてきましたが……実践できるとは限らないですし……。」

「普通に撃ち殺せばいいじゃないです?」

「……可哀想だろ。邪魔しているのは俺たちの方なんだから。」

「意外です。」

「……そうか?」

 ねずみはこくりとうなずいた。


 十数分、細道を進んでいくと塗装がほとんど剥がれた鳥居が見えてきた。

「もともとは神社だったんです?」

「あぁ。随分と昔に閉鎖したらしい。山を買ったらついてきたって感じだ。目印にはちょうどいいからな、鳥居だけはそのままにしてあるんだ。」

 そのまま鳥居の下をワゴンはくぐり、すぐ目の前のログハウス近くに止まった。

 ログハウスの目の前はちいさめのじゃりの広場となっており、このログハウスと広場を囲むように太く大きな木々が茂っている。

「荷物おろしがてら、中も案内しよう。」

 食料や道具などをもってログハウスの中に入る。

 若干埃っぽいものの、それほど汚れておらず、かすかに木の香りが漂ってくる。

「年一で掃除しに来てはいるが、使わないと埃がたまるなぁ。」

 サンタがブレーカーを上げると、明かりが部屋を照らす。

「なんで使わないんです?普通に遊びにも使えそうですが。」

「みんな忙しいからな。」

「ここは、どういう風に使うんです?」

「まぁ、特に周りに知られると困ることで、本拠地から離れても問題ないことに使うな。今回の狙撃の調整なんかにはうってつけだ。あとは、長期的なトレーニングにも使うこともあったが、最近は滅多にないな。最後に使ったのは、いつだろうな。」

「……他の方は、狙撃を使わないんですか?」

「あぁ。お前さんが久しぶりだな。記憶が正しければ、10年前に調整したのが最後だな。前の子の神将以外、調整できる人間がいなかったからな……。正直なところ、今、長距離狙撃の調整ができるのは俺とねずだけだ。ほかの連中もできないことはないだろうが……やりたがらないだろうな。」

「私もできないですが。」

「お前さんには一度教えただろ?」

「本番は初めてです。」

「まぁ、お前さんならなんとかなるだろ。」

「やりますけど……。」

 入ってすぐの部屋はリビング。木でできた楕円のテーブルとグレーのソファ、壁には暖炉が置かれている。

 その奥にはキッチン。冷蔵庫、コンロ、電子レンジ、炊飯器……一通りの調理器具がそろっている。

「電源つけたばっかだから、とりあえずここに置いたままにしておくか。」

 食料が入ったクーラーボックスを冷蔵庫の前に降ろすサンタ。

「へびくん、電子レンジと炊飯器の使い方、分かるか?」

「……電子レンジは使えます。炊飯器は……説明書があれば、なんとかなるかと。」

「そうか。説明書はここの棚に一通り入ってるからな。まぁ、分からなければねずに聞けば、多分分かると思う。」

 リビングの左側の扉の先は、水回り。お手洗いと脱衣所、洗濯機、浴室とサウナがある。

「思ったより豪華です。普通にレジャー施設じゃないですか。」

「まぁ、もともとは避暑地として建てた小屋だったんだが、まぁ誰もまともには使わないからな。」

「へびさんはサウナ使うです?」

「……いや、使ったこと、ない。」

「そうですか。」

 玄関のすぐ目の前の階段を上ると扉が3つ。左の扉は寝室のようで、大きなベッドと簡易的なデスク、クローゼットが置かれている。右手には2つの扉があり、どちらも個室で簡易的なデスクとクローゼットがある。

 ねずみは勝手に奥の部屋に自分の荷物を投げ入れた。

 荷物を置き、再び台所に戻り、クーラーボックスの食料を冷蔵庫に詰める。

「で、この下に地下室がある。」

 台所の床下収納を開けると、はしごが現れる。下に降りると、少し湿っぽい。

 電気をつけると、コンクリート部屋に大量の鉄製の棚が置かれ、様々な武器や危険物が収められている物騒な部屋が顕わになった。

「やばいもんは大体この辺りにある。必要なら自由に使っていいが、取り扱いには注意しろよ。特にねず。分かったな?」

 古い武器に目を輝かせるねずみにサンタは軽くこぶしを落とす。

「はいです。」

 元居たキッチンまで戻り、床下収納を元に戻す。

「一応この辺りの地図も置いてあるが、山の中の方までは行くなよ。遭難したら、いくら俺でも探せないからな。ねず、勝手にどっか行くなよ。必ずへび君と一緒に行動すること。分かったな?」

「はいです。」

「へび君、ねずを頼んだよ。」

「いえ、こちらこそ彼女をお借りします。」

 そうしてサンタはワゴンに乗って山を下りて行った。


 --

「では、何から始めます?」

 早速仕事にとりかかろうとするねずみに対して、へびは首を横に振った。

「……慣れない場所に来たばかりだろ。今日はゆっくりするといい。」

「別に私はどこでも仕事できるです。」

「……俺の方も準備があるから、今すぐは流石に、厳しい……。」

「そうですか……。分かったです。」

「……好きにして構わない。広場辺りまでなら出てもいいが、そこから先には行かないでくれ。」

「地下にいるです。」

 ねずみは工具箱を持つと、地下へと走っていった。

 その姿を確認したへびは、部屋の中を見渡す。

 ――――――狙われやすい場所には、できるだけ彼女を近づけないようにしないとな……。

 改めて殺し屋としての目線から部屋を一通り周り、物の配置と部屋の構造を頭に入れる。

 ねずみが勝手に自室にした部屋も、勝手に入る。

 ――――――机の配置的に、狙われたとしても一撃では仕留められなさそうだな。なら、何かあっても守れそうだな……。

 続いて自分の部屋に入る。

 クローゼットに一通り荷物を入れると、今着ているスーツを脱ぎ、Tシャツと短パンに着替える。

 ――――――軽く、トレーニングして身体を慣らさないとな……。

 へびは2週間弱、療養していたためほとんど運動をしていない。また、激しい運動はまだ治っていない傷が悪化する可能性がある。

 ねずみが向かった地下室にへびも向かう。

 地下に降りた先では、ねずみが棚の武器を分解していた。その様子を後ろからのぞき込む。

 手際よくねじを外し、サビたパーツを素早くバラバラにするその手つきは職人そのもの。

「……流石だな。」

「ひゃあ!」

 ねずみが驚いて後ろを振り返る。

「び、びっくりしたです……。」

「……す、すまない。」

「何か用です?」

「……少し、トレーニングしようと思って。」

「私、ここから出ないので大丈夫です。」

「……いや、ちょっと手伝ってほしい……というか……?」

 へびはねずみを誘おうとするが、上手く言葉が出ない。

「私に手伝えること、あるです?」

 へびは静かに頷く。

「……せっかくだから、こういうことも経験しておいた方がいいだろ。」

 本当はサンタに頼まれたからだが、命令だからとねずみがいやいややるのは避けたいところだったため、黙っておいた。

「確かに。殺し屋のトレーニング、気になるです。」

 へびの予想とは裏腹に、ねずみはすんなりと立ち上がる。

「で、何するです?」

 意外にもやる気満々なねずみは、ナイフを振るうように腕をブンブン振る。

「……とりあえず、汚れてもいい服に着替えたら、外に出てきてくれ。」

「この服で大丈夫です。」

 外に出たへびは、ポケットから水風船を取り出す。

「遊ぶんです?」

 怪訝そうな顔をするねずみ。

「……割と、便利そうだと思ったんだが。」

 蛇口にそれをセットすると、ものの数秒であっという間に100個の水風船が出来上がる。

「……まぁ、簡単な話だ。――――これを、俺に向かって投げて欲しい。」

 へびは近くに落ちていたナイフ程度の長さの木の棒を拾う。

「……そうだな……それを全部使いきるまでに1回でも俺に当てられたら……プリン、やるよ。」

 プリンにつられたのか、ねずみのやる気は最高潮。

「100回もチャンスがあれば……1回くらい、当ててやるです!」

 まずは1つ目、ド正面に投げつけるが軽く体を反らして躱される。

 続いて2つ目、足元に投げたがそれも軽く避けられる。

 3つ目と4つ目を同時に投げる、足もとと体の正面。足下のを躱すと同時に木の棒で4つ目の水風船が割られる。

 ――――――流石、殺し屋です。ただ投げただけでは当たらないですか。

 ねずみは考える、この男にどうすれば1つ――たったの一度、水風船を当てられるか。

 ――――――チャンスは残り96回、それでは()()()()()()()()です。

 ねずみはしゃがみ込む。

「……どうした?急に動いて足でも痛めたか?」

 悠長に近づいてきたへびに、ねずみは()()()()()()()

「なっ……!」

 水風船と違い大きく体をのけぞらせたところに、時間差で水風船が飛ぶ。

 へびは身体を大きくひねり無理やり宙に浮かせ躱す。その着地点を狙ってさらに水風船が襲い掛かる。

 それを手で地面を押して飛んで避ける。

「危ないだろ……!」

「石を投げちゃダメだなんて、言われてないです。」

「……俺が間違えて払いのけたら、お前にあたってたかもしれないんだぞ。」

「それが、私の狙いです。」

 ねずみはにやりと笑って石と水風船を構える。

「100じゃ手数が足りないです。なら、手数を簡単に増やせて、あなたの意識を削れる石が最適解だと思わないです?」

「……その気概は、ほめるべきだろうな。」

 ――――――意外と油断ならないな。軽い運動程度に考えていたが、本気でやらないと……たった1日で当てられる。

 石と水風船が交互に飛んでくる。手数が倍どころか3,4倍は増えている。厄介なことに、石は当たってもいいが絶対に払いのけてはいけない、水風船は払いのけてもいいが絶対に当たってはいけない。その見極めをしなければならない。加えて、こちらから手出しはできない。

 弾のコントロールは悪いが、狙いはいい。石と水風船を投げるタイミングがランダムなようで、当たりそうになって初めて「狙われていた」ことに気付くくらい巧妙だ。それが、少しの休みもなくへびを襲い続ける。

 ――――――悔しいが……天才だ、この子は。

 幼少から戦闘訓練しか受けてこなかったへびを、戦闘訓練を受けたことのない少女が追いつめている事実に驚愕していた。

「これで、最後です!」

 目の前に飛んできた水風船を木の棒で叩き落す。

 直後、割れた水風船の影からもう一つ飛んでくる。

 それを予見していたへびはすぐさま木の棒を翻し最後の水風船を割った。

「……残弾数くらいは数えてる。」

「う~、当たると思ったのに……!」

 ねずみは地団駄を踏む。

「……簡単に当てられては困る。」

 ――――――なんどもヒヤッとしたがな……。

「……いいトレーニングにはなったが……石は……」

 ――――――戦闘にルールは無い。なら、あれくらいの発想は大事だな……。

「……いや、なんでもない。」

「明日こそ、当ててやるです。」

「ん?明日もやるのか?」

 随分とやる気満々なねずみを、意外そうな目で見るへび。

「当然です!悔しいですもん!それとも、私に負けるのが怖いです?」

「……いや、お前に簡単に当てられるようでは、生き残れないからな。……だが、石を投げるのは禁止だ。」

「えー!別にいいじゃないですか。どうせ当たらないんですし。」

「……間違えて払いのけたら、お前に当たるだろ。とにかく、明日からは石は禁止だ。」

「じゃあ、ナットでも使うです。」

「……水風船以外禁止。」

「それは厳しいですね。」

「……明日からは水風船2倍でいいから。」

「仕方ないですね。いいですよ。」

 水風船を多めに買ってきてよかったと思ったへびだった。


 --

 次の日からのスケジュールはこんな感じだった。

 午前5時。ソファで寝ていたへびが目を覚ます。寝室にはベッドが1つしかなかったため、へびはリビングのソファで寝泊まりをしていたのだ。そこから、1時間ほど軽いトレーニングをした後、シャワーを浴びる。

 その後、キッチンの冷蔵庫を開け、食材を確認し、朝ごはんを作り始める。スマホで調べたレシピを見よう見まねで料理をこなしていく。

 午前6時半。寝室のねずみを呼びに行く。

 布団に包まり穏やかに眠っているところを申し訳ないと思いながら、肩を軽くたたく。

「……おはよう。」

「まだです~。」

 寝ぼけているようだが、朝ごはんが冷めてしまうので布団から引っ張り出す。

「……顔、洗ってきな。」

 洗面台にねずみを送り出し、その間に配膳を済ませる。

 午前7時半。へびは洗い物と洗濯と掃除などの家事を一通り済ませる。その間、ねずみは調整のウォーミングアップと地下で機械いじり。

 午前9時から12時までは狙撃銃の調整。

 調整をしては試し撃ちをする。それを何度も繰り返す。

 ついでに狙撃銃の撃ち方をねずみに教え込む。

「首が傾いている。」

 ねずみの頭を優しく動かすへび。

「なぜ、私に撃たせるです?」

「……今後の調整で必要になるだろ。」

「それはそうですが……時間、かかってしまうです。」

「……だから、2週間かけて調整すると言ったんだ。腕、下がってる。」

 午後0時半。片づけをして昼食を作る。

「……ねず、なんか目が痛いんだが……。」

「玉ねぎ切ってるからです。」

「……まるで催涙スプレーを浴びたみたいだ……。」

「玉ねぎに含まれる硫化アリルが酵素によって分解されて、催涙効果のある物質になって空気中に漂うからです。」

 ねずみの言葉の大半は理解できなかったが、とりあえず催涙効果のあるガスが発生していることだけは理解できたへび。

「……とりあえず、換気するか。」

「加熱したり、逆に冷やして素早く切るといいです。あと、切れ味のいい包丁で切るのもおススメです。あとで、包丁研いでおくです。」

 午後1時。昼食をとる。

「ちょっと、焦げてるです。」

「……生よりはましだろう。」

 午後2時半。へびはトレーニングと称してねずみの戦闘訓練を行う。

 簡単な模擬戦闘のようなものだ。水風船をへびに当てようと奮闘するが、そう易々と当たらない。

「ぐぬぬぬぬ……当たらないです……。」

「……作戦はいいが、狙いが甘いな。」

 午後4時から6時。へびは特にやることがないので、作業しているねずみのそばでぼーっとしていた。

 ねずみは地下室にある道具や様々な家電の修理をしていた。

「いつもいつも私の作業見ているだけですが、退屈じゃないです?」

「……一種のショーだと思ってる。」

「変な人。」

 午後6時半。作業に没頭しているねずみを残し夕飯づくりを始める。

「……味、大丈夫か……?」

 へびはカレーの味見をしたが、相手は子供だ、辛すぎないか悩む。

 午後7時。作業に熱中しているねずみを半強制的に地下から引き上げ、夕飯をとる。

「……味、大丈夫か?」

「ん?美味しいですよ?」

「……辛くないか?」

「大丈夫です。むしろ、ちょっと甘いくらいです。」

 午後8時。順番にお風呂を済ませる。

「……ねず、髪の毛くらい乾かせ。風邪引く。」

「勝手に乾くです。」

 地下に行こうとするねずみを足で捕まえて、ドライヤーでふわふわに髪を乾かす。

 午後10時。ねずみを再び地下室から引き上げ寝かしつける。

「……寝るぞ。」

「これ終わった寝るです。」

「……明日にしな。」

「別に迷惑かけないです。」

「……寝ないと、大きくなれない。」

「私がちびだと言いたいんです?」

「……俺より小さいだろ。」

「あなたと比べないで欲しいです。」

 午後11時。日報を本部に送信し、メールチェックを終えたへびはソファで眠りにつく。


 そんな調子で1週間が過ぎた昼下がり、サンタが食料の配達にと様子を見に来た。

「おーい、元気にやってるか~?」

「あ……サンタさん。お疲れ様です。」

 ちょうどねずみと戦闘訓練の水風船当てをやっているところだった。

 へびがサンタさんの方へ視線を向ける。それを見逃すねずみじゃない。

 フルスイングで水風船が飛んでくる。

 それを横目で捉えたへびが、持っていた木の棒で水風船を叩き落した。

「……ねず……隙を狙うのはいいが、サンタさんに当たったらどうする気だ……。」

「それを気にして当たってくれると思ったんです。」

 さも当たり前かのようにそう口にするねずみを、たくましいなと思ったへびだった。

「へびくん、これは一体、何をしているんだ……?」

「……訓練です。」

「お、おう……そうか。」

 どこからどう見てもねずみの遊びに付き合っているようにしか見えないが、へびが言うのならそうだろうと無理やり納得するサンタだった。

「……ねず、一旦中断にしよう。中でおやつでも食べな。」

「なら、地下で作業するです。おやつはもう少し後がいいので。」

 そう言ってねずみは走って中へ入っていった。サンタとへびも後に続いて入っていった。

「整備のほうはどうだ?弟子ながらなかなかの腕前だろ?」

「……はい。すごく助かります。」

 リビングのテーブルに向かい合って座り、雑談を始める。

「……これなら、これからも整備をお願いすることになりそうです。もう、一人で整備できるでしょう。実際、来週使う狙撃銃はもう出来上がっています。本当に10歳なんですか?彼女。」

「本人はそう主張しているぞ。そうじゃなくても、あいつの性格なら年齢を盛ることはあっても、サバは読まないだろうさ。」

「……確かに。」

「で、戦闘訓練のほうはどうだ?」

「……まだ、本格的には始めていませんよ。とはいえ、素質はあります。」

 へびがふっと笑う。

「……特に、卑怯具合が一級品です。彼女は相当、頭がいい。」

「ほぅ。」

「……先ほども見ていたと思いますが、今、水風船を俺に投げて当てるという訓練をさせています。」

「それ、本当に訓練になるのか?」

「……あれを、銃弾に置き換えてみてください。」

「なるほど。」

 へびの一言に、ただの遊びがかなり高度な訓練であることに納得した。

「……戦場では、様々な能力が求められます。武力、知識、視野の広さ、判断力、瞬発力――彼女の最大の武器はきっと、その豊富な発想力になるでしょう。身の回りの全てを道具としてみて、わずかな隙すらチャンスに変える――恐ろしいことに、その隙すら誘い、それを悟らせないように立ち回る術を、作戦を立てられる頭がある。」

「知らなかったなぁ。あいつ、頭がいいとは思っていたが、一体どこでそんな知識を仕入れたんだか。」

「……一方で、彼女は少々感情に左右されやすい嫌いがあります。」

「それは俺も同感だ。」

「……俺みたいに全く感情がないのも、人間としてはいかがなものかと思いますが、感情に左右され過ぎれば、冷静な判断ができなくなる。時にそれは、致命傷になります。」

「よく、ねずを見ているな、お前さん。で、どうするんだ?これから。」

「……戻ってから本格的に始めます。技術的な面よりも先に、やることがあるので。」

「やることって?」

「……まずは、殺気に、死への恐怖に慣れてもらいます。」

 そういうへびの声には既に少し、殺気がこもっていた。

「戦場にでた新人が初めに当たる壁が、死への恐怖です。殺される恐怖、ここで正しく動けるかが、生死の分かれ目になります。どんなに腕の立つ武闘家でも戦場で役に立たない理由は、これです。どんなに武力を持っていようが、どんなに頭がよかろうが、目前の死に怖気づいて動けなければ、殺されるだけです。まずは、例え俺が殺そうとしてきたとしても、動けるようになってもらいます。」

「それはまた面白い訓練だな。」

「……電話でもお伝えした通り、俺はねずに『人殺しの技術』を教えるつもりはありません。俺が教えるのはあくまで『身を守る術』です。そもそも彼女には人を意図的に殺す理由がないでしょう。」

 へびの目が鋭くなる。


「人殺しは、俺の仕事なので。」


 へびにとってのプライド。自身を外道と称する彼の、唯一の人間性。

 サンタは拍手した。

「殺し屋ならではの分析、勉強になったよ。元気そうにしていて何よりだ。じゃあまた一週間後。元気にな。何かあったら、すぐに呼んでくれよ。」

 そうしてサンタはワゴンに乗って山を下りて行った。

「……サンタさんにはああいったが……」

 へびは悲しそうな顔をする。

「……いつかきっと、ねずも……。」

 裏社会に身を落とした以上、避けられない。

 地下へ向かうへびの足取りは重かった。


 あれからさらに一週間。

「……上手くなったな。」

「ありがとうです。」

 2週間で狙撃の基礎を一通り叩き込まれたねずみは、今では動く的なら簡単に仕留められるくらいには上達していた。

「……でも、水風船は当てられなかったです……。」

「……そう簡単に当てられては困る。もしあれが銃弾だったら、俺は死ぬぞ。」

「あんなに大きかったら、木端微塵ですね。」

「……まぁ、現実はもっと厳しいがな。」

 そこでふと、サンタも気にしていたことを尋ねる。

「……お前、やたらと投げるの上手かったが、何かやってたのか?」

 ただの子供が殺し屋を追いつめられるほど策を練られると、流石に頭がいいの一言では片付けられない。

「雪合戦ですよ。」

「……雪合戦?」

「はい。雪国でよくある遊びです。冬に雪が積もると、皆で雪玉を投げつけあう遊びがあるんです。」

「……なんとも物騒な遊びだな……。」

「雪なだけましですよ。戦国時代には石合戦といって、石を投げあっていたくらいですから。」

 表社会もなかなか物騒だな、と誤解を抱いたへびだった。


 サンタのワゴンに乗って山を下り、工房へ戻る。

「あ~。やっと平和になるです~。」

 何が不満だったんだ、とへびはジト目でねずみを見る。

「なんだねず。何かあったのか?」

「だって、へびさん、朝早くに起こしに来るし、髪の毛乾かせってうるさいですし、早く寝ろってうるさいです。」

「……真っ当なことしか言っていないつもりだが……。」

「真っ当なことだな。お前さんはもう少し生活力もつけるべきだな。」

「え~。サンタさんもそんなこというですか。」

 荷物を運び終えたへびはねずに頭を深々と下げる。

「……今回は助かった。本当にありがとう。」

「え、ちょ……。別に、私はただ仕事しただけです。」

「……お前が受けてくれたから、この仕事は、絶対、成功させてくる。」

 完璧に調整された狙撃銃の入ったケースを持ち、背を向け去っていった。

「いってらっしゃい。」

 ねずみは自然と、その言葉を零していた。

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