眠りねずみと冥土の蛇 技師見習いと身内殺しの暗殺者
登場人物
・ へび
裏社会組織「連合」に最近入った殺し屋。
もともとは別の組織「宵の薔薇」の四神 玄武だったが、任務に失敗し粛清されかけた。運良く連合の十二神将の射掛と辰爺に拾われ、そのまま連合に所属することになった。
・ サンタ
「連合」の十二神将 子の神将の運び屋兼武器屋。おおらかで気さくな男で、組織内で人望がある。
・ 眠りねずみ
サンタの内弟子の10歳の少女。サンタ以外に心を開かず、冷たい態度をとる。武器修理の腕は大人に引けを取らないほど。知識に貪欲で、武器以外にも様々な知識に精通している。
どさり、と首が折られた男の体が落ちた。
廃倉庫――半グレ組織のアジトは空薬莢と血飛沫と首の折れた死体が散らばり、その中央で血塗れの青年が息も絶え絶えに立っていた。
倒れそうになりながら、ふらふらと出口へと向かうが、途中に落ちている死体に足を取られ転んでしまう。
――――――まずい……血を、流し……すぎた……
ポケットからスマホを取り出し、覚束ない手先でアプリを起動する。画面には現在地とその周囲にある組織構成員の拠点が映し出された。
最も近い場所にあるのは、子の神将 サンタの工房。
彼は少しの間躊躇い、それから震える手で電話を掛けた。
コールが2回鳴ったところで応答の声が聞こえてきた。
「大丈夫か?!へび君!」
中年男性の焦った声が電話口から聞こえる。
「夜分遅くに、すみません、サンタさん……。ちょっと、止血しに、そちらに寄っても、いいですか……?」
へびと呼ばれた青年はできるだけ心配をかけないよう息を整えるが、電話越しのサンタはへびが重傷であることを瞬時に見抜く。
「そこで待ってるんだ、下手に動かなくていい。すぐ行く!」
「残党が、残っている、可能性が……」
「猶更、動かない方がいいだろう。なに、運び屋の俺ならすぐに着く。そこで大人しく待っていなさい。」
電話は切られた。
スマホをしまい、身体を起こす力すら残されていない。それでも彼は残り僅かな力を振り絞って、地べたを這いずって出口に向かった。
--
「ねず!起きろ!」
徹夜で作業した大きな修理が終わり、ようやく睡眠にありつけた見習い技師の少女、眠りねずみの睡眠時間が2時間経過した頃、師匠サンタが大声で彼女を叩き起こした。
「今すぐ救急箱持って来い!あと、タオル!」
「は、はいっ!」
あまりの剣幕にねずみの眠気は一気に吹っ飛び、彼女は慌てて言われたものを取りに行く。
その間にサンタが黒のワゴン車を玄関前に回す。後部座席に飛び乗ると、ワゴンは急発進した。
「な、何があったんです?」
「重傷者だ。半年前に入った新入りだが、とても腕の立つ殺し屋だ。」
荒々しい運転で電話から3分もしないうちに、へびがいるであろう廃倉庫の敷地前に到着する。
「ねず、念のために隠れろ。誰もいないみたいだが、残党がいるかもしれん。」
彼女がシート下に隠れたのを確認すると、サンタはワゴンから降り廃倉庫の入口へと向かう。
入口は細く開いていた。音を立てないようゆっくりと近づき、中を覗き見る。暗くて詳しくは見えないが、人の気配はしない。
そっと扉を押し、中に入る。扉からの光で中の様子が顕わになる。
大量の弾痕が戦闘の激しさを物語る。十数人の死体はどれも首を折られ殺されていた。あちこちに飛び散った血痕はおそらく、死体の首を折った人間のものだろう。
だが、その張本人の姿はどこにも見当たらない。警戒しながら足を進める。
扉の陰に視線を向けたその時、強烈な光がサンタに浴びせられた。
敵か味方か判らず、危険を感じ思わずその場を飛び退き、銃を抜く。
「サンタさん……すみません……」
光を向けたのは、へびだった。スマホのライトを、フラッシュバン代わりにしたようだ。
彼は既に立つことも儘ならないようだ、壁にもたれて座り扉の陰に隠れて息を殺していたようだ。
「すぐに医者のところへ連れてってやるからな。もう少しだけ、頑張れ。」
そう声をかけたものの、彼はサンタの姿を見て安堵したのか、既に意識を失っていた。
「まずいな。」
へびの身体を持ち上げ、全力でワゴンの元に走る。
タイミングよくねずみが後部座席のドアを開いた。そこにへびを担ぎ込み、シートに寝かせる。
「ねず、止血だ!」
サンタは運転席に乗り込みワゴンを急発進させた。
**
ねずみは隠れながら倉庫の様子を伺うと、すぐに師匠のサンタが飛び出してきた。サンタが抱えるその人は意識がなく重傷であることが遠目からでも分かる。
彼女がドアを開くと、タイミングよくサンタが抱えていた人をシートに乗せる。
その姿を見た彼女の動きが止まった。
目に見える場所だけでも十数ヶ所の銃創、彼の弱々しい鼓動にあわせて血が溢れ、車内に錆びた鉄のような臭いを充満させる。
彼の身体には一切の力が無く、だらりと血だらけの左腕がシートから落ちる。
そして何よりも、意識を失ったその顔には生気が全く無い。その呼吸は不規則で小さく、その命が風前の灯火であることを物語る。
彼女も人の死を見たことがある。
故郷である小さな村が炎に包まれ、大勢の人間が死ぬ瞬間を見た。近所に住む悪ガキ一家は炎に焼かれ、彼女を虐げる家族たちは館の瓦礫に押し潰された。逃げる道中、皆が助けを求めて叫んでいた。
彼女はその声を無視して走り続けた。
幼子も生きるために必死だった。彼女に何か出来るはずがなかった。誰もこの選択を責めはしないだろう。
だが、彼女は死にかけの彼らを見て「天罰だ。」と思った。彼女と彼女の親友を理不尽に虐げた報いだと、いい気味だと喜びすら感じていた。
だから、人の死がこれ程おぞましいものだと知らなかった。
あの時は感じなかった本能的な恐怖が、彼女の身体を金縛りにあったかのように硬直させる。
「ねず、止血だ!」
その言葉の直後、車が急発進して車内が大きく揺れ、はっとする。
彼女は手に持っていたタオルを傷口に強く押し当て、手当てを始める。乾いていたタオルはあっという間に血でぐちゃぐちゃに濡れてしまう。
「サ、サンタ、さん、血、血、全然、止まらない、ですっ……!」
焦りか恐怖か、タオルを持つ手ががくがくと震えている。
「止まるまで押さえるんだ!体重かけろ!」
言われた通りに、揺れる車内で泣きながら腕に体重をかける。
闇医者までの5分間、彼女にとっては1時間にも2時間にも感じられるほど異常に長かった。
**
「……って……とまっ……」
意識が朦朧とする中、小さな女の子の泣き声が聴こえた気がしたへびは、重い瞼を少しだけ持ち上げる。
小さな影が、彼の腹辺りをを必死に押さえているのが微かに見えた。
――――――そうか……俺……撃たれたんだったな……。
身体の感覚が殆ど無いせいで、自分が今どんな状態なのか全く分からない。今の組織に拾われた時も、こんな感じで死にかけたなとぼんやりと考える。
助かるか分からない自分を必死で手当てする女の子に、動かない手を伸ばす。
――――――ありが……とう……助けて……くれて……
そして再び、意識が途絶えた。
次に目を醒ましたときには、全く別の、しかし見たことのある光景が目に入ってきた。
――――――助かった……のか……
連合に拾われたへびが初めて目を醒ました場所、闇医者の病院の個室。様々な機械が自分に繋がれている。
――――――あの子の手当てが、無駄にならなくてよかった。
生き残ったことではなく、誰かの努力が無駄にならなかったことに安堵する。
自分が生きたいのか死にたいのか分からなかった。
前の組織で捨てられ死にかけたところで、急に死ぬのが怖くなった。
でもいざ助かっても生きる目的はなく、助けてくれた連合のために命をかけようとしたが、結局助けを求めてしまう辺り、心の何処かで死にたくないとは思っているようだ。
とはいえ、助かっても嬉しいとか、そういう感情は一切湧いて出てこない。
だから、傍らで泣いていた子の尽力が無駄にならなかったことの方が嬉しいと思ってしまい、そのことが逆に、助けてくれた子やサンタ、治療してくれた医者に申し訳なくなる。
ぼんやりとした頭でそんなことを考えていると、ふと、おかしなことに気付いた。
――――――あの女の子は、誰だ?
へびが助けを求めたのは子の神将 サンタだ。廃倉庫の扉の裏で、彼を見たのは覚えている。その姿に安堵しへびは意識を失った。だから、そこから先は記憶に無いはずだった。
だが、時間にして5秒にも満たない記憶を、あの泣き声を、小さな誰かが自分を必死で手当てしていたことをへびは鮮明に覚えていた。幻覚として片付けるには、あまりにもはっきりとしている。今までこんなことはなかった。
「いやぁ、ようやくお目覚めのようだ。よかったよかった。これで一安心だよ。」
病室に入ってきたのはこの病院の主の闇医者。マッシュヘアーが特徴なのでそのままDr.マッシュと呼ばれている。へびは出会って半年も経っていないが、既に顔馴染みといえるほどお世話になっている。
「ホントギリギリだったんだからね。23発も撃たれて生き残ったなんて、僕史上初の患者だよ、全く。」
「急所と動脈を、できる限り外した。」
「褒めてないからね?!」
手馴れた手つきで処置を始めるDr.マッシュ。
「今回の相手は、そんなに手ごわかったのかい?」
「……十数人同時に相手して、サブマシンガンが出てきたときは流石に焦ったが……。」
「逃げればよかったのに。」
「仕事だから、逃げるわけには……」
「社畜か、君は。」
聞き慣れない言葉に首を傾げるへび。
「……とにかく、しばらくは安静にするんだよ。」
処置を終えたDr.マッシュが去るのを袖を掴んで止める。
「……ここに来たとき、小さな子供がいなかったか?」
変なことを言い出して不審がられないか、内心不安なへび。だが、それは杞憂だった。
「子供?あぁ、あの子のことか。サンタさんの内弟子だよ。」
それを聞いて、幻覚じゃなかったのだと安心したと同時に、子供に嫌なものを見せた後ろめたさを感じる。
「女の子、か?」
「声的にそうだと思うけど?でも、あれくらいの子供だと男の子か女の子かなんて見た目ぐらいじゃ正直分からないよ。どうかしたかい?」
「……鮮明な記憶だったから、気になった。」
「なるほどね。幻覚か何かを見るなんてよくある話だからね。ま、今回は本物だったわけだけど。」
Dr.マッシュは「お大事に。」と病室を去っていった。
--
へびが重傷を負ってから1週間がたった頃。
昼過ぎのサンタの家に来客を知らせるインターホンの音が鳴る。
「あいよー、どちらさん?」
『ご無沙汰してます。へびです。』
受話器の向こうから普段通りの彼の声が聞こえた。
「おぉ、元気になったか!いやぁ、よかったよかった。」
ドアを開けると元通りのへびの姿。
「その節は、大変お世話になりました。」
頭を下げ、手に持っていた土産を差し出す。
「困ったときはお互い様だ。わざわざ悪いな。」
サンタはへびの手土産が2つあることに気付く。
1つは有名店のおつまみギフト、そしてもうひとつはかわいらしい包装紙の小包だった。
「女の子が、いらっしゃると思ったのですが。」
「あぁ、ねずの分まで用意してくれたのか。」
家の中にいるその子を呼ぶ。
「何です―――あ。」
ねずと呼ばれたその子は、すぐに廊下から現れる。
アッシュグレーの髪は肩までの長さで、癖っ毛なのかあちこち跳ねてふわふわしている。作業中だったのだろうか、ぶかぶかで汚れた厚手のパーカーの袖からレンチが見えた。
ねずはこちらに歩み寄るも、サンタの後ろで足を止める。それをサンタが「なにびびってるんだよ。」といいながら背中を押して、へびの前まで連れていく。
――――――怖がられてる、のか……
殺し屋という職業柄、怖がられやすいことは自覚していたものの、殺気も警戒も解いた状態で怖がられたことに少し悲しくなる。
だから、これ以上怖がらせないようにと、膝を折って彼女に目線を合わせた。
「この間は、嫌なものを見せてすまなかった。助けてくれて、ありがとう。」
できるだけ威圧しないよう、優しくゆっくりと話すよう努めた。
しかし、彼女は俯いて視線を反らし、小さく「……べつに」と呟くと、袖の上から小包を持ったまま走り去ってしまった。
残されたへびは廊下の奥を呆然と見つめる。
「……気難しい奴でな……許してやってくれ。」
サンタは大きなため息をつく。
「今日、この後暇か?」
「はい。しばらくはリハビリも必要なので、特に予定は。」
「じゃあ、積もる話もあるんだ、少しゆっくりしていけよ。」
「え?あ、はい……。」
へびも背中を押されて中に通された。
「すまんな、まともな部屋がなくて。」
応接室代わりのキッチンのテーブルに麦茶の入ったグラスと個包装のお菓子が入ったかごが置かれる。
へびはサンタとは本部で開催される会議でしか関わりがなかった。だから内心、なんの話があるのかと不安だった。
「お前さん、うちに来てもう半年だよな?」
「そう……ですね。おかげさまで、だいぶ慣れました。」
「それは良かった。よく働いてるって話、聞くし。」
「いえ、そんなことは……今回も、やらかすところでしたし。」
「あぁ、その事なんだが、お前さん、武器使わないって聞いたんだが、何かこだわりでもあるのか?」
サンタはへびをDr.マッシュのところへ運んだ後、マッシュから世間話程度に、へびがよく怪我をしてやって来ること、そのへびがいつも武器を持っていないことを聞かされたのだ。
「余計な世話かもしれんが、せめて護身用の武器や防具くらいは持ってもいいんじゃないか?」
「す、すみません……。」
説教に心の中でへこむ。
「お恥ずかしい話、武器、調達できなくて……。」
「調達?」
「はい、お金もルートもないので、どうすればいいか分からなくて……まぁ、なくてもなんとかなるかと思ってたんですが……次は、もう少し上手くやれるよう努力します……。」
その言葉に衝撃を受けるサンタと、それを不思議そうに眺めるへび。
「ちょ、ちょっと待て、お前さん、射掛から聞いてないのか?」
「?何を、ですか?」
「武器の注文とかだよ。仕事で使うやつは経費で落ちるし、護身用も申請すれば用意してやるのに。」
「えっと……聞いて、ないかと……。」
その言葉にサンタは大きな大きなため息をついた。
「あいつ、自分は武器も防具も要らないからって……全員がそうだと思うなよ……。」
「俺も別に武器なくてもなんとかなりますが……。武器があった方が、効率はいいですよね……。」
「いや、お前さんは射掛に合わせなくていいからな?あいつが頭?身体?がおかしいだけだからな?」
大きな声で再びねずみを呼ぶ。やはりすぐに彼女はサンタのそばに駆け寄る。
「ねず、今の作業がキリついたらでいいから、すぐにナイフ1本と拳銃1丁を用意してくれ。」
「はい。種類は何です?」
「へび、何か希望はあるか?」
「え?あ、いや、特に……大抵のものは一通り扱えます、が……。」
「だそうだ。お前さんに任せる。」
ねずみはこくりと頷くと、へびの方に近づき、手を差し出した。
「手、出すです。」
それがどういう意味か分からず、少し考えてから握手かと思い、差し出されたその小さな手を握り返した。
「ち、違うですっ!」
ねずみは恥ずかしそうにへびの手を振り払う。
「す、すまない……。」
彼女は振り払ったその手でへびの手首を掴みぐいと引っ張り、長さを測るように自らのもう片方の手と長さを比べている。
そうして、十分に長さを測り終えると、そそくさとキッチンを出ていった。
「あっと……うちのねずが、すまんな……。」
「いえ、今のは完全に俺が悪いんで。それよりも、武器、いいんですか?」
「あぁ、さっきも言ったが必要な武器は経費で落ちるし、今から申請しても許可は降りるだろ。やり方教えるから、覚えとけよ。」
それから十数分ほどで武器関連の事務処理の話が終わった。
「ありがとうございます。これでだいぶ、楽に仕事ができます。」
「次からは無茶すんなよ。ヤバイと思ったら逃げてもいいから。」
「でも、仕事ですし……。」
「連合はそんな強制はしない。」
へびは無意識に反らしていた顔を上げる。
「ここは生きるための組織だ。無茶な仕事は断ってもいい。お前さんがしくったときは、別の誰かがフォローする。お前さんが逃げないのは勝手だが、その理由を外に求めるな、苦しいだけだぞ。」
「?はい……。」
へびにはなぜ苦しくなるのかは理解できなかったが、自分を思っての忠告だとその言葉を素直に受け入れた。
「そうだ、話変わるが、お前さん、神将やらないか?」
「神将……ですか……?!」
『連合』の十二神将――組織の最高幹部。武力、経済力、情報力、知力……さまざまな能力に秀でた者達の集まりであり、組織の頂に立つ者達を指す称号。
へびを助けこの組織に連れてきた射掛や辰爺、今へびの目の前にいるサンタもその一人。本来、こうやって話す機会すらなかなかないはずだ。
「で、できません……!俺なんかでは、実力不足です……。まだ、半年しか経っていませんし……。」
「謙遜しすぎだろ。」
へびのあまりの逃げ腰に破顔するサンタ。
「半年もあれば十分だ。荒いやり方だったが、他の神将もお前さんには悪くない反応だったし。」
「それって、もしかして……俺が神将会議に呼ばれていたのって……。」
「お前さんが神将にふさわしいか、判断するためだ。」
へびはほかの構成員にはない特別扱いを受けていた。本来は神将と彼らが認めた跡継ぎ候補だけが参加できる神将会議に、入って一か月も満たない頃からへびは呼ばれていた。
「この半年で潰した組織が3つ、いや、この間ので4つか、それと、要人の暗殺13人。しかも、どれも連合が手こずっていた相手だ。それを単独で、しかも武器なしでやってのけたって話だ。こんな武勲を立てているのに一般構成員ってのも、格好がつかないだろ。」
「で、ですが……いきなり最高幹部ってのも、周りが納得しないのでは……。」
「表の会社ではよくあることらしいぞ。別の会社から引き抜かれた中途採用がいきなり上司になることは普通だって。」
「……俺は、その前の組織で、失敗したから捨てられたんですが……。」
「一度や二度の失敗くらい気にするなよ。大抵の失敗は、生きてりゃ何とかなるって。」
「そう……でしょうか……?」
サンタが励ましてもへびの顔は今一つ晴れない。
「前のところでも幹部だったろ、お前さん。」
「幹部というか……称号、みたいなものです。」
へびは半年前までは別の名前で呼ばれていた。
「あれは、身内を粛清する人間を、組織にとって都合の悪い善人すら、簡単に手をかける非情な人間を指す言葉、ですよ。」
宵の薔薇の四神 玄武。過去に数多の人間がこの名を与えられ、その多くが2年も持たずに消えていった。あるものは良心の呵責に耐えられず自決し、またあるものは反旗を翻し新たな玄武に殺された。
「俺が5年も玄武だったということは、それだけ俺が薄情で冷酷な人でなしってことです。そんな人間が、こんなまっとうな組織の頂点に立っていいはずがありません。」
サンタはしばらくの間、不思議そうにへびの顔を眺める。
「……ほんとにそうかね?」
「?」
「だいたい、うちは決してまっとうなんかじゃないぞ。普通に外道なシノギやってるし、人だっていくらでも殺してる。」
「でも、そうしなければ……。」
「そう、俺たちは罪を犯さなければ生きていけない連中だ。そんなやつらが、まっとうだっていうのか?」
へびは少しの間黙って、それからゆっくりと首を横に振った。
「そんな奴らの中にはさ、自分勝手な野望を抱えたやつだっているんだよ。そのせいで、何度も壊滅しかけた。裏切者って厄介でな、かつては仲間だった奴だ、殺せばいいと頭ではわかっていても、感情がそれを妨げる。うちは追い出された人間が集まる場所なだけあって、仲間にかける思いが強すぎる。」
サンタが何を言いたいのか、なんとなくわかる。
「だからこそ、仲間のために、仲間を殺せる人間が必要なんだ。」
それは、かつて命令一つで味方を殺し続けてきた玄武だからこそ、なせる所業。
「酷なことを言っているのは百も承知だ。」
サンタが深く頭を下げる。
「頼む。巳の神将を引き受けてくれ。」
普段無表情な彼が、珍しく困惑した表情を浮かべる。
「……少し、考えさせてください。」
サンタの真摯な姿勢に、否定ができなくなったへびは、返答を先延ばしにした。
「そうだな。来月末の神将会議でまた聞かれるだろうから、決めておいてくれ。」
その言葉にへびは曖昧に頷いた。
「そうだ、決めるといえばもう一つ、お前さん、名前は結局どうするんだ?」
へびは自らの生来の名前を知らない。物心ついたころから番号で呼ばれ、やがて称号である玄武と呼ばれるようになった。彼個人を指す名前は一つもない。
「それがその……思いつかなくて……。すみません……。」
「そうか、俺も気の利いた名前がこうすぐ浮かぶような頭じゃないしなぁ。急かすつもりはないが、なるべく早めに決めた方がいいかもな。」
「……俺としては、このままへびでも問題ないのですが……。」
「いやぁ、愛称としてはいいが、もっと威厳のある名前の方がかっこいいじゃないか。」
「……そういうもの、なんですか……?」
「そういうもんだよ。」
--
自室に逃げ込んだねずみは、ドアを背に肩で息をしていた。
「な、なんなんです……あの人……?!」
あからさまな子供扱い、それも5歳児くらいを相手するかのような扱い。言ってることもやってることも優しいのに、顔はなんの感情も浮かべない無機質な表情、声色だって淡々と抑揚がなく、冷徹で機械的な印象だ。
ねずみが嫌いな子供扱いと、優しい言動と、冷徹な印象。それらがごちゃ混ぜになってしまい、まだ彼女ではこれらの感情を扱いきれなかった。
「……そういえば、これ、何です?」
そのへんに落ちている工作用ナイフで包装紙を切り、中を開ける。
「……。」
小さな缶に入ったイチゴ味のキャンディーと、おまけなのに缶よりも大きい雪灰色のかわいらしいねずみのぬいぐるみだった。
あからさまな子供扱い、それも、小学校低学年の子が喜びそうな代物。
ねずみにとって、こんな贈り物で、今さら喜べない――――そう思っていた。
幼少期に、両親の付き合いで大人たちから彼女に贈り物が渡された。大人たちは両親に取り入ろうと、彼女の機嫌を取ろうとしたのだ。だが、聡い彼女は浅はかで見下した扱いに気づいてしまう。だから、贈り物をもらっても素直に喜べなかった。
透明なケースからぬいぐるみを取り出す。
わざわざねずみのぬいぐるみを探したのだろうか?このブランドは、くまや猫など人気の動物はいつでも買えるが、そうではないものは受注生産だったはず……。買おうと思って調べたが、子供っぽすぎて結局諦めたものだった。
しばらくぬいぐるみを眺めて、それから透明なケースに戻し、作業机のものを少しどかしてスペースをつくり、ぬいぐるみを飾った。
--
たわいもない話をしているうちに、あっという間に1時間が経っていた。
「少し、ねずの様子を見に行くか。へび、お前さんも来るか?」
「……お邪魔でなければ。」
特に断る理由がなかったへびは、サンタの後に続いてねずみの部屋に向かった。
「入るぞ~。」
ノックしそのまま扉を開けるが、彼女はそこにはいなかった。
部屋は女の子の部屋とは到底思えない有り様だった。床には道具とパーツが散乱しており、下手に足を踏み入れれば、ネジか釘を踏んで痛い目に遭うだろう。壁には大小様々な重火器と刀剣類が飾られ、とても物騒な部屋となっていた。
「ここにいないとなると射撃場の方か……ん?」
サンタの目線があるものへと向けられる。
「珍しいな。」
それは、机の上に置かれた雪灰色のかわいらしいねずみのぬいぐるみだった。汚さないためだろう、透明な箱に入れられたまま飾られている。
丁重な扱いに鉄仮面なへびの表情が僅かに綻んだのだが、誰もそのことには気付かなかった。
「ちゃんと子供らしい一面もあるんだな。……あ、今のはねずに内緒な?あいつ、子供らしいって言うと、もの凄く怒るんだよ。気を付けろよ?」
「あ、はい。」
先程目線を合わせるためにしゃがんだことやぬいぐるみをあげた時点で子供扱いだが、へびはそのことには気付いていなかった。
廊下を進み倉庫の中のさらに奥の扉の向こう、階段を下り地下へと進むと、微かな銃声が聞こえてくる。
鉄製のドアを開けると、打ちっぱなしのコンクリート壁でできた薄暗い射撃場だった。
来客に気付いたねずみは耳当てをとりこちらに駆け寄る。
「ごめんなさい、まだ、照準の調整が終わってないです。ナイフだけ先に渡して、銃は後日でいいです?」
へびの目線は彼女が先程まで撃っていたであろうターゲットに向けられていた。彼女の言うとおり、多少のブレはあるようだが、実戦では問題なく使えるものだが、と疑問に思う。
「へび、お前さんがいいならそうするが。」
「……あ、はい。それで構いませんが……」
あれくらいの精度であれば十分ですが、と言うよりも前にねずみはナイフを取りに行ってしまう。
「……どうぞ、です。」
ねずみは小さな手を僅かに震わせながらナイフを差し出す。明らかに怯えているのが分かる。
なぜ怖がられるのか困惑しながら、そのナイフを受けとる。
柄は木製で握りやすいようにカスタマイズされており、ちょうどへびの手にぴったり収まる長さに調整されていた。刃はシンプルな形状だがよく磨かれており、照明をよく反射し鋭い光を放つ。
初めて手にしたはずなのに、まるで昔から持っていたかのような錯覚に陥るほど、へびの手にしっくりとくる光り物だった。思わず手癖でくるくるとナイフを回す。軽すぎず重すぎない、ちょうどよい重さだ。
そして肝心の切れ味だが、こちらも申し分ない。渡されたコピー用紙にナイフの根本を当て、素早く刃を滑らせる。どこにも引っ掛かりがなく、滑らかに紙を切断した。
「すごいな……。」
あまりの出来の良さに思わず感嘆の声が漏れる。
「ありがとう。こんな良いもの、とても助かる。」
また腰を屈めて目を合わせるようにお礼を伝え、無意識に左手をねずみの頭へ伸ばす。
「……仕事、です。」
そっぽを向いてへびの手をすっと躱し、銃を取りに行ってしまった。
へびは少しの間宙に浮いた手を眺め、それからその手を引っ込め、ナイフを鞘に納める。
「銃、持ってみるです。」
続いて出された拳銃はパッと見は良くあるメーカーのものだが、やはりグリップ部分に改造が施されており、手にフィットする形状になっている。重さもそれほど重くはないが本来のものよりもやや重く、恐らく改造がなされているだろう。
「特に違和感はないな。試し撃ちしてもいいか?」
「いいですが、まだ、調整途中です。」
「構わない。」
ねずみが用意したターゲットの正面に立ち、銃を片手で構える。
ゆっくりと息を吸い、照準を合わせ、息を吐いて、指を動かす。
鋭い銃声、軽快な音を立てて弾き出される空薬莢、そして狙った場所を寸分たがわず撃ち抜いた銃弾。
続けてもう2発撃つが、やはり正確にターゲットを貫く。
「……全く、ずれてないと思うんだが。」
ねずみは目を丸くして突っ立っている。
「……近接戦闘で使う銃は、多少ぶれていても使える。それよりも、ジャムる方が困るから、用途にあわせて調整した方がいい。……多分。」
出過ぎた真似だと分かってはいるが、全てを正確に調整させるのも時間の無駄だろうと考えたへびは自分の立場からのアドバイスを送った。
「わ、わかったです。掃除したら、渡すですっ……。」
へびは銃を手渡すが、そのままねずみを引き留める。
「な、何です?」
「撃ってみろ。」
「?」
「この銃で照準が合わないのは、撃ち方が悪いからだ。やってみろ。」
「は……はい。」
新しいターゲットの前に立ち、耳当てをしたねずみは銃を構える。
両手で銃を力いっぱい握りしめ、人差し指の関節をトリガーに当てる。反動に耐えるためだろう、肩や足も力んでいる。
案の定、ねずみが撃った3発の弾丸は狙いから少しずれた場所に当たった。
「力みすぎだ。」
へびは彼女の背後に立ち、銃を持つ両手に触れる。
「引き金は指の腹で引く。手にはそんなに力を入れなくていい。銃身が震えてぶれる原因になる。」
へびは片手で彼女の手の上から銃を支え、もう片方の手を肩に当て、体を少し前に倒す。
「銃は手じゃなくて腕で支える。でも、力は入れすぎない。反動は腕じゃなくて全身で受ける。関節を固めるな。」
腕から手を離し、半歩横にずれる。
「呼吸はゆっくり、落ち着いて。大きく息を吸って。」
へびはそっと左手でねずみの背中を撫でる。
「吐いて。そう、もう一回吸って、吐いて――」
へびの声にあわせて呼吸をするうちに、はじめは震えていたねずみの身体が大人しくなっていく。
「――吐いて、撃つ。」
その言葉にねずみの指がゆっくりと動く。
鋭い音と共に射出された弾丸は正確にターゲットを撃ち抜いた。
その反動は流石に小さな身体では受け止めきれなかったのだろう、後ろによろけたがそれをへびは片手で受け止める。
「もう一回。今の感じでやれば、当たるはずだ。」
へびのいう通り、さらに撃った二発も確かに命中する。その様子にねずみは嬉しそうに目を輝かせた。
その笑顔をしばらく眺めていると、不思議そうにねずみがこちらに顔を向けた。
「……とはいえ、この撃ち方は狙撃以外ではあまり役に立たない。危ないときは、狙いは大体でいいからとにかく敵の胴体に向けて何発か撃て。」
言葉に困ったへびはとりあえず、ねずみの今後を思ってそう忠告したのだが、ねずみは不機嫌そうな顔に逆戻りして、銃を持ったまま作業場に戻ってしまった。
数分で掃除を終えたのであろう銃とホルスターを持ってねずみは戻ってきたが、素っ気なく渡すと逃げるように射撃場から去ってしまった。
「ねず、気合い入ってたなぁ。ちょっとナイフと銃、見せてくれないか?」
へびは先程受け取ったナイフと銃をサンタに渡す。
サンタはナイフを光にかざしゆっくりと眺める。続いて、銃を構え、2発ほど既に穴の空いたターゲットに撃ち込む。
「傑作だな、これは。初めてなのによくやったなぁ。」
「初めて……ですか?拳銃なんてブレが全くないのに?」
「部分部分を任せてたが、通しで整備させたのはこれが初めてだ。」
返された武器をしばらく見つめ、懐に戻した。
「整備の腕前だけなら、あと2、3年もすれば俺を越えるだろうな。末恐ろしいよ。引退も近いな。」
「引退……ですか?」
「あぁ。あいつが一人前になったら、俺はただの幹部に戻るよ。なんせ、穴埋めでやってるだけだ、そんな器じゃない。――――元は、俺の嫁が座ってた席だから、な。」
少しだけ目を伏せたサンタを見て、彼女の結末が容易に想像できた。
「とはいえ、態度を改めてもらわないと困るんだよなぁ。あいつ、俺以外にはつっけんどんでにべもないもんで。まぁ、仕方がないといえばそうなんだが、表面的でもいいから、どうにかならんかねぇ。」
困ったようにため息を吐く。
「多分長い付き合いになるだろう、ねずのこと、よろしく頼むな。」
その言葉の意味を深く考えないまま、へびは軽く頷くとサンタの後に続いて射撃場を出た。




