746.Main Story:その笑顔が何よりも愛おしく
視点は戻りまして、アミレス・ヘル・フォーロイト&アンヘル&フリザセアvs洗礼名ロボラの戦いとなります。
メイシアとエンヴィー師匠をマクベスタ達の応援に向かわせ、私はフリザセアさんとデリアルド伯爵と共に戦っていた。
先生と呼ばれるどこか見覚えのある顔の男と、黄色と青色の異色瞳が目を引く少年。彼等は神の力を使う理不尽側の人間のようで、先生とやらに彼女の宝物──アマテラスを穢されてしまった。
デリアルド伯爵が来てくれたことで、先生の動きを一時的に封じることが出来たが……その代わりとばかりにロボラが暴れ回る。
無数に生えてくる夥しい量の花。食肉植物も猛毒を持つものも関係無しに生成し、槍のような蔦でロボラは私達を狙ってくる。
「ああクソ、眩暈がしてきた……血が足りねぇ……」
血の極長剣を手に、デリアルド伯爵が顔を顰める。
血の魔力はかなり特殊な魔力だそうで、本来魔法を使うのに必要なのは魔力だけなのだが、血の魔力に至っては“血を操る”という能力故に実際の血液が必要らしい。
簡単に言えば。私達は魔力から水や氷を生み出せるし、自分の魔力を浸透させるなどして所有権さえ奪取できれば自然発生した水や氷も操れるけれど、彼は魔力から血を作ることは出来ない。可能なのは、自分の魔力で血を操ることのみ。
しかしその“血を操る”能力が凄まじいのだ。
本来私達人間は、人体のあるあらゆるものに当人の魔力が浸透していて、他者が体内のものを操ることは難しい。水の魔力で他者の体内にある水分を膨張させて殺害しようとしても、他者の体内にある水分にはその人の魔力が浸透しており、所有権を奪取するのは不可能だからだ。
精神干渉はあくまでも精神──記憶や感情といったものに干渉するもので、こういった形の無いものには魔力は浸透していない。故に他者が干渉出来てしまう。……が、愛の魔力や心の魔力や悪の魔力といった精神特化の魔力であれば、精神にも魔力が浸透しているので、他者による精神干渉を弾けるというのだ。
そして、件の血の魔力はというと。なんと視界に映るあらゆる血の所有権を奪取できるらしい。
魔力の浸透なんて関係無い。“血を操る”──ただそれだけの能力故に、視界に映る全ての血を支配する。
魔力から血を生み出せない代わりに、血液というものに対する絶対的な支配権を有する魔力。それが、血の魔力なのだ。
……そんな恐ろしい魔力だが、生存を確認されている所有者は現在世界でただ一人。
──吸血伯爵アンヘル・デリアルド。彼だけだ。
「アミレス二号、血吸わせてくれよ」
「血が必要ならあちらの不審者達から頂戴したらいいじゃない」
「さっきでけぇ方の血を吸収した時、すげぇ悪寒がしたんだよ。あれは血にも神の加護かナニカが浸透しちまってる。あそこまで行けば最早ゲテモノだ、ゲテモノ。二度と飲みたくねぇ」
吸血鬼には吸血鬼なりの悩みがあるのね。確かに、ゲテモノは少し嫌だわ。お父様や兄様に食べろと命じられたら食べるけれど、可能なら避けたいところではある。
アンヘルは重要な戦力だ。フリザセアさんがロボラを抑えているうちに、先生とやらを無力化したい。彼には常に万全の状態でいてほしいわね。
「そうなのね、分かったわ。首でいいかしら」
「頼んだのは俺だが流石に思い切りが良すぎるだろ、あんた」
「必要経費なら迷う必要は無いでしょう」
「…………」
襟元を緩めて首元を晒す。デリアルド伯爵は何故かムッとした様子で近づいてきて、無言のまま私の首に噛みついた。
痛い。それ以上にぞわぞわとする。噛まれたところが熱く、そこから変なものが身体中に広がっていくようだ。
「──ッ!!」
ほんの数十秒程血を吸って、デリアルド伯爵はバッと顔を上げ、よろめきながら後退りした。その顔は戸惑いに染まっている。
「何だ、これ……こんなこと、今まで……っ」
よく分からないが、もしかしたら私の血はとんでもなく不味いのかもしれない。ゲテモノを避けて妥協で私を選んだのに、その私すらも不味いなんて。なんだか申し訳ないわね。
それにしても……まだ先程の熱が体の中に残っていて不愉快だ。傷口に触れても血が着かないから止血はされているのだが、噛み跡はまだしっかりと残っている。カイル達に見つかったら面倒だもの、とりあえず服で隠しておきましょう。
「…………とにかく、行ってくる。血、ありがとな」
「どういたしまして」
瞬く間に消えたデリアルド伯爵は、どうやらロボラを狙っているらしい。ならば私も行かねば。
水と氷が入り混じる剣を手に私は走り出した。
♢♢♢♢
「キリが無いな」
殺意を養分に急成長する花々を一瞥し、フリザセアさんが呟く。
彼と私が無数の花の相手をし、その隙にデリアルド伯爵がロボラと先生を狙う。特に話し合ったわけではないが、自然とそうなっていた。
フリザセアさんが花畑を一面の凍土にしても、花はなんと氷からも生えてくる。でたらめにも程があると、私は唇を噛んだ。
「……権能が使えたならば、神の加護とて凍らせられるんだが。使えば少なからず姫に類が及んでしまう。それは避けねばならない、か」
「私は大丈夫ですけれど、その権能というものは、人間界で使ってはならないものなのでは?」
「そうだな。使えば大なり小なり人間界の環境に不可逆的な影響を及ぼす。が、それはどうでもいい。俺は罰などいくらでも受けていいのだが、君に何らかの影響が及ぶのは……うむ、嫌だ」
それはどうでもいいで片付けていい話ではないだろう。
「……ところで。フリザセアさん、貴方は私のことを知っていたんですね」
「ああ。君という魂が生まれた頃から見守っていたからな。だが陛下やエンヴィーは知らない。俺とて、君と彼女が本来別の魂であり、混ざり合った存在であることしか分からないがな」
フリザセアさんの淡々とした声。語られる話がどうしようもなく頭に引っかかり、口をついて言葉が出た。
「どうして、私達をそんなにも気にかけてくれるんですか」
二つの魂が混ざり合った存在だから? それとも私が氷の魔力を持たなかったから?
「……君には幸せになってほしいと、そう思ったから」
それって、もしかして。
「フリザセアさんは──私達のことを愛してくれているんですか?」
以前の私ならきっとこんなことは言えなかった。考えもしなかっただろう。“ゲーム”の私は、愚かにもハイラからの愛に気づいていなさそうだったから。ハイラはあんなにも私を愛してくれていた。なのに私は彼女を置いて、お父様の命に従いハミルディーヒ王国へ向かったのだ。
お父様と兄様からの愛を盲目的に求めるばかりで、愛がどんなものなのかも知らぬまま、ただその幻想に執着するだけの愚かな女。それが、私。
だけど……みぃちゃんと共に過ごすうちに、彼女を通して色んな人達から愛情をたくさん受け取ってきた。あれ程に焦がれた愛というものを私はようやく理解した。
だから分かる。彼が私達を気にかけてくれるのは、なんらかの愛情からくるものなのではと。
「────俺が、君を、愛している……のか?」
フリザセアさんは大きく目を見開いていた。心底驚いているのか、ここまでの動揺は今まで見たことがない。
「……そう、なのか? 俺は君を、君達を、愛している、のか?」
私に聞かれても……。
辿々しく紡がれる言葉。ここまで動揺されると、ものすごく自惚れたことを言ってしまったのではという後悔が雪崩れ込んでくる。
「わ、私には分かりませんよ。ただ、その……そうだったら嬉しいなというだけなので」
恥ずかしさから顔が熱くなってきた。しかし氷の魔力を得た私は自分を冷却することが可能なのである。
ひんやりとした手で頬を覆っていると、何故か体感温度が一気に二十度ぐらい下がった気がする。寒い。寒すぎる。今日はメイシアとのデートの為にお洒落しているから、少しだけ薄着なのだけど……本当に肌寒い。
頬を冷やすとこんなに体が冷えるものなの……?
「そう、か。俺が……君達を……これが、『愛』なのか………………時を奪うばかりの俺が『愛』を胸にすることを許される、のか……」
冷艶な笑みが聞こえてくる。
もしかしなくても、この寒さの発生源ってフリザセアさんなのでは? でも急にどうして?
「嗚呼──……我が友よ。君の言った通りだ。この感情、この衝動は……触れたら溶けてしまいそうな程に脆く、儚く、何物にも代え難い尊いものだな」
氷晶が蝶のように舞い、光を受けて煌めく。その中心で感極まったように笑うその精霊は、思わず見惚れてしまう程に、綺麗だった。
「──感謝しよう。愛する姫達よ」
言って、彼は私の頬に口付けた。
手の甲へのキスは義務という話を覚えているのか、はたまた別の意味があるのか分からないが……鼻が触れ合う程の距離に見えた彼の微笑みは、思わずゾッとしてしまう程に、美しかった。
続きは明日20時頃更新予定です。
よろしくお願いします〜!ヽ(´▽`)/




