番外編 ある王女の給仕体験 後編
※本編最新部分までのネタバレを含みます。
「ほら、精霊のが戻ってきたんだ。アミレスも着替えてこいよ」
「それもそうね。行ってくるわ」
制服と猫耳&尻尾を手に休憩部屋に向かう。すれ違いざま、シルフと師匠を辻斬りのように褒めちぎり、私は休憩部屋でサクッと着替えを済ませた。ちなみに髪型は高めの位置のポニーテールだ。
しかし……このお店、制服が本当にお洒落だ。実は皆の制服姿を見て密かにワクワクしていたの。だからここまではいい。鏡の前でくるくると動いてクフクフと笑っていたが、まあそれはいいのだ。
問題はここからである。何故か男性陣は堂々としていたが……私はこれから、この猫耳カチューシャと猫の尻尾アクセサリーを装着しなければならないのだ。
心のハードルが高すぎる。工事現場のバリケードばりに高い。飛び越えようとも考えられない高さだ。しかし越えなければならない。何故ならこれは私が引き受けたお手伝いだから!
「…………ごめんアミレスっ」
内なるアミレスに謝罪しつつ、おそるおそる猫耳カチューシャを装着。わかってはいたが、アミレスがそもそも美少女の為、とても可愛い猫耳美少女が誕生した。
次に尻尾。アクセサリータイプなので、これはズボンのベルトループに装着して完了だ。
最後の仕上げは──語尾。
猫の語尾なんて恥ずかしい記憶が蘇るばかりだが背に腹はかえられない。やるしかないのだ。頑張れ私、負けるな私。
「………………………………にゃ、にゃん……」
なんだこの虚しい人間は!
とんでもなくか細い声なのがいっそう虚しさを増長させる。
ごめんよアミレス……私が迂闊だったばかりに貴女までこんな辱めを……っ!
『別にいいのよ。慌てふためくみぃちゃん、すっごく可愛いから』
……ん? 今、脳内に聞き慣れた声が響いた気がする。いやまさかそんな……今までそんな事なかったじゃないの。
じゃあやっぱり気の所為ね、うん。
「あのー、姫さーん。言いづらいんすけど……」
扉の向こう、ホールの方から師匠の声が聞こえてくる。
もしやもう時間が無いとか? 着替えに時間をかけすぎたのかもしれない。……そうであればよかったのだが。
現実とは非常に残酷だった。
「俺とシルフさんとシュヴァルツは耳が良いんで、さっきの『にゃん』って言ってるやつも聞こえてるんですよね。あ、勿論めっちゃ可愛いかったですよ」
!? 聞こえてるって言った? 皆に今の聞かれていたの────?!
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!?」
過去最高の声にならない悲鳴。もはやモスキート音だ。
「おい何でバラすんだよ。もう少し楽しませろ」
「後から姫さんに盗み聞きがバレて幻滅されるのはテメーなんだから、寧ろ感謝しろクソ悪魔」
「アミィ〜! 久々に聞いたけどすっごく可愛い! きっと猫アミィもす〜〜っごく可愛いんだろうなぁ、早く見たいなぁ」
「「久々……?」」
モスキート音の向こうから、自由気ままな人外さん達の声が薄らと聞こえてくる。
もうやだぁ、この部屋から出たくないよぅ……でも私が言い出しっぺなんだもん、私だけは逃げちゃ駄目だよね……うぅ……。
「──さっきのは忘れてください。照れがあってより恥ずかしいので」
逃げ出したい気持ちをなんとか堪えて休憩部屋から出るやいなや、人外さん達へ抗議する。
「…………」
何故黙る。私を見て黙るな。そんなにおかしいか。貴方達に救えるのか、この虚しい私が。
「……主君の愛らしさに乾杯」
「ああ……この眩さ、我が目にしかと焼き付けよう」
「どうしよう、俺、どちらかと言えば犬派だけど今日から猫派に改宗してもいーかもしれん……」
アルベルトとイリオーデがまた変なことを言っている。師匠に至っては何故か猫派になろうとしているようだ。
「──今すぐ、しまわないと」
「なんて破壊力なんだよ……ッ」
シルフとシュヴァルツの目が怖い。ギラギラしている。
これ、本当に上手くお手伝いできるのかなぁ……そもそも私は語尾問題を解決出来るのだろうか。
そこはまあ、気合いで演技するけれど……恥を捨てられるかが肝だ。こうなったらもうやけっぱちだ! とにかく頑張るぞ! おーー!!
結論から言えば。
この日、『もふもふカフェ』は過去最高額の売り上げを叩き出したらしい。すごいね。
途中から、とにかく目立つ接客態度が最悪な人外ボーイ二体を、客引きとして喫茶店の前に立たせたのが功を奏したようだ。
ひっきりなしにお客さんが入れ替わり、いつの間にか忙しさのあまり、恥やプライドなんてものを気にしている暇は無くなっていた。
精神的にかなり疲れたが……これはこれで、たまにはアリかもしれない。
「お嬢さん達さえよければこのままうちで働いてみないかい?」
「いつも忙しいので、お気持ちだけ受け取っておきます」
本採用のお誘いは流石に丁重にお断りした。お気持ちは本当に嬉しいんだけど、メンタル的な問題でちょっと厳しいかな!
こうして、ちょっとした事件も起きつつ、私達のお手伝いはつつがなく幕を閉じたのであった…………。
♢♢
「……何故だろう、今もの凄く、眼を疑う光景が広がっていた気がする」
目がまわるような忙しさの中。息抜きのつもりが個人ベスト間違いなし! な美味しいクッキーが焼けたので、アミレスにプレゼントしようと東宮を訪ねたのだが……彼女は外出しているようで不在だった。
なので仕方なく、クッキーはまた別の機会にプレゼントしようと執務室へと引き返したのだが。
ふと、気になった。アミレスが今どこで何しているのかが。透過の魔眼で軽く王城内を見渡す。だが彼女の姿はない。ならば街に下っているのだろうか。
陛下や僕以外の誰も立ち入れない皇宮庭園の中心で立ち止まり、帝都全域を視る。見慣れた白銀の髪は視えない……のだが、妙に目立つ集団を見つけた。
まるで荒野に咲く一輪の白百合のように可憐な金髪の少女を取り囲む、見目は整った男達。──彼女達の頭には、動物の耳が着いていた。
「……????????」
理解が追いつかない。髪色は変装とかなのだろうが、何故給仕の格好をしているんだ? その耳と尻尾はなんなんだ? イリオーデ卿とルティは何故止めなかった?
「────今日も徹夜か」
もう何日、満足に寝られていないだろうか。万能薬や聖水で体調だけ整えているから、慢性的に眠気が頭の奥でもやもやと渦巻いている。そして今夜も寝れなさそうだ。
だが仕事よりも大事なことが今の僕にはある。仕事など徹夜して終わらせればいい。今最も優先すべきは彼女だ!
クッキーを入れた小袋を懐にしまって、王城正門へ向かう。そのまま街に下り、先程視た地点まで屋根や壁を越えて最短距離で駆け抜けた。
「……もふもふカフェ。なんですかこの店……いかがわしい店じゃないだろうな」
落ち着いた色合いの外観に似つかわしくない、丸くプリッとした看板。軒先の立て看板には、『当喫茶店自慢のメニュー』との文言がある。
…………喫茶店なのか? この店。何故喫茶店があのような仮装を……?
僕も必要があればそれなりに仮装を楽しむタイプではあるが、この店においてはその意義が分からない。
そしてそれにあの子が巻き込まれているのが一番意味が分からない。
はぁ。と息を吐き出し、意を決して扉を押す。すると先程視た通りの、外観同様に落ち着いた雰囲気の店内が視界に広がった。
……その中に、仮装している見知った給仕達がいる。
「いらっしゃいませにゃん! 何名さ、ま…………」
にゃん? 今、『にゃん』って言いましたかこの子? 着けている動物の耳が猫だから『にゃん』ってことなのか?
「え、な、ななななな、なんで、貴方が、こここっ、ここに…………!?」
可愛い。金髪だからか、僕の娘のように見えてきた。産んだかもしれない。……どうして僕の娘じゃないんだ? どうしてこの子は我儘頑固偏屈男の娘なんだ……ッ!
ああ……猫に扮していることは勿論、真っ赤になった顔も、銀のトレイで顔を隠す姿も、全てが非常に愛らしい。
僕の姪が世界一可愛い。
おっと。うっかり僕が出てしまった。
それはともかく、だ。
「偶然ですよ。して、貴女は何故そのようなことを?」
「ええと……そのぅ……」
よりにもよって最近生えて来たばかりの身内に見られたのが相当恥ずかしいのか、アミレスは完全に調子を崩してしまっている。
これはこれで可愛いな。揶揄いたくなる。僕の姪、可愛いすぎるな……。
「! ケイリオル卿……!? 貴殿が何故ここに?」
「と、とりあえず主君は俺の後ろに……!」
アミレスの異変を察知してか、イリオーデ卿とルティが駆け寄ってくる。二人共、アミレス同様に動物の耳と尻尾をつけているようだ。
「うわ。布男じゃん」
「アイツ、すげー仕事中毒だって姫さんからは聞いてるけど……こんな所までわざわざ何しに来たんだ? 実は暇なんすかね、あの布」
「出たなァ、最近やけにアミレスに関わろうとする過干渉布野郎」
僕、彼女の従僕達から布って呼ばれていたのか……別にどうでもいいですけれど……。
そして彼等も、例に漏れず軽めに動物の仮装をしている。どんな流れでこうなったのか気になって仕方がない。
「──そちらの可愛い仔猫さん。貴女の淹れた珈琲が飲みたいのですが、よろしいでしょうか? こちらの喫茶店は珈琲が自慢と、軒先の立て看板でお見かけしまして」
僕は、他人の手が触れたものはどうしても口にできない。だが、彼女は例外だ。
色々と問い詰めたいこともあるし、せっかくだから珈琲も楽しみたい。だからアミレスが淹れてくれたら一番なのだが……。
「はははは、はぃぃ……わかりました……」
「お待ちください主君。主君はオーダー担当です、珈琲なら俺が……!」
「ルティ、貴方もわかるでしょう? ケイリオル卿から漂う『絶対逃しませんよ』オーラが……もう逃げられないわ……」
そんなオーラを出した覚えはないけれど、それで彼女が納得しているなら訂正しなくていいか。
「で、ではこちらへ……ご案内します……一名様ご来店です……にゃん……」
だからなんだその語尾。──これを、どこの馬の骨とも知れぬ連中相手にもしているのか?
それは……説教案件かもしれないなぁ。
「──ありがとうございます。とても愛らしい、金の毛並みの仔猫さん」
「ひぇ……っ、絶対怒ってるぅぅ……」
これは新発見だ。仔猫な姪は、泣きそうな顔も可愛らしい。
自分で珈琲を淹れた事が無いらしいアミレスが淹れた珈琲は、思わず笑ってしまう程に、味が濃かった。
後半は久々のケイリオル視点でした。
近頃アミレスに対して激甘な彼ですが、この通りとんでもない親馬鹿(※親ではない)になっております。




