740.Side Story:刹那と悠久の狭間で
ユーキとゆかいな仲間達サイドの話です。
男は己の生を嘆いた。
生きていたい。ただそれだけの普遍の望みを、彼は心から叫ぶ。
──まだ生きていたい、と……。
「──ッ!?」
眼鏡の奥で薄灰色の瞳を瞠り、洗礼名インテレクトスが息を呑む。
火を纏った二本の槍で果敢に攻める彼を、二人のハーフエルフが翻弄している。その最中、洗礼名インテレクトスが炎の渦巻きを引き起こす一突きを放つと、二つの泣き黒子がチャームポイントな金髪のハーフエルフ──セインカラッド・サンカルが即座に光魔法で結界を展開し、炎を閉じ込めたのだ。
(…………面倒だな、このエルフ共。魔力が底を尽きる様子がないし、膂力なんて人並外れてやがる。何より……男か女かよく分からねぇヤツの援護が厄介だ。俺の動きを片っ端から邪魔しやがる)
一度距離を取り、槍を構えたまま歯軋りする。
ちなみに男か女かよく分からねぇヤツというのは、細身かつ圧倒的美を誇る毒舌男子──そう。セインカラッド自慢の主、ユーキ・デュロアスである。
数十年ぶりの再会なんてなんのその。まるでこれまでずっとそうしてきたかのように、彼等は目配せ一つせず阿吽の呼吸で完璧な連携を披露せしめた。
(神のご加護を使うわけにはいかない。何がなんでも俺の力のみで、コイツ等を“救済”しなければ……!)
洗礼名インテレクトスの胸中に焦りが滲み出す。
(……あのバカなら、俺のように遅れを取ることはなかったのだろうか)
「──っ、俺だって……! 全てに抗う覚悟は出来てるんだよ!!」
二本の槍を構え、洗礼名インテレクトスは攻勢に移った。炎を纏う槍が空気を喰らって膨れ上がり、肌を焼く程の熱を撒き散らしながら、ユーキを果敢に狙う。
「貴様ぁっ! ユーキの顔に傷がついたらどうするつもりだ!!」
「あぁんっ!? 俺には関係ねぇ!!」
「セインにだって関係ないと思うけどねー」
ユーキは軽やかに攻撃を避けているのだが、彼の顔に炎の槍が接近する度、セインカラッドが険しい顔でくわっと叫ぶ。
セインカラッドは、あらゆる宝石よりも美しい親友の顔をそれはもう愛し、金銀財宝よりも丁重に扱っているのだ。
「ユーキの顔はあらゆる存在をも超越する美の権化! ユーキの瞳はあらゆる財宝をも凌駕する絢爛の象徴! ユーキの声は世界を呼び覚ます至高の喇叭! その価値が分からないとは言わせないぞ!!」
「知るかそんなこと! 俺には関係ねぇっつってんだろォが!!」
「ユーキを認識した以上貴様にも関係あるわっ! ユーキを知らぬ人生など十割の損失があるのだぞ? ユーキを知り、そしてその尊さを認識できたことについて寧ろ感謝しろ!」
「頭イカれてンのかテメェ!?」
セインカラッドによる迫真の演説。これには果敢に攻撃中の洗礼名インテレクトスも、行く末を見守るメアリードも、防御に徹するユーキも、誰もが等しく引いている。彼を見る目は、まるで珍獣を見るかのよう。
(…………僕の親友、こんなヤバいやつだったっけ? 昔はこんなんじゃなかったような──)
と、戦闘中にもかかわらず余裕綽々に、ほわんほわんと昔を思い出すユーキ。
『───ユーキはやっぱり里で一番綺麗だ。十把一絡げの淑女達では到底オマエの美しさになど敵わない。比べるのも野暮というものだな』
『───見てくれユーキ! オマエの瞳の輝きには遠く及ばないんだが、オマエの麗しさの一部となれそうな宝石を見つけたんだ! 今から加工するから、完成した暁にはぜひ装飾品として身につけてほしい』
『───毎日オマエという輝かしい存在に会えるなんて、オレは本当に恵まれているな。里の者達からも、毎度羨ましいと騒がれる』
記憶の中のセインカラッドは、頬をほんのり上気させ、いつも上機嫌に笑っていた。
(……──いや、わりと昔からヤバいやつだったな……僕が気づいてなかっただけか…………変なのを野に解き放っちゃったなァー……)
歯の隙間を、ッスー……と風が通る。ユーキはげんなりとした表情でがくりと項垂れ、次に深いため息を一つ。
だが矯正するつもりは無いらしい。なんだかんだで親友に非常に甘い、ユーキなのである。
(俺が、全力でやってるってのに……! このエルフ共は余裕綽々と────ッ!)
ユーキが、洗礼名インテレクトスの二本の槍に対抗するように双剣で戦いはじめた頃から、胸騒ぎはしていた。
どれ程に虚を衝こうが、このエルフ達は赤子の手を捻るようにあっさりと対処する。まるで経験の差とでも言いたげに。
(俺じゃあ、このエルフ共には勝てない、のか……っ)
洗礼名インテレクトスは悔しさから顎を震えさせ、目尻をくしゃりと引き伸ばした。
彼は理解していた。自分には圧倒的に経験が──時間が足りないことを。
「おい、眼鏡。いい加減貴様の嘆きとやらを話してみてはどうだ。オレ達とて拷問せずに済むものなら、そうしたい。貴様が何故、ユーキと義妹殿を狙ったのか……詳らかにしてくれないか」
ユーキと入れ替わるように洗礼名インテレクトスの懐に飛び込み、光の槍で鍔迫り合いを繰り広げながら、セインカラッドは諭すように語りかける。
「……うるせぇ。言ってンだろ、話したところでテメェは、テメェ等だけは、理解出来ない。理解されてたまるかよ」
「理解の可否など聞いてみなければ分からないだろう。貴様がどれだけ対話を拒もうが、オレは貴様の苦悩や嘆きを知るまでは決して諦めない。それこそ、拷問してでも貴様の事情とやらを吐かせてみせる」
「なんなんだよテメェ……ッ」
途中までは主人公風を吹かせてまっすぐと向き合っていたが、突然曲がり角をドリフトで行くセインカラッド。
洗礼名インテレクトスは眉間に皺を寄せ、腹立たしそうに舌打ちした。
「さっきから言ってるだろォが! 俺には時間がねぇんだよ! テメェとのんびり喋ってる暇なんざ、俺にはねぇっつってんだ!!」
怒号を呑み込み煌々と膨れ上がる炎。二本の槍から放たれるそれが、じわりじわりとセインカラッドを灼く。
端正な顔に冷や汗が滲む。そこでユーキが横槍を入れようとしたが、それを察したセインカラッドが首を横に振ったことで、ユーキはその場で立ち止まる。
そしてセインカラッドの判断を支えるように、内心で『この頑固者が』と毒づきながら、ユーキは変魔法でセインカラッドの衣服を火に強い素材に変えた。
そこへ更に擬似付与魔法として、“この衣服を着用したものは暫しの間、火に焼かれることはない”という効果を付与。これは魔法の扱いに長けており、魔力量が桁違いに多いユーキだからこそできる、コスパ最悪の擬似的な付与魔法だ。
「ならばさっさと話せ! 貴様が大人しく事情を洗いざらい吐くまでオレは何度でも問うぞ!」
「あぁ!? 頭に砂糖でも沸いてンのかテメェ!」
「? ……その、なんだ。夢を壊すようで心苦しいんだが……いくらオレ達がハーフエルフだとはいえ、頭に砂糖が沸いたりはしない。ああっ、だが気にするな。人間誰しも間違えることはある。貴様は何も、取り返しのつかない過ちを犯した訳ではないのだから、そう気を落とさなくて大丈夫だ」
「〜〜〜〜ッ!! 人が間違えたみたいに慰めてんじゃねぇ! 例え話に決まってんだろォが馬鹿なのか阿保なのかテメェッッッ!」
それはもう見事なブチ切れっぷり。血が集まった真っ赤な顔では、ピュッと噴き出しそうなくらい、細い血管がいくつも膨らんでいる。
セインカラッドは頭が固いが故に、シャルルギルとはまた別ベクトルで冗談が通じないのだ。
(セインは平常運転だけどあの不幸自慢被害妄想陰険野郎……さっきから妙に時間が〜とか、エルフには〜とか騒いでるな。時間が無くて、エルフだけを勝手に恨む…………もしかして余命宣告でもされてるのか? でもそのわりには元気よく暴れ回ってるし……だとすれば──寿命関係か?)
擬似付与魔法の維持に集中しつつ、ユーキは一つ一つパズルのピースを埋めていく。
「──あんたもしかして、薄命族なの?」
「ッ!!」
「薄命族……?」
ユーキの何気ない一言に、洗礼名インテレクトスは顔を一段と強張らせた。
──『薄命族』とは、その名の通り短命の一族に与えられた通称。病でも怪我でも呪いでも事故でもなく……健康体そのものであっても関係無く、誰しもが若くして突然死を迎える、運命に恵まれなかった一族。
洗礼名インテレクトス──セリヴァリンは、ズバリ件の薄命族に生まれたのだ。
「その反応……本当なんだ。眉唾物だったけれど、まさか実在していたなんてね。だから僕達を恨むんだ? 僕達が、時間を持て余している長命種だから」
「……ああそうだ。俺が……俺達の一族がこんなにも毎日を惜しむように生きているのに、テメェ等は過ぎてく時間なんざ惜しくねぇってばかりに呑気に生きてやがる! 俺はそれが……っ、心底腹立つンだよ!!」
洗礼名インテレクトス──、その運命を恨む男セリヴァリンは、怒りで全身を震わせながら叫ぶ。
「俺まだ生きていたい! まだ死にたくねェ! やりたいことも、夢も、何一つ叶えられちゃいねぇんだよ! だから死にたくない、生きていたいのに! その余裕が俺には最初から無かった……っ! 今を生きることで精一杯で、未来のことなんて考える暇がなかった! ──テメェ等には理解出来ないだろォなァ!! 何一つ夢も願いも叶えられないまま、いつこの命が終わるかも分からねぇ日々を生きる、俺達の嘆きは!!」
そうだ。セリヴァリンは、ただ生きていたいだけなのだ。
早逝することが生まれたその瞬間から決まっていて、だけれどそれは病などではなく、誰にもその運命を変えることはできなかった。
だから、彼は己の運命に抗う為に必死だった。同じ短命の一族だからか、親は物心つく前に死んだ。何か生き延びる手立ては無いのかと……旅に出て、何度も何度も非情な現実に打ちひしがれてきた彼にとって──この世全てを呑む海帝アルミドガルスとの出会いは、まさに救いだったのだ。
……──もしも。神がこのクソみてぇな運命を呑み干してくださるなら。
俺達が普通の人達のように、何十年と歳を重ねて皺くちゃになるまで笑い合うことが、許されるのなら。
それは、どれだけ幸せなことだろうか──。
夢も願いも抱くことすら許されなかった彼が、“まだ生きていたい”という切望を除いて初めて抱いた願いであり夢。
──皆と一緒に歳を重ねたい。
誰一人として皺を増やさず死ぬ一族。はたからみれば羨ましいものかもしれない。だが彼はそう思わなかった。盛衰という人間に許された最も人間らしい変化を、彼はひどく羨んだのである。
続きは明日20時頃更新予定です。
よろしくお願いしますヽ(´▽`)/




