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番外編 大きな純愛で結ぶ縁

本日10月3日で本作なろう初投稿より4周年となります!

こんなにも続けてこられたのは、応援し、根気強くお付き合いくださった皆様のおかげです。本当にいつもありがとうございます。

そして願わくばこれからも、最後までお付き合いいただければ幸いです。よろしくお願いしますヽ(´▽`)/


そんなわけで4周年を記念した番外編になります。

とある村の、とある神様の話です。

※本編最新部分までのネタバレを含みます。

 十六年前の今日。秋が深まり、世界が赤らむ日々の中で。──君は、産声を上げた。

 私はここに居ると主張する声。甲高く、まだ感情を知らない稚児(ややこ)が流したそれは、私の気を引くにはじゅうぶんな代物だった。


 隠世(かくりよ)よりも狭く、人の欲望が渦巻く醜い世界。

 何故か邪悪なるものを“大神様(おおがみさま)”として祀っていたものだから、ついつい世話を焼いてしまった。邪悪なるものを私が始末して、この村の土地神“大神様(おおがみさま)”に成り代わってからはや数百年。

 私の名は別にあるのだが、この村では『何でも願いを叶えてくれる大神様(おおがみさま)』でしかない。

 それはもう他の神々からあれやこれやと言われたが、まあ、どうせ、たまに(・・・)縁を(・・)結んで(・・・)やる(・・)だけなのだ。それなら以前からずっとやっている。

 各地に派遣している神使(しんし)が毎晩のように持ってくる神様(わたし)への願いの数々に加え、この地で祈る人間達の願いを戯れに叶える。ただそれだけの日々。


 その村には、何人か私が見える人間がいた。邪悪なるものは見えなかったようで、私を初めて見た時のあの者達の顔といったら……間抜けすぎて今思い出しても笑えてくる。

 昔はもっと、八百万の神(わたしたち)が見える人間も多くいた。共に笑い合い、助け合ったものだ。……だが時が経てば経つ程人間と神は離れてゆき、一人また一人と、神が見える人間は減る一方。

 この村の人間達も、例外ではなかった。

 運良く戦火を逃れ途絶えることはなかったが、私が見える人間はほんの二百年程度でいなくなったのだ。誰も私が見えない。誰も私の声が聞こえない。

 神使(しんし)や他の神々とも会話はできる。なんならよく女神達と戯れたものだ。──でも、やっぱり人間と言の葉を交わせないのは、少しばかり寂しく感じたんだ。私は人の温もりを愛していたからね。

 だから一縷の望みをかけて、村で産まれる稚児(ややこ)達に毎度会いに行っては何度も肩を落とした。


 ──そんなある日のこと。その日私は、数百年ぶりに人間と目が合ったのだ。

 秋の始まりの頃。一人の身重の女が里帰り出産の為に村に戻ってきて、出産の日を迎えた。その傍らには男が一人。

 黒髪の、外から来た男。この村出身で紫の瞳の女を娶り、普段は都会で文筆家をしているそうなのだが……妻の実家の意向で正月ぶりに村に来たようだ。名前は……そう、黒瀬(くろせ)。そんな名前の夫婦に子が産まれるらしい。

 いつも通り様子見に行った私だが、そこで奇跡が起きた。──起きて、しまった。


『───ぁー、ぅ! だぁーっ!』


 それまでは泣くばかりだった稚児(ややこ)が、ポロポロと涙を零す父親の腕の中で笑った。満足に開ききっていないその目は、間違いなく私を捉えている。


『そこに、何か…………』


 月のように明るい父親の瞳が、私へと向けられる。どこか不気味なその瞳は視線で私を貫くばかりで、一度も目が合わなかった。

 その間も、稚児(ややこ)はきゃっきゃっと笑っている。私に向け、手を伸ばしている。

 それがどうしようもなく嬉しくて。豆粒程の稚児(ややこ)の手に触れようと手を伸ばした、その時。


『……もしや。その赤ん坊には、見える(・・・)のではないか? ──大神様が!』

『ほんまか……!?』

『大神様は赤ん坊の誕生を祝福してくださる。ほなら、この場に大神様が御座(おわ)しても不思議やない!』

『ということは……この赤ん坊は、大神様に選ばれた子なの?』

『ああっ! 神の子よ! 神子(みこ)様がお産まれになったわ!』


 ゾロゾロと見物に来ていた村人達が、好き放題騒ぎ始めた。稚児(ややこ)の視線を辿って宙に祈り始める者もいれば、今すぐ宴だと部屋を飛び出す者もいる。

 そんな三者三様の部屋の中で、その夫婦だけは顔を青くし引き攣らせていた。


『は? 神の子? 何、言って……』

『この子は、わたし達の子です。わたしと、彼の、初めての──!』


 出産直後でまだ本調子では無さそうな女が、村人達に反発する。


『違う。その赤ん坊はもはやおまえさん達の子などではない。その赤ん坊は神の子、神子(みこ)様や!』

『さあ、神子(みこ)様をこちらに。神子(みこ)様を最も清らかな場所へ!』


 中年の男達が黒髪の男を取り押さえ、その隙に女の母親が、稚児(ややこ)を義息子から取り上げた。


『やめて……っ!』

『ッおい! うちの娘をどうするつもりだ?!』

『決まっておろう、この赤ん坊は神子(みこ)様なのだ。大神様に捧げ、大神様と我々を繋ぐ巫女として、大神様にお仕えしてもらわねばならん』

『……っ、ふざけるな! お前達の汚らしいエゴに娘を巻き込むな!!』

『──これだから余所者は。早くこの男を村から追い出してまえ。このままでは神子(みこ)様が穢されてしまうわ』

『任せぃ。おい! 手ぇ空いちょる奴は余所者を摘み出すん手伝えぇや!』

『ッ!』


 一瞬で村人に取り囲まれ男は部屋から連れ出された。『離せッ!!』『ふざけるなよ!』『返せ! 娘を今すぐ返せ────!!』と騒ぐも、村人達によって男は村の外に放り出されたようだ。

 女はずっと泣き叫び、やがて精神が安定する間もなく夫同様に村から追い出されたらしい。……きっと、神子(みこ)には親などいない方が、薄汚く醜い欲望を抱えた連中にとって、都合が良いから。


 この時私は、酷い後悔に苛まれていた。

 私がこの場にいたから。彼女を見つけてしまったから──……彼女は、たった一つの名とたった二人の親を失ったのだ。

 数百年ぶりに出会えた人間。目が合って、きっと、いずれは言の葉を交わすこともできるようになるだろう。だけどあの子は……もう二度と、親に会えない。与えられる筈だった名前も知らないまま、大神様(わたし)の巫女として生きることになる。

 私が、彼女の人生をめちゃくちゃにしてしまったのだ。



 ♢



 最初は、罪滅ぼしの思いもあったんだ。

 親と名前を奪ってしまった。人並みの人生を奪ってしまった。普通の幸せを奪ってしまった。自由を奪ってしまった。未来を奪ってしまった。

 私は、君から色んなものを奪った。だからせめて……君が少しでも生きることを楽しめるように、手を尽くす。

 優しくて、お人好しで、努力家で。季節のように目まぐるしく変わる表情が愛らしくて。それ以外の生き方を知らないからと一生懸命に役目を果たそうとする、不器用な君。

 私は──そんな君に、夢中になってしまったんだ。

 季節が巡る毎に好きになった。一緒に笑う度に、大好きになった。君が私に笑いかけてくれたから、もっと愛おしくなった。

 ほんの十六年余り。たったそれだけの時間しか、君と過ごせないけれど……私にとってこの十六年は、これまでの幾星霜よりもずっと眩く、愛おしいものになったんだ。


 ──この身が神の座より堕ちても構わないとすら思える程に。

 私の全てを懸けてでも、君を幸せにしてあげたい。君だけは、幸せになってほしい。

 私はいつも──……そう、切に願っていた。神様のくせにね。



「……誕生日おめでとう、私の愛しいみぃ。どうか君の未来が……少しでも穏やかで、美しく、幸福に満ちたものでありますように」


 布団にくるまり静かに眠る少女の頬を、指の背で撫でる。

 ──神無月の三日。

 私と君が初めて会った日。私が、君から人並みの人生を奪ってしまった日。

 君が成長するにつれて鮮明になりゆく予知夢(・・・)。それ曰く、君は十七歳の誕生日を迎える前に死んでしまうらしい。そして死んだ後、君はどうやら此処ではない別の世界──それも虚構(フィクション)の世界に生を受けるようだ。

 せめてこの世界であれば君を見守れたのに。……なんて、私は自分勝手なことを考えてしまった。私を見つけてしまったから、私に見つかってしまったから、君は不幸になったというのに。

 だけど君は、もうこの世界に産まれ落ちることはない。

 君をこんなにも衰弱させて使い潰そうとする人間しかいない世界……確かに、もう二度と産まれない方が良いのかもしれないね。

 そう思ったからこそ、私はあちらの世界に君を託すことにしたんだ。


 私があの世界を虚構(フィクション)の世界と判断した一番の理由。──『Unbalance(アンバランス)Desire(ディザイア)』という乙女ゲームに出てくる登場人物達と、予知夢で見た人間達がほとんど同一人物だったのだ。まあ、ゲームにはいない人間もあの予知夢には多く出てきたけれども。

 数年前に偶然、同僚があのゲームを勧めて来た時は驚いたものだ。

 みぃの情操教育の為、人間達の目を盗んでは様々な娯楽を与えていた。その延長線上という体で、未来の悲劇を回避する為の知識をみぃが得てくれたならと、『Unbalance(アンバランス)Desire(ディザイア)』もプレイさせたのだ。

 すると何やらのめり込んだようで、店舗特典? とやらが欲しいと珍しくねだるみぃに、私は鼻の下を伸ばしてあらゆる特典を手に入れたりもしたな。全く同じゲームソフトが何本も積み重なってるのがとても不思議だった。


 ……いずれあの世界に生まれ変わった時、愛する君が少しでもあの世界に馴染めるように。愛する君が少しでもあの世界で幸せになれるように。愛する君が、今度こそ自分の願いを持てるように。

 私は。其の刻が来たならば、君を送り出すと決めたんだ。


「……──っ、嫌だ。本当は君を他の世界になんて渡したくない。このままずっと、私の傍にいてほしい。愛している。愛しているんだ、私のみこ……」


 だけれど。私では、この子を幸せにしてあげられない。

 不幸にしてしまう。世界で一番幸せになってほしい、幸せにしてあげたかった、愛しい君を。私は──不幸にすることしかできない。

 私が神であり、君が人間である以上、それは揺るがない。


「どうか、幸せに。君の幸せが私の願いなんだ。どうか、どうか……今生のぶんも、来世で。いつかの未来で、うんと幸せになっておくれ」


 何も変えられないくせに、視界だけは容易に揺らぐ。

 何よりも可愛いくて、何よりも愛おしい、私の愛娘(みこ)。愛している。本当に、君のことを愛しているんだ。

 ──だから。


「あと一年だけ……君の傍にいることを、許してくれ」


 だけど、私のことは決して許さないで。

 君に許されてしまった日には……私はきっと、君を手放せなくなってしまう。罪悪感があってはじめて、私は君の未来を祝福できるから。

 こんな卑怯な私ですまない。こんな自分勝手な神様が、君の神様で本当にすまない。


「愛しているよ、私のみこ……」


 痩せ細った手を両手でぎゅっと包み、祈るように零す。


「……かみさま? 泣いてる……の?」

「──ああ、ちょっとね。花粉症かなぁ」

「そっかあ。むり、しないで……ね……」


 ゆっくりと開いた目蓋。藤の花のように儚げな紫の瞳がぼんやりと私を映し、また隠されてしまった。どうやら寝惚けていたようだ。

 ……涙の理由を知られるわけにはいかない。君が最期を迎える其の刻まで、決して。

 君が幸せになれるように、私もやれる限りの事はする。未来を知っている以上、愛する君の為ならばどんな無茶無謀も成し遂げてみせるさ。

 だから、どうか。


 私のことなど、全て、忘れてくれ。

 君の人生に──……神様(わたし)は、在ってはならないんだ。


「…………あーあ。私が幸せにしてあげたかったなあ。私と一緒に、幸せになってほしかったなぁ……」


 君は私の運命だけれど、私は君の運命ではない。

 私では君を幸せにしてあげられないから。そんなものが、愛娘(きみ)の運命であっていいはずがない。

 愛しい君がその生涯を懸けて仕えてくれたんだ。君の神様として、その奉仕に報いてみせる。

 今度こそ、君が幸せになれるように。

 次こそは、君が悲しい結末(バッドエンド)を迎えないで済むように。

 未来の君が、十七歳を超え、大人になって……普通の人間のように過ごせるように。

 私は、君の神様として役目を果たそう。


 ……──願わくば。君の未来に、幸多からんことを。


 心の中で、心の底から、神様(わたし)の全てを懸けて切に祈る。

 目尻に溜まった涙を拭い、私は、眠る愛娘の額にそっと唇を落とした──────。


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― 新着の感想 ―
こんばんは〜! 改めて4周年おめでとうございます! さて、ひどく人間らしい神さまですね。 邪悪なものを祀ってたからといって、それをやっつけただけでなく代わりに願いも叶えてあげてたなんて……神さま相手…
4周年おめでとうございます。 何度も繰り返し読み返す程、大好きなこの作品がこれからも続きますように……。 錦秋が訪れる季節、どうかお身体をご大切に。今日も投稿ありがとうございます。
ううう…神様…良すぎですやん… みぃちゃんは紫目だったんですね! 店舗特典をねだるの可愛すぎか… そしてしぬしあお誕生日おめでとうございます! これからも投稿楽しみにしてます! 季節の分かれ目、お体に…
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