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735,5.Interlude Story:Sylph

 アミィがまた戦っている。また、あの子は何かを抱えてがむしゃらに命を懸けている。

 どれだけボク達がやめろと言い募っても、心配しても、決してあの子は無茶をやめない。

 あの子にとって無茶は──……誰かの為に何かをするという事は、呼吸と同じぐらい当然のことなのだ。

 王女という役目に縛られて、民に尽くすことでなんとか自分の存在価値を自分自身に認めさせようとしている。……アミィは、そうすることでしか自分を保てない程に、脆い。


 そんなアミィが、ようやく、自分の口で幸せになりたいと言ったんだ。『私の野望は昔から変わらないよ。生きて、絶対に幸せになること』って、夢を語ったんだ。

 ならばボクは、あの子のかけがえのない願いを叶えてみせよう。

 星を司る者として? ああ、それもあるけれど。ボクは、アミィの初めての友達として、あの子の願いを叶えてあげたいんだ。



「……生きて絶対に幸せになる、か」


 あの子に纏わりつく死の運命を前に、その夢は文字通り夢物語だ。きっとアミィもそれを理解しているからこそ、こんな夢未満の夢を、幼い少女のように夢見ている。

 その気になれば、ボクがあの子の死を否定することは出来る。

 星の権能で、あらゆる精霊達の権能を少しだけならボクも使えるし、それ以前に星王の加護(ステラ)を発動させればいいだけの話だ。……でも、あの子は。普通の人として生きて、最期には最高の人生だったと笑って死にたがっている。

 ならば、星王の加護(ステラ)を発動させるわけにはいかない。アレはきっと……いいや確実に、アミィの夢を壊すものだから。


「はあ……どうすればいいんだ。どうすれば、ボクはあの子の願いを叶えてあげられるの……?」


 精霊界にある自室で机に突っ伏す。

 何やらアミィがま〜た面倒事に首を突っ込んだ気がしたので、取るものも取り敢えずエンヴィーとフリザセアを送り込んだ。

 ぶっちゃけると、どちらもアミィの元に向かわせたくなかった。近頃のアイツ等はどうにもアミィとの距離感がおかしい。エンヴィーは戦闘バカのくせして腹に一物を抱えていそうだし、フリザセアはただただ距離感が狂っている。

 まるで愛し合う恋人のように、甘く蕩けた蜂蜜のような表情で、アイツはアミィに接する。本当に気味が悪い。怖すぎる。


 だが、あの二体(ふたり)を護衛にするのが、現状出せる最適解なのだ。だから不本意ながらもアイツ等を送り出した。

 本当はボク自身が行きたかったが……妖精とのあれやこれやを経て、神々(クソジジイ)共の監視が厳しくなっている。ボクが下手に動くわけにはいかない。……そう、フィンに怒られたばかりだし。

 怠惰で愚鈍な愉悦と淫蕩に耽るクソジジイ共だけど、曲がりなりにもアレは神だ。【世界樹】から与えられた権能を保持する世界の管理者なのだ。

 ……こんな風に、自分を正当化する為の言い訳ばかり探している。

 ボクはまた──最愛の君の危機に駆けつけられない。そんな己が一番愚かで、惨めで、憎くて仕方ないのだ。


「ちわーっす! 王さま! 元気ぃー?」


 ノックも無しにボクの私室に入ってきたのは、海のような群青の波打つ短髪を揺らすアホ面──水の最上位精霊ディアルエッド。

 ただの上位精霊の頃から血気盛んな情熱の男(エンヴィー)のお目付け役として、ディアルエッドは常にエンヴィーの傍に居た。短気なエンヴィーが暴れたら、鎮火はディアルエッドかフリザセアの役目だったのだ。


「王さま? なんか機嫌悪い?」

「……ディアルエッドは間抜けだなって思っていただけだよ」

「えぇぇ…………オレってそんなに間抜けに見えるの……? あ、話は変わるけど。王さま、お姫様に関することで話があって」

「アミィに何かあったのか!?」


 しょんぼりと肩を落としながら、仕切り直しとばかりにディアルエッドは顔を上げた。

 まさかの話題に、勢いよく椅子を倒して立ち上がる。

 アミィは水の魔力を持っている。ボクが与えた加護の影響で星の加護属性(ギフト)も持っているとはいえ、主要な魔力は水だ。なのであの子は、水の最上位精霊(ディアルエッド)の管轄にあたる。


「オレ、あの子の魂が生まれた時からいちおう、フリザセアさんと一緒に色々研究したり、見守ったりしてたんだけど」

「は? 何勝手に見てるんだよ」

「り、理不尽……。ええと、オレとフリザセアさんの見解は、氷の魔力が宿った瞬間に溶けて水の魔力になったのでは……って感じなんだけど、これは王さまも知ってるよね?」


 最近までそんなことまっっったく知らなかったけどね。この間フリザセアが口を滑らせるまで、そんな話一切聞いてないよ。


「でもどうしても腑に落ちなくて、フリザセアさんに観察を任せてオレは研究とか調査に専念してたんだ。それで個人的に、これだ! っていう仮説がありまして」

「アミィの魔力が変質した理由が分かったのか?」

「ううん。あくまで個人的な、ただの憶測なんだけど……」


 首を横に振り勿体ぶるディアルエッドに、ボクは固唾を呑んで視線を繋ぐ。


「──お姫さまは相当愛情が強いか、もしくは、誰かからひたむきな愛を向けられていたんじゃないかなって。それこそ、フリザセアさんが与えた氷が溶けちゃうぐらい……魂に宿った氷が生まれた瞬間に溶かされる程の熱を、あの子は持っていたんじゃないかなぁと」

「……自我すら無い受胎時点の魂にそんなものあるわけないだろ。仮に外的要因で溶けたとしたら、いったい誰がアミィの氷を溶かしたって言うんだ? 氷の魔力そのものが溶けるなんて前代未聞なんだけど」

「う、それはそうなんだけどぉ……オレ的にはやっぱり、これぐらいロマンチックな可能性とかもあってほしいっていうかぁ……」


 てか前代未聞なのはもはや氷が溶けたことだけじゃないしぃ……とかなんとか、ディアルエッドは指をツンツンしながら、うにゃうにゃと呟く。


「たとえば、例えば、の話なんだけど。もしもあの子の魂が生まれたその時点で、あの子へ並々ならぬ愛を向けられる人がいたら。フリザセアさんが与えた氷を溶かすほどの、凄まじい熱があれば……あの異例の答えになると思うんだ」

「…………まあ、絶対に無いとは言い切れないけれど。氷の魔力そのものを溶かすほどの熱量となれば……数千年分の積み重なった愛とか、そのレベルだろうけどね。何にせよ現実的ではない。アミィの魂が生まれたその瞬間を観測して、ピンポイントにそれだけの愛をあの子に向けるというのも難しいだろう」

「そうなんだよねぇ〜〜……明確に神々が関与してるって分かれば楽なんだけど、お姫さまは違うっぽいからなぁ…………」


  ディアルエッドは大袈裟に肩を落とし、ため息を一つこぼした。

 アミィの魂が生まれた瞬間に、フリザセアが観測したとして……あのフリザセアに氷を溶かせるとは思わない。アイツは氷の化身だ。氷そのものだ。アイツには、氷を溶かす程の激情なんてものは無いから。

 ならば他に、誰であればそんな芸当が可能か。

 あの子の親は絶対無い。最近やたらとアミィの前ではデレデレヘラヘラしてる布男も、昔はああではなかったし……そもそも人間が魂の誕生を観測するのは不可能だ。


「…………やっぱり、どう考えても無理じゃん」

「ぐぬぬぅ……誰がお姫さまの氷を溶かしたのかなあ。っと、そうだ! 氷で思い出したんだけど……お姫さまが氷の魔力を手に入れたみたいだよ」

「────────はい?」


 アミィが? 氷の魔力を手に入れた?


「なんだそれどういう事だよさっきなんで溶けたのか話していたところだろうが」

「あ、圧が……圧がすげぇよ王さま……。なんかね、フリザセアさんが改めて与えた……というか、魔力炉にある水の魔力の一部を勝手に切り離してそれを凍らせた? みたい?」

「あの馬鹿…………ッ!」


 やりたい放題の部下に頭を抱える。

 フリザセアは、八百年程前に人間に氷の魔力を与えたことで制約に抵触している。なのでフリザセアには、罪を犯した者の証である星の刻印が顔に刻まれているのだ。

 顔に刻まれた星空は、罪の証。その者が罪を犯した者であると誰もがわかるようにしたもの。

 現存する精霊達では……定められた死を拒否した(ケイ)(フィン)。実験と称して人間界の土地を不毛の地にした(ルーディ)(シッカー)と先代呪の最上位精霊。そして──人間に与えるなと制約で定められていた魔力(モノ)を人間に与えた、(フリザセア)。これらの精霊体の顔には罪の刻印がある。


 やはり……フリザセアはボクに話していないことが多すぎる。結局、どうして人間に氷の魔力を与えたのか、アイツはついぞその理由を明かさなかった。

 人間との間で何があったのかも、どうして罪を犯したのかも。ボクやエンヴィーすらも知らない何かが、フリザセアと人間──アミィの先祖との間であったことは確かだ。

 ──昔から、フリザセアは異常だった。

 それもそのはず。何故ならフリザセアは、歴代氷の最上位精霊達が数千年かけて作り上げた最高傑作(・・・・)だから。先代氷の最上位精霊が、氷の権能を譲渡した状態で完成させた、生まれた瞬間からその座にいた異例の最上位精霊。それが、星を映す氷像(フリザセア)なのである。

 だからこそ、フリザセアは他の氷の精霊とは一線を画す。ボクですら真似出来ない意味不明な権能の使い方をするくせに、それについても何一つとして説明が無い。とんでもない部下である。


「フリザセアには全てが終わった後に詰問するとして。氷の魔力が与えられて、何か、あの子の体調に変化は?」

「ずっと見てたフリザセアさんならまだしも、オレにはそんなの分かんないって。でもまぁ……フリザセアさんとエンヴィーがお姫さまの護衛に回ってるなら、何かあっても大丈夫だと思うな。どっちも超強いし!」


 権能が使えずとも、エンヴィー達は強い。並大抵の相手ではエンヴィー達の足元にも及ばないだろう。

 だから、戦闘面での心配はない。

 しかし魔力属性が増えたとあれば……新しい魔力に体が慣れず、拒否反応から何らかの症状が出てもおかしくはないだろう。アミィにとって氷は元々持っていたものだから、拒否反応も無いとは思うけれど……それでも心配なものは心配だ。


 それとはまた別の話で──増えたのが氷の魔力というのも、少々厄介だ。なにせ、フォーロイト帝国において氷の魔力は継承権そのもの。

 アミィが創意工夫で氷を操っていたこともあって、前々からアミィにも改めて継承権をと動いている人間がいたようだが……いよいよ、権謀術数から逃れる事は難しくなりそうだ。

 ハイラやメイシアの父親が後ろ盾にいるから、アミィの立場が悪くなることはそうそうないだろうけど……あの親失格の皇帝と捻くれ皇太子のことだ。政敵となったアミィに何をしでかすか分からない。

 アミィの命を狙う敵は、ナトラやエンヴィーだけでなく、イリオーデやルティやスルーノも対処できる。だからきっと、どう転んでも大丈夫な筈だ。


 …………ボクは、あの子の為に何をしてあげられるんだろうか。

 制約の所為で満足に戦うこともできない。精霊王なんて肩書きだけの立場で、あの子を見えない悪意や敵から守ってあげることもできない。あの子の苦悩を理解できない所為で、あの子が辛い時に寄り添ってあげることもできない。

 傍にいると言ったくせに、こうして大事な時に限って精霊界から出られない。約束も守れず、願いも叶えてあげられないなんて。

 ボクは、存在価値が無いじゃないか。


「…………」

「どったの王さま? お腹痛い?」

「……用が済んだら早く出ていきなよ。しっしっ」

「王さまがオレに怒らないなんて……! け、ケイさんに教えなきゃ────!!」


 顔をサッと青くして、ディアルエッドはえっほえっほと逃げ出した。

 慌ただしく扉が閉まると同時。その場に座り込んで、震える手で前髪をくしゃりと握った。


「ボクは……どうすれば、君の未来に寄り添えるのかなぁ…………」


 たとえそれが叶わずとも。

 せめてこの、命を燃やすばかりの身が、君を幸福な日々へ導く光になれますように。

 君が何かに迷ったり、立ち止まったり、前に進めなくなったとして。どんな時でも君の選んだ道が、少しでも明るく穏やかなものになるよう、ボクが照らせますように。

 それはきっと、(ボク)にしか出来ない事だから。


 存在価値の無い(ボク)は……君の願いを叶える為に──これからも、この命を燃やし続けるよ。


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― 新着の感想 ―
こんばんは〜!今日も更新ありがとうございます! さて、ジレンマですねぇ……アミレスのために自ら何かしてあげたいのに、何かすればむしろ状況の悪化を招くし、かといってじっとしてたら後からポンポン知らなか…
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