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733.Side Story:Private Soldier2

ジェジ&シャルルギルの愛すべきおバカさんコンビです。

「ジェジ。俺は凄まじい発見をしてしまった」

何々(にゃににゃに)どしたのシャルにぃ?」

「──この蛇、とんでもなく悪いものだ」

「そりゃそーだろーにゃあ。てかとんでもなく悪いものを素手で掴むの、絶対やめたほうがいいと思うぞお」

「大丈夫だ、問題はない。こうして頭と尻尾を掴んでおけば蛇は暴れないからな。ほら見ろ。蛇がうねうねしても俺の手はしっかりと蛇を掴んだままだ。安心していいぞ」

「今はそっちの心配はしてないんだけどにゃあ……」


 呆れた視線をシャルルギルに送り、ジェジは耳を垂らして大袈裟にため息をこぼした。

 ディオリストラスとラークの永遠に初々しいカップルへの気遣いの結果、巡回からそのままの流れで街の様子見に繰り出した、シャルルギルとジェジの愛すべきおバカコンビ。

 いつもはちょっぴり抜けたところがある明るく元気なボケ担当のジェジだが、ひとたびシャルルギルと二人きりになれば、途端にツッコミに回る。ツッコミせざるを得なくなるのだ。

 何せシャルルギルは弩級の天然、ド天然だ。そんなシャルルギルが極上の天然ボケを息を吸うように繰り出すので、私兵団総出でツッコミに回る必要がある。

 なのでシャルルギルと二人きりになった時は、ジェジも自然とツッコミ担当にジョブチェンジするようになった。


「にしても。ホントになんなんだろ、この蛇。とんでもなく悪いものってどゆコト……?」

「そうだな……なんというか、こう、すごく不快な感じのやつだ」

「やっぱそれ素手で触るの絶対によくないって。今すぐ放そうって」

「例えるなら──寝苦しさから夜中に目覚めたら全身汗ぐっしょり、頭痛と腹痛が同時にきて、ほんの少しでも体を動かせばめまいと吐き気がして、心臓を揉み揉みされているような……そんな苦しさがある」

「だから一旦それ放そ!? どー考えても厄いじゃん!! 冷静に実況してる場合じゃねぇにゃあ!?」


 ジェジは脚に装備したベルトから短剣(ナイフ)を取り、千切りにするかのように蛇を切り刻んだ。

 すると蛇は、水を多く含んだ泥のように崩れていった。それをどこか切なげに見つめるシャルルギル。どうやらあのまま、この謎の蛇の生態を調べたかったらしい。

 本能でそれを察したジェジは、


「シャルにぃ。ダメだからにゃ?」

「……大丈夫だ、だいじょぶだいじょぶ。俺の魔力を忘れたのか? 毒だぞ、毒。毒はかっこよくて凄いんだ。だから問題はない」

「ダメだぞ」

「……駄目か?」

「ダメ」

「……本当に駄目か?」

「ダメだって言ってんだろ」


 駄々を捏ねるシャルルギルに、ジェジは可愛い子ぶることも辞め、真顔で淡々と繰り返した。

 ──そもそもジェジは人狼(ウェアウルフ)という種族故に、かつて貧民街でも腫れ物のように扱われていた。何せ氷の国たるフォーロイト帝国では亜人や獣人は珍しい存在。その中でも狼の血を継ぐ人狼(ウェアウルフ)となれば、嫌厭されるというもの。

 故に彼は演じて(・・・)いた(・・)。──可愛い犬のような人懐っこい姿を。

 明るい性格と多少のおバカさんは生来のものだが、あのやかましさと、狼なのに猫のような語尾は、彼が普通の人間達に親しみを持ってもらえるようにと演じている愛嬌なのだ。

 全ては、奴隷商から逃げ出したユーキとジェジを訳も聞かず受け入れてくれた、ディオリストラス達の為。彼等まで自分の所為で悪評を流されたり、嫌厭されたりしないようにと、無知だったジェジが考え出した苦肉の策が、あのおバカキャラなのだ。

 そのキャラを忘れる程に、ジェジは本気で、シャルルギルの身を案じていた。なお、ふとした時の口の悪さは当然ユーキ譲りである。


「…………わかった。もう素手で触ったりはしない」

「信じるよ。……オレ、シャルにぃに怒ったりしたくないから」

「ああ。すまない、ジェジ。俺が聞き分けのない人間なばかりに、お前を不愉快にさせてしまった」

「不愉快とまではいってないしぃー。ただシャルにぃって実はウチ一番のワガママだなって思っただけだぞお」


 と、ジェジが肩をすくめた時。彼のふさふさな尻尾が、ぶわぁっと逆立った。

 五感を研ぎ澄ませ、ジェジはある一点を睨むように凝視する。その目は鋭く見開かれており、今にも飛び出さんとばかりに彼の姿勢はいつの間にか前傾している。


(やだなあ、この感じ。この、体じゅうをぐちゃぐちゃにする、憎悪(・・)──)


 上空では、遠くの通りで発生している集中的落雷の影響を受けてか雲が激しく動いていた。陽射しが遮られる。褐色の肌に影が差し、その表情が僅かに曇った。


「シャルにぃ。あっちの方から嫌な気配がしてる。……もしかしたら、この蛇と関係があるかも」

「そうなのか、よく見つけたな。流石はジェジだ。ならばその嫌な気配の発生源をどうにかしなければならないな」

「うん。とりあえずオレが先行するから、シャルにぃは援護お願いにゃあ」

「わかった。バッチリ援護してみせよう」


 ぐっと親指を立てるシャルルギルの自信に満ちた様子に、ジェジは一抹の不安を覚えた。この人ちょっとでも目を離すとすぐ変なことするからなあ……と、隙あらば何でも口に入れる幼児に対する親のような心境になっていた。ちなみにシャルルギル以外の私兵団全員がこの境地に至っている。

 ラークばかりがシャルルギルを甘やかしているとディオリストラスは主張するが、まったくのブーメランである。全員甘やかしているというか、過保護になっているのだ。


「……ヨシ。とりあえず怪しいヤツは全員捕縛! れっつごー!」


 シャルルギルに対する不安を振り払うように左右に頭を振り、ジェジは飛び出した。

 バネのように引き締まり膨張した四肢の筋肉は、彼を弾丸のような速度で射出する。地面を蹴る、と言うよりも地面より放たれる、と言ったほうが正しいまでに、ジェジはたった一歩で数メートルの距離を行き、あっという間に憎悪(・・)の発生源に辿り着いた。

 いつ襲撃されても対応出来るように、その両手では短剣(ナイフ)が冷たく輝いている。


「………………」


 さあいざ敵とご対面──と気を引き締めたジェジの前に現れたのは、煤を被ったような黒灰色の髪の女だった。後ろ髪同様に前髪も長く、顔はまったく見えない。髪の隙間から見える顔は随分と痩せこけているようで、土気色の肌の中にある唇は青白かった。

 女は、凄まじい速度で突然現れたジェジに驚く様子も無く、無気力に俯いたまま、ところどころひび割れた唇でボソボソと呟く。


「…………邪魔、よ」


 暗く怪しいローブの下で、血管が浮き出る程痩せた腕が持ち上げられる。骨と皮だけに見える手がある程度の高さまで持ち上げられた、その時。女はぽつりと声を落とす。──全部、壊れてしまえ。と……。


「……壊れろ。壊れろ。壊れろッ!」

「っ!?」


 叫ぶ女の手には、石で作られた身の丈程はある大きな斧が。どうやら彼女は石の魔力を持っているようで、石魔法にてこの石斧を作り上げたらしい。

 髪を振り乱し狂ったような表情で叫べば、彼女は問答無用で石斧を振り回した。家屋の壁に、街灯の柱に、先日ようやく復旧された石畳に。何の石で出来ているのか疑問だが、石斧は衝突したあらゆるものを尽く破壊している。

 そのくせ刃こぼれ一つしない石斧にジェジはギョッと瞬くも、獣人故の高い身体能力で、フルスイング石斧を軽々と躱わす。

 そこで、黒灰色の髪が揺れたことで正気のない鬱屈とした顔が露わになった。


(────ぁ)


 ピタリと、全身が強張る。毛が逆立つ尻尾は僅かに震えていた。


「死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねッ!!」

「うッ…………?!」


 こうも金切り声で理不尽に叫ばれては、五感が優れているジェジに大ダメージが入ってしまう。実際ジェジは、拷問よろしく視覚と聴覚から攻められているような状態だ。

 フルスイング石斧に討ち取られるようなヘマこそしないが、両手に持った短剣(ナイフ)を握る手からは徐々に力が抜けていく。

 その間にも女は絶え間なく、呪いのようなことを叫び、誰彼構わず石斧で嬲り殺そうとする。


「全部全部全部全部全部全部全部全部壊れてしまえッ! こんな世界! 何もかも全て! 神に呑まれて消えろぉっっっ!!」


 女は叫ぶ。頭を振り乱し、痩せこけた頬を引き伸ばして。何度も、その苦痛を誰かに知ってほしいと言わんばかりに。

 そんな痛々しいまでに狂った様相を見て、


(…………この人は、きっと……死ぬまで自分を苦しめ続ける。こうやって叫んで、八つ当たりして、そうすることで自分を責め続けてるんだ。──だから、止めてあげないと)


 ジェジは眉間と顎に皺を作った。

 彼の脳裏には、ある一人の女性の姿が浮かんでいる。


(これ以上……この人が苦しんでいるのは、見たくない)


 なんと言われようが、ジェジの心持ちは変わらないだろう。

 ──かつて自分を捨てた母親とよく似た表情(かお)の女。自分を責めるように、怒り、叫び、全てを恨む、誰よりも憐れな人。

 遠い記憶の中に閉じ込めた過去が、呼び覚まされた。

 いい思い出など何一つ無い。母親について覚えていることなんて、狂ったように泣き叫ぶ顔とその金切り声だけ。その中でも一際強く覚えているのが──別れ際。自分を責めるように静かに泣く、いつもより悲しそうな母親の顔だった。

 だから、せめてこの女だけは救いたいと思った。あの日──生まれて初めて、母親の涙を止めてあげられなかったから。


「──オレが、あんたの苦しみを終わらせる」


 母親と似た灰黒髪の女、洗礼名アフェクトム。彼女を自罰の狂乱から救い出そうと、ジェジは短剣(ナイフ)を強く握りなおした。

 その顔にいつもの明るさは無く。鋭い獣の瞳は静かにアフェクトムを見据えていた。


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― 新着の感想 ―
こんばんは〜!更新ありがとうございます! さて、類は友を呼ぶとは本当に良く言ったものですねぇ。なんだかんだでユーキとシャルとつるめるなら、ただのカワイイで済むはずないですよね〜。口が悪いのはご愛嬌。…
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