732.Side Story:Private Soldier
ユーキ&メアリードwithセインカラッドになります。
「キャーーーーッ!? へ、へへへへっ、蛇が! 蛇がっ、うじゃうじゃ!!」
「メアリー。抱き着かれたら戦えないんだけど」
「一体何が起きているんだ……?!」
ガラスを裂いたように叫ぶメアリードが、子コアラのようにユーキ・デュロアスに抱き着く。優れた運動能力と体幹を持ち合わせるユーキは、まさに大木のようにどっしりと構えていて、僅かにもその体が揺らぐことはない。
泣きつくメアリードを「落ち着きなって」と慰めるユーキの傍で、セインカラッド・サンカルだけが大真面目に、頬に冷たい汗を滲ませていた。
何やら様子がおかしいアミレスのことが気がかりで、サロンを出たユーキとゆかいな金髪美人達。両手に金髪美人──金の長髪を靡かせるセインカラッドと、檸檬色のツインテールを揺らすメアリードを侍らせているものだから、はたから見ればこの男、生粋の金髪美人好きだ。あながち間違いではないが。
そんな愉快な三人組だが、アミレスを追って外に出たもののこの人混みの中で人を探すのは至難の業──かに思えたが。相手はフォーロイト帝国において凄まじい知名度を誇る、現帝国唯一の王女。目撃情報などいくらでも出てくる。それらを元に人混みを縫うように進んで行けば、東部地区と北部地区の境い目の辺りで謎の蛇に出くわした。
黒くうねる、水のようで泥のようにも見える、禍々しい蛇。それが群れをなして彼等の前に立ちはだかる。
「そもそもアレは本当に蛇なのか……? 森にいたものとは随分と毛色が違うが……」
「まあここって大陸随一の冬国だし。極寒に適応した蛇か何かの可能性はあるね」
「ななな、なんでユーキ兄もセインカラッドさんもそんなに冷静なの?! こっ、こんなにキモチワルイのにっっっ」
「む、婦女子にとっては気味の悪い光景か。ならば目を閉じておくといい。ユーキから離れた上でな」
「ユーキ兄から離れた状態で目を瞑ったりしたらアタシだけ蛇に襲われちゃうじゃん!!」
「目を閉じた程度で襲われる訳がないだろう! 全て避ければいいのだから!」
「アタシはアンタみたいな特殊な訓練は受けてないのっ!!」
「そうなのか、それは酷なことを言った。ならば気合いで避けてくれ」
「なおのこと無理だってそんなの!!」
メアリードは相変わらずユーキに泣きついている。そんな少女をどうにかユーキから引き剥がそうと、セインカラッドはああだこうだと理由を並べ立てていた。
そんな二人に挟まれるユーキは、真紅の宝石眼を伏せてため息混じりに呟く。
「……はあ。アミレスを探してるだけなのに、どうしてこうなったのやら」
どうしてと言うがメアリードとセインカラッドを止めるつもりは無いらしい。放任主義というか、こうして仔犬の喧嘩のように騒ぐ二人を眺めるのは、嫌いじゃないのだ。
(……それにしても。あの蛇、明らかに変だ。だって半透明だし。半透明な蛇とか聞いたことないよ)
自分達を取り囲む蛇の群れをじっと観察し、ユーキは「よし」と軽く息を吐いた。
「セイン、とりあえず蛇を殺そう。どう見ても普通の蛇じゃないけど、殺せば死ぬだろ、多分」
「了解した。死ぬまで殺せばいいのだな。──ユーキ・デュロアス様の仰せのままに」
「だから此処ではただのユーキだって……ああもう行ったし。本当に頭固いなぁ、あいつ」
ユーキの言葉を待たずして、セインカラッドは懐から幾つもの宝石取り出し駆け出した。それらを蛇の群れの上空へ投げ、「燃を帯びろ、柘榴石!」と魔石光術を発動し、蛇の殲滅に取り掛かる。
呆れと愛おしさを孕んだ眼差しでそれを眺めつつ、ユーキは自身にしがみつくメアリードをあっという間に剥がし、片手で軽々と抱え上げた。これにはメアリードも混乱し、「!? ──? っ?! ……??」と真っ赤な顔で目をぐるぐると回している。
「メアリー、舌噛むから口は閉じてなよ」
「!!」
(──なにこれ、アタシなんでユーキ兄に抱き上げられてるの? え? 夢? なにこれ夢なの? アタシにとってすっごく都合がいい夢なんだよねこれ?!)
夢なら醒めないで! と祈りつつ、メアリードは口をぎゅっと閉じて、とにかく首を縦に振った。
「ん、いい子」
「!!!!」
「さて僕も戦うとして……武器はこれでいいか。街灯一つ貰いまーす」
変の魔力でまた勝手に街灯を武器に変えたらしく、彼の手元にはボウガンがあった。しかもこちら、街灯に使われていた魔石灯を流用した魔力式ボウガン──つまり魔導兵器だ。見事な脱法魔導兵器である。
「セインに当たらないように…………しなくても、あいつなら避けるか」
この男、親友への信頼が凄まじい。
セインカラッドが前に出て戦っているにもかかわらず、涼しい顔でボウガンから魔力矢を連射する姿は、生粋のサディストと評価せざるを得なかった……。
♢♢♢♢
「──ふぅ。なんとか目につく限りは駆除出来たが……殺せば水のように溶けて消えて、結局正体はわからずじまいだったな」
「というかアレ、本当に蛇なの? 全体的に邪悪だったし、手応えもまったく無かったけど」
「ふむ……謎は深まるばかり、か。後でこの情報を警備隊に伝え……る必要もないか。この騒ぎなら彼等とて既に動いていることだろう」
「なんならアミレスも事態解決に向けて動いてそうだけど。──ああでも、今はアミレスじゃないかもしれないのか。なんにせよ僕達に出来る限りのことはやっておいて損はないだろ」
「そうだな。目の前で誰かが傷つくのをただ見ているだけというのは無性に耐え難い。狩りならオレ達の得意分野だ。蛇退治なら任せてほしいところだな」
「普通、蛇を狩るなら罠とか用意するけどね。今はそんな余裕もないし……アミレス達を捜しつつ蛇は見つけ次第狩るってことで」
その時。理解が追いつかないながらも懸命に二人の話を聞くメアリードが、ほんの十五メートル程離れた場所に立つ不審な人物に気がついた。
怪しげなローブを羽織り、フードを目深に被る人。遠目に見てもその背はゆうに百八十を超えているようにように窺える。
(……イリ兄と同じぐらいの背の高さ……どことなくイリ兄とシルエットも似てる気がする)
ローブの隙間から僅かに見える脚は細すぎず太すぎず、健康的な成人男性のものに近い。靴は、よく手入れされたブーツ。汚れはないが相当くたびれている。まるで尻尾のように、二本の棒がローブの下からひょっこりと顔を出している。
じっと観察してしまったメアリード。元々こちらの様子を窺っていた人物と目が合うのは、当然のことだった。
「あ────」
失敗した。と彼女が顔を強張らせた時には、既に相手は動き出していた。風を抱えて膨らむローブと、後ろ手に取り出した二本の棒──その一方の先端が鋭利な二本の槍を構え、男はこちらに肉薄する。
揺れるフードの下で眼鏡の細いフレームが光を受けキラリと光っていた。眼鏡の奥では、幸福を知らない灰色の瞳が憤怒と憎悪に燃えている。
丁度槍一本分程の距離で足を止めた男は、左の槍は防御として前に構え、右の槍でメアリード目掛け素早い刺突を繰り出す!
「メアリー口閉じる!」
「ひゃいっっっ」
恐怖で固まるメアリードを抱えたままユーキが後方に跳躍すれば、すかさずセインカラッドが反撃に出る。
「光よ!」
国教会の聖職者が着る白地に金糸の刺繍が入った祭服を揺らし、しなやかな手指で掴むのは剣を象る光の塊。
まるで魔法陣を剣の形に切り取ったようなそれは、セインカラッドの手で儚く煌めく。
「まったく……男児たるもの淑女を守りこそすれど、害をなすなどもってのほかだろう。どうなっているんだ近頃の若者は」
「邪魔立てするな、異教徒…………!」
「異教徒などと強い言葉を使うな。そも、誰が何を信仰していようが、この国においては個人の自由でありそれが法だ。この国の法に従えないのならば、即刻立ち去るべきだろう」
「…………ッ、何も知らない連中が偉そうに!!」
剣と槍が競り合う中、セインカラッドは男へと大真面目に苦言を呈した。煽られたと受け取ったのか、男は眼鏡の奥で瞳を怒りに歪め、喉を焼くように唸る。
「ああ知らない。当然だ。オレはオマエのことを何も知らない。だから教えてくれ。オマエのことを。その上でオレは、ユーキとその義妹殿の命を狙ったオマエの処遇を決める」
(──もう過ちは繰り返さない。何も知らず、知ろうともせず、こうと決めつけた歪んだ前提で他者を傷つけるような愚行……二度と繰り返す訳にはいかないのだ)
セインカラッドは多少頭が固いものの、それは裏を返せば素直で不器用というだけのこと。ひとたび感情に呑まれては自らそれを振り解くことは難しく、思い込みから間違うことだって勿論ある。
人間誰しも、思い込み、そして間違うものだ。セインカラッドだってそれは理解している。だからと言って、そうした事実を己の間違いを正当化する理由にしてはならないと彼は考えた。それこそ間違いであると、実直な彼は判断したのだ。
「……ふざけるな。オマエ達に俺の苦悩など分かる筈がない! オマエ達エルフにだけは理解出来るわけがねェんだよッッッ」
「っ! そんなの聞いてみなければ分からないだろう!?」
「こうして無駄話をしている暇すら俺には無いと言うのに……! それすらも分からない時間を持て余した連中に……っ、俺の嘆きを理解する資格なんて無い!!」
痛々しい叫びがセインカラッドに放たれる。男の目は憎悪に狂うばかりで、聞く耳を持たない。
男は二本の槍に炎を纏わせ、破裂する猛火の如き勢いでセインカラッドを焼き貫かんとする。こうも純然たる殺意を向けられては、対話はもう叶わないだろう。
(……仕方ない、か。無力化した後でならばまだ可能性はある。ユーキならば拷問も許してくれるだろう)
この男、親友への信頼が凄まじい。
いやはや美しきかな。彼等の友情パワーもとい絆はとんでもなかった。
「セイン。とりあえずその不審者は拘束して、後で拷問しよう。おまえは魔力温存しておいてね」
まさかの一致である。
近くの屋上にメアリードを降ろしたユーキは、ボウガンを双剣に変え、涼しい顔で屋上から飛び降りた。
「どこの不幸自慢被害妄想陰険野郎か知らないけど──あの馬鹿王女の手が届く範囲で変なこと企むなよ。またあの女が馬鹿な真似するでしょうが」
「エルフ共が……!!」
緊迫した鍔迫り合いを演じるセインカラッドと眼鏡の男の元に、ユーキが乱入する。
眼鏡の奥で憎悪を燃やす薄幸の男──洗礼名インテレクトスとユーキ達の戦いが、ここに火蓋を切って落とされた。