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728.Main Story:Ameless Hell Forloyts3

 神に近しい力を使う男。──おそらくは聖人様と同類の、神に選ばれた者。

 あれを一人でどうにか出来るわけがない。指を一度弾いただけで虚を衝けるあの美しい男が異例なのだ。

 ならば、凡人たる私は誰かを利用するしかない。一人では不可能でも、複数人なら──


「アンヘルーーーーっ!!」


 息を吸って、天空に向けて思い切り叫ぶ。この騒動の中でどれ程声が響いているかは分からないが、きっと……五感が優れた吸血鬼ならば気付いてくれる筈だ。


「増援を呼んでいるのか……! 先生、早くあの王女を!」

「そうだね。死神も何故か消えた事だ……早く彼女達を“救済”しなければ」


 先生とやらの周りをぐるぐると回っていた黒い流動体の蛇が、私目掛け飛び出す。それを阻むのは、上空から降ってきた一つの影。


「──呼んだか、アミレス」


 フードを被った紅いた瞳の彼が優雅に振り向けば、その背後では黒蛇が幾何学模様に切り刻まれて散っていった。まさかの乱入者に、男達は苦虫を噛み潰したような表情をしている。

 流石は“ゲーム”にてあの聖人様をして強いと言わしめた男。想像以上の強さだ……!


「…………おまえ、アミレス……だよな? でも、何か……雰囲気があの時のアミレスに近いような」


 やっぱりバレるのね。どうして誰も彼も分かるの? 怖いわよ普通に。


「細かい話はまた後で。今はあの男達を無力化しなきゃいけないの」

「男? なんだおまえ、また変な連中を誑し込んだのか。誑し込むのは俺だけにしろ」

「何の話よ。彼女の優しさに甘えて、依存して、烏滸がましくもそれを欲して……その気なんて無い彼女に勝手に惚れたのはそちらでしょう。彼女に責任転嫁しないでちょうだい」

「……おまえやっぱりアミレスじゃねぇな?」

「ええそうよ私は貴方達の知るアミレスじゃないわ。はいこれでいいでしょう早く戦うわよ見ての通り余裕が無いの」

「……忘れた、って訳ではなさそうだな…………分かった。とりあえず協力してやる。だが後できっちり説明しろよ、アミレス二号」


 絶妙に不本意な呼称ね……別にいいけれど。


祭宴の幕開けをペサディラ・ディ・サングリ


 デリアルド伯爵が呟けば、彼の青白い手の甲から、計算され尽くした噴水のように美しく血が溢れ出す。それはやがて、異様に刃が長い極長剣(ロングソード)へと変貌した。


「──赤く(ブラッド)紅く(ブラッド)赫く(ブラッド)緋く(ブラッド)……海原を創り(ブラッディ)天空を染め(ブラッディ)大地を濡らせ(ブラッディ)──我こそが血の伯爵だブラッディアー・ヴァンプ


 歌うように繰り返される言葉は、不吉な調べのよう。血の極長剣(ロングソード)を指揮棒のように手遊びしたかと思えば、デリアルド伯爵の背にはいくつもの血の剣が滴る紅い翼が。

 彼女の記憶で観た“ゲーム”にも私自身の知識にも、デリアルド伯爵──吸血鬼があのような禍々しい姿に変貌したなんて記録は無い。


「デリアルド伯爵のあの姿はいったい……」

「魔法なのかも怪しいわね……」


 メイシアと共に、呆然とその姿を眺める。


「さあ──おまえの血、俺に寄越せ」


 無数の剣からなる血の翼が、まるで砲台のようにその向きを変える。すると(はね)が全て射出され、(はね)が失われたそばから新たな(はね)が滲み出し、また撃ち出される。その速度と数は、もはやガトリング砲並だ。

 先程私が氷の剣でマランコミダを蜂の巣にしたように、デリアルド伯爵の血の剣が先生とやらを集中砲火する。


「くっ……! 血の、魔力──っ吸血鬼(ヴァンパイア)か……!!」

「先生!!」


 どこからともなく出した大きな針で、男は飛んで来る剣を一つ一つ弾き飛ばす。だが全てそうはいかず、いなせなかった血の剣が何度かその体を掠めているようだ。

 先生とやらのサポートの為にロボラも魔法を使い、太い蔦で剣を薙ぎ払おうとしている。


「そんなことしても無駄なのにな」


 デリアルド伯爵の気怠げな声がぽつりとこぼれ落ちた直後。私達の目の前から彼の姿が消えた。かと思えば、


「ッ、がぁ…………っ!?」

「先生ッッッ!!」


 いつの間にか止んでいた血の雨の向こうで、先生とやらの脚が空を舞っている。鮮やかな断面から飛ばした血で放物線を描いて、べちゃりと地に落ちた。

 片脚を奪われた先生とやらはその場に倒れ込み、血相変えたロボラに支えられている。

 そうして二箇所から溢れ出した男の血が、磁石に引き寄せられる砂鉄のようにある場所目掛け、導かれるよう流れてゆく。

 二つの流血が合流した先。そこには当然、デリアルド伯爵が立っている。彼の足元には不自然な血溜まりが出来ており、そこから吸い上げられた血が点滴のように彼の手首に注がれていた。

 ──血を寄越せという言葉に偽りはなかった。彼は確かに、先生とやらの血を強奪しているのだ。


「これじゃあ足しにもならねぇな。もっと奪うか」


 酷薄なデリアルド伯爵は淡々と呟いて、今度は瞬きの間にロボラの背後に回り込み、その極長剣(ロングソード)を振り下ろした。


「……あ? 植物……?」

「絶対に……ルシーは死なせない……っ!」


 蔦のドームがロボラ達を覆う。かなりの強度を誇るらしいそれを前に、デリアルド伯爵は眉根を寄せて後頭部を掻いた。

 やがて彼はひとっ飛びで私の目の前まで舞い戻り、ため息をこぼす。


「おいアミレス二号。あいつ、なんかぶつぶつ言ってて気色悪ぃし往生際も悪すぎるぞ」

「ぶつぶつって……何を言っていたの?」

「あー……神がどうとか、旅人がどうとか」

「神? 旅人? 祈っているのかしら……」

「──あのっ。その言葉なら、先程もう一人の男性も口にしていました。王女様の剣を黒くする、直前に」


 メイシアのまさかの言葉に、全身から血の気が引いた。

 彼女の話が本当ならば。デリアルド伯爵が聞いた言葉は── 神の恩寵を授かる祈祷の言葉だ。


「──我が神よ! あなた様の子供たるロボラが願い奉ります。どうか、道を外れし憐れな者に救済を!!」


 天に届けとばかりに張り上げられた声。いつの間にか蔦のドームは崩れており、その中で先生を抱えるロボラが、強く睨んでくる。

 最悪だ。そんな事が許されるのか? “理不尽側”の人間が、他にも居るだなんて──。


「なん、ですか……あの、花は……」

「──嘘だろ?」


 メイシアもデリアルド伯爵も、一点を見つめて立ち尽くす。

 そこには、蔦の残骸を苗床に咲いた無数の黒い花と、それに囲まれるロボラの姿がある。彼の纏う空気がガラリと変わり、神の恩寵を得た先生と同じような威圧感を放つ。

 それはまるで、死の神が降臨したかのようなおどろおどろしい光景だった。


「…………どうして、誰も彼も彼女の幸せを阻むの……?」


 彼女はただ、大好きな皆とずっと一緒にいたいだけなのに。

 アミレス・ヘル・フォーロイトはこの世界に、たった十五年しか生きることを許されていない。そしてその運命に、彼女を巻き込んでしまった。

 ──だからこそ。アミレス・ヘル・フォーロイトとして、私が十五年目に死ねばいい。十五歳で死ぬ悲運の王女は私。私でなければならないの。

 悲運の王女のしがらみや運命から解放された『ただのアミレス』として、みぃちゃんには幸せになってほしいから。


「……そうよ。私が戻ってきたのは、その為。彼女のハッピーエンドの為に、悲運の王女(わたし)は死ぬのよ」


 神だろうがなんだろうが、関係無い。誰が相手だろうが命懸けで障害を打ち斃すのみだ。


「私は死んでもいい。だから彼女だけは──あの子の願いは、絶対に守る!」


 決意のままに叫ぶ。その瞬間、冷たい温もりが私を包んだ。


「──それが、君の選択なら。氷の最上位精霊として、俺が君の願いを叶えよう」


 降ってきた声に顔を上げる。麗しく微笑むフリザセアさんと目が合った時、心臓が凍てつくような痛みを覚えた。


「元々君は持っていたんだ。ただそれが、なんの異変か溶けてしまっただけで。……対策は出来た。これで君にはなんの(ペナルティ)もない。そこにあるのは──本来()が持つ筈だったものだけだ」


 体温が急激に下がる。吐く息が白く、手指が真冬のように冷たくなる。

 これはまさか──……


「氷の、魔力」

「そうだ。何故か溶けてしまった、君の氷だ。何度も願ってくれたのに、今まで渡せなくてすまない。──君とも会えて、嬉しく思う」


 そうか、このヒトは氷の精霊だから……氷の魔力を人間に与えることだって可能。そして私も、氷の魔力の素地はあった。だから、こうして与えられたのだろう。

 ──幼い頃何度も星に願った、この力を。

 じんと冷気が滲む左胸に手を当てていると、フリザセアさんの背後から、朗らかに笑う陽気な男が現れた。


「どもでーす、姫さん。あなたの星騎士(せいきし)が来ましたよーっと」

「氷と水があれば戦闘の効率が上がるだろう。無論、俺も君の為に戦うが」


 フリザセアさんが頭を撫でてくる。

 その手はなんとも不器用で、みぃちゃん越しに感じたケイリオル卿や兄様の手とそっくりだった。


「フリザセアさん、エンヴィー師匠……」

「戦力として期待してくれたっていいんですよ?」

「他ならぬ姫の為とあらば。星騎士らしく、戦おうか」


 エンヴィー師匠とフリザセアさんそれぞれの手に剣が現れる。火を纏って顕現した炎の魔剣と、氷で作られた美しい意匠の長剣(ロングソード)だ。


「フリザセアが剣使うの、すげー久しぶりに見たかも」

「接近戦は不得手だからな」

「嘘つけ。氷の血筋(フォーロイト)があんなにも戦闘特化の血筋になったの、どう考えても(おまえ)の所為だろーが。最高傑作さんよぉ〜〜?」

「何の事やら」


 妖精女王との一件もあり、シルフ達に助力を頼むのは難しいと思っていたが……少しだけなら大丈夫らしい。

 彼等が何やら気になる話をしているが、私はデリアルド伯爵とメイシアの方を向いて、告げる。


「デリアルド伯爵。メイシア。二人にも協力してほしいの。相手は神の力を使う人間……皆の協力なくして、倒せない相手だから」

「……まぁ元々そのつもりだし。いいぜ、協力してやる。あ、後でアミレスに、『アンヘルがめちゃくちゃかっこよかった』って伝えてくれよ?」

「わたしに出来る事があるならば……いくらでも、力になります!」


 二人の返事にホッとしつつ頷く。

 カイルとマクベスタは、神そのものと思しき蛇相手に悪戦苦闘しているようだし……やはりここは私達であの“理不尽側”の男達を倒さなければ。


 ──アマテラスを納刀し、深呼吸をする。

 体内を巡る水よりも冷たい魔力に感覚を研ぎ澄ませ、それを手に集中させた。するとパキ、と焦がれた音が響き徐々に氷が煌めいてゆく。

 それはやがて身の丈程ある大剣を象った。フリザセアさんのそれと比べると随分と不恰好な剣だが、愛着が既に湧いている。

 氷の大剣を両手で構え、前方のロボラを見据える。


「──次から次へと! 我らの願望を阻むなぁッ!!」

「──その台詞、そのまま返すわよ! 彼女の願いを阻むものは何人たりとも許さない!!」


 先生が復活するよりも早くロボラを倒す。

 その為に私達は、全力で地面を蹴った。


アミレス・ヘル・フォーロイトが氷の魔力を獲得しました。やったね!普通に大問題だ!(皇位継承争い確定)

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こんばんは~!更新ありがとうございます!前回更新には間に合わなかったので2話まとめて書きましたわ~。 さて、バッチバチですね~妖精編を思い出しますわ。今回は前回よりもも~っと混沌としてますけどね。 …
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