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727.Main Story:Ameless Hell Forloyts2

 死者に背中を撫でられたような悪寒を纏う、神そのものと思しき蛇。その相手をマクベスタとカイルが担うなか、私とメイシアの前に現れた二人の男。

 フードを被っていない方の男──明け方のような髪のいかにも怪しい男が、動揺を悟られぬようにつとめる私に無礼な言葉を突きつける。


「お初にお目にかかります、氷の姫君。本日はとても良い日柄ですね」

「…………お父様の国を荒らす不届者の分際で。よく、そのような世迷言を私に言えましたね」

「これは。配慮が足りなかったこと、心よりお詫び申し上げます。しかし……」


 こなれた動作で頭を下げ、男はゆっくりと顔を上げた。


「今日は、我々が待ち望んだ日なのです。我らが神と共に、新たなる世界を迎える至高にして至上の日! この幸福を喜ばずして、何を喜べと氷の姫君は仰るのでしょうか」


 朗々と語られる胡散臭い言葉の数々。これにはメイシアも怪訝な顔をしている。


「そんな、我々の崇高なる使命を阻まんとする憐れな者達がいるのです。我々はその者達を“救済”する義務がある。何故ならそれが、我らが神の教えですから」


 敬虔な信徒としか思えないその微笑みを見て、ぞくり、とまた悪寒が走る。


「そうだね──ロボラ卿」

「はい、先生」


 ロボラ卿と呼ばれた少年が心臓の辺りを鷲掴みながら一歩前に出た直後、馨しい花の匂いが鼻腔を満たした。ほんの瞬きの間に、周囲が一面の花畑へと変貌している。

 なんの予備動作も無ければ、当然魔法を発動した様子も無い。突然、石畳に大輪の花が咲いたのだ。


「っ燃えて!」


 メイシアが咄嗟に叫ぶと、彼女の片目がほのかな光を宿した。──魔眼が発動した証だ。

 彼女の叫びを火種に炎が巻き上がる。花が燃え次々と灰に変わるなか、ロボラという少年は火柱の隙間から、軽蔑の眼差しでこちらを睨んでいた。


「……あぁ、やはり、“救済”しなければ。花一つ慈しむことすら出来ない者に、人を慈しむことが出来るものか」

「ロボラ卿。あまり無理はしすぎないように」

「分かってますよ、先生」


 ロボラという男はまた心臓の辺りを鷲掴み、眦を決した。


「お前達はオレが“救済”しましょう。全ては──我が神と、先生の望むままに!」


 地中から生えた禍々しい口を持った二本の花。あれは肉食植物だ。それも……分泌する蜜が猛毒とされる、有害指定生物(ブラックリスト)のマランコミダ。

 昔、毒が効かないと判明したみぃちゃんがあれこれ調べた中にあの植物もあったのだ。

 つまり。あの男は──本気で、私とメイシアを殺そうとしている。


「燃え──」

「駄目よメイシア! あの植物は分泌液が猛毒なの、下手に燃やしたら猛毒が煙に混ざって飛散してしまうわ」

「っ!? も、申し訳ございません。ご忠告、痛み入ります」


 メイシアを止めたはいいが、あの植物──マランコミダをどうにかしなければならない事に変わりはなく。

 あれが肉食植物である以上、長らく放置すればそれだけで被害が出てしまう。今すぐこの場で倒す必要があるのだ。

 燃やせないとすれば、斬るしかない。しかし太陽顕現は消滅の前に必ず焼却の工程が挟まる。あの大きさのものを太陽顕現で消滅させるとなれば相応に時間もかかるし、毒が空気中に蔓延してしまうことだろう。

 普通に斬ったとすれば、切り口から毒が溢れ出て周囲に被害が出る恐れがある。私は毒が効かないが、メイシアはその限りではない。

 ならば、打てる手はただ一つ。


「……絶対零度!」


 蠢く植物を覆うように水の魔力を放ち、凍結する。

 メイシアが小さく「これならば……!」と目を輝かせるも、私達はすぐさま己の目を疑った。

 ──動いている。氷の中で。極寒の世界で、あの植物は蠢いているのだ。


「……所詮は温室で蝶よ花よと育てられたお嬢様の遊び程度の知識ですね。まさか、この植物が極寒の地域にしか自生しないものと知らぬとは。これは、寒さを好む植物なのですよ」

「……っ!」


 そうか、だから悪食なのか。極寒の地で生き延びるにはどんな生物も喰らう必要があるから……!


「しかし……ふむ、流石は氷の血筋といったところか。よもやマランコミダですら動きが鈍る程の氷を出してくるとは」


 こちらは凍死させるつもりだったのに、男と件の植物は随分と余裕綽々だ。

 どうする、考えなさいアミレス・ヘル・フォーロイト! 私が成すべきことはメイシアを守る事。ならば無理に戦う必要はない。……だけど──きっと、彼女なら逃げたりしない!

 ならば私も戦うべきだ。私に出来るあらゆる手段を尽くして、出来損ないなりに足掻かなければ。

 これまで頑張ってきた、たった一人の親愛なる貴女の為に────!


「…………メイシア。どう転ぶか私にも予測しきれないから、私から離れて」

「え──────っ」


 返事も待たず、後ろ手に彼女の肩を押す。そして、メイシアから離れるべく一歩二歩と進みながら、眼前のマランコミダを睨む。


融解(・・)。マランコミダを覆う水はそのままに、表面を覆うように簡易的な結界を。その水を囲うように氷剣を二十層展開」


 ぶつぶつと、その場で構想(イメージ)を作り上げてゆく。

 そうして、四メートル程はあるだろうマランコミダを覆う水の膜と、二十層からなる氷製の長剣(ロングソード)を準備した。

 まだ絶対零度の影響が残っているようで、マランコミダの動きは二本とも鈍い。やるなら今のうちだ。


「氷剣、一斉掃射」


 結界をすり抜け四方八方から雨のように降り注ぐ無数の氷剣が、次々にマランコミダを切り裂き刺し貫く。


「愚かな真似を……マランコミダの分泌液が猛毒だと知っていながら斬るなど。水に溶かしたところで、マランコミダの毒素はそう簡単に消えないというのに」


 ロボラが眉根を寄せている。

 その感想は尤もだ。たしかに水に猛毒を溶かしたところで、ただの猛毒入りの水が出来あがるだけ。事態は悪化するばかりだろう。

 ──だけど。もしも、その水を難なく処理できる人間がいたとすれば。

 粉々になるまで氷剣で蜂の巣にし、マランコミダから猛毒を搾り取る。猛毒とマランコミダ本体が混ざった水はなんとも禍々しく、結界が無ければ毒を含んだ異臭が蔓延していたことだろう。

 そうして生まれた猛毒入りの水を全て──そのまま吸収(・・)する(・・)。あれは元々私の魔力から発生した水なのだ。たとえ猛毒が混ざろうが、その主導権は私にある。だから猛毒ごと水を取り込む事とて可能なのだ。

 当然、猛毒が混ざったものが少しでも体内に入ればなんらかの状態異常が発生して、普通は死ぬ。

 だからロボラも先生とやらも、信じられないとばかりに揃って目を点にしているのだろう。

 しかし、だ。


「どうして死なないのか不思議でならない、って顔をしているわね。お生憎様──私、毒が効かない体質でしてよ」


 周囲に一切の被害を出さず、マランコミダを駆逐する方法。

 結界を纏った水の中でマランコミダを殺し、猛毒が混ざった水を私が取り込んで体内で処理する。実に合理的だ。

 多少、異物が体内に混入したことによる不快感が神経痛のような形で現れるが……まあ、どうでもいい。あの有害植物を駆逐出来るのなら、安いものだわ。


「狂っている……」


 酷い言われ様ね。私はこんなにも必死なのに。


「──精霊と悪魔を従える異端の王女。妖精とも争いを繰り広げたと聞くが……やはり人ならざる存在と縁深い者は、人の身よりかけ離れていくようだ」


 水面を撫でるような声音で、先生と呼ばれた胡乱な男は憐憫の情をこぼす。

 まるで祈るように首から提げた数珠に両手を重ね、男は物憂げな瞳を伏せた。


「だからこそ──我らはあなたを、“救済”しなければならない」


 何度目かも分からない悪寒が私達を襲う。あの男を今すぐ殺さなければ。そんな直感に襲われ、アマテラスを抜刀して飛び出す。


「──神に捧げ、神に祈り、神に誓い、神に願う」


 止めなければ。これ以上、あの言葉を続けさせてはならない。──そう、本能が訴えかけてくる。


「先生には指一本触れさせない!」

「邪魔……っ!」


 男に斬りかかろうとしたが、そうは問屋が卸さない。ロボラがマランコミダやいくつもの植物を操り、道を阻む。


「──果てなき明日を夢見て先をも見えぬ闇を往く旅人に、幸福あれと」


 同じ工程でマランコミダを駆逐し、毒を持たない他の植物はとにかく太陽顕現で消滅させてゆく。

 マランコミダ以外は大丈夫と察したのか、それとも知っている植物なのか、メイシアは器用なことに特定の植物だけを魔眼で燃やしているようだ。

 その間にも、あの男は何かを唱え続けている。


「──禁欲を呑み、穏和を呑み、活力を呑み、飢餓を呑み、無欲を呑み、羨望を呑み、謙虚を呑み、唯一なる舟に乗り現世(うつしよ)(おおい)し大海を、我らは渡る」


 斬ったそばから新しい植物が生えてくる。

 マランコミダは一度に二本までしか出せないようだから、毎回水に混ぜて取り込むよりも凍結させて封じた方がいい。

 その隙に次から次へと湧いてくる茨や蔦を全て斬って、燃やして、消滅させる。おそらくロボラは花の魔力を持っている。これがあの男の魔法ならば、いずれは魔力が尽きるはずだ。


「……『いずれ』を待ってる暇なんて、私には無いのよ!」

「怪物────っ」


 群がる植物を全て切り裂いてロボラに肉薄する。


「──我が神よ。あなた様の子供たるオーディウムが願い奉ります」


 ロボラも男もまとめて斬り殺す。強い殺意からアマテラスの刀身を氷で伸ばし振り下ろした瞬間、


「──どうか、道を外れし憐れな者に救済を」


 氷が砕け散った。


「な……っ!?」


 ロボラに届く寸前で、刀が汚染されてゆく。青い宝石のような刀身は徐々に黒く染まり、刀から常々感じていた温かさ(・・・)が失われていくのを肌で感じる。

 シルフとシュヴァルツとエンヴィー師匠がくれた、彼女の宝物が……。


「あの子の宝物に何をしたのか答えなさいッ!!」


 跳んで後退り、アマテラスを抱え怒りのままに叫べば、先生とやらは無礼な憐憫を隠さずに口を開いた。


「その剣に宿る悪しき力を、我らが神の恩寵が呑んだ(・・・)のです。しかし……よもや我らが神の力を以ってしても、剣そのものを喰らうことが叶わぬとは。やはり人の道を外れた者──、あなたの持つ剣もまた、常識の埒外にあるようだ」


 己の耳を疑う。

 この男はアマテラスに宿る力を呑んだ……すなわち、喰らったと言った? 異世界の太陽神の名を冠する、この刀の力を──……この男は神の力で喰らったというの?


「……そんなの、めちゃくちゃじゃない」


 カイル・ディ・ハミルや聖人ミカリア・ディア・ラ・セイレーンとも違う、人の領分を逸脱した力。

 どうやらこの男は──理不尽なこの世界で、“理不尽側”に立つ人間のようだ。

 明らかに分が悪い。刀に宿る擬似的な神性さえも喰らうような力に、どうすれば勝てると言うの? 水を出そうが氷を出そうが、何もかも呑み込まれて終わりだろう。

 みぃちゃんならばどう考える、彼女ならばこの事態をどう乗り越える?

 シルフかエンヴィー師匠を呼ぶ? ……妖精女王との一件で神からお叱りがあったと聞くし、人間界で戦わせるのは難しいだろう。シュヴァルツも同様に制約がある。ナトラを戦わせるには、この街は発展しすぎており狭すぎる。

 神の恩寵に対抗できそうなヒト達の増援は、見込めない。


「さあ。ロボラ卿、彼女達を“救済”しよう。“浄化の儀”を阻む愚かな人々を導かなければ」

「はい。先生」


 毅然とした先生とやらは、険しい面持ちのロボラを伴い一歩ずつこちらに接近する。


「……──制限、解除」


 鈴を転がすような声で紡がれた短い言葉。

 まさかと思い振り向けば、メイシアが右腕を胸元の高さに掲げサテングローブを外している。露わになった義手からは、熱風のような今にも燃え盛りそうな魔力が溢れ出していた。

 ……まさか。駄目よ、それだけは絶対に駄目!!


「メイシア────っ!」


 建国祭の事件。逃げ惑う民衆と、怪しい男達。そして、人間を捉えるメイシアの魔眼。

 相手が違えど状況は同じ。これは、みぃちゃんがこの建国祭で最も恐れていた状況(シチュエーション)! ──メイシア・シャンパージュを『魔女』へと変える悲劇の幕開けだ。

 地面を蹴り、手を伸ばす。しかし戦う為に距離を取っていたからか、到底間に合わない。

 貴女を『魔女』にするわけにはいかない。それだけは絶対に阻止しないと────!!


 そんな願いはあっさりと砕かれる。

 ほのかに光る異色瞳(オッドアイ)の下で、小さくメイシアの唇が動く。

 せめてもう少し詠唱が長ければ手が届いたかもしれない。もう少し私が強ければこうはならなかったのかもしれない。そんなたらればをどれ程並べ立てようが、私の過ちは覆らない。

 たった三文字。『燃えて』の一言で、メイシアは魔女になってしまう。業火の魔女なんて二つ名ではない、本当の『魔女』に。

 そして投獄され、終いには自殺する。そんな未来を変えたくて、みぃちゃんはあんなにも頑張っていたのに。私の所為、で…………。


「──おやおや。駄目ですよ、赤い瞳のお嬢さん。こんなにも高濃度の魔力を垂れ流して……無駄遣いが過ぎます」


 瞬きの間に現れたのは、波打つ白い長髪を持った、宝石や宵闇のように優美な男性。その顔を見た途端頭が逆上(のぼ)せるような、不愉快な感覚に襲われた。

 美しい男はメイシアの背後から、彼女の眼を隠すように手を回している。

 魔眼の発動には対象を視ることが必須。これは、つまり。あの男がメイシアの魔眼発動を阻止してくれたの?


「メイシア……っ」

「ア、アミ──……いえ、王女様。わたしはいったい、誰にこのような真似を……」


 駆け寄れば、メイシアは困惑した様子で固まっている。見知らぬ男にこのような真似をされている恐怖も、あるのだろう。


「ああ、これは失敬。そちらのお嬢さんが止めて欲しそうな顔をしていたもので。赤い瞳のお嬢さん、あの男達を燃やすのはやめた方がよいかと思いますよ」


 たおやかな口調で諭し、男は自然と手を退ける。それから嫣然(えんぜん)としてじっとこちらを見つめた。


「…………白と黒。あなたは黒の方なのですね。ふふふ。まさかこのような愉快な事になっていようとは。散歩をした甲斐があると言うものです」


 告げられた要領を得ない話。低く蠱惑的な声は、心の奥底から脳まで響き判断を鈍らせてくる。

 圧倒的な存在感を放つ艶美な男が微笑むと、あのメイシアすらもくっと喉を押し上げて固まった。


「──神の恩寵が、訴えかけてくる。あの死神を殺せ(・・)と」


 殺気を感じて振り返れば、後方で先生とやらがわなわなと拳を震えさせている。


「……ん? どなたか存じませんが、このお嬢さんからは手を引きなさい。星が瞬く夜は、まだ訪れてはならないのですよ」

「何を宣うか、神に見放され“救済”すら叶わぬ化け物が……!」


 美しい男の挑発を受け、先生とやらはどす黒いナニカを纏った。それはやがて蛇の形を象り、七つ首の大蛇は石畳を喰い荒らしながらこちらへ急接近する。

 メイシアだけは守ろうと、機能不全に陥ったアマテラスを構えて彼女の前に立つ。


「私、殺し合いが最も崇高で尊い行為と思うのですよ。強者ならまだしも、弱者を嬲ることはあまり好ましくない。やはり殺し合うならば──対等な強さを持つ者でなければ」


 美しい男が、七つ首の大蛇に捧げるように手を掲げパチンと指を弾いた、その瞬間。蛇を騙る脅威は風に吹かれた煙のように消滅していった。


「っ────?!」


 先生とやらが息を呑む。その隣でロボラも愕然としている。

 そんな彼等を、美しい男は歯牙にもかけない。


「黒のお嬢さん。あなたは少々、憤怒に囚われ過ぎている。一度、冷静になってみては如何でしょう。──では。私はこれで……あぁ、もし私の友に会ったら、仲良くしてやってくださいね」

「っ、そもそも貴方は誰────」

「ふふふ。また、お会いしましょう。白のお嬢さんと言葉を交わせる時を楽しみにしております」


 好きなだけ捲し立てて満足したのか、美しい男は麗しく微笑み、瞬きの間に消えた。

 ……助言されたのかしら。本当に何者だったの、あの男は……?

 それより今はロボラと先生とやらだ。あの美しい男のおかげで一度は危機を脱したが、依然として脅威は去っていない。

 メイシアに魔眼を使わせないようにしつつ、あの男達をどうにかして無力化しなければ。


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