726.Main Story:Ameless Hell Forloyts
ふと思い出す。“ゲーム”の建国祭でヒロインは、護衛のマクベスタと視察中の兄様と行動していた。“プレイヤー”に見えるように描写されていなかっただけで、サラも居たのだろう。
当時の私はどうしていたのかしら。私のことだから、東宮の中でハイラとのんびりしていたのでしょうけど。
お父様に愛し子の暗殺を命じられるまでは、裏庭と外廊下以外、東宮の外に出たことなんてなかったもの。ケイリオル卿がたまに様子を見に来ては、『外出はなさらぬよう……』と釘を刺されていたのよね。
どうやら“ゲーム”の私は彼に殺されたようだが……それはきっと、お父様の命令なのだろう。今この世界であんなにも私達を愛してくれる叔父さんが、別の世界の話とはいえ好き好んで私を殺すはずがない。
私みたいな性根が捻じ曲がった人間にさえもそう思わせてくれる程に、彼はまっすぐ愛を伝えてくれた。
お父様と同じ顔で、お父様とよく似た声で。それが私は──とても、嬉しくて虚しかった。
「……あら?」
路地の先に、誰かがいる。そしてそれは私もよく知る人物だ。
「マクベスタ? そこで何をしているの」
「アミレス!」
こちらを向いてパッと顔を明るくしたものの、マクベスタはすぐに顔を強張らせた。
「…………本当に、アミレス……なのか?」
何故バレた?
「そうじゃなければ、私はなんなのって話になるけれど」
「それはそう、なんだが……お前の顔が、どうしてか……いつもよりも陰鬱としているような、気がして」
そうなの? 私ったら、みぃちゃんを苦しめる人達への恨みでそんな表情を……。
「マクベスタ様まで……やっぱり今のアミレス様は、わたしの大好きなアミレス様ではない……ですよね」
炎のように揺らぐメイシアの異色瞳。カイルまで見たことがないくらい強く睨んでくるし、どうやら言い逃れることは難しそうだ。
「……えぇ、そうよ」
ぽつりと呟けば、彼女達は目を丸くして固まった。
「私は、貴女達が知るアミレスではない。だけど、私もアミレス・ヘル・フォーロイトなの。そうね──多重人格、とでも言いましょうか。私は貴女達のお友達のアミレスではないけれど、ずっと彼女と一緒にいた、もう一人のアミレス・ヘル・フォーロイトよ」
嘘ではない。みぃちゃんもアミレスだし、私もアミレス・ヘル・フォーロイトだというだけのこと。
二つの魂、二つの人格が一つの体に在るのだ。多重人格と偽称するほかない。
「多重人格……? そんなこと、今まで一度も」
「言うわけないでしょう。『多重人格なんです』なんて言えば、悪魔憑きだとか、呪われているとか、好き勝手糾弾されるもの。ただでさえ立場の弱い私達が、そんな自殺行為をできるわけないじゃない」
「仮に、あんたがアミレスの……もう一人の彼女だとして。どうして突然、あんたに変わったんだ? 今まではずっと、オレ達の知るアミレスだったんだろう」
「私だって……出てくるつもりはなかった。どうしても彼女が辛い時に代わってあげるぐらいで、よかった。悲運の王女なんて一生顔を出さないぐらいが丁度良いのに。──でも、そうも言っていられなくなったの。彼女を幸せにする為にはね」
他ならぬ、貴方達の存在で。
親愛なる彼女を苦しめるもの全てから、私が彼女を守る。矢面に立って、全ての汚れを私が負う。
その覚悟を持って、私は『悲運の王女』であることを選んだのだ。
「アミレスを幸せにする為に…………」
何故か一人、深刻な様子で俯くマクベスタ。
みぃちゃんに告白して、みぃちゃんの唇まで奪ったものだから……会ったらどうしてやろうかと思っていたけれど。どうしてかしら、昨日から、様子が変だ。
「……あなたがアミレス様ではないアミレス様なのは、わかりました。先程のカイル様との話から察するに、アミレス様はただ眠っておられるだけなんですよね?」
「そうね。彼女は眠っているわ」
どうかそのまま、貴女が生きやすい世界になるまでは眠り続けてくれたらいいのに、なんて。
「失礼を承知でお願い申し上げたいことがございます」
「そう。どんな無礼も許すわ。貴女は彼女の大事なお友達だもの」
メイシアは一定の距離を置くように、心の壁を感じさせる声音で淡々と望む。
「……あなたのことは、アミレス様の代理人とさせていただいてもよろしいでしょうか」
「構わないわ。事実、私は彼女の代わりだもの。紛らしいようであれば……そうね、私のことは『王女』とでも」
「寛大な御心に感謝申し上げます。──王女様」
メイシアが私を『王女様』と呼ぶ。提案したのは私だが……即断即決とは。そこまでして私をアミレスと呼びたくないのか、と少しだけ意地の悪い事を考えてしまう。
「…………ならば。オレもあんたのことは、王女様と。カイルはどうするんだ」
「あ? アミレスはアミレスだ。それ以外に呼び方なんてねぇだろ」
「っ、そ、うか……」
未だに虫の居所が悪いカイルに睨まれて、マクベスタは僅かに眉を跳ねさせた。普段あんなにも能天気に騒いでいるカイルが、いつになく不機嫌なのだ。普段の彼を知る者なら、誰だって驚く。
怒ると口数も減るし真顔になるのね、彼。知らなかったわ。
「私達は今、南部地区を目指しているのだけど……マクベスタも一緒に来る?」
カイルやマクベスタがいれば、メイシアの無事は約束されたものになるだろう。
「……ああ。何が起こるか分からない以上、オレも最大限助力する」
「心強いわ。さあ、行きましょう」
戦力が増えるのは素直に喜ばしい。私なりに笑ってみせれば、三人は揃って渋い表情となってしまった。
むむむ。おかしいわ、表情筋が仕事をしていないのかしら……?
♢♢♢♢
「北部地区や西部地区でも爆発事件が起きているのか……? 市民が無事だといいんだが……」
「爆発のタイミングに規則性が無いことから、使われてるのは手製のものだな。手動で火薬に火を付けて回ってるんだろ、テロリスト共は」
南部地区に差し掛かった頃。辺りを警戒していたマクベスタの言葉を発端に、カイルが淡々と話す。
みぃちゃんが眠っていると分かってからというものの、この男はずっとこんな感じだ。その影響を受けてか、マクベスタまで調子が狂っているように見える。
さてこの空気、どうしたものかと。小さくため息をこぼした瞬間、悪寒が私の背を撫でた。
「────っ!」
私はこの感覚を識っている。確かにこの目で観た。間違いない。これは──……神の力だ。
「凍てつけ、潮の絶壁!」
私達を中心にして空へと昇った渦潮の壁。それはすぐさま凍り、氷壁となる。
咄嗟にこうしていた。こんなもので神の力を防げる訳がないのに、それでも時間稼ぎにはなるだろうと。
「王女様、突然何を……」
困惑のメイシアが呟いた、その時。
砂の山に穴を開けるように。簡単に、氷壁が砕かれた。無理やり開拓かれた穴を通って現れたのは、今まで見てきたものとは明らかに何かが違う、舌を波打たせる大きな黒い蛇。
この、蛇は──
「全員逃げなさいッ!!」
神だ。
間違いない。神使とか、使い魔とか、眷属とか、そういった類ではなく。まさに、神そのもの。あるいは、実在する神の一部。その力の具現化。
みぃちゃんが神に仕えていたからか、私にもなんとなく分かる。あの蛇が──紛れもなく神なのだと!
「カイル! オレが時間を稼ぐ、今すぐ彼女達を逃してくれ!」
「マクベスタもすぐ逃げろよ!」
雷鳴と共に顕現した黒い長剣を抜く。マクベスタは弾ける雷を全身に纏い、蛇の前に立ち塞がった。
その隙にカイルがすかさず瞬間転移を発動し、私達を先程通ったばかりの道へ転移させた。
そこからも渦潮の氷壁が見えるのだが、私達が渦潮の中から消えた途端──目が潰れそうな程の光と、耳を貫く雷鳴が、轟く。
それと同時に渦潮の氷壁が木っ端微塵になり、全身が軽く痺れたことから……マクベスタが膨大な魔力を用いて雷を放ったのだろう。
「マクベスタの奴、逃げろって言ったのに……!」
逃げずに戦わんとするマクベスタの破滅的な行動に、カイルが奥歯を噛み締める。
「……あの蛇、多分、わたしの魔眼が効きません。魔力を付着させることはおろか、爆破することも……難しいかと」
「──あれはおそらく、神そのものよ。魔族や妖精が作った魔眼が神に効くとは限らないし、魔法だって神に効く保証は無いわ。だからそう気落ちしないで、メイシア」
悔しそうに俯くメイシアに、たいした慰めにならないであろう言葉を投げ掛けた。
「……アレが、本当に神だって言うなら」
ぴたりと固まって、神妙な面持ちで呟いたカイルは魔導兵器を操作し、
「俺が、あの蛇を殺す」
《星間探索型魔導監視装置、仮想起動。大戦兵器化を発動します》
機会仕掛けの長剣を手に駆け出した。
少しでも近づけば落雷で死んでしまいそうな戦場に、カイルは自ら身を投じる。まるでそれが至上命題だとでも言わんばかりに。
「……──嗚呼、なんということか。我らが神に歯向かうなど……なんと、不幸なのだろう」
騒ぎの中で聞こえてきた、凛とした声。
メイシアを背に隠して振り向けば、そこには二人の男が立っている。
明け方の空のような髪色の胡乱な男と、フードの奥からギラついた黄色と青色の異色瞳を覗かせる、少年。
男達が羽織るあの特徴的なローブ。間違いない。彼等こそが【大海呑舟・終生教】の信者で──この事件の、犯人だ。




