725.Others Side:Michelle
ミシェル視点になります。
妖精とのいざこざも終わり、セインの密会相手が男性と分かってからというものの。あたしはロイと二人で過ごすことが増えた。
セインは毎日のようにどこかへ行くし、何やら謎の契約書を持って「くくくっ」と笑っていて、ちょっと怖かった。
ミカリアはここ数日姿を見ていない。避けられているのか、はたまた活動時間や範囲がことごとく合わないのか。そのどちらでもないのか、何も分からないが……ミカリアが今どこで何をしているのかも知らないのだ。
いちおう、ミカリアはあたしとロイとセインの引率者みたいな立場のはずなんだけどね。
「ん〜〜っ、ケーキ美味しいねぇ」
「そうだね」
ぜひ建国祭を楽しんでいってほしい。とこの国の偉い人に言われたので、お言葉に甘えてお祭りを楽しむ日々。
今日は、ロイと共に街で人気のスイーツ屋さん、『パティスリー・ルナオーシャン』に来ている。なんだかここのスイーツはどれもこれも馴染みがあって、心安らぐのだ。店先のテラスで食べているから、街の雰囲気も感じられてとても楽しい。
「ミシェル、おれのも食べていいよ。あーん」
「あ、あーん……?!」
「照れてるの? ミシェル可愛い」
うっ、流石は攻略対象! すぐキュンキュンさせてくる!
あたしと同い年なのに。どんどん背も伸びて、体つきも男の人らしくなっていくロイに、ここ暫くドキドキしっぱなしだ。
「……そうやってドキドキするのは、おれだけにしてね? 真っ赤になって固まってるミシェル、可愛すぎるから」
「…………っ!」
舌の根も乾かないうちに! この子はなんてことを!
前世はお母さんの躾で男の人とほとんど関わらない人生で。恋とは無縁で、初恋もすぐ散ったものだ。そんなあたしに、生まれ変わったからって上手く恋愛ができるわけもなく。
我ながら単純なもので。ロイが毎日朝から晩まで絶えず愛を囁いてくるものだから……あっさりと前世のあたしの未練──『普通に愛されたい』という願いは、果たされてしまった。
おかげさまと言っていいのかはわからないけれど、今は余裕も出てきて、今までダメダメだったぶん神々の愛し子としての役目を果たすべく頑張る日々だ。
先日なんて朝起きたら枕元に知らない手紙があって、そこにはなんと本物のミシェル・ローゼラからのメッセージが書かれていた。
【改めまして、はじめまして。愛奈花さん。
どうか今度こそ、やりたいことをやって好きなように生きてください。そして幸せになってください。
そしてどうか……あなたさえよければ、この世界を、みんなを守ってください。
本当は……最初の頃は少しだけ、あなたを誤解していたの。
どうしてこんなに敵を作る態度ばかり取るんだろう、って。
でも、あなたの記憶を観てわかった。
あなたはただ愛されたいだけで……どうすれば愛してもらえるのか、その方法がわからなかっただけなんだって。
私と似ているなって……そう、思ったの。
私ね。本当は、ただ愛されたかったみたい。
もちろん、おじいさんとおばあさんも、ロイも、村のみんなも、たくさん私のことを愛してくれた。私はじゅうぶん幸せだった。
それでもやっぱり……私も、あなたと同じように、お母さんとお父さんに愛されたかったんだ。
お母さんとお父さんに愛されて、普通の女の子として生きてみたかったんだって、ようやく気づけたの。
あなたのおかげだよ。ありがとう、愛奈花さん。
……それなのに。こんな役目を押し付けてしまって、ごめんなさい。
きっとあなたは望まないことだとは思うけれど、それでも、あなたに託したいの。
どうかこの世界を……運命を、変えてください。
あなたとお友達になりたかった、ミシェル・ローゼラより。】
──綺麗な字で綴られた手紙。きっと、あたしが寝ている間にミシェル本人がしたためたものだろう。
あたしの記憶を観たというのは確かなようで、その文字は日本語だった。つまりあたし達にしか読めない、正真正銘ミシェルからあたしへのメッセージ。
あたしが体を占領してしまったがばかりに、何年も体の中に閉じ込められているミシェル。彼女はどうやら、このままあたしにこの体を貸してくれるらしい。
このまま、二度目の人生を謳歌してねと言わんばかりに。
この世界のヒロインはやっぱり彼女だ。あたしが同じ立場だったら、自分の体で暴言ばかり吐いて暴れ回っていた人間なんて絶対許せないもの。
……ぅぅぁああああああああああっ、思い出しただけでも申し訳なさすぎて顔から火が出そう!
黒歴史に傷を抉られ、両手で顔を覆って呻いた時。何やら花火のようで違う不穏な音が、遠くの方から聞こえてきた。
周りの人達も、何事かと足を止めている。
「今のなんの音……?」
「爆発音、かな」
「えっ? 何かが爆発したってこと? こんな街中で爆破騒ぎなんて、怪我人がたくさんいるかも!」
「まさか、行くつもり? 危ないって!」
「危ないのは被害に遭った人達だよ! ここであたしが行けば助けられる命だってあるかもしれない。なら、絶対に行かなきゃ!」
立ち上がれば、眉尻を下げ不安気にこちらを見つめるロイが手を掴んで引き止めてくる。
あたしには戦う力はない。だからそのぶん、一人でも多くの人を癒し、救わなければならない。それが、神々の愛し子の役目だから。
彼女の名前を借りている以上、あたしはあたしに出来る全てを尽くす義務がある。
今まで何もできなかったぶん、これからは全力で役目に尽くそう!
「……わかった。ミシェルがそこまで言うなら。おれも、一緒に行くからな」
「ありがとうロイ。本当はちょっぴり、怖かったの。あなたが一緒に来てくれてホッとする」
「むぅ…………ほんと、そーゆーとこ……」
むすっとこちらを睨むロイ。
「……──事件現場に行くのはやめておいた方がいいと思うよ、ローゼラさん」
「サラ!」
「っ不審者!」
「出会い頭に不審者呼ばわりはやめてほしいな。何の為にわざわざ目立たない服に着替えたか、分からなくなる」
重たい前髪を後ろに流した色白の幸薄そうな美男子。ゲーム同様ミシェルの監視をしているらしい、サラだ。
妖精とのいざこざ以降、あたしがちょーっぴり無茶なことをしようとすれば『頼むから大人しくしてくれないかなぁ……』とため息混じりに彼が現れ、手助けしてくれるようになった。『兄ちゃんの気持ちがなんとなく理解できる気がする』『普通に僕を呼ばないで……僕は君の話し相手じゃないんだよ?』などなど、最近では会話も増えてきたのだ。
いつもは黒いスパイの服なのだが、今日は育ちの良い青年のような、清楚でかっちりとした印象の風貌だ。
いつもの服と比べればマシだが、そもそもサラの顔がとても整ってるので、目立たないのは無理がある。
「で、不審者はわざわざ着替えてまで何しに来たんだよ」
「僕は君達を止めに来たの。あと不審者呼ばわりはやめなさい」
「忠告って何? さっさと言ってさっさと消えろよ」
「……躾がなってない……」
大きくため息を吐き出し、サラは渋い顔でこちらを向いた。
「今回の事件は多分、何者かの陰謀が絡んでる。君は首を突っ込まない方がいい」
「陰謀……それでも行かなきゃ。あたしがミシェル・ローゼラである限り、救えるかもしれない人を救わないなんて選択肢はもう無いの」
それがあたしの償い。
この世界で起きることもいくらか知っていたのに、ここまで何もしてこなかった愚かなあたしにできる……たった一つの世界への償いだ。
「……だから止めたかったんだけどな」
「?」
「──分かった。行っていいよ。その代わり、僕も一緒に行く。元より君のそばを離れるつもりはないし」
「監視しなきゃいけないから?」
「わかってるなら、もっと大人しく監視されてくれないかなぁ」
「あはは。とにかく急ごう、ロイ、サラ!」
「……はぁーい」
「了解」
やれやれと肩を竦めるサラも一緒に、あたし達は三人で事件現場へと向かった。
次回の更新はいつも通りの金曜日20時頃です。
よろしくお願いしますヽ(´▽`)/