724.Others Side:Yuki,Diolistrus
ユーキとディオリストラスの視点になります。
──僕は、昔からそれなりに人を見る目だけはあったと自負している。
大抵の人間は信用に値しない。どいつもこいつも僕達を狙う馬糞以下の、なんの肥やしにもならないクソ共だから。
この容姿に鼻の下を伸ばし、長い耳も衰えを知らない体も、その全てを愛玩し陵辱する。僕の知る人間は揃いも揃ってそんな奴ばかり。
どうしてそんな連中を信用できようか。そんな種族を信頼できようか。
僕の体を好きにしたいらしく、隷従の首輪なんてものを使ってきた馬鹿もいた。だがあれは所詮魔導具。僕の眼──宝石眼に貯めてきた魔力を一気に放出すれば、魔導具に使われている魔石の魔力吸収許容量を超え、魔石は自壊した。
勿論、宝石眼は隠したままだ。こんなもの、亜人を買っては陵辱することが趣味のクソキモ豚野郎共に見つかっては、どうなるか想像に難くない。だからどうにかこれは隠したまま、隷従の首輪を破壊し(壊れたことに気付かせないよう、壊れた魔石それっぽく光る石に変えた。)、渋々隷従の首輪で従えられているように演じつつ、いつこのクソキモ豚ゴミ野郎共を殺してやろうかと恨みを募らせていた。
不幸中の幸いなのか……僕の容姿が奴隷の中でも飛び抜けて良く、算術から殺しまで半ば何でも出来てしまった為、歴代のクソキモ豚ゴミカス野郎共は揃って僕を連れ歩いた。『こんな玩具を持っているのだぞ』と同じ趣味嗜好の社会のゴミ共に自慢して、優越感に浸りたかったのだろう。
だからか、他の奴隷達のように性奴隷にされることはなかった。あくまで僕は愛玩用のもので、クソキモ豚ゴミカスゲス野郎共の自尊心を高める為の道具として、扱われていた。
それでも中には気色悪い嗜好の奴もいて、そういう奴は僕をわざと痛めつけては愉しんでいた。──まあ、たいした痛みは感じなかったけど。
そんな無意味な日々を生きること、数十年。
あの日、血を流して倒れ込んだあいつの姿が脳裏に焼きついて離れない。あいつの無事を確かめる為──親友とまた会う為に、それだけの為にずっと屈辱に耐えながら生きていた。
しかしここはフォーロイト帝国。故郷の森までは非常に遠く、変の魔力で鳥になって帰るとしても相当量の魔力と旅の資金が要る。その二つを貯めるべく、耐え続けていた。
クソキモ豚ゴミカスゲスゲロ野郎共からこっそり金品を盗み、眼の変化以外には決して魔力を使わず……なんなら“めちゃくちゃ弱い土の魔力”と魔力を詐称して魔法を使わないで済むようにし、魔力を貯蓄した。
だから本当は、必要なものが貯まり次第ムカつく人間を全て殺して逃げるつもりだったのだ。
──傷だらけで鳴き声ひとつ上げない、一匹の黒い狼が鎖に繋がれて連れて来られるまでは。
「……メアリー。ごめん、僕ちょっと用事ができた」
「え?」
アミレスと伯爵令嬢が去った後。僕はメアリーに向けて断りを入れる。案の定メアリーは傷ついたように眉尻を下げたが、
「…………わかった。ユーキ兄がごめんって言うぐらいだもん。きっと、大事なことなんだよね」
すぐさま笑顔を作り、彼女は気丈に振る舞う。あまりの健気さに胸がちくりと痛んだ気がした。
そんなメアリーの頭を撫でながら、続ける。
「ありがとう、メアリー。物分かりの良い子は好きだよ。……ちょっとね、気になることがあって」
「ユーキ、気になることとはなんだ?」
「──さっきのアミレスは、多分アミレスじゃないんだよ」
言えば、メアリーとセインは二人揃って目を丸くして固まった。
「そ、そんなまさか……しかし髪も目も何から何までアミレス王女だったじゃないか」
「そうだよ! 確かにちょっと様子が変だったけど、姫の様子が変なのはいつものことだし……でもいつもより変だった気もする……?」
「僕、人を見る目には自信があるんだよ。アミレスのことはたしかに信頼した。だけど……さっきのアミレスは、なんとなく、信用しちゃいけない気がしたんだ」
違和感。アミレスと会ってからずっと感じていたそれは、言葉にするなら“不信感”というものなのだろう。
一度は信用し信頼した女にこんなものを感じるわけがない。そう思ったが……やっぱり、考えれば考えるほどさっきのアミレスは変だったのだ。
「考えられる可能性としては……何者かに体を乗っ取られた、とかだろうか。そういう呪いがあるとか、精神干渉に長けた者であれば可能だとか、聞いたことがある」
「えっ!? 姫、体乗っ取られちゃってるの!?」
「声が大きいぞ義妹殿ぉっ! 誰かに聞かれたらどうする!」
「あんたの方が声大きいからね!?」
それぞれ金色と檸檬色の髪を揺らし、わーわーと騒ぐセインとメアリー。どうやら仲良くなったらしい。
「セインうるさいよ」
「オレだけか?!」
寿命が長い僕達からすれば、メアリーぐらいの歳分の人間なんて親子ほどの歳の差がある。実際、ディオ兄達のことも子供のように思っている節があるのだ。
だからかな。こう……ついつい、メアリーのことを甘やかしてしまう。はじめからバド兄が傍にいたクラ姉はともかく、メアリーは可愛い娘のようなものだからね。
「ふふーんだ。セインカラッドさんよりも、アタシが正しかったのよ」
「な、なにおぅ……! 義妹殿はユーキのお目溢しがあっただけだろう」
「はぁー? ユーキ兄につきまとうあんたの存在そのものがユーキ兄のお目溢しの上に成り立ってること、自覚したらどーなのー?」
「だからオレは付き纏いなどではなく従者だと何度言えば……!」
喧嘩するほど仲が良い、なんて言葉が昔からあるが……確かにそうらしい。エリニティとシアンもよく喧嘩してすぐ仲直りしてるし。
セインとメアリーもすぐ仲直りして、より仲良く………………。
「──とにかく、アミレスを追うよ。なんか嫌な予感もするし……乗っ取られたりしているのなら、早くなんとかしないと」
いの一番に踵を返してサロンを出ようとすれば、
「あっ、まってよユーキ兄! アタシも一緒に行く!」
「オレを置いていくな、ユーキ」
二人も慌てて僕の後に続いた。
サロンを出た頃には、心臓に巣食っていた不快感が少しだけマシになったような気がした。
♢♢
「あ? 変な蛇が出たァ?」
「……また魔物が出たの?」
「嘘でしょ……」
六月十五日。建国祭が益々盛り上がるなか、巡回に出ていたシャルルギルとジェジが、真剣な様子で『変な蛇が大量に出てきた』と報告してきた。
クラリスと共にディリアスの面倒を見ていた俺とラークは、二人の報告に眉を顰める。
「残念ながらホントだにゃあ。うちに帰ってくるまでの道中でも、何回か蛇を見かけたぞお!」
「だが安心していい。俺の毒で全て溶かしてきたからな。それはもう、じゅわんっと」
「蛇が出てきた瞬間、シャルにぃがノータイムで猛毒浴びせたのちょっと面白かったにゃあ〜」
したり顔で親指を上げるシャルルギルの横で、ジェジがケタケタと状況説明をする。
「今思えば、蛇の毒を採取しておけばよかった。蛇の毒は猛毒が多いらしいし、解毒薬なんかも作れたかもしれない。もったいないことをした……」
「あの蛇溶けたあと内臓の臭いとかしなかったから、毒を作る器官とかなさそうだったけどにゃあ。ま、とりあえず! 子供達に噛み付いたりしたら危ないし、とにかく目につく限りぜーんぶ殺してきた!」
何故か蛇を毒殺したことを後悔するアホとは打って変わり、ジェジがきちんと報告を終える。マイペースな天然のシャルルギルとは違って、ジェジはこう見えて真面目なのだ。……殿下から与えられた仕事だけだが。
「よくやった、でいいのかな……」
「最近物騒すぎない? この前は妖精がわらわらと押し寄せてきて、今度は変な蛇って……この街、呪われてるの?」
「街の毒は、王女様が色んなことをしてくれたおかげで、かなりなくなったぞ。呪いみたいな悪いものはあまり感じない。もちろん、俺が感じ取れる範囲での話だが」
「シャルがそう言うなら、呪いの線は無さそうだね」
「……ラーク、あんたよくこのアホの言葉を真正面から受け入れられるわね……シャルの理屈って未だによく分かんないのに」
「そこはまあ、シャルだし。シャルが間違ったこと言うわけないだろ?」
曇りなき眼で放たれたラークの言葉にクラリスは、渋い顔でおぇっと呻いた。ちょっとその気持ちはわかる。
ラークはシャルルギルに対して過保護というか、甘すぎるのだ。
「とにかく。変な蛇が出たってンなら、俺達も街に出るぞ。で、見つけ次第蛇は退治。原因も調べておくか」
「そうだね。きっと王女殿下のことだから、調査とかするだろうし。俺達にも手伝えそうなことは、どんどん手伝っていこう」
「さんせー! オレ、ひめさまの手伝いならやる! じゃんじゃんやる!」
「そうだな。王女様はすぐ自分のことを後回しにしてしまうから、きっと祭りも楽しめないだろう。それはよくないことだ」
ジェジとシャルルギルもやる気になったところで、ディリアスを抱えてクラリスも当然のように立ち上がる。
「それじゃあ私も──」
「クラリスはここで留守番。あと一時間もしないうちにシアンが仕事から帰ってくるだろうし、ディリアスのお世話をして待ってなさい。またバドールが泣くよ」
「うっ……分かったわよ……留守番するわ」
昔から活発で溌剌とした女であるクラリスは、ラークにすげなく嗜められて納得がいかない様子でむくれている。
これでも、前にディリアス関連で殿下からこっぴどく叱られてからは、母親の自覚も出来てきたのかマシになったが……隙あらば体力作りと素振りをしたがるからな、この女は。
ここ一年で何回バドールがめそめそ泣いてるのを見たことか。
「イリオーデはいつも通り殿下の騎士。ルーシアンとエリニティとバドールは仕事、ユーキとメアリードは祭りに行ってると」
「ふふ、デートだねぇ」
「デート……? あの二人はデートをする仲なのか……?!」
一人愕然とするシャルルギルを放置し、ジェジは間延びした口調で話を進めた。
「それはともかくー。オレはユーキのラブラブハッピーチャンスを邪魔したくないからあ、ユーキ達は呼び戻さない方向で話進めたいでーす!」
「私もそれには賛成よ」
「オレとシャルにぃは引き続き二人で回るから、兄貴とラークにぃは二人で調査頑張って〜!」
シャルルギルの背中を押しながらこちらを振り向き、ジェジはむふーっとしたり顔で親指を立てた。殿下の影響なのか、身内であの仕草が流行っている。
バタン、と閉められた扉に視線を縫い付けたままの俺達の間に、妙な気まずさが漂った。
「……ジェジ、確実にユーキの背を見て育ってるよね」
「そうだな…………」
言葉にできないむず痒さをため息と共に溢した時、非常に居心地が悪そうな様子のクラリスと目が合った。
今一番気まずいのは間違いなくクラリスだろう。どこに行けばいいのかと、ソワソワしているようだ。すまんクラリス。俺達もすぐ出て行くから。
「──ラーク、俺達も行くぞ。今すぐ」
「あ、うん。わかった」
こうして俺も、ラークと共に街へと繰り出した。
明日も更新します!
平日なので(?)20時頃更新予定です!よろしくお願いします!