722.Others Side:Envy
四話ほど色んな視点をお送りします。
初回はエンヴィー視点です。
「ボク、アミィに正体を明かしたよ」
それは我が愛弟子の姫さんから、誕生日プレゼントに貰った服を同僚連中に自慢して回った日の明け方のこと。
姫さんから貰った服を俺がこれでもかと自慢したことにより、我が王は随分とむくれていた。独占欲が強い御方なのだ。要するに、めちゃくちゃ心が狭い。大人げない。面倒なパワハラ上司だ。
長年、精霊界狭量オブザイヤーに輝き続けついには殿堂入りを果たした詞の最上位精霊ランフすら一目置く、心の狭さである。
そんな我が王だが、『いいもん。ボクはアミィに癒してもらうし』と拗ねた様子で、まだ日も上りきらない時間から姫さんの元に行ったかと思えば……これだ。
帰ってきた途端、城の一室で飲み会をしていた俺達に向けて、我が王は告げたのだ。──姫さんに正体を明かした、と。
「明かした、って……姫さんに、精霊王だって言ったんですか? 今更? 急に? 俺達にあんなに『何も話すな』って圧かけといて? 姫さんが精霊界に来るまで言わないっていったの、アンタですよね?」
「そもそも何故これまでは隠していたのか、甚だ疑問だが」
「中途半端やなぁ〜。どうせ隠すんやったら最後まで隠しはったらええのに。なんでそないなおもんない事なってしもたんやろか」
「つーか、そもそも正体隠してたんだ。何がしてェの王様は」
「へーか、まぬけなの。ディアルエッドなの。やーいやーい」
「エレノラちゃん、オレを謎の形容詞にするのやめて??」
我が王の突然の告白に、一緒に酒を飲んでいた連中──フリザセアやハノルメ、カラリアーノ、エレノラ、ディアルエッドなどがガヤを入れる。
元は俺とフリザセアの二体で飲んでいたのだが……そこにエレノラが『たーのーもー』と遊びに来てからというものの、『邪魔するでー』『おいクソ真っ赤野郎その服もっと見せろ』『やっほーエンヴィー! フリザセアさんも! オレも一緒に飲んでいい?』と、ハノルメとカラリアーノとディアルエッドまで続々やって来たのだ。
ちなみに、カラリアーノは色の最上位精霊で、ディアルエッドは水の最上位精霊だ。つまり全員、我が王のパワハラに悩まされている同僚なのである。
「……お前達、酒が入っているからって随分とまあ大きい態度を取るじゃないか。よーぅし。そこに全員座れ、説教してやる」
美しい顔に青筋を這わせた我が王が声を震えさせれば、我々最上位精霊は全員「げぇっ」と呻き、非常に不本意ながらもパワハラ説教を聞く事になった。拒否権など俺達には無いのだ。
しかし。それでも、俺達はこの御方を──この世界の誰よりも精霊を愛してくれる、この不器用な精霊の王を、敬愛している。
確かにパワハラ常習犯だし、我儘だし、気分屋で面倒臭い性格なのは間違いない。いっつも無茶苦茶な事ばかり言って、俺達最上位精霊がどれ程に迷惑と面倒を被ったことか。
──それでも。俺達は、この御方を愛している。
自分だって、いや、御身こそ最たる被害者と言えるのに。神の身勝手により産み落とされ消費され続ける精霊を、この御方だけはひと時たりとも忘れず、永遠に慈しんでくれている。無数に在る精霊の事を、ひとりひとり顔も名前も性格も何もかも全部、覚えてくれている。
それが我が王の持つ権能によるものだと皆知っている。別にいい。我が王が精霊を愛してくれていることに変わりはないから。
妖精や魔族や人間のように生まれ変わることを許されない精霊は、死んだら星となってその魂を焼き尽くし、やがてこの世界の礎となって消える。
死んだら、終わりなんだ。
……だから死ぬのが怖いって精霊も多い。でも、どんな精霊もいざ死ぬ時が来たら怖くないと言うのだ。
──『精霊王様がいつまでも見守ってくださるから』って。
我が王はいつも星空を見上げている。無数の精霊の魂……その輝きを見ては、『相変わらず馬鹿みたいな燃え方をしてるな、お前』なんて、誰かと話すように笑ったりしている。
この御方がいるから。精霊が生きていたことをいつまでも覚えて、いつまでも寄り添い続けてくれるこの御方がいるから。
俺は、死ぬのが怖くない。たとえ死んでしまっても──いつまでも、我が王の中で俺は生き続けることができるって、分かってるから。
まあ、もちろん? 簡単に死ぬつもりはねーけど。
我が王と姫さんが結婚して、姫さんが精霊になった日には……俺は、何がなんでもずっと仕えるつもりだし。火は姫さんの傍に居ない方がいいかもしれない。そうと分かっていても、俺は愛弟子の成長を傍でずっと見守りたいのだ。
……だから。フリザセアが非常に羨ましい。今までずっと見守ってきたとかさ。そもそもっ、マジでズルいよなぁー、フリザセアの奴。氷の血筋に対してはやりたい放題だし。
まぁーじぃーでーずーるーいーーーー。
♢♢♢♢
我が王からの長く理不尽な説教の後、俺とフリザセアに下されたのは『アミィを守れ』という至ってシンプルな命令。
その為に人間界に来て、姫さんの予定やらをさりげなく確認。フリザセアがまーた意味わからん奇行に走っていたが、まぁ、俺も役得だったし。我が王からの指示があるが……一旦目を瞑ろう。
姫さんと一緒に行動出来れば一番良かったんだが、どうにもそうはいかない様子。しかも、何やらあのいけすかねー魔王に加え、竜種の連中まで姫さんを狙っているようだ。
これは、我が王からの命令遂行の為にも手段は選んでいられないと、俺とフリザセアは姫さんを密かに護衛することにしたのであった……。
「なー、フリザセア」
「なんだ」
そこらじゅうから泥水のような蛇がわらわらと現れるので、歩きつつ片っ端から燃やしたり凍らせたりしていたのだが……ふと呟けば、フリザセアは伏せた淡い氷河の瞳を僅かにこちらを移し、短い返事を寄越した。
「我が王はさ、姫さんが精霊になった後どうすんのかな。人間と比べりゃ長命だが、精霊だっていつかは死ぬ。あの御方がそれに耐えられるとは思わねーんだよ、俺は」
「陛下の御心を推し量ることなど不可能だ。あの方の思考回路は支離滅裂だからな。考えるだけ無駄だろう」
「お前……よくそんな事言えるなー。どこで我が王やフィンさんが聞いてるかもわかんねーのに」
生来のものとはいえ、故意なのかと疑う程に歯に衣着せぬ物言いの親友に、一人で勝手にドキドキとする(恐怖の意味合いで)。
──姫さんが死ぬ事で完全に発動する加護を仕掛けてる時点で、我が王が姫さんを死なせまいとしているのは分かるが。
その我が王ですら数千年に一度は死んで生まれ直すのだ。仮に姫さんが精霊になっても、いつかは死んでしまう。要は死を先延ばしにしただけ。いざその時が訪れて……我が王がその事実を受け入れられるかどうか。
「死がどうのという話ならば…………。そうだな、解決方法は至極簡単だ。──寿命を凍結してしまえばいい。さすれば寿命で死ぬ事は無くなる」
「なんだその裏技!?」
ぎょっと、氷晶を纏い隣を歩くフリザセアを凝視する。俺の驚愕など気にも留めず、マイペースなフリザセアは淡々と続けた。
「記憶。魂。感情。寿命。時間。目に見える物だけでなく、目に見えないものも、氷は凍結されられる。特に感情や記憶といった容易く揺らぐものは、氷の魔力を持つ人間であっても凍結が可能だろう。現に……氷の魔力を持って生まれた人間は、まだ扱いきれぬ魔力故に、幼少期を感情が凍結した状態で過ごすようだからな」
「初耳なんだけど!?」
「先程からずっと騒々しい奴だな……氷の魔力に関する事柄をわざわざお前に話す必要があるのか?」
空想の苦虫を噛み潰す俺を、訝しむ冷淡な視線だけが捉える。
「俺はともかく我が王には? あの御方には話してるんだろうな」
「言ってないが」
堂々と言うなよ。
「……怒るぞ、我が王」
「知ったことか。俺は姫が望むなら姫の寿命を凍結するし、ついでに俺のそれも凍結するのみ。姫が望まないならば、俺は姫の一生を見届けた後に死ぬだけだ」
「は? 何それズルい。俺だって姫さんと一緒にいたいんだけど」
「好きにすればいい。俺は好きにする。そもそもお前ならば……消えかけた命の灯火を無理やり燃やし続ける事とて可能だろう」
寿命とは──生命活動において必須な、魔力炉の活動可能期間のこと。魔力炉が機能停止すれば、魔力炉を持つ生命体は等しく死を迎える。故に、死が訪れるまでの猶予を『寿命』と呼ぶ。
魔力炉とはその名の通り、生命の炉心だ。火の魔力と相性が良く、世界的に見て火の魔力所持者が特に多いのはその関係もある。
つまりフリザセアが言いたいのは──
「俺も、擬似的な不死になれるってことか」
機能停止しかけた熾火の魔力炉に火種を与え、強制的に再起動させる。
めちゃくちゃだ。理から外れるような馬鹿な真似……きっと、火の権能がなければ不可能だろう。
だが、俺は火の最上位精霊だ。神を除いてこの世で最も火に近く、火と共に在り、火の化身たる星。それが俺だ。誰よりも長く熱く眩く燃え続ける火ならば、その“めちゃくちゃな真似”も、現実に出来る。
「……くくっ。サンキュー、フリザセア。いーこと聞いたぜ」
「感謝される謂れは無い。俺はただ、好きにしろと言っただけだ」
一瞥もせず道端の泥水みたいな蛇を氷漬けにし、フリザセアは顔色一つ変えず先を行く。
相変わらず俺の親友は自由気ままな奴だと弾ける息をこぼしながら、俺はその後ろをついていった。
明日も更新します!
21時頃です!よろしくお願いします!




