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♦720.Chapter2 Prologue【かくして暁は失せる】

Chapter2です、よろしくお願いします!!!!

 あの日から、俺の世界はずっと色褪せている。

 あんなにも彩り豊かだったのに。たった一日。その日を境に、全てが変わってしまった。


 ──毎夜、夢を見る。

 あの日々の夢を。あのかけがえのない平穏を、夢に見る。もう二度と戻らないもの。もう二度と俺に笑いかけてくれない、たった二人の、愛する者の笑顔。

 その笑顔が、いつも俺にこう言うのだ。


『ほら、さっさと殺しちゃいなよ。邪魔なんでしょ? 目障りなんでしょ? 憎いんでしょ? ──なら、殺さないと。ゴミはさっさと棄てなきゃ』

『どうしていつまでも悪いものを残しておくの? 早く処分しなきゃ、周りのものまで悪くなっちゃうよ?』


 そんな言葉、あの二人は言わない。これは偽物だ。俺の心が作り出した幻だ。……そう、分かっているのに。


『私のこと、好きなんでしょう? 愛しているんでしょう? ならどうして、私を殺した人間を生かしているの? どうして?』

『ほら、殺しちゃいなよ〜。殺したい程憎いんだろ? なら殺すべきだよ!』


 夢の中ではその笑みで。それ以外では、その声で。あいつ等は俺の脳を侵す。

 もう、ずっと。十五年前からずっとそうだ。俺は、十五年間一度たりともこれを追い出せなかった。振り払えなかった。

 もう二度と取り戻せない愛する者達の笑みを、手放す勇気など……俺には、無かったのだ。


『──そうだ。愛する者を取り戻したいのだろう? であれば、その元凶たる人間を殺さなければならない』


 何者かの声。誰のものかは知らない。ただ、十五年間毎日のようにこの声が俺に囁く。

 ──あの忌まわしき娘を殺せ、と。あれが全ての元凶であり、罪を犯した罰するべき存在なのだと。

 ああ、そうだ……殺さなければ。俺は、あの娘を殺さなければならない。あの女が、全ての元凶だから。


 俺から愛する者達を奪った──たイ罪人、ナのダ、カラ。



 ♢



「ッ、リード! そちらに行ったぞ!」

「……っ! 助かったよイリオーデさん! だが、呼び方が以前のものに戻ってるけどいいのかい? 私は構わないが」

「お前の名や肩書きは戦場において非常に厄介なんだ。どれも長くて……情報伝達に支障が出る!」

「もはや私にはどうすることも出来ないかなぁそれは! ごめんね! うちのクソ親父がこんな名前をつけていて!!」

「二人とも戦いに集中してくれないかな!?」


 帝都南部地区にて【大海(たいかい)呑舟(どんしゅう)終生(しゅうせい)教】と出くわした、ロアクリード、イリオーデ、アルベルトの脳筋トリオ。

 その信者達と接敵しているのにもかかわらず、余裕綽々と会話するイリオーデとロアクリードに、アルベルトはキレた。真っ当な主張である。


「貴様……! 邪教の扇動者風情が我々の崇高なる使命を阻むというのか!」

「邪神信仰の連中にだけは言われたくないな。ここで暴れるなと忠告した筈だが……学習知能すら無いのか、邪神に魅入られた者達は。なんと憐れなことだろう」

「〜〜〜〜ッ! 失、セロッッッ!!」


 ミカリアを相手にし過ぎて口論(レスバトル)に慣れてしまったのか、初っ端から容赦が無いロアクリード。

 挑発と侮辱を兼ね備えた高火力の言葉に、錆色の髪の大男は顔を真っ赤にして空気を揺らすように叫び、ロアクリードを狙い拳を振りかぶった。しかし彼は、つい最近人類最強(ミカリア)と殺し合ったばかりだ。激昂した人間の攻撃を避ける事など、容易い。

 よっ、とロアクリードが身軽に避ければ大男は口の端を歪め、二発目三発目をお見舞いしようとする。

 ──その攻防を観察しつつ、アルベルトは何かに気づいたようで、黙々と己の記憶を探っていた。それは、彼が知る限りのあらゆる言語にまつわる記憶だった。


(……そうだ。この発声方法は、タランテシア帝国の天覧語でよく使われるものだ。それにこの体躯……膂力も凄まじい。この男は亜人、いや獣人かも)


 なんと彼は、僅かな発声の違いから大男の出身地を特定してみせたのだ。

 大陸内においても一二の国土を誇る亜人と獣人の国、タランテシア帝国──その真の名を、天覧真国(てんらんしんこく)。大陸で最も長い二千年超の歴史を持つ亜獣大帝国だ。

 その公用語は天覧語(てんらんご)と呼ばれ、独特な文字体系と発音・発声方法をしており、確立した文化を今日(こんにち)まで受け継いでいる。

 潜入捜査が主な任務となる諜報員として、様々な知識と技術を習得したアルベルト。昔取った杵柄が発揮されたようだ。


「騎士君、教皇! その男はなんらかの亜人か獣人です! 特有の能力を保持している可能性があるから気をつけて!!」

「了解した」

「オーケイ!」


 大男が獣人ないし亜人と聞き、前に出ていた二人は同時に距離を取った。

 獣人や亜人といった存在は往々にして特性や、特有の能力を持っている。獣人ならば、獣本来の姿となる獣化に加え、なんらかの特性や能力を持つ。

 例えば人狼(ウェアウルフ)は五感が非常に優れている。優れた五感故に他種族と比べてもかなり警戒心が強く、滅多に人狼(ウェアウルフ)の里から外に出ようとはしないらしい。

 例えば吸血鬼(ヴァンパイア)は桁外れの身体能力と頑丈さ、そして自己再生能力を持ち、事実上の不死身を成立させている。しかし元人間の亜人の為、自己再生能力を上回る何かに襲われた日には、死んでしまう。

 だが、吸血鬼(ノスフェラトゥ)はその限りではない。吸血種の元悪魔は不死身ではなく、真に不死(・・)なのだ。そこが亜人の吸血鬼と魔族の吸血鬼の違いと言えよう。

 閑話休題。このように特性や能力を持つ獣人や亜人を相手にするならば、無闇矢鱈と突っ込むのは得策ではない。イリオーデとロアクリードも、それを瞬時に察したのである。

 一方。まだその特性を見せていないのに自分が獣人と気づかれた大男は、重たい前髪の下で灰金色(ゴールドアッシュ)の鋭い瞳を丸く見開いた。


(何故私が獣人だと気づいた? まだ何も能力は使っていないというのに)

「──っ、ならば!」


 眉根を寄せた大男が前髪を掻き上げた、その瞬間。


「なっ────!?」


 目が合ったロアクリードの左半身が石化した。妖精族侵略事件の際宝石の妖精(ラヴィーロ)の奇跡により宝石化したアミレスのように、ロアクリードの一部が物言わぬ石と化したのだ。


「リード──」

「ごめんねー? お前の相手はぁ、お・れ♡」

「ッ!」


 応援に駆けつけようとしたイリオーデを阻むのは、ウルフカットのような黒髪の隙間から垂れ下がった薄紫の瞳を覗かせる、軽薄な笑みを浮かべた端正な顔立ちの男。

 逆さの十字架をそのまま剣にしたような、明らかに実用向きではない華美な剣を、男──洗礼名インヴィダはまるで我が手のように自在に振るう。


(この男……相当鍛錬を積んだ騎士(・・)だ)


 鋭い猛攻をいなしつつ、イリオーデは眼前の男を見据えた。


「もしかして、俺と一対一(サシ)で戦う気になったー? 青い騎士さん」

「……あぁ。私の勘が、貴様を野放しにしてはならないと告げたのでな」

「何それめっちゃ光栄じゃんー! ありがとっ、青い騎士さん。──貴公のような騎士と武を競えるこの現在(いま)に、感謝を」

(来る────ッ!)


 男は締まりの無い顔でケラケラと笑ったかと思えば、その直後。人が変わったように真剣な面持ちとなり、剣を胸の前で構え、男は畳み掛けるようにイリオーデを攻撃した。



「大丈夫ですか、教皇!」

「足を引っ張ってしまい、すまない。君もあの眼には気をつけてくれ」


 目を閉じたままロアクリードの前に立ち、アルベルトは敵の出方を窺う。


「……視界に捉えた物体を石化させる眼──生奪(せいだつ)の魔眼。それを持つのは、僅かな種族に限られる」

「君も気づいたか。ならばあの大男は……」

蛇人(ラミア)の可能性が高い。──教皇、魔眼持ちの相手は俺に任せてください。なので貴方は石化(それ)どうにかして、他の連中を倒してもらっていいですか?」

「どうにかって……まあ出来るけど。アレ、目を閉じたところで回避できるものではないと思うけれど、勝算はあるのかい?」

「…………少なくとも貴方よりは。これでも魔眼との付き合いが長いもので、魔眼持ちの対処法は心得ているつもりです」

「そうか。君の言葉を信じよう。──彼は任せたよ、ルティさん」

「はい。お任せを」


 力強く微笑み、ロアクリードは石化したまま右半身だけで跳躍した。黒の法衣と深緑の髪を揺らして着地した場所は、四人の襲撃者のうち残り二人が居た、狭い通りの入り口付近。

 そこでコソコソと爆薬を準備していた二人の敵は、半身が石化してもなお動くロアクリードを見て「ひっ」と声を上げた後、爆薬を隠すように立ち回る。


「……女性や子供の信者もいるのか。面倒だな」


 彼の呟きは、イリオーデとインヴィダが撒き散らす激戦の音でかき消える。

 ロアクリードは教皇だ。異教徒を殺すことに躊躇はない。ロアクリードは皇帝だ。罪人を殺すことに躊躇はない。──だが、それでも。優等生(リード)は人の命を奪うことを少しばかり躊躇う。女や子供であればなおのことだ。


(……いいや。性別など関係無い。彼女らは異教徒であり、彼女らはアミレスさんに累を及ぼす不穏因子だ。ならば殺そう。彼女を脅かすものなど何も要らない。彼女の平穏を乱す者など、この世界に在ってはならないんだ。──そうだろう、ロアクリード)


 薄暗い道の奥には、焦茶色の長髪を揺らす幸薄そうな女と、ローブを目深に被っており顔が見えない、小柄な子供が居る。


「──主の導きに従い天に召されよ、異教徒」


 掲げたしなやかな指先に金色の魔法陣が輝く。しかしそれは癒しの輝きではなく、


「滅べ、廻れ、生まれ、絶えよ。()しきもの、罪深(つみぶか)きもの、(よこしま)なるもの、(みにく)きもの。すべて、全て裁かれよ。聖なる正義は此処に──」


 私刑に侵された、鈍い輝きであった。


「ッ! 逃げるわよ、プラッシピオちゃん!!」

「ひゃぁっ!?」


 妙齢の女が立ち尽くす小柄な子供を抱え走り出す。ロアクリードは、ひどく冷めた瞳で彼女達の背中を見つめ、告げた。


裁きの剣は我が手にソノイルトゥ・カルネーフィツェ


 金色の魔法陣から飛び出したのは、上空へと突き刺さる光の柱。しかしその輝きは一時的なもので、一度は消えたかと思われたが、直後。

 まるで、天からの贈り物のように。空へと放たれた光の柱が、壮麗な鐘の音と共に地上──ロアクリードへと降り注ぐ。


「さて。存分に殺し合おうか、異教の罪人どもよ」


 光魔法の“悪しきものを照らす”という基礎効果が上手く働いたのだろう。石化した半身が、まるで解呪されたように自由となっている。

 そうして解き放たれた身で、淡い金色の光を纏う槍斧(ハルバード)を片手で軽々と振り回し、ロアクリードは不気味なぐらい爽やかに笑って、逃げ出した二人の異教徒を追撃した。



(まさか、本当にジスガランドの怪物が出張ってくるとは。先生の言う通りだったな。──このまま、ここであの怪物を救済しなければ。我らが……悲願の為に)


 大男──洗礼名レヌンティアツォは、重たい前髪の下で画策する。

 以前より要警戒対象として組織内で名が上がり続けていた、ロアクリード=ラソル=リューテーシーが思惑通り現れた。彼等の儀式において最たる障害になると予想される同胞殺しのこの怪物は、今この場で“救済”すべきだ。どんな手段を用いてでもこの怪物を“救済”し、“浄化の儀”を成功させる。それが、彼ら【大海(たいかい)呑舟(どんしゅう)終生(しゅうせい)教】の使命なのだ。


(プラッシピオとヴォナフォルトゥーナさんは戦闘向きではない。彼女達にあの怪物の相手をさせるのは酷だ。しかしインヴィダは青い騎士の相手で手一杯……私が、怪物の気を引かねば。その為にも)

「──貴様を、“救済”する」


 揺れる前髪の隙間で、灰金色(ゴールドアッシュ)の瞳が光る。

 ──鋭い瞳孔の周りに特徴的な円環が浮かぶ、生奪(せいだつ)の魔眼。蛇人(ラミア)特有と言われるだけはあり、蛇人(ラミア)以外の種族がこの魔眼を獲得したという話は聞かない。

 その能力は、文字通り『生を奪う』というもの。ただ命を奪う訳ではなく、その眼で視たものを石化することで時間を止め、生命活動等の機能を強制停止させるのだ。

 蛇人(ラミア)は、蛇の血を得た人間が進化した種族という説の他に、蛇女怪(ゴーゴル)の末裔という説がある。それはひとえに、この生奪(せいだつ)の魔眼の能力が蛇女怪(ゴーゴル)の持つ“全てを石に変える瞳”が由来とされているからだ。


「──!」


 生奪(せいだつ)の魔眼がアルベルトを襲う。ロアクリード同様、下半身を石化され身動きが取れなくなった。


(目を閉じることで脳や心臓を石化されることは阻止した、か。……どうやらあの執事服の男は、本当に蛇人()生奪(せいだつ)の魔眼をよく理解しているようだ)

「──だが、問題は無い」


 その場から一歩も動かないアルベルト。それ目掛け、レヌンティアツォは丸太のような双脚で筋肉を隆起させ、石畳を粉砕して飛び出した。風を押し除け、瞬く間に間合いを詰めたレヌンティアツォはその拳をアルベルトの顔に叩き込む。

 膨らんだ筋肉より放たれた拳は、触れた瞬間に頭蓋と脳を破砕し、アルベルトの頭部を吹き飛ばした。

 血が噴き出す生々しい解体現場では、ただ一人、レヌンティアツォのみが立っている。


(……妙だ。何かが、おかしい。なんだ、この違和感は)


 破砕されたアルベルトの顔が四方八方へと飛び散る最中。噴き出す血を浴びながら、レヌンティアツォはふと、思索する。


(そうだ。この血。この血の臭いが、妙なのだ。何故この血は、鉄錆の臭いがしないのだ──)


 と、眼前の死体に視線を繋いだ瞬間。


月蝕む宵の緞帳ルナティクス・ティール


 レヌンティアツォの視界が暗闇に包まれた。平坦な声と共に訪れた、一片の変化もない単調な黒。

 返り血がべとりとついた大きな手で顔をまさぐり、レヌンティアツォは驚愕した。


「なッ!? なんだ、何が起きているのだ……!?」

「──何って、簡単なことさ。魔眼の能力は千差万別だけど、発動条件は等しく同じ。『何かを視ること』だからね。完全に視界を奪えば、それだけで魔眼は封じ込める。ただそれだけのことだよ」


 背後から聞こえてきた声に、レヌンティアツォは困惑した。頬に汗を滲ませながら振り返り、虚空に向けて叫ぶ。


「その声、は……! 何故だ、何故生きている!?」

「何故生きてるか、なんて言うわけないだろ。どうしてわざわざ手札を晒す必要があるんだ? 君にとって重要な事実は、俺がまだ生きていることだけ。そこに理由や根拠は不要だと思うよ」


 視界を奪われても、その瞳は動いている。レヌンティアツォの困惑や驚愕を表すかのように忙しなく動き回る瞳孔を見つめながら、黒い燕尾服を着こなすアルベルトは、紳士のように笑った。


「さて。第二ラウンドといこうじゃないか」

「…………ッ! 異教の者どもが……!」


 まるで、舞台は整ったとでも言いたげに。

 洗礼名レヌンティアツォとアルベルト。洗礼名インヴィダとイリオーデ。洗礼名ヴォナフォルトゥーナ、洗礼名プラッシピオと、ロアクリード。

 爆破事件を皮切りに始まった、信念と誇りが衝突する戦い。後に『氷都宗教戦争』と呼ばれる小規模でありながらも苛烈な代理戦争が、ついに火蓋を切って落とされた。


今回アルベルトが使った『月蝕む宵の緞帳ルナティクス・ティール』は以前、大公領に向かう馬車道中でアミレス一行がしていたしりとりに出てきたものになります。

ようやく正式名称&実用場面が登場しました。懐かしいですねヽ(´▽`)/


ではではまた次回お会いしましょう〜!

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― 新着の感想 ―
こんばんは~!Chapter2開始おめでとうございます~! さて、一応宗教国家のトップを呼び捨てにするわ、逆にそのトップが立場的には下の人たちをさん付けで呼ぶわ、アミレスの周りは立場に拘らないひと多…
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