閑話 ある転生者の破滅願望
【星の死と最大幸福の棄却】後の悪夢軸カイルの話です。
今回は救いが無いようでどちらかと言えばありますので、安心してお読みください。
世界最後の日に何をするか。
そんな設問は人類が繁栄してからというものの、幾度となく取り沙汰されては、他愛のない日常や非現実的な空想へ想い馳せるうちに自然と消滅し、またいつかの人類が会話の種にと撒くまで、人類という霊長の土台の中で眠り続けている。
俺は今、一人でその設問と向き合っていた。
『…………神、来ねぇなぁ』
星間探索型魔導監視装置が世界を破壊しはじめて、はや半日が経過した。
その間にも大陸中が火の海となり、それはもう、誇張無しにこの世の終わりのような地獄絵図だったことだろう。人間が何人死んだかなど分からない。ただ、フォーロイト帝国だった場所は今や一面の焼け野原。俺とアミレス以外、誰も原型を留めていない。
そうして、アミレスの死体を抱えながら、俺は壊れゆく世界を眺めていた。──神々は、まだ現れない。
『魂と肉体があれば、流石に蘇生できると思いたいが……魂、ちゃんと繋ぎ止められてっかなぁ。結界が上手く作用してるといいんだけど』
前世で見たアニメで、特殊な結界を張ることで死者の魂が行方不明になることを阻止していたケースがあった。それを思い出してすぐに真似したのだが……生憎と俺には霊感が無いらしく。無数の魔力炉を感知できたとしても、『みこ』の魂がこの結界内にあるかどうかの判別がつかないのだ。
『…………みこ。なあ、みこ。いるんだよな、そこに。いてくれよ、いるって言ってくれよ。なあ……』
返事はない。変化もない。ただ、世界が壊れていくだけ。タイムリミットだけが、刻々と迫る。
人間というものはいつまでも利己的で愚かなものだ。何度も同じ過ちを繰り返し、何かを失ってからでなければその尊さに気づけない。何千年とそれを繰り返し続けている独善的な種族。それが人間だ。
愚かで、救いようのない、過ちばかりの存在。──そんな人間だからこそ、正しさを目指す姿が美しく、絶えず希望というものを抱くことができたのだろう。
希望を胸に前に進める人間も、まだその場で休んでいる人間も、絶望に足を取られてしまった人間も、全て等しく愚かで、美しい。
だから。何かに強く絶望しながらも希望を諦められない『みこ』が、何よりも美しく、眩しいと感じるのだろう。
──『俺』の星。『俺』の、光。
こんな『俺』を生かし、絶望に囚われて俯き続ける『俺』の顔を上げてくれた、罪も人生も全てを共有するたった一人の──……。
『……なんでだよ。なんで! 神は現れないんだ!? 世界を犠牲にしたのに! 愛したこの世界も、人々も、何もかも全部……っ、対価は十分支払っただろ!! なのになんで……ッ!!』
俺にはアミレスを救う力はない。『みこ』を取り戻す方法もない。
昔も今も変わらない。他の人間よりも多くの選択肢があるくせに、一番欲しい選択肢だけは選べないし、いつだって大事なもの一つ守れやしないのだ。
『誰か……誰でもいいから助けてくれよ……! アミレスを──みこを助けてくれよ!!!!』
壊れてゆく世界の中で、終末の空に向けて叫ぶ。
返事はない。そりゃあそうだ。だってこの世界は、俺が壊したんだから。
でも……死者を蘇らせる方法なんて、俺は知らない。死者蘇生なんて錬金術も、呪術も、死霊魔術も、何一つ俺には使えない。賢者の石も、エリクサーも、復活の草も、この世界には無い。
魔法で再現しようにも、今の俺には“死者を生者に戻す”なんて奇跡を起こす方法が分からない。世界を壊すよりも、たった一人を蘇らせる方が、ずっと難しいのだ。
『このまま……お前を救うこともできずに、俺、世界と心中すんのかなぁ……』
まだ、ハッピーエンドを迎えられていないのに。お前から『幸せだ』って、聞けてないのに。
そんなの駄目だ、絶対に。俺はこの結末を否定する。お前が幸せになれない世界なんて要らない。そんなもの、壊れてしまえばいい。
だから壊す。全部壊せばきっと、誰かが俺を止める為に、『みこ』だけでも救ってくれるだろうから。……そう、思っていたのに。
現実はやっぱりクソみてぇだ。ずっと頑張ってきた不幸な人間一人、救ってくれない。たった一人、『みこ』だけでも幸せになってくれたら、俺はそれでいいのに。
コイツが、ずっと輝き続けてくれたならば……それだけでいいのに。
みっともなく大粒の涙を零しながら、世界への恨み言を吐こうとした、その瞬間。
『────』
目が、合った。
瞬きの間に目の前に現れた、謎の人形と。
『ッ!?』
もはや叫び声も出ない。呼吸が止まる感覚と、血の気がサッと引く感覚。その二つに襲われ、ようやく、我が体が必死に恐怖を訴えていると自覚する。
『……アンタ、何者だ』
人形のような球体関節。漆でも塗られたかのようにムラ一つない真っ白な肌と、月桂樹の葉で覆われた顔が、不気味な印象を抱かせてくる。月桂樹の葉の隙間から僅かに見える、樹洞のように真っ黒な眼窩が、じっとこちらを見つめていた。
『…………』
『アンタが神なのか? まあ、何柱も神々がいるなら、一柱ぐらいこういう神がいてもおかしくは』
『ワタシは、神では、ナイ』
俺の言葉を遮るように、人形が喋る。
『ワタシは、葉。【世界樹】の、葉。声帯は、取得したばかり、なので、交流というものに、不慣れ。ゆるせ、落ちてきた人間よ』
『!! なんで、それを……つーか、世界樹って言ったか?』
アミレスを抱え、人形から距離を取る。
『【世界樹】は、全て、識っている。【世界樹】は、オマエ達を、守りたい。だから、ワタシが、枝を渡り、この世界に、来た。枝が朽ちる前に、この世界から、連れ出す為に』
『……神々はどうしたんだよ。アレも、この世界にはいるんだろ?』
『神という機構は、既に居ない。あの者達は、オマエの未知の兵器を恐れ、この世界を捨てた。オマエが世界を壊そうが、神はオマエの望みを叶えない。神という機構は、もう、この世界には居ない』
『──は? なんだよ、それ』
じゃあ俺のやってたことは……この悪あがきは、本当に全て無意味だったっていうのか?
俺はただ、『みこ』が幸せになった姿を見たいだけなのに。ただ、『みこ』と一生一緒にいたいだけなのに。
『この枝は、じきに朽ちる。この世界は、じきに終わる。この世界では、オマエの望みは叶わない。だから、ワタシと共に来い。元より、オマエは迷い込んだだけなのだ。オマエの魂と記憶を、あの世界に戻す』
『……俺が助かったとして、コイツはどうなるんだよ。コイツはもう死んだ。神々が居ないなら、アンタが生き返らせてくれるっていうのかよ。世界樹の親戚さん?』
『それは不可能。ワタシに出来るのは、同位体故に混ざった魂を切り離し、本来在るべき世界に帰すことのみ。この世界においては、オマエに干渉することしか、許可されていない』
『…………埒が明かねぇ。コイツを救ってくれないのなら、俺はこのままこの世界を壊して──コイツを救ってくれる誰かが現れるまで、新世界でも作って待ち続けてやる』
人形は押し黙った。やがて人形が作り物の手を差し出し、数分ぶりに口を開く。
『……──【世界樹】が、取引を申し出た。これに応えたならば、オマエの望みを一つ、叶える』
『取引……世界樹が? は、願ってもない話だ。コイツを救えるなら、なんだってやってやる。だからさっさと俺の望みを叶えろ』
人形の手を取った瞬間、俺の意識はそこで途切れた。
♦
布団に潜ってうつらうつらとする『みこ』をあやすように、鼻歌を奏でる。とんとん、と体を叩いてやれば、まるで赤ん坊のように、『みこ』はあどけない表情で深い眠りに落ちてゆく。
「いい夢見ろよ、みこ。今度こそ──……お前のこと、絶対に幸せにしてやるから」
静かに寝息を立てるアミレスの顔に、そっと触れる。当然ながら、ゲームで幾度となく見た顔だ。
俺がカイルの皮を被っているように、この顔は『みこ』の本当の顔じゃない。俺もコイツも、互いの本当の顔なんて知らないのだ。
……女の顔を知りたい、だなんて。俺らしからぬ執着っぷりだな、ホント。
「…………お前が悪いんだからなー。俺みたいな自己中メンヘラクズオタクを甘やかすから。あん時捨てときゃよかったーって後悔しても、もう遅いし。ぜーったいに、離れてやらねぇ」
首輪でも買ってくるかな。リードとか繋げて、コイツに持たせるとか。まあ、コイツは嫌がるだろう。でもなんだかんだで俺に甘い『みこ』のことだ。何かと理由をつけて頼み込めば、頬を引き攣らせながら、お散歩ごっことてやってくれそうだな。
怪訝そうにこちらを見つめ、頭の心配をしてくる『みこ』の姿が、簡単に想像つく。けっして被虐嗜好ではないのだが、コイツから与えられるものは全て、蜜のように感じてしまいそうだ。末期である。
そういう意味でも、『みこ』は『俺』のあらゆる唯一なのだ。
「そんでもって……俺も、お前にとって唯一無二の理解者。俺以上にお前のことを理解してる奴なんていねぇし、もし万が一いたとしても、俺がそいつを殺せばずっと唯一だ」
あーあ……本当に、『みこ』は一番大事な選択を誤ってしまったらしい。
誠に残念ながら──『俺』は、正真正銘のクズだ。あんな母親から生まれた『俺』が真人間なわけなかった。
コイツの優しさとか、甘さとか、そういうのを全部利用して……俺は『みこ』の隣に居続けよう。クズはクズらしく、とことん自分の為に、あらゆるものを犠牲にしてやるさ。
「死ぬまで一緒、って先に言ったの、お前だからな? 前言撤回とか絶対に許さねぇ。俺を生かした責任を取って、俺を一生飼い殺せよ」
何回も、俺を捨てるチャンスはあったのに。
こんな俺を受け入れてくれてありがとう。そしてごめんな。
俺もお前のことが大好きだよ。俺の──『俺』だけの、親友。お前と出会えたことが、『俺』の人生における一番の幸福で、一番の幸運だ。
だからこそ。
「……俺、お前と一緒にハッピーエンドを迎えられるように頑張るから」
その為にも、
『【世界樹】は、オマエに望む。──運命を弄ぶ、神という機構を殺せと』
俺は、神を殺す。
明らかに人生から逸脱した無茶振り。だが、それでもやるしかない。俺の望みは既に叶えられた。ならばもう、俺に“やらない”という選択肢はない。
世界樹曰く──この世界は無数の枝の一つに過ぎないが、無数の枝が絡まり合ってしまい随分と拗れ狂った世界なのだとか。
だから世界樹は、その元凶たる神々にたいそうお怒りらしい。しかし世界樹本体はあくまで情報を集積し、無数の世界と運命を維持する装置でしかなく、我が子の運命を左右する余力は無いそう。
だから、俺に接触してきたのだ。
神々が最も恐れる兵器を持ち、一度は全ての破滅を願った──『俺』という転生者に。
神々が、『みこ』のハッピーエンドにおいて障害でしかないと言うのなら。
俺は喜んで、神殺しの禁忌を犯そう。
だって──……『みこ』一人救えないヤツに、存在価値なんて無いから。
怒涛の鬱週間、楽しんでいただけましたでしょうか。
ミカリアとマクベスタはバッドエンド後の話無いの? というお声がきっとあると思うので、こちらで説明させていただきます。
まずミカリア。ミカリア・ディア・ラ・セイレーンにとってのバッドエンドが『ミカ』そのものなので、彼に関しては現在進行形でバッドエンド後の話が続いております。まだ終わっておりません。引き続きお楽しみください。
続いてマクベスタ。彼はまず一度目の悪夢で、本来続くはずだった『その後』を無視して自殺しました。それにより神様の干渉──悪夢のシステムにバグが起こり、死に戻りが始まった感じになります。
殺される度に死に戻ったのも、この影響です。バッドエンドとその後を見せる為の悪夢なのに、中断されては、システム的にも困るというものです。
何度繰り返してもマクベスタは絶対にアミレスを救おうとして殺されるか、救えず自殺してしまうので、マクベスタの心が完全に壊れた時点で悪夢は強制終了しました。
特に予定していない形で想定外の悪夢を見せられたので、悪夢を見せた判定が奇跡的に入った感じですね。
なので、『その後』が無いのです。
推しの地獄が足りない! という方は、ミカリアとマクベスタのバッドエンド回を改めて見ていただければ幸いです。
さて。これにてChapter1終幕、次話よりChapter2が始まります。
肥大化した重すぎる愛と恋が変質した狂気が最悪の形で絡まり雁字搦めになった『みこ』と、そんな彼女を守るべく舞台に戻ってきたアミレス。
これからも、彼女達を見守っていただければ幸いですヽ(´▽`)/