716.Date Story:with Mayshea3
まだサロン内に居たセインカラッドに治癒魔法を使ってもらい、顔色も良くなったということで、彼等にお礼と別れを告げてから、メイシアとのおでかけを再開した。
予定通りに事前に目をつけていた場所を巡る傍らで、建国祭事件への警戒を弛めることなく哨戒に徹する。何故ならそれが私の役割だから。
しかし意外にも不審人物や不審物を見かけることはなく、このままではただメイシアと二人でお祭りを見て回っただけになってしまう。
王女としてそれはどうなのかと思うも、イリオーデ達からは『無茶はしないでください』と釘を刺されているし……仕方ない。事が起きるまでは大人しくしておこう。
お祭り故に通りは人が多い。とは言え、今日は敢えて髪を曝け出しているから、民は私達から自然と距離を取っていて、混雑に囚われることもなかった。
が、中には私に気づかず接近してくる者もいて。
「メイシア、こちらへ」
「?!」
彼女の肩を抱き寄せた時。人混みの中をするりと抜けて来た少年が、私達の目の前で躓いて顔から滑り転げた。
「うぁっ! ……ぅぅ……っ」
「ねぇ。あなた、大丈夫? お医者様を呼びましょうか?」
倒れたまま唸る少年の安否を、屈んで確認する。
「だい、じょぶ……! ぼく、おにいちゃん、だから……!」
擦りむいた鼻や額から赤いものを滲ませ、大粒の涙を蓄えながら、少年は顔を上げた。
「……弟か妹がいるの?」
「うん。いもうと……このまえ、うまれたばかりなの。だから、おまつりのおかし、かってあげようって……」
「そう。優しいお兄ちゃんなのね、あなた。妹さんもとっても誇らしいでしょう」
ぐす、と鼻を啜る少年が立ち上がるのを支える。やがてなんとか立ち上がった少年に、「よく頑張りました」と水で湿らせたハンカチーフと、氷金貨を一枚渡した。
「あの、これ……」
「傷口をよく拭って、その後はお医者様に手当てしてもらってください。このお金は、診察代と妹さんへのお土産代の足しにでもしてちょうだい」
「あ、ありがとう、ございます……! えっと、おひめさま!」
「もう転ばないように気をつけてくださいね」
「うんっ!」
少年はその場で傷口を拭い、笑顔で駆け出した。
「急に体を引き寄せてごめんなさい、メイシア。痛いところはない?」
メイシアの元へ戻ると、彼女は少し俯いたまま、私の手を掴んだ。何事かと言葉を紡ぐよりも早く、彼女が言う。
「……アミレス様。お話が、あるんです。どこか静かな所に行きませんか?」
「話? 構わないわよ」
悩むような、苦しむような、不穏な冷や汗を真珠の頬に浮かべ、メイシアはこちらを真っ直ぐに見つめた。
改まって何を話すのだろう。何か、彼女を怒らせてしまったかしら。──なんてことを考えながらも、記憶を頼りに静かな場所へ向かう。
東部地区を縦断するように流れる川。川に架けられた石橋の下にあるベンチは、意外な穴場なのだ。川添いは等間隔で魔石灯も設置されているので、暗くなっても問題無いそう。
そこで二人並んでベンチに腰掛ける──わけではなく。立ったまま、私達は向かい合っていた。日陰だからか、メイシアの表情がより暗く見える。
「──好きです。誰にでも優しくて、笑顔が素敵なアミレス様が。わたしは、大好きなんです」
静寂を裂いたのは、メイシアの告白。
やはり……この時が来てしまった。ならば私は、これ以上彼女が苦しまないように、ここでメイシアの恋を終わらせるしかない。
きっとそれが最善手だから。きっとそれが、彼女の傷が浅く済むたった一つの手段だから。
「メイ──……」
「だけど」
私の言葉は遮られた。他ならぬ、メイシアによって。少しだけ色が異なる彼女の瞳は、不安や怒り、恐怖といった感情に揺れていた。
「貴女は──……わたしのアミレス様じゃない。貴女はいったい誰なんですか?」
……驚いた。まさか、そんなことを言われるとは思わなかった。
「ふふ、メイシアでも冗談とか言うのね。見ての通り、私は、私よ?」
「……分かってます。そんなこと、わたしが一番分かってますよ。だって貴女はわたしが何度も何度も月夜に想い焦がれてきた人なんですから。顔も、声も、体も、匂いも、全部、私が好きになったアミレス様そのものです。──でも、何かが違う」
ぎゅっと胸の辺りを鷲掴み、メイシアは感情を剥き出しにした。
「わたしが恋をして、わたしが愛したアミレス様は、貴女じゃない。そう……わたしの恋心が確信しているの。貴女は、わたしのアミレス様ではないと! いったい、貴女は誰──……っ!」
今にも泣き出しそうな表情で、苦しげな彼女がこちらへ一歩踏み出した瞬間。
ドォンッ! と、破壊を告げる不協和音が街に響いた。
「い、今の音はいったい……」
「──メイシア。話の続きはまたいずれ。今はとにかく避難しましょう」
「えっ? 避難って、あ、ひゃぁっ!?」
メイシアを横向きに抱き上げ、その場を離れる。街や建造物の構造、その間隔や音の響き具合から、おおよその事件発生地点は推測できる。今回事件が起きたのは──南部地区だ。
で、あるならば。私の第一目標はメイシアを南部地区から可能な限り遠ざけること。
「あああ、アミレス様! な、何が起きてるんですか? 貴女は何か知って──」
「えぇ知ってるわ。だから私は貴女を守る。メイシアは大人しく、私達に守られてちょうだい」
二の句を継ぐ暇を与えず、疾走する。
「──オープン・コネクト。もしもし、リードさん。応答可能であれば返事を」
『──今まで一切通信が無くて安心していたのに、事件が起きて早々これだ。まさかとは思うがこちらに来るつもりはないだろうね?』
「ありませんよ。今はメイシアの安全確保を最優先にしています。そちらは?」
『……驚いた。君がここまで素直だとは。こちらは予定通り各所を回っていたんだが、その途中で見つけた異教徒が、今しがた爆薬を使用したところだ。ちなみに──目の前に、敵が四人ぐらいいる』
「大変ですね。応援、いりますか?」
『はは。少なくとも君はまだ、来なくていいよ。私達だけでどうにかしてみせるさ。だから君は、そのまま伯爵令嬢と避難してくれ』
「分かりました。では、また後ほど」
通信用魔水晶から聞こえてきた、ジスガランド教皇の声。どうやら向こうはついに接敵したようだ。
……嫌な予感がする。アルベルトの報告では帝都内で確認された【大海呑舟・終生教】の拠点は複数あった。にもかかわらず、姿を見せたのがたったの四人だなんて…………伏兵がいるのは確実だ。では、その伏兵は今どこで何をしているのか。
「……要人の暗殺、といったところかしら」
「暗殺……?」
ぽつりとこぼした言葉に、メイシアが目を見開く。
四人の敵と爆破騒ぎは陽動……ないし、なんらかの政治的・宗教的意味合いを兼ねた攻撃。今回は後者でしょう。爆破によって何かしらの宗教的意味合いを果たせるとすれば──異教徒の排除による、世界の純正化。胡乱な宗教が好みそうな大義名分と手段だ。
そうした大義名分のもとで行われた爆破が陽動をも担い、これに誰もが気を取られているうちに、本命が標的を狩る。そういうことなのでしょうね。
あの宗教が関わってきた時点で、“ゲーム”における建国祭テロと様変わりした事件になるだろうと予測はしていたけれど……まさか、こうも厄介なことになるなんて。
狙われるとしたら誰かしら。【大海呑舟・終生教】が狙いそうなフォーロイト帝国の人間……まさか、私? ……いいや。第三者から見た私にそこまでの価値は無い。精霊や悪魔を召喚したということにはなっているが、それだけだ。
ならばお父様か兄様……? 街で騒ぎを起こしたところで、お父様達は決して出てこない。やるだけ無駄だ。そもそもこのような搦手が通じない相手だと、誰でも分かる筈。
いったい、あの異教徒が狙うのは誰なの──?
「アミレス様。も、もしかしたら、なんですけど……狙われているのは、国教会の方々……なのでは?」
メイシアがおずおずと喋る。思いもよらぬ視点に、「どうしてそう思ったの」と聞き返せば、
「その、ここ一ヶ月程、街でもかなり噂になっていたんです。『国教会の神々の愛し子様』のことは。フォーロイト帝国の中で一番信奉されているのは、天空教ですし。皆さん気になっていたようで……中には神々の愛し子を一目見たいが為に、よからぬ事を企む者もいたとか」
メイシアは記憶を探りながら答えた。
「……ミシェル・ローゼラ」
──ああ、そうか。彼女か。彼女の存在が、この事件を引き起こした可能性が高いのね。
天の加護属性と神々の加護を所持する、全てに愛されるべく生まれてきた女の子。『UnbalanceDesire』のヒロインにして、この世界の主人公。そして──佐倉愛奈花という前世の記憶を持つ、転生者。
さて、どうしたものか。もしもメイシアの予想が正しければ、なんだかんだ彼女のことも守らなければならない。あちらにはロイと聖人様がいるのだから、私の力など不要だろうが……相変わらず嫌な予感が絶えないのだ。